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天上を目指す者  作者: 水平線
プロローグ
2/19

プロローグ2

 アディーナと呼ばれた聖天族の女性は例えるならば暴風であった。

 吹き荒れる嵐の如く手にした剣で神達を屠っていく。

 アークノイルのシモベとして総てを支配されているが故に断末魔の悲鳴をあげることはない。

 しかし、耳を澄ませばそれらが聞こえてきそうなほどに彼女の攻撃は容赦がなかった。

 ある神は一刀のもとに首が飛び、またある神は頭から下半身まで縦一直線に裁断された。

 その容赦のなさにアークノイルは感嘆すると共に期待を込めた瞳でその様子を見守る。

 自分が支配下においているが故に神達の攻撃というものには知性というものが欠けており、素直な攻撃ばかりでありかわすのは容易い。しかし、その神の体を切り裂くのは並大抵の武器ではダメだ。それを可能にしているのは彼女の持つアーティファクトのお陰だろうが、公爵級のアーティファクトがただ敵を切り裂くためのものであるはずがない。

 一体どんな能力を秘めているのか。

 アークノイルの期待はただそこに込められている。


 だがその期待虚しく神達との戦いで彼女の持つアーティファクトがその能力を発揮することはなかった。

 アディーナはただ一つ、己の剣技のみで生き残っていた神達の全てを倒してみせた。


「なるほど。聖天族にしてはなかなかやるようだ」

「貴方に操られ、心を無くした者の刃など私には届きません」


 アークノイルの賛辞に眉一つ動かさず、さも当然だというばかりにアディーナが応える。


「確かに。理性なき刃など獣のそれと同じだ。本来ならばもう少しどうにか出来たのだが、神という存在は少々厄介でな。多少強く支配した。まあ、所詮は使い捨ての駒にすぎんからどうとも思っていなかったのだが、流石にランカトゥーリスどころかお前ごときにも手傷の一つも付けられないとは考えていなかった。

 所でついこの間まで味方であった者達をその手にかけた気分はどうだ?」

「どうとも思いません。ランカトゥーリス様に剣を向けた以上、例え神であっても敵ですから」


 アディーナはそう断言する。

 剣を向けた以上は敵。では、槍を向けた自分も敵か? と会話の揚げ足をとって相手を皮肉ろうかと考えたアークノイルであったが寸前で言葉を留める。

 目を向ければアディーナが強烈な殺気をアークノイルに叩き付けていたのだ。

 皮肉るまでもなく彼女にとっては自分も敵なのだ。


「最早謝っても許しません。貴方にもここで死んでいただきます」


 そうアークノイルに告げるとアディーナは一直線にアークノイルへと向かって駆けてくる。いや、駆けてなどいない。彼女は背に持つ翼を広げて低空飛行しながら迫ってきたのだ。

 そうして近付いてきて振るわれた剣の一撃をアークノイルは槍で受け止める。


「予告なしとは品がないな、女」

「既に戦いは始まっています。開戦を告げたのは貴方でしょう?」


 最もな話だ。

 先にシモベを使って殴り掛かったのはアークノイルの方で彼に品がないと言う資格などない。

 だが、アークノイルはそれを解った上で発言し、アディーナをおちょくっているに過ぎない。


「雑魚が更に雑魚っぽくなった輩を殺しただけで態度がでかいな。まあ、不意を打っての攻撃は実力が上の相手に対しては正しい選択だ。だが、それで仕留められなかったのは愚かだな」

「何を!」


 剣線が一線、二線、三線と疾る。

 だがそれをアークノイルは涼しい顔で受け止めていく。


「はぁはぁ……喰らいなさいっ!」


 アディーナの渾身の一撃でさえも結果は同じだった。


「こんなものか……」


 アークノイルの落胆したような声はアディーナの神経を逆なでするには十分だった。


「だったらこれはどうですっ!」


 アークノイルの槍の間合いから一歩ほど離れた所へと立ったアディーナはそれまでとは違う構えをとる。

 体を半身にし、剣の切っ先をアークノイルへと向けた姿勢。紛れもなく突きの構えだ。そしてアークノイルが訝しんだ隙を見逃さず一気に間合いの中へと踏み込んだ。

 そこから繰り出されたのはやはり剣による突き、だがそれはただの突きではない。目にも止まらぬほどの高速の突きだ。それが同時に五つ。

<三段突き>という攻撃の技術。一般にはスキルと呼ばれるものをアディーナの日々の研鑽により更に昇華させた彼女自身の最高の業<五段突き>

 一度振るえば、例え万全の神であろうと射殺す必殺の一撃は、しかしアークノイルに届くことはなかった。


「いいね。三段突きまでは見たことがあったが、それは初見だ。だが、神には届くであろうその刃も俺には届かない」


 アークノイルは目の前で不自然に止まった剣の先を見つめながら言う。

 その刃はまるで不可視の壁に阻まれているかのようだ。


<金剛壁>


 アークノイルの持つスキルの中でも最も防御力の高いもので、体の周りに不可視の壁を作るスキルだ。これはこと物理的攻撃には正に鉄壁の盾となる。


「くっ……」


 アディーナが悔しそうに歯噛みしながらアークノイルとの距離を離れる。

 遊ばれている。そう感じるしかないアークノイルの所業にますます悔しさが募る。

 自身の最高の業を持ってアークノイルを刺し殺したとアディーナは思っていた。しかし、剣は壁に阻まれアークノイルに届かない。そしてそのことに驚愕する自分は隙の塊みたいなものだった。だが、自分には未だ傷一つない。アークノイルは自分に対してまだ一度たりとも攻撃してこないのだから当然だ。これを遊んでいると言わずして何なのか。

 アディーナの心には悔しさとともに怒りが満ちていく。


「いい顔をしているな、女。俺はそういう強気な思いは大好きだ。そしてな……そういう思いを屈服させるのは大好物なんだ」


 アークノイルがそう言った途端、彼が今まで押し殺していた殺気が解放される。

 アディーナが放った殺気よりも数倍濃く、強烈な殺気。

 それに触れた瞬間発狂してしまいそうな衝動がアディーナの体を駆け巡るが、アディーナは丹田に力を込めてその衝動を押さえ込んだ。


「まだだ。まだ、本気ではないだろう? お前はまだアーティファクトの能力を解放していない。もう解ったはずだ。このままでは俺には勝てないと。ならお前にある選択肢は一つだ。わかるな?」


 アークノイルの明らかな挑発。

 彼は言っているのだ。

 アーティファクトを使え。それで自分と戦えと。

 確かにアークノイルと戦うためにはアディーナにはもうそれしか選択肢はない。だがしかし、戦士としての誇りが彼女のそんな思考を邪魔する。だけど最早そんなことにこだわっている余裕などアディーナには存在しなかった。


「……わかりました。戦士としてはこれを使わずに貴方を倒したかったのですが、貴方は強い。ランカトゥーリス様を守るため私は自ら律した禁を今こそ破りましょう……ソウル・イーターの力、味わいなさい」


 瞬間、ソウル・イーターの刀身が暗い光を発し、輝きだす。また、その光は徐々にアディーナの体にも周り、彼女自身もまたソウル・イーターと同じ光を発した。


「行きます」


 そう告げたアディーナの姿が掻き消える。そしてアークノイルが気付いた時には彼女の姿は自身の真後ろ、つまりは死角に存在していた。


「やあっ!」


 気合い一線。アディーナがアークノイルの胴を薙ぐ。すんでの所でかわしたアークノイルだったが、彼お気に入りのマントは先程の攻撃によりその長さを半分以下にしてしまった。


「あーあ、高かったのに……」


 とは言うが、別にマントは買ったわけではなくアークノイルを畏れたとある国の王が献上品として彼に贈った物で彼自身は一銭も払ってなどいない。ただ聞く限りはアーティファクトに勝るとも劣らない程の金額が注ぎ込まれた一品である。


「それにしてもはえーな」

「ソウル・イーターは斬った相手の力を取り込み、所有者へと上乗せします。一種のドーピングでしょうか。これで勝とうとも自分の力とは関係ないため、今まで使用を禁じていました」


 斬った相手の力を所有者へ上乗せする。アディーナの言葉が真実ならば厄介極まりない。なぜなら彼女がアークノイルの前で斬ってみせたのは神の名を持つ者達だ。

 一人一人はアークノイルにとっては雑魚と呼べるものだが、それらが束ねられたならば笑ってられるようなものではなくなる。

 アークノイルは手に持つ槍を構え、心を静めていく。その間、アディーナから目を離すことはない。


「さて、もう言ったが不意討ちは一度で決めなければ愚かだ。また、付け足すならば自身の戦いの術を他者に教えるのも愚か。俺様がお前のアーティファクトの能力を知った以上、先程のような好機はないと知れ」

「例え能力を知られようとも私の勝ちは揺るぎませんっ」


 アディーナの言葉が言い終わらないうちにその姿が消える。またしても高速で移動したのだ。

 しかし、今度はその姿ははっきりとアークノイルに捉えられていた。

 視覚ではなく、感覚で――


「きゃっ!?」


 何が起こったのかアディーナには解らなかった。気付けば自分は首をアークノイルに無造作に掴まれ、地面に叩き付けられていた。その衝撃は凄まじく、大きな岩を削って作ったかのように継ぎ目のない石の地面に自分を中心として大きな亀裂が走っている。


<心眼>


 このスキルでアークノイルはアディーナの姿を捉えた。心の眼という文字の通り、自らの感知する間合いに入った獲物の姿を捉える業。幾千の戦いの経験の末に身につけたアークノイル自慢のスキルだ。


「馬鹿正直に人の背後をとるとは、驚くべき単純さだな。これでは気配を掴む必要はなかった」

「離しなさいっ!」


 首を掴むアークノイルの腕を握りアディーナはもがくがその腕はアークノイルの華奢な見た目とは裏腹にガッシリとしていて外すことは叶わない。

 そうこうしている内に首を掴んでいる手が徐々に締まっていくのを感じる。


「か、はっ……」

「くっくっく……いい表情じゃないか。屈服とはまた違うが苦悶に喘ぐ表情は酒の席ではいい肴なんだぜ?」


 本来ならここらで解放して別の方法でいたぶるか、自分の血を流し込んでシモベにするアークノイルであったが、離れた所で見守るランカトゥーリスが動かない内に目の前の聖天族を片付けるべきだと考え、指先に力を込める。彼女はシモベにしたいと思えるほどの力を示したがあれは少しばかり時間がかかる。


「生まれ変わったらシモベにしてやる。今は永久(とわ)に眠れ」


 アークノイルはアディーナの首にかかる指に力を込めた。



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