銀色の髪を持つ男との邂逅
お待たせして申し訳ありませんでした。
「死体か?」
アークは踏み付けた男の頭を改めて踏む。それはグリグリと頭が地面にめり込むのではないかという勢いだ。
「も……」
「お、生きてた」
死体かと思っていた男がか細く呟くのを聞いたアークは踏み付ける足の強さを弱める。あくまで弱めるだけであって未だに頭を踏んでいるのはご愛嬌と言える。
「……もっと強く踏んで下さいっす」
しかし男から発せられたのは結構ドン引きな発言だった。その声は掠れ気味で、今にも息絶えそうであるのに揺るぎない意志を持っていた。
「こうか?」
アークはまったくそんなことは気にせずに男の頭を踏む。踏んでくれと言われたからというのは理由の三割ほどで七割はただ踏みたいだけだ。
「ナイスっす……」
しばらく男の頭を踏んでいたアークだが、飽きたのかその足を離す。
「もう少しお願いできますか? あとちょっとでイケそうなんです」
「なんで俺が貴様の悦ぶことをしなければならないんだ?」
「あふん。はぁはぁ……これが寸止めプレイっすか……おねだり? おねだりが欲しいんすね? どうかこの卑しい豚を貴方様の御御足で踏ん付けて下さいっす」
なぜか興奮した様子で男がアークにおねだりする。
「いや、飽きた」
そしてそれをアークはキッパリと断った。
「なんて冷たい……そこが堪らんっす。もっと! もっと僕を詰って下さいっす」
「……変な奴」
「はい、変な奴っす。さあ、もっと下さいっす」
ここに来てアークはこの男の性質を理解する。そう、この男はいわゆるマゾであり冷たくすればするほど喜ぶ変態だと。
「どうしてこんなところに倒れているんだ?」
ということでアークはこの男に優しく接することにした。冷たくされるのが嫌なら温かく接することこそがこの男にとっての苦痛だろうと考えての行動だ。
「あ、はい。ちょっと色々ありまして……」
「色々?」
「長くなりますがよろしいっすか?」
「ああ」
「実はっすね……自分で自分をいじめるためにご飯抜きの刑を課したんすけど、空腹で動けなくなってしまったっす。まったく興奮もしないし、ただただ腹がすくばかりで……でもこの先に何かあるんじゃないかと思えば思うほどに止めることが出来なかったっす」
長くもなんともないただ呆れるばかりの理由にアークはため息をつく。
「ほれ」
その姿を可哀相とでも思ったがアークは持っていたアルミに包まれた芋を差し出す。
それは先ほど焼いた芋だ。生焼けでアーク自身は食べる気がしないが、残飯処理としては男は都合がよい。
「こ、これは……」
「食い物だ。一個銀貨一枚で売ってやる」
「有り難く頂きますっす! それはもう犬のように手を使わずに食させてもらうっす」
ただより高い物はないが、芋一個の値段としてはぼったくりもいいところの値段をアークは提示する。しかし男は一瞬の躊躇も見せずに食べ出す。公言通り手は使わずに後ろで組んでいる。
「うお、生焼け……お前ごときにはこれがお似合いだよってことっすねわかります」
嬉々として男は生焼けの芋を食べる。その芋がどのようにして焼かれたのか知らないのは彼にとっての幸運だと言えるだろう。
アークはそんな男の姿をかなり冷めた瞳で見つめる。
「ご馳走様でしたっす。いやぁ助かりましたっす。このご恩は……」
全ての芋を食べ終えた男が起き上がる。そしてアークの顔を見てその動作をピタリと止めた。
「何だよ?」
「……いい」
男が呟く。その視線はアークの顔から全体を舐めるように移動し下半身で固定された。
「……ちょっとお尻見せてもらえないっすか? あ、別に生の尻を見せてってことではないっすよ? もちろんそっちの方がたぎるんすけど……」
「嫌だ」
「あ、じゃあ僕の方が移動するで動かないでくださいっす」
そう言って男はアークの背後に回る。その顔は真剣そのもので、アークの尻をジーッと見つめつづける。そして不意に男の顔がにやける。
背筋にゾクッとしたものを感じ、アークは男に向き直る。
「とりあえず芋五個で銀貨五枚寄越せ」
アークは手の平を上にして男に突き出す。
「どうぞっす」
その手の平に男は何の躊躇もなく銀貨をのせる。まったく渋らないことに若干疑問を感じつつも貰った物を返すような性格ではないアークは銀貨をしまう。
「あの、つかぬ事を聞きますがお名前を教えてもらってもいいっすか?」
「やだ」
「いいじゃないっすか〜。減るもんでもないし。あ、僕の名前はジャスティっす」
「ジャスティス……」
「いえ、ジャスティスではなくてジャスティっす!」
「ジャスティス」
「ジャスティ、っす」
「そうか。じゃあな」
ジャスティを置いてアークは立ち去ろうとしたが、その進路をジャスティが阻む。
「僕は名乗ったっす。んで、貴方のお名前と住所、生年月日、お腰に携えるミニチュアバベルの勃〇時の大きさなど教えてもらってもいいっすか?」
「なんでだよ」
「貴方に興味津々なんす!」
ジャスティが満面の笑みで断言する。対してアークは面倒なのに関わったという表情を隠そうともせずにジャスティを見つめる。
「さあ」
「邪魔だ、どけ」
だんだんいらついてきたアークはジャスティを睨みつけて威嚇する。最早優しく接することなどアークの頭にない。だが、そんなアークの反応にジャスティはたじろぐこともなく、ますます笑みを深くする。いや、その表情は笑顔ではなく、恍惚としている。
「や、ヤバいっす……超いいっす。かつてここまでの美少年に威圧されたことがあっただろうか、いやない」
「なんなんだコイツ……」
威嚇しようとも喜ぶだけの存在。世界にはこのような人物も存在することは知ってはいたが、目の当たりにするのは初めてのためアークもどうしていいのかわからない。
「あの……ご主人様って呼んでもいいっすか?」
「……とりあえず俺の前から消えろ」
「はぁはぁ」
アークの言葉にジャスティはただただ鼻息を荒くする。冷たいアークの言葉はジャスティにとってむしろご褒美であった。
「はあ……」
コイツに何を言っても無駄だと悟ったアークは自身の必需品の一つである縄を懐から取り出す。
「……縄? 縄! その縄で僕をどうするんすか? 縛るんすか? 縛るんすね! どうぞ」
アークの意図を察したにも関わらずジャスティは後ろ手に手を組み、アークが縛りやすいように体勢を整える。
やたら従順なジャスティの態度に面食らいながらもアークはジャスティに高手小手縛りを施して颯爽とその場を去った。
「なんて滑らかに人を縛るんだ……惚れたっす」
そしてその場に残されたジャスティはアークの背中にそう言うと、そのままその背中を追って走った。
◇◇◇
「今帰った」
「おぅ、お帰り〜」
「お帰りなさい兄さん」
部屋へとアークが帰ってくるとかなり遅い時間だというのにレオナルドもアディエルも起きていた。
「兄さんどこ行ってたんですか?」
「ちょっとな……」
アディエルにちょっかいをかけた野郎共を殺してきました、なんて言おうものなら流石にうるさく言われるに違いないと思いアークは言葉を濁す。
「夜ご飯は食べましたか?」
「いや、なんだかんだあってまだだ」
「簡単な物なら用意出来ますから少し待ってて下さい」
そう言ってアディエルはキッチンへと向かう。レオナルドと二人で住んでた頃はその役割を果たせなかったキッチンが初めて使用された。朝食はアディエルが作ると材料を購入しているのでアーク一人分くらいなら問題はない。
アークはキッチンに立つアディエルを横目に椅子へと座る。
「明日は初めての三人でのバベル攻略だな」
自身の前の席についたアークにレオナルドが話しかける。
「そうだな」
「心配か?」
若干ニヤニヤしながらレオナルドが言う。昨日から何度も話し合いがあった末に了承したアークだったが、心の奥底では納得してないのは明らかなのでからかい半分で食事が出来るまでの雑談として話を振る。
「お前が盾になればいいだけの話だ」
「オレかよ。お前じゃなくて?」
「俺はあいつの剣だ。近づく不届きな輩を切り捨てる、な」
「オレもまた重大な役割与えられちったな」
「お前だからこそだ」
「その信頼が時に重いぜ……」
アークからの信頼の強さを嬉しいと思う反面、裏切った時のことを考えレオナルドは冷や汗をかく。それを考えれば日中にあったようなアディエルに対するナンパは最も防ぐべき物でそれに失敗したレオナルドはなにかされるのかと内心ドキドキしている。
「夕方のあれだが、もう殺したから問題ない」
「はあ!? おっと、何でもないよアディちゃん」
アークの言葉につい大きな声を出してしまい、訝しげに振り向いたアディエルに何でもないと言いながらレオナルドは居住まいを正す。
「マジで?」
「ああ」
アークの態度は何を当たり前のことをとでも言いたげでごく自然だ。その姿を見てレオナルドは嘘はついてないと判断し、さらなる事情を聞き出す。
「殺ってるところは見られたのか?」
「多分大丈夫だ」
「多分て……」
アークの言葉にレオナルドは頭を悩ませる。目立つなと言っても聞かないとは思ったが、夜中とは言え人殺しまでするとは予想外だった。
「死体は燃やしたし、証拠となるような物はまずない」
「う〜ん……ま、殺しちまったもんは仕方ないけど今度から一声かけてくれ」
「善処する」
仕方ないで簡単にアークを受け入れるレオナルドの感性もどうかて思うが、死体を燃やしたというアークの行動は後に正しかったと言えることになる。この世界では指紋などから死体の身元を判別するような技術はないためにどうしても時間がかかってしまう。加えて三人組に恨みを抱くような者達がかなりの数いるために容疑者を絞るのも容易ではなく、誰もアディエルのナンパから殺しにまで発展したなどと思わなかったのだ。
「今度は殺さずに生きていることを後悔させるようにするさ」
「そうじゃねーよ」
そこから二人の会話はいつものようにじゃれあいに変わっていき、その会話を聞きながらアディエルは調理を進める。手の込んだ物を作るには時間も遅すぎるためにメニューは野菜を煮たスープにオムレツ、パンと本当に簡単で時間のかからない物だ。
アディエルがスープの味を見ていると不意に玄関の扉が叩かれる。その音は手でノックしていると言うより何かがぶつかるような音だ。
「こんな時間に来客でしょうか?」
「なんて迷惑な奴だ。レオ、行ってこい」
「オレ? まあ、アディちゃん出すわけにいかねーしな……」
渋々といった感じでレオナルドが立ち上がり玄関へと向かう。その間にも扉を叩く音は止むことはない。いや、むしろその音は強くなっていると言っても過言ではない。
「ったく。今何時だと思ってんだ!」
レオナルドが勢いよく扉を開くとゴツンと重い音が響く。
「やっべ……」
扉を開けた時に勢いそのままに来訪者を痛打してしまったことを悟りしまったと言う顔をするレオナルドが見たものは後ろ手に縄に縛られ額から血を流しているにも関わらず、凄く嬉しそうな顔をして気絶する銀髪の男の姿だった。