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天上を目指す者  作者: 水平線
第二章
18/19

くそ野郎

 人々が無意識にアークを避けるため、道が出来たことによってすんなりとアークはアディエル達の元へと戻ってきた。


「ア、アーク……これは、その……」


 未だに収まらない殺気にレオナルドはしどろもどろになりながら状況を弁解しようとする。しかし、アークは睨みつけることでそれを制す。


「なんだよコイツ」

「アディちゃんの知り合いか何か?」

「兄さんです」

「あー、噂のお兄ちゃんか。ねぇ、妹さんちょーっと貸してくんない?」


 殺気の塊となっているアークに対してこんなことを言う辺り、本当に勇者だなとレオナルドは思う。ただ、空気の読めなさは半端ではない。

 アークはそれに何も答えず男達をじーっと見ている。それはもう一人一人の顔をじっくりと――


「何見てんだよ?」

「なんか言えよ」

「コイツ気持ち悪いんだけど」


 何を言われてもアークは何一つ言葉を返さない。表情も一貫して無表情なため、不気味である。


「兄さん、あの……」


 アークの様子に長年の付き合いで不機嫌であることを感じたアディエルは何か言おうとするが、言葉が浮かんでこない。


「アイス」

「へ?」

「アイス買ってきた」

「あ、はい」


 差し出された赤、黄、紫にピンクの斑色の三段アイスを差し出されて反射的に受け取る。


「おい、無視してんじゃねーよ!」


 声を荒げて勇者Bがアークを威嚇する。アークはそれに一切答えず、また勇者達の顔を見つめるだけだ。


「お、おい。なんか言えって」

「ビビってんのか?」


 やはりアークは何も答えずに顔を見つめてくるだけだ。しかし、殺気は相変わらず体中からほとばしっている。

 さすがに不気味すぎて勇者達も関わらない方がいいんじゃないかと思いはじめた頃、ようやくアークが口を開いた。


「アイス……そこのデクの棒に買ってきた奴……やる」


 そう言ってアークは持っていたアイスを勇者Aに差し出した。


「は……え……」


 どうすればいい? とばかりに勇者Aは仲間を見るが彼らもまたその問いに対する答えは持っていない。


「連れが騒がせた詫びだ」


 そう言うとアークの体に漲る殺気が収束していく。


「こんなんより妹貸しくれよ」

「そーそー」

「それに関してはこれから話し合おうじゃないか。まずはアイスを受け取れ。そして食え」


 アークはチョコレート色のアイスを勇者Aの手に無理矢理持たせる。


「いらねーっての」

「妹が?」

「いや、それはいるけどよ」

「じゃあまずはアイスから。食え」

「何なんだよコイツ……」


 と言いつつ、勇者Aはアイスを口に運ぶ。何気なく口に運んだものだからそれが何なのか気づかなかったのは失敗だった。


「ぐわっ! ぺっぺっ! ぶはぁっ!」


 口に入れた瞬間に鼻をついた凄まじいまでの臭気。どこかで嗅いだことのあるその臭いが何なのか悟った時、男は全てを忘れて悶絶するしかなかった。


「ふふっ、くくくっ」


 勇者Aが悶絶しながらどこからか取り出した水で口を濯ぐ音とアークの笑い声しか聞こえなくなる。


「てめぇっ! これ……」


 勇者Aが憤慨しながらアークを怒鳴ろうとしたが、それ以上は何も言えなくなる。自分が何を口にしたのか言いたくなかった。


「ふふふっ」


 アークはその光景を見てとても愉快そうに笑う。アディエル達を含めた周りのギャラリー達もアークが何を食べさせたのか気になってしょうがない。


「くそ野郎……」

「はははっ! くそ野郎はお前だろ。だって今さっき食ったんだから」


 アークがそう言った瞬間、周りの者達の目が勇者Aと勇者Aが投げ捨てたアイスらしきものにいき、一斉にそれらから距離を置く。


「や、やっぱりあれは……」

「臭いでわかるだろ」


 アークの言葉に勇者Aの顔が青ざめる。予想していた事が現実であることを知り、絶望した。仲間の方を向けば露骨に目を逸らされてしまう。


「こ、こここ殺す」


 当然怒りはアークへと向かった。しかし、アークの表情は喜悦に歪む。


「ここで? やれば?」


 人目につくところでの暴力沙汰となれば騎士団が動く。それを気にしてか勇者Aの行動に躊躇が生まれる。


「てめぇ……覚えてろ。マジで殺してやる」


 そう言い残し、勇者Aは去っていく。仲間達も若干躊躇しながらもそれについていった。周りを囲んでいた人垣は勇者Aから目を逸らしながら割れていく。


「あー、愉快愉快」

「鬼畜過ぎる……そして発想がガキだ……」


 それも十歳にならないものでもそうはやらないことである。


「ん? つーかあれ、オレに買ってきたとか言ってなかった?」

「正確には拾ってきた」

「そんなん分かってるよ! じゃなくて本来ならオレに渡されたもの?」

「半分は冗談だぞ?」

「それって半分は本気ってことだろ」


 レオナルドは自分が渡された未来を想像してみる。多分ではあるが、本当に食べられるものかどうか執拗に確認するだろうから気づくだろう。となれば冗談と言うのは頷ける。ただ、万が一食べてしまう可能性もなくはない。


「もし食ったとしても、まずい料理を食った時にくそみたいにまずいって表現を実感を持って使えるだろ」

「だからってな……」

「兄さんはアイスを侮辱しました」


 アークとレオナルドの言い合いにアディエルが参加してくる。甘い物が三度の飯よりも好きなアディエルとしてはアークのしたことは到底許せるものではない。


「アイスに謝ってください」


 ただ、怒るところが若干ズレてはいる。人に汚物を食させたことよりもアイスのコーンに汚物を乗せたことが許せないのだ。

 エリス村にいた頃からアークが色々やらかしたのはアディエル自身も心得てはいるが、それがアディエルに声をかけたからと言う小さい理由だということをアディエルは知らない。ただ単にむしゃくしゃしてやったと思っている。それを鑑みれば、先ほどのアークの行動は自分を助けるためのものだと考え、内心嬉しかった。

 ただ、アイスに対する侮辱は許せない。


「なんで無機物に謝んなきゃならねーんだよ」

「アイスは……いえ、甘いものは全て生きてます」

「どんな理屈だよ。レオ、こいつの相手は任せた」

「は?」

「買い忘れたもんがある。あと……ちょっと用事が出来た。今度はゴミに声かけられるんじゃねーぞ。もし声をかけられたら容赦なく殺せ。さもなきゃお前にもあれを食わせる」


 あれと言った時にアークは落ちたアイスを指差す。


「それと迷惑になるから片付けておけよ。手袋やる」


 そしてゴム製の手袋をレオナルドに渡してアークは去っていった。ちなみにゴム手袋はアークの必需品の一つであり、いつでも持っている。


「勝手な野郎だ」

「兄さんったら……あ、これおいしい」


 しぶしぶながらも手袋を装着し、汚物を片付けるレオナルドと買ってきてもらったアイスを若干疑いながらも口に運ぶアディエル。アークがアディエルに買ってきたアイスは色は奇抜ではあるが味は良かった。

 しかし二人、特にレオナルドは失念していた。今の状況下でアークがアディエルを置いていくはずがないことを。そしてアディエルに触れたのは勇者Aではなく勇者Cであったこと。また、アークが向かった方角が勇者達が去った方向だと言うことを――



◇◇◇



 深夜の裏路地。人通りのない通りを長髪でそこそこ顔が整った男とスキンヘッドでサングラスをかけた男、そしてニキビ面の背の低い男三人の男が歩いていた。アディエルに声をかけた勇者三人組である。


「くっそ、まだ口ん中に違和感ある」

「ヒャハハハ、今考えてもあれは傑作だったな」

「気づかねーのもどうかと思うぜ」

「うっせ! あの野郎、絶対に殺してやる」


 怒りをあらわにする長髪の男。


「それはそうと、あのアディちゃんって子可愛かったなー」

「そーそー。一発やってみてぇよ」

「へんっ、あの野郎をぶっ殺す前に目の前で犯してやるのも面白そうだ」

「おいおい、まだ足りねえのかよ」

「あれから二人も引っかけて犯したじゃんよ」


 アークに追い払われた男達はあの後、二人の女性をナンパし、 五人でよろしくやっていた。食事に誘いつつ、強引に最後までいく手口は最早レイプであったが、繋がりのある裏の顔役に処理を任せたために問題になるようなことはまずない。むしろその女性らを商品として渡したために小遣いすら貰ったほどだ。


「つーか、今日のお前はキス魔だったな」

「数時間前にあれを食った口を女に吸わせてるのはマジ鬼畜。おかげでおれらキス出来なかったじゃん」

「黙れ。二度とそこに触れるな」


 長髪の男を先頭に三人は歩く。向かう先はグロリアの花街。丁度小遣いも貰ったために今度は素人ではなくプロの技を堪能するために向かったのだ。しかし、グロリアの街では花街に行くためにはどう行くにしても人通りの少ない道を通らなければならない。


「ぐわっ!」


 一番後ろを歩いていたスキンヘッドの男が突然声をあげて前のめりに倒れる。その音に残りの二人が背後を振り返ればそこには、音もなく気配もなく立つ影があった。

 影は全身を黒ずくめにし、顔も定かではない。ただ、手にはスキンヘッドの男の血であろう液体の滴るナイフを持っている。


「な、なにもん……」


 声を発しようとした長髪の男の口にナイフが投げ込まれる。次いで影は懐から新たなナイフを取り出して長髪の男に近づき、胸を刺した。


「ひ、ひぃ……」


 瞬く間に仲間を殺されたニキビ面の男は腰を抜かしてその場にへたりこむ。影は長髪の男に刺したナイフを抜き取り、最後に残った男に近づいていく。

 自分も殺される。そう思った男は恐怖で叫び声すら出せなかった。一体誰が? と考えても心当たりがありすぎて目星すらつけることが出来ない。


「やっぱ殺しには不意打ちだよな」


 影が声を発する。そして顔を覆う黒い布を僅かにほどく。

 その顔に男は見覚えがあった。髪の色も見ることが出来れば断定できたはずだが、あいにくと見えたのは整った顔立ちの少年だ。


「お、お前は……」


 必死に記憶を手繰り寄せる。確かに最近見た記憶があったのだが、それ以上は思い出すことが出来ない。


「思い出せないのか? さっきまでネタにしてたろうが」


 その言葉で男は目の前の少年が仲間に汚物を食させた者であることを思い出す。


「なんでここに……」

「なんで? 尾行してたからに決まってんだろ」

「尾行、だと?」

「そ。あの後お前らを追っかけてずっと張り付いてた。そしてこうやって人気のないとこに来て殺す機会を窺ってた。十日くらいは我慢できると思ってたが、存外早かったな」

「ずっとだと?」


 アークの言葉に男は驚く。男達もまだまだ未熟とは言え、バベル二階層に辿り着いている。そんな中、誰にも気づかれずに尾行することは自分達よりも相当実力が上でなければ無理だ。

 しかし、答えは単純明快だ。アークが尾行に適したスキルをアディエルと再会するまでに身につけていたことが気づかれなかった理由である。アーク達は未だにバベルの一番初めの出入口から進んでいない。それは最初の探索で危機に陥ったことでレオナルドが慎重になってしまったことが原因だ。しかし、魔獣を殺す技術は格段に上がったと言って良い。中でも、常に気配を極限まで消して背後から不意打ちをするアークは<隠密><不意打ち><バックアタック>のスキルを得ていた。隠密はスキルを発動すれば気配をほぼ絶つことができ、不意打ちとバックアタックはそれぞれ値する攻撃を仕掛ければ与えるダメージを増加させるものだ。


「ずーっとだ。お前達が新しく女を引っかけたのも、犯したのも、やるだけやって売り渡したのもずっと見てた」

「何だよ、正義の味方でも気取ってんのか?」

「正義? まあ、そうだな。ただ、お前が思う正義とは違うかもしれない」

「何だってんだよ」

「アディに俺の許可なく声をかけた奴や触れた奴を痛め付けるのが俺の正義。まあ、殺すのは機嫌が悪かったからだけどな」

「それだけ……?」


 たったそれだけのことで仲間は殺されたのだろうか? そして、自分も殺されてしまうのか。


(いやだ……そんなんで死んでたまるか!)


 アークと会話してるうちに足に力はだいぶ入るようになっている。男はアークの隙を見て逃げだそうと画策する。

 だがアークはそれを予期したかのように男の視線が逃げ道を探すために僅かに逸れた隙にナイフを足に刺した。


「ぎゃっ!」

「ちっ、やっぱ悲鳴ってのは女のもんに限るな……お前らが犯った奴らなんか、なかなかいい声あげてた」

「はぁはぁ……許して下さい」


 この足では逃げ切ることは出来ないと悟った男は命乞いを始める。ただ、見た目には屈服したように見せかけておいて実は時間を稼いでいるだけであった。今の悲鳴で誰かが気付いてくれるに違いない。そうすれば助かるだろうと男は考えていた。


「悲鳴もつまらんかったからもうお前いいや」

「へっ……」


 ただ、想定外だったのは命乞いがアークの耳に全く入っていなかったこと。いや、例え聞こえていたとしてもこの男の言葉は無視していたに違いない。なぜならこの男はアディエルに声をかけただけではなく、触れた存在だ。

 アークは足に刺したナイフを引き抜き、そのまま喉を掻き切る。

 空気が漏れる音と共に血が吹き出し、男はわずかばかり時間をかけて絶命した。

 アークは死体となった男達を一纏めにしてから荷物を隠した場所から取り出した瓶に入っている液体をドバドバとかける。

 その液体の正体は油だ。料理に使用される油を三人組がお楽しみ中の間に購入していたのだ。それをかけた後にマッチを擦って興した火を紙に燃え移らせ、纏めた死体に放った。


「んー、思ったより火力が弱いな……焼けるかな?」


 立ち上った火を見ながらアークは呟く。そして荷物から新たに物を取り出す。それはアルミを紙の薄さにのばしたものと紫色の芋。そして芋をアルミで包み、火の中に投入した。


「どうせたき火するならこれがなきゃな」


 どうやって三人を殺すか考えた時にとりあえず最後は燃やそうと考えたアークはたき火気分で焼き芋をしようと考えていた。ちょうど油を買った店にこの二つもあったことも要因かもしれない。


「火か……」


 炎を見ながらアークの思考に何か引っ掛かるものがあった。その引っ掛かりが何なのかをしばらく考えていると、誰かが近づいてきた気配を感じた。


「まだ焼けてねえのに……」


 芋を回収してアークは荷物を持って顔を隠し、<隠密>のスキルを発動し、その場を去った。




 とりあえず、人目につかないところまでアークが移動した時、何かを踏んでしまいバランスを崩してしまう。

 その何かをアークは確認する。すると、そこには夜においても月明かりで映えるアークよりも色の濃い銀色の髪を持った男が寝そべっていた。




ただ、単に死体燃やした火で焼き芋をさせたかっただけのために書いたお話です。ちなみにサブタイトルはアークのことです。念のため……



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