アディエルと街へ
アディエルと再会した翌日は三人でアディエルの装備やら日用品、足りなくなった道具等の補充をした。
最初、アークはバベルに一緒に入ると言うアディエルの意見を反対していたが、熱意に押され受諾した。
アディエルの身につける装備に関してはアークらと同じ場所で購入した。アディエルの分の代金は貸すだけだと言いながらアークが全額支払ってあげた。多分、後でアーク自身から徴収することはないだろう。
アディエルはそんな理由で多少の遠慮もあったのか、武器は鉄の剣と剣のランクとしては下から数えた方が早い物を購入したのだが、防具に関してはアークがあれこれと口出しし、動きやすい物がいいと言うアディエル自身の意見も相まって銀の軽鎧を購入した。アーク達の鎧とは違い、肩から先は覆う物がなく、また下半身はショートパンツを着用し、脚甲部に覆われていない太股はさらけ出した状態なので一見すると衣服のように見えなくもない。しかし、銀の軽鎧は炎系統のスキルの耐性も付き、防御力も中々に高いために中級の者に広く愛用されている品である。それだけに値も少々張るのだが、アークがほぼ無理矢理にこれに決めた。
そして無事買い物を済ませた三人はアーク達が知る範囲でグロリアの街をアディエルに案内がてらぶらつく。
「それにしても今の時代はスキルカードの素材が豊富ですね」
アディエルが最後に購入したスチール製のスキルカードを見ながら言う。スチールはアークのスキルカードの素材であるロジウムよりも能力は劣るがそれでもバベル初心者が持つには破格の代物である。
「昔は十種類もなかったのに……」
「昔?」
「あ、いえ何でもありません」
つい前世を思い出して漏れ出た言葉にレオナルドが反応する。アディエルは慌ててそれを誤魔化す。
「ふーん……まあ、聞いた話じゃここ二百年の間に新しく金属の精製方法が確立されたことや最近のバベル攻略中に宝箱の中から発見される物の中に未知の金属があるってことがスキルカードの種類が増えた要因らしい」
「そうなんですか」
「ああ、そのおかげで昔ならスキルカードのランクアップに結構かかった金額が大分抑えられるってもんよ」
スキルカードにはその素材ごとに書き込まれるスキル数に上限がある。上限に至るとそれ以上スキルは書き込まれないため、スキルを得たとしても分からないし使うことが出来ない。そのため上限に近付いたスキルカードは更に多くの上限を持つ素材のカードへとランクアップする必要がある。スキルカードのランクアップは元々のスキルカードに書き込まれていたスキルをそのまま写すことが出来、尚且つかかる費用も普通に買う半額ほどで済む。アディエルがアディーナであった時代には十の上限を持つスキルカードをランクアップさせるには上限が百のスキルカードにするしかなかったが、今の時代では十の上限の次は二十、三十と選ぶことが出来る。前者は種類がなかったために選択肢がなく、かなりの価値の物へとランクアップさせねばならなかったためにどうしても費用がかかったが、後者は自分の財布に見合った物を選んで購入出来た。
「なるほど……時代というものは移ろいゆくものですね」
「婆くせえ……時と共に代わるからこそ時代って言うんだろ」
「ばっ、婆くさいって何ですか!? 私の何処が婆くさいって言うのか是非教えてもらいたいものです!」
「考え方だよ。何かにつけて昔がどうたらこうたら言うじゃねえか」
「そ、それは……」
アークの突っ込みにアディエルが口ごもる。そして前世の頃と今世をつい比べてしまう自分を省みる。アディエルは前世をほぼ明確に覚えているからこそ人の技術の革新に驚かずにはいられない。
しかし、そもそもの話、アディエルが前世で死した年齢を今の年齢に加えるとおばさんと言っても過言ではなくなるため発言が多少婆くさくなっても仕方ないことだ。知らないとは言え、そこに土足で踏み込むアークの方が悪いのかもしれない。
「むぅ〜」
何も言い返せずアディエルが唸り声を発する。
「ふむ、いい顔だ」
アークはそんなアディエルの姿を見てご満悦だ。つい昨日再会したばかりであまりにいつも通りな光景にレオナルドがこっそりため息をつく。得てしてそんな時の仲裁役はレオナルドがすることになるのだ。
「はいはいそこまで。ほら、アディちゃんはレオお兄さんがアイス買ってあげるから機嫌直して」
「アイス……」
子供のご機嫌の取り方だとは思いつつも、その単語だけでアディエルの心が弾む。
「そうそう。三段重ねの奴買ってあげるからさ」
「ご、五段っ!」
「ダメダメ。あと少しで晩飯なんだから我慢しなさい」
「どうしてもダメですか?」
おねだり口調全開で更に上目使いでアディエルが言うが、レオナルドは首を横に振る。
「アディちゃんがいくら可愛くねだってもオレには効かない。なぜならいくら可愛かろうとアディちゃんは巨乳じゃないから……くっ、オレだって、巨乳以外に貢ぐなんて嫌だよ。断腸の思いですよ……でもっ、お前らが仲良くないと居心地悪いし、時々胃が痛くなるから仕方なく奢るんですからねっ!」
「おお〜、レオ立派立派。ついでに俺にも奢ってくれ」
レオナルドの男気にまばらな拍手を贈りながらアークが言う。
「……アークはシングルだからな」
まったくもって図々しいとは感じながらも親友の言葉を受け入れる。
「なら兄さんが購入するはずだった三段のうちの切り捨てられた二段を私に上乗せという形に……」
「いや、ならないから。兄妹揃って図々しい……」
そう言いながらレオナルドは懐を漁り、財布を取り出すと中身を確認する。
「うん、大丈夫だな。んじゃ買ってくるけど何がいい?」
「あ、待ってください」
二人の希望を聞いて買いに行こうとしたレオナルドだが、アディエルに止められる。
「兄さん? 買いに行くのは兄さんが行ってください」
「なんでだよ」
「そういう気分なんです」
実際は意趣返しの要素が強い。アークにパシリに行かせることで、おいしくアイスが食べられると言うものだ。
「気分って……そんなんでパシるのは嫌だ。何より今、お前と別行動なんぞ……」
「いいから行ってください」
「嫌だっつってんだろ」
「だから言い合いすんなって! アーク、大丈夫だ。アディちゃんにはオレがついてるから。ほい、金。オレは絶対に完食できるものを頼む」
レオナルドがアークに銀貨を一枚渡し、自身の希望を告げる。便乗するようにアディエルも自分の希望を伝えた。
「……レオ、アディから目を離すなよ」
「へいへい」
そしてアークはすぐ戻ると言いながら近くのアイスクリームショップへと向かっていった。
「それにしてもアディちゃんは挑戦者だね」
「はい?」
レオナルドの言葉にアディエルは小首を傾げる。
「だってアークをパシリに任命だぜ? 絶対希望通りの味なんて買って来ないって」
「はっ!?」
今気付いたとばかりにアディエルは口をあんぐりと開け、次いで終わったとばかりに絶望した表情へと変わる。
「なに、考えてなかったの?」
「ええ……失念してました」
「ご愁傷様」
うなだれるアディエルにかける言葉が見つからないレオナルドはただ一言そう言った。
「今ならまだ追いつけますよね?」
「は? ま、待って!」
アークを追いかけようとしたアディエルの手を咄嗟にレオナルドが掴む。しかし、その瞬間レオナルドの視界の天地が逆転した。
「がふっ」
どうやらアディエルに投げ飛ばされたということを悟り受け身をとったが、下は石畳のため衝撃がレオナルドの体を襲う。
「さ、触らないで下さい変態っ!」
掴まれた手をどこからか取り出した布で懸命に拭きながらアディエルはレオナルドを怒鳴りつける。
「ちょっとじゃん……」
「ちょっとでもです」
話すこと自体は問題ないのだが、アディエルはレオナルドに自分に触れられたくないと思っている。別に男性恐怖症だからというわけではなく、単にレオナルドに直接触れられるのが嫌なだけだ。アディエル自身から触れる分には幾分かマシだし、間接的ならば何の問題もない。だが、とにかく直接の接触だけはレオナルドがアークの最も親しい友となったと知った日からひたすらに拒絶していた。
「アディちゃんには無害なのに……」
アディエルが巨乳ではない故にそれだけは断言できる。
「なら、胸の成長具合を逐一聞かないでください」
「挨拶みたいなもんじゃん」
むしろレオナルドにとっては挨拶そのものであった。
「聞かれる度に不快感をもたらす物は挨拶とは言えません」
「なら、アディちゃんも男への挨拶はあなたの股間の針は槍へと進化しましたか? とでも聞けばいいじゃん」
実際にアディエルにそんなこと言われたら「なら進化したかどうか君の目で確かめてよ」と言いだす野郎が出てくるだろうななどと思いながらレオナルドが冗談を飛ばす。
「針……槍? なんのことですか?」
「おっと、純粋すぎて比喩表現が伝わらないとは……アークとか親父さんに付いてるの見たことない?」
「……っ!?」
理解したのかアディエルの顔が赤くなる。その姿にこれで巨乳なら完璧なのになぁと考えながらレオナルドは立ち上がる。
「あの子かーいーなぁー……」
「オッサンが色々教えてやりたい……はぁはぁ」
周りで様子を見ていたギャラリーからそんな声が聞こえてくる。美少女たるアディエルの姿はただそれだけで周囲の視線を集めるには十分だった。下ネタに反応して顔を赤くしたアディは最早殺人級の可憐さを周りにばらまいている。男だけでなく、女性もまた微笑ましげにその様子を見ていた。
その様子にレオナルドは目立ちすぎたと内心舌打ちする。そして危惧したことが起こってしまう。
「ねえねえ、そんな野郎ほっといておれらと遊ばない?」
「そうそう。すっげー楽しいことしてやるからさ」
「楽しいっつーか気持ちいい?」
レオナルドがいるにも関わらず、アディエルに声をかけてくる男達。見るからに軽薄そうな彼等のうち、長髪でそこそこ顔が整った男を勇者A、スキンヘッドでサングラスをかけた男を勇者B、ニキビ面の背の低い男を勇者Cとレオナルドは勝手に呼称することにする。
こうゆう輩がアディエルに近付かないように目立たず、さも頼りありげな彼氏風にアークが帰ってくるまでレオナルドはアディエルを守ろうとしていた。
アークはそういう男達が近付かないように、体中に殺気を漲らせ周囲の男共を威嚇していた。街を歩く者達はバベル挑戦者が多く、そういうものに敏感な為、殺気の鋭さを警戒して近づかないようにしていた。だからこそアークはパシリに行くのを若干渋っていたのだが、レオナルドを信頼してアイスを買いに行った。
「結構ですから……」
「いいじゃん、行こうよ」
やんわりと断ろうとするアディエルの言葉を流して勇者Aが言う。
ここでレオナルドが恐怖しているのはアークがもし今にも帰ってきてこの光景を見ることだ。
「つーか何見てんの? もしかして文句でもあんの?」
「ちょっとこの子借りていーよね?」
勇者BとCがレオナルドとアディエルの間に立ち、レオナルドに対して凄みを効かせる。
「ちょっ、止めとけって……」
たまらずレオナルドが止めに入る。
「お兄さんはちょーっと黙っててくれる? つーか、彼氏?」
「オレはそいつの兄貴の親友だ」
レオナルドは勇者達に近付いて言い放つ。
「あー、お兄ちゃんの親友なんだ……つーかそれじゃなんも関係なくね?」
「ダチの妹さん貸す許可頂戴。一晩だけ」
「何なら二晩でもいーけど?」
そう言って勇者達は笑う。
「お前ら……空気読んでくれよ」
アークが向かったアイス屋の方向をチラチラと見ながらなんとか穏便に解決しようする。なぜだかアイス屋の方角からどす黒い暗黒の気が立ち上った錯覚が見えた。
「空気読むのはおめーだし」
「この子もおれたちと一緒がいいって言ってるよ、ねー?」
「嫌ですけど?」
勇者達の言葉を今度はキッパリとした物言いで返すアディエル。最初からそうしてくれよと思いながらもレオナルドは更に畳み掛ける。
「ほら、本人嫌がってるし、交渉決裂ってことで終わりにしよう。ほれ、アディちゃんも行こう」
「変態は私に触れないでください」
「アディちゃんも空気読もうか?」
アディエルの腕を引っ張ろうとした瞬間振り払われてしまい、思わずレオナルドはツッコミを入れる。
こうゆう場面でも空気を読まないのは兄妹一緒だとげんなりした表情になる。
「アディちゃんって言うのかー」
「つーか変態だってよ」
「ストーカーか何か?」
「私のストーカーではありません」
「さも、誰かのストーカーしてるみたいな言い方は止めてくんない? とゆーかいいか、三つ忠告するぞ。一つ、アディちゃんをアディちゃんって言うな。二つ、絶対にアディちゃんに触れるな。三つ、顔覚えられる前に今すぐここから立ち去れ」
レオナルドの姿は他者から見れば懸命に親友の妹を守ろうとする良い青年に見える。必死な形相なのも手伝って迫力もあった。
ただ、レオナルドの心情はちょっと違う。確かにアディエルを守ろうと必死ではあるが、それよりもシスコンな親友がこの場面を見ないようにするために早急に解決しないといけないと焦っていた。
「必死になってんよコイツ」
「アディちゃん触っちゃダメだって?」
「へへ、ターッチ」
「きゃっ」
勇者の一人が止める間もなくアディエルに触れる。それにビックリしたのかアディエルが短く声をあげた。
しかし、その瞬間その場にいる全員が振り返るような強烈な殺気が人混みの奥から発せられた。
「な、なんだ?」
「なにが……」
驚く勇者達。
そしてレオナルドは見た。人混みの奥に銀髪と肩を揺らしながら毒々しい色のアイスを両手に持ち、こちらに向かってくる無表情な殺気の塊を――
「魔王が来ました……」
半笑いでレオナルドはそう呟いた。