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天上を目指す者  作者: 水平線
第一章
16/19

兄妹の話し合い

 再会を果たした一同は席を同じにし、向かい合う形で座った。アークの前にアディエル、レオナルドの前にガルダという図だ。


「アークの親父さんも来てたんすね」

「娘一人で行かせるわけにもいかなかったしね。二人とも元気そうで何よりだよ」


 アークとレオナルドの顔を見てガルダは安堵したように言う。バベルに挑み、二度と帰って来ないというのは珍しくない。ガルダ自身もバベルに挑戦していた頃、知り合いが帰って来なかったことは幾度もあった。聞き込みや『セミヤー』での話を聞く限りは大丈夫そうだったが、実際に二人の姿を見て本当に安心していた。


「少し見ない間になんだか雰囲気もちょっと変わったかな?」

「そっすか?」

「ああ。アークなんかたった一月半の間に纏った風格が一変してる」

「そんなもん自分じゃ分からない」

「父さんは客観的に見てそう思うんだから間違いないよ」

 

 ガルダから見た二人は生き物の死に触れたからだろうか、男の顔になっている。特にアークはちょっと前までは全身に漂っていたやる気のないオーラが成りを潜めていた。


「確かに、兄さんは少し変わったかもしれません……」

「アディちゃんも言うってことはそうなのかもな。ま、環境が変化したんだから人も自然と変わるもんさ」

「そういうのとは少し違うようにも思えますが……」


 変わったというよりも近付いたようにアディエルには思えた。自分が殺し、自分が殺された最強の吸血鬼と兄の姿が重なりつつある。


「兄さん……兄さんはなぜバベルに挑むのですか?」


 核心には触れずに、なぜアークが自分な元を離れてバベルに向かったのかを問う。


「……レオが誘ったからだ」

「責任丸投げかよっ!? まあ、間違いではねーけどよ」


 それだけじゃないだろうにとレオナルドは思う。確かに何度も誘いはしたが、その度に素気なく断られている。アークがいきなり心変わりしたとするならばそれなりの理由があるだろうと思うが、流石に聞くことは躊躇われた。言えないならそれで構わないし、話してくれるならば真剣に聞いてやる心構えはある。レオナルドにとってはそれだけのことだ。

 だが、アディエルはそうはいかない。アークの思惑を知りたいと思っている。もちろん、アークの言うことも多少信じてはいるが、それだけでは理由として少し弱い。やはりアークは自分の知る吸血鬼の生まれ変わりで、自分と同じように前世の記憶を持っているのではという疑問は消えない。


「兄さん、私に嘘や誤魔化しなんて吐かないでください。本当の理由を教えてください」

「……お前の無病息災」

「説得力あるわー」

「あるね」

「……あくまでシラを切りますか」


 アディエルに睨まれるがそれしきのことで動じるアークではない。アークにしてみれば女神ランカトゥーリスと戦うためにバベルに挑むなんて頭がイカレ過ぎの理由を話す気はない。別に他人にどう思われようとも構わないが、大切に思う者にイカレ野郎扱いされるのは出来れば避けたい。

 とは言っても普段の行動が十分にイカレ野郎の範囲に収まっているのだが、アークにしてみれば普通のことすぎて考慮にすら入っていない。


「妹のことを考えているよき兄だろう?」

「……若干納得しそうですが、絶対他に何かあります。例えば……昔に何かあったとか?」

「昔、ねぇ……七歳くらいだったか。お前が熱出して寝込んだ時に、寝付くまで手を握ってろと言われて朝まで起きてたことがあったな。うん、それがきっかけだ」

「あれはやたら話しかけてくる兄さんが悪いんです。ってそうじゃなくてっ!」


 そこで兄妹による言い合いが始まる。実際にはアディエルの問い詰めをアークがのらりくらりとかわしているだけである。それを微笑ましいという表情で見ながらレオナルドは食事に勤しみ、ガルダはゆっくりと冷めたコーヒーを口に運ぶ。


「アディ、気はすんだか?」

「はぁはぁ……ええ、このままでは話は平行線でしかないってことが分かりました」


 肩で息をしながらアディエルが座る。白熱し過ぎてアディエルはいつの間にか席を立っていた。


「それで決めました。兄さんの本当の目的を聞くまで私もここにいます」

「村に帰れ」

「バッサリいったなー」

「切れ味は変わってないんすよ」

「二人は黙っててくださいっ!」


 余計な茶々をいれてくるレオナルドとガルダの二人をギッと睨みつける。それにレオナルドは圧力に押され食事を再会し、ガルダは苦笑いを浮かべた。


「コホン、いいですか? 私がどうするかは私が決めます。兄さんにあれこれ指図される筋合いはありません」

「知らん。帰れ」

「帰りません」

「はあ、いいかアディ? ここはな村と違って(ゴミクズ)が大量発生している。それだけに不愉快な目にもあうだろうし、殺したい蛆虫も沸いて出てくる。俺は心配してるんだ」

「出たよシスコン」

「どうしてアディにかける優しさの半分も父さん達にはくれないのかなぁ?」

「発言するな、殺すぞ」


 今度はアークがレオナルドとガルダを睨む。それにレオナルドはやれやれと苦笑し、ガルダは目線を露骨に逸らした。


「兄さんの心配は余計なお世話です。これでも腕に自信はあります」

「喧嘩一つしたことない奴が偉そうに……」

「兄さんと喧嘩したことはあるじゃないですか」

「それとはまた別の話だ」


 アディエルは確かに他者との喧嘩という意味では今世ではしたことはない。したとしても、兄妹喧嘩という名のじゃれつき合いだ。だが、アディエルには明確な前世の記憶がある。戦いのために日々研鑽し、ランカトゥーリスの傍に仕えたという記憶が。そのため、アディエルは幼い頃から隠れた所で修練を重ねていた。隠れて行っていたために大したことは出来なかったが、前世の記憶と共に身体能力も多少受け継いでいたのか、前世ほどではないにせよ人間という種においてはアディエルは中々の技量を持っている。


「どうしても帰れと言うのなら、なぜ兄さんがバベルに挑むのか真実を話してください」

「……アディ、お前ウザいぞ」


 アディエルの言葉にアークの目が細められる。

 そこでアディエルは悟る。これ以上突っ込んだ所へと足を踏み出せば、例えシスコンと呼ばれるアークであろうと明確にアディエルを拒絶する、と。


「う……だけど、私は兄さんと一緒にいたいんです。兄さんの考えを知りたいんです。それはいけない事ですか?」

「なんか告白みてー……」

「兄妹の恋愛はそれだけで禁断だから、厳密にはいけない事ではなかろうか?」


 今度はレオナルドとガルダの茶々を諌める者はいない。というより存在そのものが無視された。

 アディエルの目には目の前にいるアークしか映っていないし、アークの目もまた涙を滲ませるアディエルの顔しか捉えていない。


「ゴキブリ並に湧き出る害虫共の駆除が大変だな」


 ふと、アークがため息混じりに呟く。そうして視線をテーブルに並ぶ料理へと移し、それらを口に運ぶ。


「兄さん……ということは……」

「お兄様から許可が下りたってことだね」

「やっぱりこうなったか……昔からアディには甘いんだよねアークは」

「てめーはさっさと村に帰れ。今母さんだけで農作業してんだろ」

「いや、グリードさんも手伝ってくれるらしいから。でも、ほとんど一人で抱え込んでるだろうな。父さんは明日帰ることにするよ」

「親父が手伝ってんすか?」

「おお、そうだっ!」


 レオナルドの言葉にガルダが思い出したとでも言うように手をポンと叩く。


「グリードさんから言伝を貰ってるんだよ、レオ君にね」


 ガルダの言葉にレオナルドが顔をしかめる。手紙だけ残して黙って出ていったためにばつが悪いらしい。


「え〜、ゴホン、マ〜マ〜マ〜〜『この馬鹿息子がっ! てめぇなんか勘当だっ! どこででも野垂れ死にやがれっ! だけど本当に野垂れ死にする前には帰ってこい。勘違いすんじゃねえぞ? オラァてめぇなんぞどうでもいいが、母ちゃんが心配してるから仕方なくだかんな』」


 それは本人かと思えるほどに忠実に再現されたガルダの声帯模写であり、レオナルドは本当に父親に言われているかのような錯覚さえ覚えた。


「つーか最後にデレるなよっ! 気持ちわりい……」

「そう言ってたと伝えておくよ」

「いや、待ってください。その……悪かった。絶対バベル制覇して帰るから待っててくれって伝えてくれますか?」

「わかったよ」


 レオナルドの言葉にガルダは根はいい子なんだよなと思いながらその姿を見つめる。次いで我関せずとばかりにマイペースに食事を続けている息子を見た。


(こうゆうのうちの息子は言ってくれないんだよな……とゆーか父親との久しぶりの再会を喜ぶそぶりどころかさっさと村に帰れだし……)


 アークの対応に物寂しさを覚える。冷たくされようとも親ばかの気があるガルダとしては何らかの優しい言葉が欲しい。


「アーク……母さんへの言伝とかあるかい?」

「特にない」

「なくても捻り出してくれ」

「……浮気はほどほどにしろって言っとけ」

「浮気だとっ!? しかもほどほどにしろだと……ど、どーゆうことだっ!」

「冗談だ……半分」

「半分?」

「田舎なんて何もないとこでやることったら限られてくる。しかも女に飢えた男がいっぱいの地で旦那は長期不在……何があっても不思議じゃない。大丈夫、血縁関係が半分の弟妹が出来ても受け入れっから」


 受け入れはするが、多分可愛がりはしないがな、とアークは最後につけて冷笑を浮かべる。

 一方アークの言葉に色んなことがガルダの頭の中を駆け巡る。最後の方はすでに耳に届いておらず、仲の良い男友達にお前の嫁さん可愛いなと言われた記憶等を思い出していた。


「帰るっ! 父さん今すぐエリスに帰るっ!」

「こんな時間に?」

「明日なら乗り合いの馬車とかも出てますけど……」

「やだっ! 今すぐ帰るんだっ!」


 なぜか駄々っ子のようになってしまったガルダをアークは楽しげに見つめる。


「アーク、からかうにしちゃ若干リアリティがありすぎる」

「というかお母さんがそんなことするはずありません」


 ガルダとディーネはいまだに同じベッドで眠り、一緒に風呂に浸かるほどに仲が良い。また、子供達やその他の者達の前でも平然と愛してるというやり取りを繰り広げている。


「いや、アディちゃん……可能性はゼロじゃないぞ。ディーネさん、まだ三十四歳の女盛りだし。ま、巨乳じゃないからオレの下半身は微動だにせんが……」

「反応してたら今頃折ってる」


 アークとアディエルの母であるディーネは胸はそれほど大きくないが、女性にしては背が高くスタイルはいい。しかし、レオナルドにしてみれば胸の部分だけが重要であり、親友の母親が巨乳ではないことに今この時だけ感謝した。


「とにかく、父さんは大至急帰る。とりあえず今住んでる場所の住所を教えなさい。あ、あとアディ、手紙も定期的によこすこと。アークとレオ君がどうしてるのか知りたいからね」

「はい」


 住所はアークがめんどくさがったのでレオナルドがガルダに伝えた。

 それを書き取りガルダは席を立つ。そして伝票を持っていそいそと店を出ていった。レオナルドとアディエルは見送りのために一緒に外までついていったが、アークはその場に残って食事に集中した。



「兄さん、薄情すぎますよ……」

「そうだそうだ」


 ガルダの見送りを終えた二人がまた店内へと戻ってくる。


「いいんだよ。見送りするとか俺のキャラじゃねえし」


 そう言ってアークは席を立ち、次の料理を取りに行く。


「もう」

「アークは照れ屋なんだよ」

「本気で言ってますか」

「まさか。単にかったるかったに決まってる」

「でしょうね……」


 やはり根本的なとこでのやる気のなさは変わってなかったとアディエルは最初に受け取った印象を心の中で変更した。




「ほれ」

「……なんですかこれ?」


 アークが持ってきた料理の皿が目の前に置かれアディエルの身体が硬直する。


「鳥唐」

「見ればわかります。なんで私の前に置くんですか?」

「アディの到着を祝っての兄からの心付け」

「あ、いえ、私もうお腹いっぱいで……」

「アディの好きな甘い物でコーティングすれば食えるだろ? 甘い物は別腹って言ってたし」

「……うわぁ」


 アークが鳥唐揚げの皿にプリンを落とし、グチャグチャに掻き混ぜるのを見てレオナルドがうめき声のようなものをあげる。アディエルは声さえもあげずアークの行いをなんとも言えない表情で見ている。


「さあ、食え」

「兄さん、私……」

「俺は内心アディが来てくれて喜んでるんだ。これは言わば祝杯。さあ、食え」


 絶対違うと思いながらもレオナルドは兄妹を見つめる。いやらしい笑いを顔に浮かべるアークは置いておいて、アディエルの方は好意を全面に押し出された結果、断りづらくされており、泣きそうだ。


 結果としてアディエルは泣きながら完食した。店を出るときのアークの顔はとても晴れやかだったのは言うまでもない。








 後日、ガルダからアークとアディエル宛てに手紙が届く。

 その内容はディーネに浮気をしてないか問い詰めた結果、やってないと言われたのに関わらずしつこく迫ったことでブチ切れられて、全治十日の怪我をしたというものであった。



 エリス村は平和であった。



やっと三人揃った……

次回から第二章です

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