それぞれの夜
バベルを出たアークとレオナルドはそのまま手に入れた魔晶板を換金すべく換金所へと向かった。
換金所はグロリアの街の中にいくつも存在し、魔晶板だけでなくバベルで得た宝や不必要になった武器や防具なども買い取ってくれる。宝や武器、防具などは店ごとに査定してくれるので多少の差異はあるが魔晶板については買い取り額は一律である。
「安すぎないか?」
「魔晶板の買い取り額は決まってるから交渉は一切受付ないよ」
アークの言葉に換金所の主人はピシャリと言い放つ。
買い取り額を勝手に上げるのは法律で禁じられており、その法を侵せば自らの職を失ってしまう。確かにばれないように買い取り額を上げればバベル挑戦者はこぞって自分の店へと魔晶板を売りにきて、その分だけ儲かるだろうが、リターンに対するリスクが大きすぎるため誰も行っていない。
「まあ、一番純度の低い白ならこんなもんだろ。アーク、無駄なことはしないで出ようぜ」
「いや、あと三十分あればイケる気がする」
「ダメダメ。殺伐とした所に居すぎて巨乳成分が不足してんだよ。いい加減癒されたい」
アークの後ろ首を掴んでレオナルドは後ろには並んでいる者達に待たせてすまんと詫びながら換金所を後にする。
「あいつは脅せば屈するタイプだ。もう少し待ってくれれば……」
「アーク、バベルなら何が起こっても不思議じゃないから目をつぶったが、街じゃ人目につく場所での拷問とかは控えろ。罵倒とかサド丸出しのイジメ程度なら問題ないが拷問は捕まっちまうぜ?」
諭すようにレオナルドがアークに言う。
「あくまで脅しだけだ」
「とりあえず、針をしまってから言ってくれ」
いつのまにか取り出していたアークの拷問道具初級編を見てレオナルドはため息混じりに呟く。
自分が止めなければ確実にアークは三十分で換金所の主人の爪の間に針を刺すくらいのところまで話を進めていただろう。
「しかし魔晶板がこんなに安いとは思わなかった」
「純度が低いんだから仕方ない。つーかオレは予想より高かったと思うぞ?」
アーク達の持ち込んだ魔晶板の色は白。魔晶板の中では最も純度が低い。それでも四人家族の家で消費するエネルギー一日分を賄うことが出来、田畑に粉にして撒くと作物の成長を一日促進する効果を持つ。
一枚では『セミヤー』での食事代の半分にも満たないが、それが五十枚以上ならばそこそこの金額にはなる。一日の稼ぎとしては上等な部類だとレオナルドは思っていた。
「金は取れるところから取るもんだ」
「無理してまですることじゃねえ」
「無理じゃない」
「今は目立つなって。ただでさえ何の罪もない少女二人殺してんだから」
「レオ……お前、いつから貧乳党にくら替えした」
驚愕の表情でレオナルドを見るアーク。
「別に貧乳がこの世から消えようと喜びこそすれ憐れまねえよ。騎士団に捕まるんじゃないかってお前とオレの身の心配してんだって」
法を侵す者を捕らえるのは王国の騎士団の仕事だ。犯罪者を捕らえることにおいて独自の権限を与えられる騎士団は逃亡する犯罪者を殺す許可さえ与えられている。
バベルは法が及ばない聖地である面を持っているため中での出来事は大抵が自己責任であるが、さすがに人を囮にした挙げ句に爆裂玉でもろともに爆破は明らかな黒だ。
これなら願い出があれば騎士団が動き出すほどに――
「捕まったら素知らぬ顔でシラを切ればいい。証拠になるようなもんは処分した」
アーク達はバベルから出る前に少女二人の死体を始めとして証拠になるような物はきっちりと処理してきた。
とは言っても死体を偶然見つけた魔獣に放り投げ、食しているのを見届けて所持品などを粉砕したり燃やしたりして地面に埋めてきただけだ。
「それだってもしもがある。それに目撃者がいるかもしれねぇ……」
アークが少女達を殺したのは、出口である門に程近い場所。そこまでたどり着いた時はすでに遅い時間だったためバベルに入ってくる者は少なくなっているが、アーク達と同様に帰ってくる者がいないとも限らない。目撃者がいる可能性はゼロではない。
「目撃者がいたらいたで面白い。目撃証言だけで騎士団が動くとも思えんが証拠なしに来てみろ、後悔させてやる……くくっ」
「尋問されたらどうすんだ?」
「大丈夫大丈夫、レオは都合悪いことは黙秘しとけ。俺がうまくやる」
「巨乳の女騎士が来たらゲロっちまいそうなんだけど?」
「もっと大丈夫だ」
一見すれば、胸の大きい女性に聞かれたことにはなんでも答えそうなレオナルドだが、その可能性はゼロに等しいとアークは考える。
レオナルドならばとりあえず目の前の胸に釘付けになり、話も聞かずに胸を褒めたたえ、自分が何とかするまでずっといかにしてその胸に触れるかに時間を費やすに違いない。
交換条件として触らせるから本当のことを話せと言われようとも本当に触るどころかベッドに持ち込むまで本当のことは喋らない。なぜならそれこそが胸を好きにするための切り札だと本能が理解し、出来るだけおいしい状況を引き出そうと画策するだろうからだ。
そんな変な信頼がレオナルドにはあった。
「とりあえず腹減った」
「飯か」
「動いたから肉が食いてぇ」
「……さすがにそれはきつい。お前のおかげで人が血を流してる姿は見慣れてるが死体は初めてだったし、何より最初に殺した殺人猿の脳みそのグロテスクインパクツが目に焼き付いて当分は無理だ」
「……ほぅ」
レオナルドの言葉を聞いてアークの目が輝き、口許に笑みが浮かぶ。
「やば……」
「レオは当分肉が無理なのか。それはいいことを聞いた」
レオナルドはアークの顔を見て自らの失言に気付く。アークの顔はろくでもないことを考えているときのそれだった。
「さて」
「こら、なんで腕を縛るんだ」
「暴れるな。せっかく縄の跡がつかないように縛ってやってるのに」
「そもそも縛るな! つーかどっから取り出したんだよ」
「縄は俺の必需品だ。常に取り出せるところにある」
「くそっ……ふごっ!」
走って逃げようとしたレオナルドは足をもつれさせて転倒してしまう。その足はいつのまにか縄で両足が結ばれている。
「獲物を仕留める時はまず足の動きを制限する。これ基本」
「早技すぎるっ」
「さあ、羊の脳とか出す店に行こうぜ。あとは豚足もいってみようか」
「くっ……脳だけではなく、オレがあの子らの脚を運んだことまでをもイジメの道具に……」
その後、強制連行中に本気で嫌がって泣き出したレオナルドを解放してやり、二人は『セミヤー』に向かった。
「……また来た」
「ここは客に飯を提供する店なんだから腹が減ったら来るのは当たり前だろ?」
「ここ以外は羊の脳と豚足の選択肢しかないんだ。頼む、今日は巨乳ちゃんが見えるだけの席で我慢するからっ!」
露骨に嫌な顔をするアイラに土下座しそうな勢いでレオナルドが言う。ただ、言ってることがどこをどう我慢しているのかアイラには伝わらない。
「こちらのお席へどうぞ」
しかし、客として来ている以上帰すわけにもいかない。二人がもっと大きな問題を起こしていれば別だが、アークは口と態度が悪いだけ、レオナルドは胸の大きな女性には軽々しくセクハラするが客が離れるには至っていない。
それどころか今日はアーク達目当ての客まで現れていた。更に言えばアイラの父であるタンゾウに二人は家族の食卓で普通に話題として出てくるほどに好かれていた。自分の夢を叶えてくれただけでなく、贔屓にしている農産物の産地出身ということがタンゾウにとって大きかった。
「よし、飲み物の注文は終わったし料理は全てオレが持ってくる」
「自分の分は自分で持ってくる」
「これみよがしに肉ばっか持ってくるだろうが! 大丈夫、ちゃんとお前好みの品を持ってくる」
「肉な。見た目えぐい奴」
「この店にはそんなんねえよ」
そうしてレオナルドが持ってきた料理は自分には肉の入らないものでアークには山盛りの鳥の唐揚げだった。衣で肉部分が見えないから選ばれた一品だ。アークはそれを文句一つ言わずに咀嚼していく。
「なんか、アディちゃんの苦労がわかった……」
「そういえばアディは鳥肉が嫌いだったっけ」
「お前のせいで泣きながら食ってたけどな」
「負けん気は強いんだよ。あと、出されたものは完食するという精神を持ってるからな」
「アディちゃん今頃なにしてると思う?」
レオナルドの言葉にアークはエリス村にいるであろう妹に思いを馳せる。
「あいつならきっと俺のことを気にも止めずに飯食って寝てるか、逆に気にして俺の部屋に呪詛でも書いてるだろうさ。だけど最悪…………」
「最悪?」
アークの言葉にレオナルドは思わず聞き返す。
アークはそれに若干躊躇いながらも、可能性としては高そうだと思いながら言葉にする。
「こっちに来てる」
◇◇◇
一方その頃、グロリアに程近い村唯一の宿泊施設の食堂に同じ金色の髪を持つ父娘がいた。
黙々とスプーンで食事を口にする娘をチラチラ見ながら父であるガルダは重苦しくなった空気を払うかのように娘に声をかける。
「アディ、あと少しでバベルが見えてくるはずだよ」
「見るくらいならここからでも微かに見えます。私が聞きたいのはあとどのくらいで着くかです」
「あと三日くらいかなぁ……」
「お父さんがもう少し早く折れてくれれば着いていたということですね」
「うぐっ……」
アディエルの出立に一番難色を示したのはガルダであった。それは娘のことが心配であるからこそである。そのために畑を妻に任せて娘と共にグロリアまで行くことに決めた。
しかし、娘であるアディエルは出立を邪魔されたことを根に持っており、道中の会話は必要最低限のものしかしてくれなかった。
「もうすぐ着くんだからいい加減機嫌直してよ」
「お父さんが邪魔しなければ道中で兄さん達に追いつけたはずなんですから当然の態度だと思いませんか?」
「いや、それはアディが心配なんだからしょうがないだろ?」
「兄さんは心配ではないと?」
「アークは男の子だからね」
「双子なのに……」
「男親は娘が可愛いものさ」
「……もう」
アディエルの表情が柔らかくなったのを見てガルダは三十四日目の旅路にしてやっと娘が自分を許してくれたことを感じ取った。
「アディ、今日は父さんと一緒に寝ようか?」
だからつい調子に乗ってしまった。
「絶対に嫌です」
「いや、でも仲直り記念として十一年ぶりに親子の愛情を確認……」
「絶対に嫌です」
「…………」
声を張ってないのにも関わらず娘の絶対的な意思が伝わってくる。
アディエルの父親離れは実に早かった。二歳で一緒にお風呂に入ることを拒絶し、四歳には添い寝すら許されなかった。息子は息子で一緒に寝た翌日の起こし方は雑というか過激で、一緒に風呂に入ればたわしで背中を洗う。お陰でガルダの背中の皮は大層厚くなった。子育てにおいて聞いてた話と違うとガルダが何度嘆いたことかはわからない。
「アディは父さんのこと嫌いかい?」
「お茄子の次に好きです」
「そっか好きなのか」
嫌いかと聞いた時の回答が好きと返ってきただけでガルダの心は晴れやかになった。
「じゃあアークは?」
「……嫌いではありません」
恥ずかしそうに言うアディエルの姿に父として息子に負けた気分になるガルダであった。
「もうすぐ兄さんに会えるんですね……」
ベッドに横になりながらアディエルが呟く。毎日顔を合わせていた兄がいないというだけでこんなに不安になるとはアディエル自身も思っていなかったが、そんな日々ももう終わりだ。
ただ心配なのは、アークが変態レオナルドと一緒にいることで他人に迷惑をかけていないかどうかだ。
アディエルの中では迷惑なのはアークよりもレオナルドという図式があるために若干曇っているが、実際はアークの方がレオナルドよりも迷惑というか厄介な存在であることは明白であったりする。
「とりあえずあの変態は会ったら殴ります。兄さんは……お説教ですね」
私を置いていくということがどんなに愚考であるか思い知らせ、そして兄の真意を問いただしてやると思いながらアディエルは眠りについた。