残酷な男
「こりゃやべーよ。アーク、ここはとりあえず出口がある方の道を塞いでる奴ら目指して一点突破するしかねえ」
レオナルドの言葉にアークは意味深な笑みを浮かべる。
「レオ、このぐらいの相手に対する手なら他にあるぞ」
「マジか!?」
レオナルドはアークの顔を見てみる。この絶対絶命とも言える状況に自分の考えた方法以外のものがあるのか。だとすればどんな方法なんだとアークを見つめるレオナルドの顔は期待に満ちている。
「それにはまず、俺達を二つに分けよう。道の前後からくる猿共と戦って相手の背中を守る。横にいる猿は臨機応変に対処だ」
「オーケイ」
レオナルドがくるりとアークの背後に回り、背中を合わせる。
『背中を守る』アークのその言葉に沿うように自然とレオナルドの体が動いた。
「あ、あの……うちらは?」
「あたしらも指示が欲しいんですけど?」
戸惑うような表情で少女二人は右往左往している。
「二人はオレらのどっちかと一緒に動いてくれ」
「はいっ」
それくらい自分で考えろよと思いながら二人へと指示を出すレオナルド。アークはその様子を無表情で見つめる。
そしてアークの隣にはリヴェイラが、レオナルドの隣にはフレイがそれぞれ立つ。
「そんでアーク、お前が考えてる手って奴を具体的に教えろ」
「爆裂玉を使う」
「ああ、あれ?」
アークの言葉にリヴェイラは希望が見えたとばかりに明るい声を出す。
「確かにあれならイケそうな気がするんですけど?」
フレイもまた同じ気持ちだった。一度見たあの爆裂玉の威力ならこの窮地を脱することは容易くできるはずだという思いが沸き上がる。
「まあ、猿共を密集させるための餌はいるがな。そいつは用意してるから、あとは時間稼ぎだ。レオは俺が背後から襲われないように後ろから来る猿を近寄らせるな」
「わかった」
アークの言葉に若干ひっかかるものを感じながらもレオナルドは頷き、自身の目の前に展開する殺人猿の群れを見据え、一番先頭の奴にソルジャーアックスで斬りかかっていった。そしてその後ろには杖を手にしたフレイが続く。
「おい、無個性。お前は俺が爆裂玉を準備するまで目の前の猿を抑えろ」
「う、うん」
正直、自分一人でこの数を抑えるのは無理だとは思ったが、爆裂玉を準備するくらいの時間ならば稼ぐことが出来るだろうとリヴェイラはアークの前に出る。
「あっ……」
だが、脇腹を突然痛みが襲う。
そこには槍が刺さっていた。
自分の血に濡れた槍の穂先。
そしてその持ち主は――
「アーク……君?」
自身を襲う痛みがリヴェイラは信じられなかった。
そして何故味方であるはずの自分が槍で刺されたのか。
何故、なぜ、ナゼ
疑問符が頭を占める。
槍はすぐに抜かれ、次いで振り返る前に背中に衝撃を受ける。
アークがリヴェイラの背にむけて全力の蹴りを見舞ったのだ。
「ぐっ……」
思いっきり蹴られたリヴェイラは踏鞴を踏むように前方へと進んでしまう。そして、脇腹の痛み故か脚に力が入らず、前のめりに倒れ込んでしまった。
顔を上げるとそこには自分へと迫ってくる殺人猿達の姿が映った。
自分へと群がる殺人猿。その一匹が腕を振り上げたのが見えた。そしてそれが振り下ろされた時、リヴェイラの全てが消え、暗い闇となった。
「ふっ」
アークは嗤う。
前方ではリヴェイラが早速殺人猿達に襲われ、その内の一匹に頭を潰されていた。
あれでは最早生きていないだろう。いや、そもそもアークにとってはリヴェイラの生死などどうでもいいことだ。
リヴェイラに求めた物はただ一つ、『餌』としての役割だ。
その役割は十分に果たしている。アークの方へと数匹向かってくる個体もいるが、大半はリヴェイラに群がっている。
アークは手に持った爆裂玉を握る。これで後は某かの衝撃を受ければ爆裂玉は爆発する。
それを山なりに放り投げる。
落ちた先はリヴェイラがいた辺り。
そしてアークの目の前にいた殺人猿の大半が魔晶板となって消え、バラバラになったリヴェイラだった残骸が残っていた。
爆発の音を聞いてレオナルドはちらりと背後を振り返る。そして大半の姿が消えている安堵感と微妙な違和感を覚えた。
アークは居るがリヴェイラの姿が見えない。一体どうしたと言うのか。
「レオ、下がって俺と場所変われ。今度はそっちを殺る」
「え? あ、ああ」
レオナルドはアークに言われた通りに下がる。入れ代わりにアークが自分の前に出たのを確認するとレオナルドはまだ数匹残っている後ろ側の殺人猿と相対する。
その時、レオナルドの目さ不思議なものを目にする。それは人の腕の形をしているもので、少し先には人の脚の形をしたものが転がっている。
「時にアーク……リヴェイラちゃんは?」
「誰だそれ?」
「誰だって……黒髪の子だよ」
「あれか。あれならさっき殺した」
「殺した? ……ああ、殺したのか」
一瞬信じられないような言葉が聞こえたが、レオナルドは妙に納得してしまう。
アークなら殺してしまっても不思議ではない。なぜならレオナルドやアディエルがいなければ当の昔に村中の男達が苅り尽くされてもおかしくはなかったから。
「ちょ、ちょっと……どういうことよ」
だが、レオナルドとは違い納得できない者がいた。それはアークが殺した少女の友人であるフレイに他ならない。
「なんだ、動揺してんのか? 口癖はどうした。なになになんですけど? って」
「うるさいっ! どういうことか言えっ!」
「どうもこうもねえよ。無個性女なら死んだ。さっきの爆発に巻き込まれてな。いや、その前に俺が槍を刺して猿共に差し出してやった時に頭潰されてたっけ? ま、死んだことに変わりねえよ。ほれ、後ろ見てみろ、お友達だったもんが見れるぜ?」
アークの言葉にフレイは後ろを振り返る。そして地面に転がるかつて友人の体に付いていた一部を見た。
「う、うそっ……」
「嘘じゃねえよ。ほれ、猿が来たぞ」
アークの忠告を聞いて間一髪に殺人猿の攻撃をかわす。状況が悲しむ暇を与えてくれない。その代わりにフレイの心の内に憎悪の感情がコンコンと沸き上がる。
「クソ野郎っ……殺してやるっ!」
「ははっ! 何言ってんの? 死ぬのはおめーだよ」
アークがフレイに向かって腰に下げていたダガーを抜いて投げる。本来投擲用のものではないが、それでも殺人猿の動きの方に集中していたフレイはかわしきることが出来ずにダガーが腕を掠める。
ついた傷は割りと深かったらしく血が流れる量は多かった。
「下手くそ……こんなんじゃあたしは殺せない。<火球>」
フレイは目の前の殺人猿に対して自身のスキルを発動させる。
するとフレイの目の前に炎が現れ、それが徐々に球の形になっていく。完全な球状になったそれは殺人猿へとぶつかり、殺人猿の体を後ろへ下がらせた。
「次はあんたに当てるっ!」
「……一分だ」
「は?」
「そこにいる猿に毒が回るまで一分かかる」
「何が言いたいわけ?」
「同じ毒を同じだけ猿よりも小さい生き物に与えたら大体どれくらいかかると思う?」
フレイの頭に疑問符が浮かぶ。アークは何を言っているのか。
しかし、アークが槍に毒を塗っていることはフレイも知っているし、塗り直しているところも見ていた。
「まさか……」
「宝箱の中身のしょぼさに気落ちして観察を怠るからだ。そのしょぼい品がお前を殺すんだよ」
アークが言い終わるか終わらないかのうちにフレイの体に異変が訪れる。体が鉛のように重く、思うように動かせなくなる。
「効いてきたか。人には大体これくらいの時間がかかるのか。レオ、そいつら蹴散らしてデブから離れよう」
「ん? わかった」
アークがレオナルドの相手していた方の殺人猿達へと槍で突っ込んでいく。
振り向き様にフレイを確認すると、一番近い目標として多くの殺人猿達に群がられようとしていた。
それを見るとアークは前を向き、そのまま購入したうちの最後の一つとなった爆裂玉を殺人猿の群がる地点に放った。
爆発音が轟き、衝撃に地が揺れる。
それに再度アークは振り返る。そこには一度目と同じように大半が魔晶板へと姿を変えた殺人猿や爆発の余波でダメージを受けた殺人猿、そして今だ人の形を保つ肉の塊がいた。
「レオ、喜べ。猿共の数が両手で数え切れるくらいにまで減ったぞ」
「そりゃめでたいが、ちょっと酷すぎないか?」
「最初からいざという時の捨て駒にするつもりだったから何とも思ってない」
「どうりであっさり同行を認めるわけだ」
「予想できたろ?」
「さすがに躊躇がなさすぎて予想外だった」
「あいつらには調子のったら餌にするとか正直に言ってただろ? つーかあいつら、ぜってー俺らのこと仲間とか思ってたぜ? ありえねえよ」
会話を交わしながらも二人が手を止めることはない。背中合わせになりながら向かってくる殺人猿達へと攻撃を加えていく。
「俺の仲間はレオ、今のところお前だけだ」
「……なに、後々増える予定なの?」
「なんで拗ねたような声出すんだよ。未来にお前が仲間にするであろう乳牛を受け入れてやろうと覚悟決めてんのに」
「お前こそ真の友だっ!」
「いいから、まずはこいつらを片付けんぞ」
「おうよ」
程なくして二人は全ての殺人猿を倒す。そして殺人猿の残した魔晶板を回収しているときにレオナルドがまだフレイが生きていることに気付いた。
フレイの姿は原形を留めているが、全身酷い火傷を負い、右腕と右脚が無かった。
「浅くだけど呼吸してるぜ。どうすんだ?」
「フム……試してみるか」
そう言うとアークはフレイの左腕を持ち上げ、噛み付いた。
<吸血>
スキルを発動させるとドロリとした鉄味の液体がアークの口腔内に侵入してきた。
「ぺっ……まず」
少しは飲んだが、アークにとってフレイの血はとても飲めたものじゃなかった。
「ドロドロしすぎ。不健康の塊みたいな血だな。糖尿の気もあるし……つーかこんな体形しといて男と経験済みなことにビックリだ」
「経験とかなんでわかんだ?」
「あん? いや、なんとなく……なんでだ?」
「こっちが知りてーよ。当てずっぽうか?」
「いや、わかる。それは確かだ」
血の脈動を感じ、アークはスキルカードを見ると新たにスキルを得ていた。これこそがフレイのスキルの一つなのだろう。
《新たなスキルを得た》
【スキル名】地隆針(術者から半径三メトルの任意の場所に大地から突き出す針を顕現させる)
「見た目が焼豚だから芳醇な肉汁みたいな感じの味かと思ったらとんでもねえもん飲んじまった。ま、スキルは中々のもんを得たけどな」
「初吸血がこの子か……おめでとう?」
「生物学上女だから男よりマシだと思った自分を殴りたくなるな」
「じゃあ好みの女以外はやめとけ」
「なるほど……じゃあいい声で鳴く健康で菜食主義者で十代から二十代の未開通女を探すしかないのか……」
「すっげー限定的」
「味と吸う時の俺の気分を優先したらこれが一番だな」
「初めて血吸ったばっかなのにもう味の好みがあることが不思議だぜ」
「う……」
アークとレオナルドが会話をかわしているとフレイが意識を取り戻した。だが、その目は虚で焦点があってはいない。
「た、す、けて……」
呟くような声音で助けを求められる。
しかし、それに対する答えは冷ややかなものだった。
「うちの親友が酷いことしてごめんね。君が巨乳だったら身を犠牲にしても助けたげるんだけどな〜」
「さっさと先に逝った友達の元へ行け」
「なん、でも、するから……」
「しなくていい。お前らは十分『餌』として働いてくれた」
アークは意識を集中する。
<地隆針>
スキルを発動させるとアークの視界に赤い点のようなものが生まれる。アークはその点をフレイの心臓の位置に固定した。
「しに、たく、ない……」
「それは無念だな。まあ、あの世でいくらでも呪え。じゃあな」
アークはそのまま倒れるフレイの心臓へ向かってスキルを発動させた。
地から生み出された直径十五センチメトル、長さ三十センチメトルほどの円錐状のトゲにフレイは胸を貫かれ十七年の生涯を閉じた。
「お前、手に入れたばっかのスキルで殺しやがったな……悪党め」
「俺が悪かどうかは受取手の立場で変わる。ただ、これだけは言える。生き残った俺達の勝ち、死んだこいつらはただの負け犬だ」