バベルのある町(道具購入編)
「どうした?」
スキルカードを手にした瞬間動きを停止してじっとスキルカードを見ているアークを訝しんで声をかけるレオナルド。
スキルカードは個人の物なので、他人が扱うことや勝手に見ることはできない。何か不具合でもあったのかと思うのは当然である。アークにスキルカードを手渡した店員も同様に心配そうにアークを見ていた。
「いや、新しくスキルが手に入った」
「おお、そうかおめっとう」
「おめでとうございます」
その場にいた二人が祝福の言葉を述べる。
スキルカードには通常作成後に習得したスキルしか記載されることはない。それまで習得したスキルはあることを成さないと習得したことすら知ることができないのだ。
それはスキルの使用。スキルカード作成以前に習得したスキルは使用することで新たに得たスキルとして記載される。
そのことはアーク自身も知っていた。だが、アークにしてみれば今回手に入ったスキルを使用した覚えなどない。だからこそ戸惑いを隠せなかった。
それを言うとレオナルドもなんでだろうとアークと同じく頭を捻るが、
「多分常時発動型のスキルだからではないでしょうか?」
店員の言葉にレオナルドはなるほどと納得する。
スキルとは基本的には自らの意志で持って発動させるものであるが例外も存在する。それが常時発動型スキルである。代表的なものとして耐性系が挙げられる。それは物理攻撃耐性だったり、火炎耐性だったりと攻撃に対する耐性が増加するものであり戦いにおいては結構重宝するものだ。
だが、アークは納得できなかった。どう考えてもそうゆう物ではない気がする。常に吸血してる状態ってどんなだよと内心思いはしたが、店員は頭は悪そうではないがパッとしない印象の男であまりスキルに詳しそうというわけではない。無駄なことはしない主義のアークにしてみればこれ以上の追求は出来なかった。
「さてと、次は……ナンパかな?」
「なんでだよ」
店を出て開口一番に面倒そうなことを言うレオナルドにツッコミを入れるアーク。
まだ日は沈みきっておらず、空を茜色に染め上げている。
「黄昏れ時ってのは女性をディナーに誘いやすいことこの上ないだろ」
「欲求不満なら今日は娼婦のような金さえ払えば股を開く雌豚にしてもらえよ」
「こら、よくも全ての女性の味方であるオレの前でそんな暴言吐いたな。想像してみろよ親の借金で仕方なしに体を売るしか選択肢がなかった巨乳の少女の苦悩をよ!」
「結局巨乳なんだよな」
レオナルドは胸の大きな女性以外がどうなろうとも基本気にもとめない。全ての女性の味方改め全ての巨乳の女性の味方がこの場合正しいだろとアークは思う。
そしてアークは基本的に認めた者の味方しかしない男である。
「いや、ちょっとふざけすぎたな。仲間を探そうかと思ったんだよ」
「仲間か……」
レオナルドは事前に調べあげてバベルの過酷さはよく理解していた。なにせ出来てから今までバベルを登りきった者がいないのだ。
バベル攻略においてケガは付き物。だからこそ戦力の増大は必須であった。
レオナルド達は田舎出身で喧嘩もろくにしてこなかった人間だ。仲間にするなら戦いに長けた者かケガを回復させるスキルを持つ者を引き入れたかった。無論胸が大きい女性限定ではあるが……
「つーか、んな都合よくいねえだろ」
「だな」
まだ、一度もバベルに入ったことのない初心者中の初心者であるアーク達の仲間になろうなどという奇特な者を探すのは骨が折れる作業だ。しかもレオナルドの希望はすごく限定的であり、条件に該当する人間を見つけること自体が難しい。
「ここは惰弱で頭の悪い奴を探して壁や囮として使おうぜ」
「え〜、男〜?」
レオナルドの惰弱で頭が悪い奴はイコールで男らしい。まあ、自分も考えはあんまり変わらないけどなとアークは苦笑いする。
「ま、とにかく明日一度バベルに入ってみよう」
「う〜ん……最初に出来るだけ準備をしときたいんだけどな」
胸の大きい女性のこととなると考えなしの割りにレオナルドは自分の命が掛かる場面では慎重だ。いや、彼一人であったならもう少し大胆に行動していただろう。年下の親友の存在が兄貴分であるレオナルドの思考を慎重にしているのは自明の理だった。
「大丈夫。俺がいるんだぞ?」
どこから来たのかわからないアークの自信。だが、レオナルドにとってそれは無条件に信じられるものだった。
「よし、んじゃ明日は二人でバベルに入るとするか」
「おう」
「そうと決まれば雑貨屋で諸々の備えを買いに行こう」
そして二人は雑貨屋へと移動し、バックパックとバベル探索に必要になるであろう代物をそれぞれ購入した。一番重要であるバベル内の地図は一階層のみを購入し、あとはそれぞれ好きに見て回った。レオナルドは客の女の子達の胸の品定めを主にし、アークはレオナルドと一緒にいた時に目をつけていたコーナーへと向かう。
「ここ……いいな」
アークが目を付けたのは毒のコーナーだ。そこに並ぶ多様な毒に目移りしている。
「まさかこうも無造作に毒が置かれてるとは……」
「普段はこの棚を閉めてちゃんと鍵をかけておりますよ」
アークの呟きに誰かが答える。白髪混じりの黒髪の男だ。
「店員か?」
「はい。この店の店主を勤めております」
「そうか。なあ、即死性の毒はないのか?」
「それくらいの危険な物は信用に足る方にしか販売しておりません」
アークの問いに店主は即答する。言外にお前は信用できないから売らないぞという言葉が込められており、当然だなと思ったアークはそれ以上の追求はしなかった。
「では、今俺が買える一番たちが悪い毒はどれだ?」
「そういうことを言うお客様には売れる毒などございません」
「それでも商売人かよ」
「申し訳ございません。ですが、毒というものはそれだけ取り扱いを間違えれば大変なことになる代物ですからどうかご容赦を」
「定価の倍出す」
「申し訳ございません」
店主の意志は固く、アークは自分の物言いが間違ってたなと若干の後悔をしていた。
「ちっ、じゃあ他に毒を買える店はどこだ?」
「私にそれを聞きますかね?」
店主にはアークがどんなことをしても毒を手に入れようとしてることがひしひしと伝わってきた。
「……仕方ありませんね。こちらの毒ならお客様の武器に塗り付けて相手を切り付ければ効くまでは多少時間がかかりますが、数分間動きを鈍くできます」
「ほぅ、どういう心変わりだ?」
「他所で買われるよりもうちで買わせた方が良さそうですからな。ただ、むやみに人に使用しないという念書は書いてもらいます」
「いいだろう」
アークは毒の液の入った瓶をいくつか持ち、先を歩く店主の後についていく。
そして念書にサインをしてほくほく顔で毒の瓶をバックパックの中に入れ、レオナルドの元へと向かった。
「あれで良かったのかねぇ……」
後に残った店主は一人己の判断の是非を問うのだった。
◇◇◇
買い物をあらかた済ませた二人は一度部屋へと戻って来ていた。
部屋は2LDKの間取りで、二つの部屋は若干広めの方をアークが使用することになった。普通なら年功序列でレオナルドが広い方の部屋を使用するのだろうが、最初に課せられた三ヶ月分の家賃を支払ったのはアークであるため、レオナルドが譲ったのだ。
この部屋は基本家賃を一月ごとに大家に手渡しするシステムであるが、その家賃は一月後の物を支払うことになっている。そして期日までに家賃が払えなかった場合、次の月の期日までに二月分の家賃を払わないと強制的に退去させられてしまう。
二人は交互に家賃を払うことにしたため、次は再来月にレオナルドが支払うことになった。
「とりあえず着替えてから晩飯に食いに行こうぜ」
部屋に入って早々にレオナルドは鉄兜を脱ぐ。兜の中は蒸れていたらしく脱いだ瞬間湯気がレオナルドの頭から立ち上った。
「やっぱ昨日の店か?」
「だな」
昨日入った店『セミヤー』は二人とも大変気に入っていた。味の良さだけではなく、好きな物を好きなだけ食べていいというのも育ち盛り(レオナルドは過ぎ去ったが)には丁度良い。
「ところで、アークはどんなスキルを得たんだ?」
着替えがてらにレオナルドはずっと思ってた疑問をアークにぶつける。自分はスキルカードを得て幾分か経つというのにまだ真っさらであるために、親友が得たというスキルが実は気になって仕方なかった。すぐに聞かなかったのはそれがどんなショボいものでもアークが恥をかかないようにという配慮からだ。
レオナルドの疑問にアークは自身が得たスキルについてわかる全てを教える。
「そりゃまたなんとゆうか……特殊だな」
「まあな。少なくとも店員の言う常時発動型ではないと思う」
「ってことはスキルカードを作成した後にお前がどっかで人の血を吸ったってことか?」
「それはない」
「ってことは理由は一つだな。本当にあの場で新たにスキルを得たんだよ」
スキルを得るためにはいくつもの方法がある。
鍛練の積み重ねや思い付き、過去の経験などだ。他にもっと楽にスキルを得る方法があるのだが、二人はまだそれを知らない。
「そうか」
「そうだよ。つーかなんだそのスキル……超レアじゃねえのか?」
「知らん。でも、使い勝手は良さそうじゃないな」
「なんでだよ?」
「お前の立場で考えてみろ。スキルを得るためとはいえ有象無象の血を吸えるのか?」
アークに言われてレオナルドはその場面を想像してみる。想像の相手はまだ見ぬ巨乳の美女だ。
「巨乳ならイケる」
「それ以外は?」
アークの言葉にまたもレオナルドは想像を働かせる。相手は貧乳の女だ。
「無理だ。オレには出来ねえ……」
「だろ?」
「あ、でもお前のなら我慢すれば血を吸える気がする」
「気持ち悪い」
「ひでぇっ! 友情が壊されたよっ!」
そう言いながらも二人は笑っていた。もちろんアークもまたレオナルドのなら我慢すれば血を吸えるだろうなと思っている。ただそのことを口に出すことはない。
「んじゃ飯に行くか」
「ああ」
「キッチンが泣いてるぜ」
「俺らが料理すれば泣くことも出来なくなる体になる」
「違いねえや」
二人は冗談を飛ばし合いながら『セミヤー』へと向かっていった。
せっかくついている立派なキッチン。これが本来の役目を果たすまではもう少しの時を必要としている。
そうして訪れたレストラン『セミヤー』にて。
「おいおい、スマイルは店の基本だぞ」
「なんでまた来るのよ……」
「聞こえてるぞ女。まあいいさっさと席に案内しろ。こちとら歩き続きで疲れてんだ」
「あと、席はこの店で一番胸が大きい子の近くでよろしく。二番目に大きい子がかぶりつきで眺められる席ならなおいいんだけど」
連日の二人の来店に機嫌を悪くしている少女の姿がそこにあった。
書いてて二人の友情が気持ち悪い……
私ならいくら親友とはいえ血は舐めれないっす
まあ、それだけ仲がよいということで……
次回にやっとダンジョン突入です。
(補足)
家賃について
要は今月分ではなく、来月分を支払うということです。
それが何らかの理由で払えなかったら次の月に今月分と来月分を支払わなければ、出ていくというシステムです。