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天上を目指す者  作者: 水平線
プロローグ
1/19

プロローグ1


「神! 貴様の命運は尽きた! この俺の万を超える軍勢が貴様の城の前に布陣している。逃げ場はない」


 天上の国、神の住まう処『ヴァルハラ』

 そこで最も高い場所に城が建っている。

 金と純白が折り合い荘厳な雰囲気を醸し出すその城は天上の国を統べる神である最高神、女神ランカトゥーリスが住んでいた。

 今、そこの城門の前には各々が武器や防具を纏った兵が並んでいた。

 兵の中には人間をはじめとして獣の耳と尾を持つ獣人族や純白の翼を持つ聖天族、それぞれが特長的な角を持つ魔霊族など種族は多岐に渡るが、比率的に見ると若い女性が多いように思える。

 だが、それらの軍勢の者達全てに共通してその瞳には覇気というものが見受けられない。


 そんな中、ただ一人だけ意志の強い眼差しで神の城を見据える男がいる。

 白銀の髪、質の良い黒い服と真紅のマントを羽織った見た目にして二十歳前後の男だ。


「貴様は絶対の神などと呼ばれていたが、それも今日までのこと。神などこの世に必要はない。これからは俺様が絶対の強者としてこの世の王となる!」


 男は城の門の前で自信満々に堂々と宣言する。

 誰も聞いてなくとも構わないといった調子だ。しかし、ここに住まう神が話に聞く通りなら今の男の言葉も耳に届いていることだろう。


「既に貴様の配下もあらかた片付けた。抵抗せずにその身を差し出すのなら命まではとらないでやる。だが、俺は気まぐれだからな。早くしないと気が変わって抵抗せずとも殺してしまうかもしれんぞ」


 男はそう言い放つとしばしの時を置くがその言葉に応える声が返ってくることはない。


「返答はなしか……ならば戦争だな」


 男は喜悦の浮かんだ顔をしながら近くに控えていた女に自分の得物である槍を差し出させそれを手に持つ。

 男は女神の返答を期待してはいなかった。いや、むしろ返答などして欲しくはなかった。

 彼が求めるのは戦い。

 それもただの戦いではなく自身の血が踊るような戦いだ。

 きっと絶対の神と呼ばれる女神ならば自分の求めるような素晴らしい戦いを繰り広げることができるに違いない。

 それだけのために彼は誰もが敬い、崇め奉るランカトゥーリスという女神にケンカを吹っかけたのだ。

 天上の国へと進攻し、ランカトゥーリス以外で神と呼ばれる存在を殺し、または従えた。

 そう、彼の軍勢の中には神と呼ばれる存在もいるのだ。


「さあ、出来るだけ俺を愉しませてくれ」


 男はそう呟くと彼の軍へと固く閉ざされた門をこじ開けるよう指令を出そうとする。しかし、彼が指令を出す前にその門が開いてゆく。

 そしてそこから二人の女性が出てきた。一人は腰ほどまである長い金色の髪のおっとりとした眼差しの聖天族の女性。白と蒼の入り混じった鎧に身を包み、その腰には一振りの剣が凪いでいる。

 そしてもう一人は赤毛をポニーテールにした男に負けず劣らずの意志の強い眼差しの女性。

 彼女は白を基調とした清楚なドレスを着て悠然と男へと向かって歩いていく。

 その姿は人間となんら変わらない特長を持っていながら、男が今まで会った誰よりも威厳と優美さを兼ね備えていた。

 あれと比べれば全ての生物など塵芥の存在に過ぎない。

 そう感じさせるものがある。


―自分を除けば―



「よう、はじめまして。あんたがランカトゥーリスだな?」

「ええ」


 男の問いに女神ランカトゥーリスは微笑みながら応えた。


「俺は……」

「アークノイル=グランスハード。吸血鬼にして魔霊族の王ね」


 男の言葉の先をランカトゥーリスは先んじて言ってしまう。

 アークノイル=グランスハード。天上の国の遥か下に存在する地上の国において誕生した吸血鬼。

 その力は他の同族達と隔絶し、元来角の数で力の程が分かるとされる魔霊族において、生まれながらにして三本の角を持っていた異端児。

 そんな出生もあってか将来を渇望されながらも自分の生きたいように生きて、遂にはあると知りながらも地上の国に住まう者では誰も辿り着くことの出来なかった天上の国へと辿り着き、あまつさえ最高神に現在進行形でケンカを売っている男。


「魔霊族の王というのは的確ではない。一部の者がそう呼ぶだけだからな。それに、そんな矮小なものに興味などないからな。俺は貴様を倒して全ての王になるのだからな!」

「随分な言い草ね」


 アークノイルの言葉にランカトゥーリスはため息混じりに言葉を返す。


「それに一緒に連れてきたお友達も多いようだけど、全部貴方のシモベかしら?」

「当たり前だ」


 吸血鬼であるアークノイルは基本的には他者から血を吸うが、自身の血を与えることでその者の心や行動を支配することができ、支配された者のことをシモベと呼ぶ。

 しかし、それは自身より力の劣る者にのみ限り発揮する力であり、尚且つ支配することができる者の上限も吸血鬼としての力に比例している。

 通常百体前後が吸血鬼として支配できるのが吸血鬼という種族の限界であるのだが、アークノイルのシモベは万を超え、中には神と呼ばれる存在もいることから彼がいかに規格外なのかが窺える。


「賛同を得たわけでもなく、自分のエゴで強制的に人を従えるのは感心しないわね」

「はんっ、弱い奴が悪い」


 ランカトゥーリスの言葉をアークノイルは鼻で笑って返した。

 アークノイルは何も無作為にシモベを増やしているわけではない。

 自らや自身のシモベと戦い、負けた者をシモベとして手駒に加えるといった実にわかりやすい方法だ。

 その中で女が多いのは基本的にシモベにするなら男よりも女という思考(嗜好)があることや男はある一定以上の力を持った奴じゃないと絶対にシモベにはしないと心に決めているからである。


「本来なら天上の国へ辿り着いた地上の国の者へは、天上の国への居住権と願い事をなんでも一つだけ叶えてあげるんだけど……いる?」


 ランカトゥーリスの問いにアークノイルは首を横に振って応えた。


「でしょうね。貴方が望むのは戦い。しかもそれは私への願いではなく挑戦」

「挑戦? 冗談はよせ。その言葉は下の者が上の者へと挑む場合に使う言葉だ。俺はただイキがってる雌豚の鼻っ柱をへし折って調教しにきただけだ」

「調教? 私を? そりゃまた傲慢ね」

「傲慢かどうかはすぐにわかる」


 アークノイルは槍を持つ手を頭上高く挙げる。

 これを振り下ろせば、忽ち万を超える軍勢がランカトゥーリスの城へと攻め込む。

 本当ならばもっと多くの神や聖天族の兵が詰めていると思っていたアークノイルだが、出てきたのはランカトゥーリスと聖天族の女性の二人のみ。それ以外の者は姿が見えない。

 まあ、他に誰がいようが瑣末な問題だ。なにせアークノイルの目的たる者は目の前に居るのだから。

 彼女が出てきた以上その他の雑魚に用などない。

 ランカトゥーリスさえ倒せば自分こそが世界の頂点だ。


「奴を殺せ」


 槍を持つ手を振り下ろす。

 槍の切っ先はランカトゥーリスへと向けて掲げた。

 途端、まるで鎖に繋がれた狂犬が解き放たれたかの如く、万を超える軍勢が一斉にランカトゥーリスへと向かって行く。

 その瞳は何者も映すことはなく、ただただ主たるアークノイルの言葉に従うシモベの姿がそこにはあった。


 正々堂々。

 この場合はランカトゥーリスとアークノイルの一騎打ちになるのだろうか。

 そんなことをする考えなどアークノイルには毛頭ない。

 自身の勝ちを色濃くするためなら何でもする。ただ一匹の蟻を踏み潰すのでさえ巨象を用意し、自分はその姿を眺めるだけだ。

 別にアークノイル自身の戦闘力が弱いからというわけではない。

 巨象は自分が従えたものであるから蟻を殺したならそれは自分の手柄であるし、別に巨象が蟻を殺せず逆に殺されようとも自分は疲れきった蟻を殺せばいいだけだ。

 アークノイルは自身の血が踊るような戦いを求めてはいるが、強い奴と心行くまで拳を交えたいわけではない。

 要は愉しい戦いを欲しているのだ。

 そして彼にとって世界をとるために絶対の神と呼ばれる天上の国に住む最高神との戦いはただそれだけで愉しい。

 だが、負けるのは想像するだけでも不快になる。だから少しでも勝率を上げるに越したことはない。


「まったく……喧しいことこの上ないわね」


 しかし、アークノイルの考えは甘かったと言わざるを得ない。

 煩わしそうにランカトゥーリスが手を振った。ただそれだけで万はいた軍勢の半分以上が消し飛んだ。


「残念だけど塵をいくら集めて山を作ろうと元が塵なのだからこうやって手を振って大きな風を起こせばどっかに飛んでっちゃうのよ?」


 そう言ってランカトゥーリスがもう一度手を振るとさっきと同じものを見ているかの様に人が消し飛ぶ。

 残ったのは百にも満たないほどの軍とも呼ぶのもおこがましいほどの人数。


「あら、今ので終わったかと思ったけどまだ残ったのがいるのね?

 ……ああ、私と同じ神か」


 確かに今残っているのは天上の国に入ってから捕らえた神と呼ばれる者達だ。

 しかし、『違う』とアークノイルは思った。

 確かに残ったこいつらも神ではあるが、ランカトゥーリスとは全く『違う』

 神と同列に扱うのは間違っている。

 それだけの力の差が神達とランカトゥーリスの間にはあった。

 その証拠に神達のほとんどはランカトゥーリスの攻撃の前に足や腕などの体の一部を失ったりして戦闘不能状態に陥っているのだ。

 残ったというのは生き残ったという意味で戦える者となると両手足の指で数え切れるほどしかいないだろう。


「……予想外だ」


 アークノイルが呟く。

 巨象が蟻を踏み潰すところを遠くから見る?

 否、そもそもの例えが間違っていた。

 ランカトゥーリスは蟻ではなく竜。

 象など爪を振るうだけで容易く殺してみせるのだ。


「思ってた数倍愉しめそうじゃねえか」


 予想外だったのは女神の強さもそうだが、何よりもこれから始まる―正確には既に始まっているのだが―戦いに対する期待値だ。

 アークノイルの胸に渦巻く感情は驚愕よりも歓喜だった。


「おら、雑魚共。さっさと立ち上がって女神に殺られてこい」


 傍に座り込む神の背中を蹴って、進軍を促す。

 最早、生き残った者達がランカトゥーリスを殺せるなどとは思っていないが、手札を見せる役割と余力を削ぐ役割位はこなせるはずだとアークノイルは考えていた。


「……アディーナ、雑魚を片付けるのは貴女がやりなさい」

「了解しました」


 ランカトゥーリスが傍に控えていたアディーナと呼んだ聖天族の女性にそう告げると、それにアディーナは恭しく応え、腰に凪いだ剣を鞘から抜く。

 それを見てアークノイル自身の思惑が外れたことを直感的に感じた。

 アディーナはどう見ても聖天族だ。聖天族は神に近しい存在であり、翼を持つことから天上の国への居住を許されたただ一つの種族である。

 また、そのため神の住まう天上の国へと至るための重要な情報源である。そのため、アークノイルも少々強引に聖天族の情報を集めて捕らえもした。

 ただ、神の成りそこないと揶揄される言葉も存在し、文字通り神には遠く及ばない。

 目の前のアディーナも聖天族の中では優秀なのだろうがその例に漏れず神に及ぶほどの力は持っているようには見えない。

 ただ一つその手に持つ剣を例外にしては――


「アーティファクトか」


 それも公爵級だろうとアークノイルは予想する。

 神々が齎した英知と言われるアーティファクトは上から順に皇帝・公爵・候爵・伯爵・子爵・男爵の六つの階級がある。神々が齎したと言われているがその証拠はなく、また今ある以上に生み出せないことから大変貴重な品で一番下の男爵級でさえ人間一人が一生暮らしていけるだけの金額で取引されることもあるほどだ。

 そのような物の中でも公爵級とまで来ればその能力や破壊力などは想像するだけでも恐ろしい。


「さあ、起きなさい《ソウル・イーター》」


 アディーナがアーティファクトを起動する。起動言語に反応し起動したアディーナのアーティファクトがその刀身を鉄色から漆黒に染め上げる。


「清浄なる者とか言われてる聖天族の女のアーティファクトが真っ黒とか傑作だな」


 きっと腹の中はどす黒いに違いないと想像してアークノイルは笑い転げそうになる自分を必死に堪えていた。


 そして一人の聖天族の女性による神の蹂躙が始まった。



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