そもそも殿下には向いていませんよ
婚約破棄もどきのコメディものです。
細かい事は考えず読んでいただけたら幸いです。
連載と短編を間違えたので一度下げさせていただきました。失礼致しました。
2026/06/11 ご指摘をいただき、ローファンタジーからハイファンタジーへと変更致しました。お騒がせし申し訳ありません。
「ジャネッタ・マリオット公爵令嬢よ!本日を以て貴女との婚約は破棄させていただく!」
豪華絢爛なパーティー会場にて叫ぶのは金髪碧眼の麗しい青年。彼はこの国の王太子であるロイク・ブルーヴォ。
そして彼に肩を抱かれる亜麻色の髪を持つ可憐な少女は、怯えたような表情でロイクの肩にしなだれかかる。
彼女の名前はアニエス・クローズ。男爵家の娘である彼女は、ここ最近では王族や貴族の通う学園で王太子と親密であると有名であった。だからこそこれも、ある意味では予想が立てられていた展開である。
周囲の者は、ある者は頭を抱え、またある者は好奇心を隠さずに話題の人物達を見つめた。
それを肌で感じては心の中で溜息を吐いたジャネッタは、二人を真っ直ぐに見つめ返す。
「……ロイク殿下、その理由をお伺いしても?」
「貴女もわかっているだろう?私は……真実の愛を見つけてしまったのだ!」
あくまでも冷静さを欠かないジャネッタに反比例するように、ロイクの言葉はどこまでも感情的でまるで演劇のようだった。
「私は此方のアニエス嬢を妻に望む。はっきり言って、貴女と私では不釣り合いなのだ!」
「ロイク殿下……!」
彼の腕の中にいるアニエスはうっとりとした表情で見上げて、そしてほんの一瞬、ジャネッタに向けて嘲りの眼差しを向ける。周囲で見学していた者達の中には、そのあんまりな言葉に息を呑む者もいた。
そもそも、ジャネッタは国で一番と言われるほどの才女であり、マリオット公爵家も王家を支える強大な柱として有名だ。そんな彼女との婚約を破棄だなんて、無事であるはずがない。
「……そんなにも、其方の男爵令嬢が好ましいとおっしゃるのですか?」
「当然だ」
頭を抱えても可笑しくない辟易とした口調のジャネッタに、王太子はきっぱりと返事をしてみせる。
「彼女はずっと私が求めていた女性だ。勿論貴女に勝る点はまるでないが!」
……………ん?
「ろ……ロイク様?」
「なんだい、アニエス嬢?」
戸惑いながら声をかける最愛の人に向けて、美しい瞳を甘く溶かして首を傾げる王太子は大変絵になる。
アニエスと同等に戸惑っていた周囲の人間も、聞き間違いか?と首を傾げた。
「……ではどこに惹かれたと?その可憐さですか?」
「失礼な、そんな軽薄な訳がないだろう!」
淡々と質問するジャネッタに、ぎろりと睨みつけたロイクはやはり婚約者を嫌悪しているようにしか見えない。
「大して容姿は好みじゃない!まぁそこそこ可愛らしいかな、あとは好みの問題だろうと思う程度だ!」
んんんん?
絶句するアニエス、混乱する周囲。そして相変わらず冷静過ぎて感情が読み取れないジャネッタ。全員が口を閉ざしているが、王太子はそんなことお構いなしである。
「貴女の美しい夜空の髪も、アメジストのような瞳も、人形を彷彿させる美しい顔も、輝かしい白い肌も!どこをとっても貴女以上に美しい人間などいるはずがないのに、そんなことで誘惑される私ではない!!」
私達は何を見せられているんだ……?と困惑する周囲に反して、ジャネッタはやはり冷静に「ありがとうございます」とお礼を告げる。時と場合が違えば惚気か口説き文句にしか聞こえない台詞に対しても、あくまでも義務的な態度を崩さないので周囲は彼女にも恐怖を抱き出した。
「では内面が素晴らしいと……?」
「その通りだ」
ようやく気付いたか、と言わんばかりに笑うロイクに、何故か周囲は安堵し始めた。腕の中のアニエスは、何とか体裁を保つ。なんせ先程そこそこ呼ばわりされたのだ。しかも婚約者の容姿べた褒めセットである。怒鳴り散らしたりと化けの皮を剥がさなかったので、周囲は少しだけ彼女を見直した。
「それほどまでに彼女の内面は聡明で美しいのですか?」
「まさか」
しかしこの二人はお構いなしに、またもや爆弾を投下した。腕の中のアニエスは哀れにもヒュッと息を呑む。
「碌に授業の内容を頭にも入れずに異性を誑かす女性を聡明で美しいとは言わないだろう。挙句、私の他にも婚約者のいる男子生徒を誘惑し、侍らかす事に快感を覚えている異常者だ。そのくせ、まるで関わりがないはずの貴女に嫌がらせをされたと私に吹き込もうとしたのだぞ?そのような振る舞いをするのなら知恵をつけるべきなのに、その努力さえ怠る。しかも先程は貴女へ侮蔑の感情を隠すことも出来ない本能で動くような女性だ。この国と私を支えるべく幼い頃から研鑽を積み、それを努力とも思わず常に弱者の立場を考える優しさと聡明さ、そして気高さを備える貴女とはまるで真逆の人物だ、比べるのも烏滸がましい」
今度の爆弾は異常者とまできた。しかも、やはり彼は婚約者の長所をつらつらと並べる。その言葉はもはやジャネッタへの尊敬の念を隠しもしないもので、尚の事周囲は混乱した。
件のジャネッタはといえば、今度は僅かに口角を上げて「畏れ入ります」と応えた。あ、ちゃんと嬉しいんだ、とは誰が呟いた言葉だろう。
因みに、アニエスは顔面蒼白で弁明をしようとしたが、彼女に誑かされた貴族の令息たちに
「王太子殿下に言い寄られて断れないが、心だけは貴方のものと私に言ってくれたのに!」
「馬鹿な!愛してるのは俺だけと言ったじゃないか!」
「待て、僕も同じことを言われたぞ!」
「アニエス!貴様どういうつもりだ!」
と詰られて弁明の余地はまるでない。先程ほんの少しだけ見直された彼女だが、その評価は地の底まで大暴落となった。
「じゃあ!何故私を選んだのですか!?」
遂に耐えられずに泣き叫んだアニエスに、ロイクは不思議そうに首を傾げた。先程周囲の者たちはジャネッタに恐怖を覚えたが、今は先程から無邪気な振る舞いで爆弾を投げ続けるこの王太子が怖い。
「何故って……運命だと思ったから」
「だから、それは何故!」
鼻息荒く怒鳴るアニエスは貴族令嬢としてあるまじき姿だが、自業自得とはいえ社会的な致命傷を負ったのだからそれも仕方のないことだろう。
そして加害者のロイクはといえば、どこまでもあっけらかんと答えた。
「君以上に都合の良い女性は他にいないんだ」
「は……はあ!?」
最早不敬と断罪されても可笑しくはない態度だが、それを指摘するものは……というか、指摘出来るものはこの場にはいない。周囲の心は一つになっていた。
あ、うちの王太子やべーやつなんだ。
婚約破棄を叩きつけた直後も思ってはいたが、如何せん今はそのやべーのベクトルが違う。
「だってそうだろう?王太子の妻として厳しい教育を殆ど終えて、周囲の大きな期待に見事応えてきたジャネッタを国が手放すわけがない。彼女は私に嫁ぐのではなく、次期国王に嫁ぐ尊い女性なんだから」
幼子に常識を説くような口調で穏やかに海原のような瞳を細めるロイクだが、生憎殆どの者が彼の真意を理解できていない。
「つまり……王太子、ひいてはこの国の国王となる座から降りるために、貴女は都合が良かったのですよ」
そんな中補足するように口を開いたのは彼の婚約者である。アニエスは咄嗟に彼女を睨むが、すっかり憔悴しきっている為まるで迫力がない。それに対してまるで気にする素振りを見せずに彼女は淡々と説明を続けた。
「ロイク様は昔から王の座に着くことに後ろ向きの考えでしたわ。そして何度も国王陛下や王妃陛下に自身は王に向かない、弟のアレクシ第二王子殿下が相応しいと訴えておりました」
そして、とジャネッタはアニエスと目を合わせる。その瞳はどこか労るようなものであり、最初から相手にされていなかった事実を叩きつけられたアニエスは酷く打ちのめされた。
「両陛下は、どうしても……それこそ全てを捨ててまで他に成し遂げたいことがあるのならば考える、と告げられたのです。………そこで貴女の出番です、クローズ男爵令嬢」
「な……な、な……!」
既にまともな言葉を紡ぐ事ができない男爵令嬢。周囲も徐々に話の流れが見えてきて表情を引き攣らせるが、公爵令嬢は無表情のまま、彼女にとどめを刺した。
「貴女のことを熱烈に愛している“ことにすれば”、国を継ぐことは出来ない。それこそ、全てを捨てても構わないという覚悟を抱くほどの運命、真実の愛ということに“すれば”、両陛下の条件をクリアしたことになる。………ということでよろしいでしょうか、ロイク様?」
「流石だな、ジャネッタ!」
無邪気に笑って頷くロイクに、ジャネッタは溜息を飲み込んで「勿体無いお言葉です」と返した。
会場は静まり返り、腕の中のアニエスはぶるぶると震えている。それをまるで気にせずに、ロイクは語りかける。
「まぁそういうわけだよ、アニエス嬢」
「さ……さっきは私の内面が素晴らしいって!」
「いや、それは本当に素晴らしい。だってまともな令嬢なら、私と二人きりになることすら憚るだろうに……君ときたら大した能力も後ろ盾も、そして肝心の覚悟もないのに私に擦り寄り、ジャネッタを蹴落とそうとする身の程知らずだからね。その厚顔無恥さのおかげて罪悪感を抱かなくて済んだ、本当に感謝してる」
「私と結婚したいって言ったくせに!あれは嘘だったんですか!?」
「嘘?まさか、本当に結婚したいよ、私の願望を叶えるにはそれしかない。ああ、愛がなければ嫌だと?それは申し訳ない、でも一緒に暮らしていけば愛着くらいは持てる、かも……しれないし……うーん、わからないが。ああ、それに」
すっかり最初の演技くさい熱が失せた王太子は、小さく首を傾げた。
「君、別に私のことを愛していたわけじゃないだろう?次期国王の妻という立場が欲しかっただけ。……まぁそれはそれで騙されたように感じるのか、私もその立場からは降りる気満々だったからな。でも、君にはどう考えても王妃なんて務まらないよ、そもそも王妃とは贅沢と自由で満たされているような立場ではないからね。その点、私の妻になった暁には一生働かせないくらいの暮らしはさせると約束するから我慢してくれ、愛人だっていくら呼んでも構わないから」
そうして彼は先程まで罵詈雑言を飛ばしていたアニエスの恋人たちに目を向けるが、彼らは彼らで婚約者やその親族、両親に詰られていた。先程の暴言が不貞の何よりの証拠になってしまったらしい。
「………っこの……!」
それを呑気に眺めるロイクに、アニエスは片手を振り上げる。
しかし、彼の頬を平手打ちが襲う前に、ジャネッタの美しい白魚のような手がその手首を捕らえる。見た目に反して力強いのは、王妃として我が身と王を守れるよう護身術を学んだ結果である。
「……自業自得とはいえ、貴女には多少なりとも同情致しますわ。ロイク様の思惑にまんまと引っかかってしまったのですからね。しかし」
すぅっと紫水晶のように輝く瞳が獲物を手にした捕食者のような色を乗せて冷たく細められた。
アニエスの口からはひっと小さな悲鳴が上がる。
「だからといって、我が主のことを傷付けるこの手を許す理由にはなりません」
その気迫に屈して、がくり、と両膝をつく男爵令嬢を引き渡す為に近くの騎士に声をかけるが、それに待ったをかけるのは自称・運命の人であるロイクである。
「その必要はないだろう」
「あります」
「ない」
「あります」
「まだ何もされてない」
「刃物でもあれば刺されていますよ」
「大丈夫だから!」
「なりません」
最早婚約破棄以前に、駄々っ子とその母親のやり取りである。
どうすんだよこの空気……と周囲が頭を抱え始めたところで、大扉がゆっくりと開かれ、その先にいる人物に全員が頭を垂れる。
国王陛下と王妃陛下……つまりロイクの両親の登場である。
両者はどちらも遠い目をしており、子を持つ親はそんな二人に同情的な眼差しを向けている。それはそうだ、彼らの息子は現在進行形で混沌を作り続けているのだから。しかも単純に淫売女に誑かされたというわけではないのだから悩ましいのだろう。
「如何ですか、国王陛下!王妃陛下!」
そんな中、どこまでも我が道を突っ走るロイクは目を爛々と輝かせて問い掛ける。両親の近くにいた側近は目を伏せたまま両者にそれぞれプレートを差し出している。取手は長く、内側には何かが書かれているようだ。
「………ジャネッタ嬢」
「はい、僭越ながら」
国王が何かを促し、それを受けたジャネッタは静かにカーテシーを見せると小さく頷いてみせた。
「──それでは両陛下、判定をよろしくお願い致します」
よく通る凛とした声で問い掛ける。
すると、すっと二人同時にプレートが上げられた。
──上げられたプレートには、不許可、と書かれている。
ダァン!と激しい音と共に王太子は崩れ落ちる。両手両膝をついた彼は、本日一番の悲痛な叫びを上げた。
「クソォオォオァア!!なんでだァァァあ!!!」
「当然の判断かと」
彼の背中を擦るジャネッタの声は、どこまでも淡々としていた。
さて、あれから一週間の月日が流れた。混沌の主であるロイクはジャネッタと婚約破棄され、廃嫡……されることはなく、現在執務室にて反省文を両親に書かされている。その内容は勿論、一週間前のパーティーで騒ぎを起こしたことだ。とは言っても、結果的に男子生徒を無差別に誑かし問題を起こした女子生徒の悪事を公の場で糾弾し、それに引っかかって肉体関係まで発展した浮気者の男子生徒達が明らかになり、公序良俗違反を正した事になるのでそう大したお咎めはない。本人に全くその気がなかったとしても、だ。
「いや、普通もっと問題になるだろう?王になる気がないって言ったんだぞ」
「それはもう兄上、普段の行いですよ」
淡々と告げるのは、対面に座り書類整理に勤しんでいるロイクの弟であるアレクシ第二王子である。
兄と同じ金髪と若草色の瞳を持つ美少年である彼は、呆れたように溜息を吐いた。
ロイクは、一週間前のパーティーでは大変アレであったものの、本来は賢王となることを誰もが疑わないほどの人物である。
未だに王太子という身分であるが、生活水の整備や衛生面に医療面、食料難にも対応できる農作物の輸入、他国との交易……等々、既に幾つもの成果を出している。最近では海賊の対策として港にそれ相応の設備を整えたことが有名だ。
視野が広く何でも興味を抱き、そして民と国の未来を常に考えて突き進む姿は、他国にまで評判だ。そんな彼が何故あのような行いをしてまで王太子を辞めたがっているのか?
それは彼の数少ない、そして致命的な欠点である。
ロイクは、大変正直な人間だった。
具体的には五歳の頃に口臭の強い貴族に対して「母上!あの方の口から馬小屋の臭いがする!」と言ったくらいだ。稚さ故に仕方ない、と言われるかもしれないが、どんなに厳しい教育を施されてもこれだけは治らなかった。
それはあのパーティーで実証されてしまった。ジャネッタの言葉に馬鹿正直に答え、結果アニエスは怒り狂う……どころか、極寒の土地にある規律が厳しい修道院に飛ばされてしまったのである。
本来王族に手を上げかけた、誑かしたのだから牢獄に入っても可笑しくないのだが、ロイクの口添えでその程度の処罰となった。……元凶の男に助けられたということになるため、本人にとってはこれ以上ない屈辱であるだろうが。
それはさておき。そう、そんなロイクであるが、彼が十一の歳を迎えた頃に、家族団欒のティータイムの際にとある情報が舞い込んで来た。
それは某国の王族の失脚だ。彼は有能であるし清濁併せ呑むような人物であったが、うっかり口を滑らせ……つまりは失言で周囲の信頼をごっそり失ってしまった。
それを聞いた一家は、全員が死んだ魚のような目をした。
『あれ、うちの息子もやりそうじゃないか?』
『兄上の未来じゃない?』
『僕の将来の姿か?』
国王、アレクシ、そしてロイクの絶望に満ち溢れた言葉に対して、王妃は力強く首を横に振った。
『どうか悲観なさらないで、ロイクはとても優秀な子です』
『母上、でも』
『大丈夫』
泣き出しそうなロイクに向かって、強き母はにこりとたおやかに微笑む。
『ジャネッタを信じましょう』
そこはロイクじゃないんかい、と静かに国王は突っ込んだが、しっかりと妻に同意を示していた。
それもそのはず、息子たちの幼馴染みにしてロイクの婚約者に選ばれた少女は幼い頃から大変優秀な娘であった。
『お任せくださいませ、ロイク様は必ずやお守り致します』
後日、相談した王家の一族に対して十に満たない娘とは思えない力強い返答をしたジャネッタ。その姿はまるで姫を守る騎士のようだったと兄弟は後に語る。そして彼女はすぐさま有言実行に移った。
国外国内問わず、ロイクの発言が必要となる社交の場で向けられる質問や話題に関して、ジャネッタは全て予想を立ててそれぞれに完璧とも言える返答を予め決め、ロイクに暗記させた。
もとより優秀であったロイクにとって暗記は得意分野で、更に本番に強く少し程度の変化球にもすぐに対応した。全く意図しない事態は、隣にいる婚約者が鉄壁の守りでいなしてくれたので、危うげなどまるでない。
失言王となりかけたロイクは、こうして婚約者のジャネッタに守られてきた。だがしかし、彼は常に取り返しの付かない事態を恐れていた。もし、彼女がそばにいない時にやらかしたら?そもそもこんな飼育員みたいな真似を彼女のような得難い女性にさせて良いのか?負担が大きすぎやしないだろうか?
悩みに悩み、そして何事も卒なくこなす弟の成長を目の当たりにし、遂に彼は決意してしまう。
よし!次期国王やめよう!わざわざ私のような爆弾を抱える必要はないからな!
そうして彼がまず行ったのは家族と婚約者の彼女、更には彼女の両親への報告と計画の提案である。上に立つ者こそ報告・連絡・相談は必須であるという教育の成果は遺憾無く発揮された。
当然それらを聞いた彼らの反応は苦々しいもので、何度も考え直すよう説得を試みたが、それでもロイクの懸念点も十分に共感出来る。そして本当に王となることが嫌ならば……と彼を許してしまいたくなるほどに、全員が絆されていた。
とはいえ、これは国の未来を決める重大な話である。だからこそ、彼の両親は息子へと条件を出した。
その一、自暴自棄にならないこと。
その二、次期国王の座を降りるならば、それ以上に得たいものや未来を明言すること。
その三、周囲を納得させる理由を考えておくこと。
その四、最終的には婚約者を通して必ず両親から許可を得ること。
……と、大雑把に言えばそんなところである。
しかしロイクとしてはこの条件に頭を悩ませていた。だって出来るだけ周囲を納得させる言い訳も、やりたいことも大してないのだ。強いて言えば今後も国のために役に立ちたいが、それならば国王に就くのが最善だと言われてしまいぐうの音も出ない。
ああでもない、こうでもないと悩んでいるうちに月日は流れ、彼は立派な国王への道を歩んでしまっていた、そんな時。
隣国への留学……彼はそこで観賞した舞台で天啓を得た。
その内容は勧善懲悪もののラブロマンス。
薄情で愚かとしか言いようの無い王太子を婚約者に持つ公爵令嬢は、せっかくのパーティーで婚約破棄を叩きつけられる。『真実の愛を見つけたのだ!』と浮気相手の男爵令嬢の肩を抱く王太子と、その浮気相手に嵌められた公爵令嬢は窮地に立たされるが彼女を影から愛していた第二王子に助けられ溺愛され──という内容だ。
立場だけはロイクに当て嵌るストーリーに隣国側は慌てふためいたが、ロイクとしてはそれどころではなかった。
その手があったか!!と息を呑む。
正直主役二人よりも悪役の二人にばかり気を取られた。何せ物語の王太子は婚約者を切り捨てたせいで最終的に王位の座を弟に奪われたのだから。
ロイクとしてはそれが目的であったため、真実の愛でーす!!と言いふらしてジャネッタに婚約破棄を言い渡せば……と、そこまで考えて落ち込んだ。
………無理だろう。と心の中で呟く。
だって世の中が広いといえど、どこにこんな頭のおかしい娘がいるというのだ。
相手は公爵令嬢で、しかも我が国きっての才女であり美しさも随一といっても過言ではないジャネッタ・マリオット。そんな彼女と張り合う……どころか、自分の方が優れていると思う人物などいるはずがない。いや、万が一、億が一いるとして、流石に自分の我儘に巻き込むのは気が引ける。だってこれを実行するとしたらその娘に待っているのは社会的な死だ。
しゅん、とした表情を浮かべたせいで周囲の胃を殴っているような真似をしていると気付かないまま、ロイクは留学を終えて帰国した。
『はじめまして!貴方の噂は聞いてます!どうか仲良くしましょうね!』
い……いたーーー!!!!
帰国して間もなく、突如学園の転入生として現れた男爵家の庶子であるアニエス・クローズ。きゅるるん、と目を潤ませて勝手に手を取られて握られてしまった時、少年が未確認生物を見つけたときのような叫びを心の中で上げた。
いた!本当にいた!頭おかしい男爵令嬢だ!という興奮を何とか抑え込みながらそれとなく彼女が間者や王家、または公爵家に刃向かう勢力でないか、念入りに調査をした。
──結果は白。誰もいない自室であることをいいことに、「シャッオラァァ!」と王太子に相応しくない雄たけびを上げたのはここだけの話である。
挙句、彼女はジャネッタに劣等感を刺激されてありもしない悪評をばら撒いたり、自分以外の男子生徒と肉体関係を持ったり(尚、ロイクは彼女と口付けすらしていない。流石に身売りの真似ごとはしたくなかった)とやりたい放題で、見事に彼の罪悪感を消していった。うん、この娘なら良いか、と思ってしまったのだ。
「まぁ流石にジャネッタの悪評をばら撒くのは見過ごせなかったから、噂は嘘でアニエス嬢の虚言だと訂正するよう影を使って情報操作したんだが」
「兄上、聞きますけどそんな激ヤバ女との結婚を父上たちが許すと、本気で思いました?」
「激ヤバでも真実の愛だぞ?」
「それ、王位継承権が剥奪される魔法の言葉だと思ってるでしょう。ちなみに僕は絶っっっっ対に許しませんから」
鼻を鳴らすアレクシは頬杖をついて兄を睨みつける。王位がどうとかは置いておいて、大事な兄をそんな女にやれる訳がない。自分だけでなく両親やジャネッタもそうだろう。
「そもそも兄上は大人しく王になるしかないんですって」
「だがなぁ……そうだ、この間の騒ぎで私を支持をする者などいなくなったのではないか?一方的な婚約破棄だぞ、一歩間違えたらジャネッタの名誉に傷が付いた」
「最初はうちの王太子やべえな、という意見もありましたがね。それでも今までの功績を思い直した結果、殿下がそこまで思い悩んでいただなんて……やら、今後は自分達もサポートします、やら、そんな評価に落ち着きましたよ。あとは一部のご令嬢方は感謝していましたよ、浮気者が炙り出せたと。それに兄上が行ったのは婚約破棄という名の惚気です」
「善意が苦しい。彼女らに関しては……うん、良い方向に傾けば良いな。あと惚気ではなく必要最低限の事実の羅列だ」
「それはそうですけど。……まぁ早い話、観念して王位を継いでください。失言王にならないようジャネッタや僕がいるんですから」
「いや、お前はいいのか?アレクシだって厳しい教育を受けているだろう、それこそ立派な国王になれるような……」
「どの立場になろうが学んでいることは無駄になったりなんかしませんよ。兄上を支える立場を望んでいる身であるなら、それこそ必須なことばかりですから」
「アレクシ……立派になって、兄は嬉しいぞ」
「はいはい、手動かして下さいね」
感動している兄をそうあしらいながらも、第二王子の頬はほんのりと赤らんでいる。
兄弟が和気藹々と過ごしている中、静かに扉のノックする音が響いてロイクは入室の許可を口にした。
「ご機嫌麗しゅう、ロイク様、アレクシ殿下」
「ああ、ジャネッタか。よく来たな」
「いらっしゃい、ジャネッタ」
いつもと同じように美しいカーテシーを見せた彼女は静かな足取りで中に入り、そんな彼女を兄弟も歓迎する。
彼女のお付きの侍女から持参した書類を受け取ると、それをロイクの前に置く。
「北方地方の医療施設の増築について参考資料を取り寄せました」
「ありがとう、助かるよ」
相変わらず有能な彼女は、お礼に対して静かに微笑む。どこか誇らしげなその笑みに、アレクシは溜息を吐いた。
「……そういえば楽しそうにお話されていましたね」
ふと気になったように呟いた彼女に、アレクシはそのまま乗っかった。
「いい加減兄上には腹を括ってほしいって話さ」
気まずそうに視線を彷徨わせて終わらせた反省文を意味もなく爪先で弾くロイクに、ジャネッタは納得したように頷く。
「いや……色々と反省はしてるんだ。特に君には迷惑をかけた」
「いえ………それなのですが、ロイク様。私はロイク様の参考にされた演劇を調べてみたのですけれど」
「うん?」
珍しく言い淀む彼女に、ロイクは首を傾げながらも先を促した。
「………どう考えても……この計画はロイク様には無理であったかと」
「……次への改善の為に何故か聞かせてほしい」
次があるんかい、とじろりと睨むアレクシの視線をかわして机に両肘をついて手を組みながら真剣な表情を見せるロイクに、ジャネッタはでは恐れながら、と一言断って言葉を紡ぐ。
「まず、ロイク様はあの男爵令嬢に結婚したい、とだけ告げたんですよね?」
「ああ」
「まず演劇の王太子は彼女と男女として触れ合っていました」
「………無理ぃ」
たしかにそれはそうだけど、と情けない声を上げて組んでいた両手で顔を覆う。
「いやいやいや、無理。まず人としてあまり好くことができないし、そうじゃなくともあんな不特定多数の男と関係を持っている女性は嫌だ、性病とか以前になんかもう、普通に嫌だ」
廊下で該当者である男子生徒とすれ違ったときどんな顔をすればよいのだ。潔癖症のつもりはないが、あまりにも乱れている人間関係に突入したくはない。こちとら十代の若造なのだから。だからこそ結婚した後は愛人の存在を黙認すると言ったのに、婚前交渉など冗談ではない。
「では演劇の王太子のように宝飾品やドレスを貢いだり」
「自分の好きに動かせる金銭など殆どないも同然なのに?」
あくまで自分が好きにできる金額はそう多くない。なんと言っても市民の血税で生活してるのだから、当然予算だって存在する。演劇を見たときにも「こいつのこの費用はどこから湧いて出たんだ?」と疑問に思ったが、たしかに、なるほど。それは無理だ。実際、あの男爵令嬢には「あれほしいなぁ」なんて話題の宝飾品やらドレスを強請られたが、笑顔で「結婚したらだな」と伝えておいた。王位を退いて弟と立場が入れ替わった後なら働いて貢げるという判断である。
「──せめて、彼女の言う私の悪行は鵜呑みにしなければ」
「岩盤は実は砂糖菓子で出来ていて食べられる、レベルの妄言を信じる人間がいるか?」
ただでさえジャネッタに虐げられていると虚言を吐かれる度に、「君に構うくらいなら王宮の猫に構ってる方が断然有意義だよ、そもそも君のことなんてふしだらな問題児という認識しかないだろうに、嫉妬なんてすると思うかい?」と言い掛けては「気のせいじゃないかな」に変換したのだ。失言王の自分としてはよくやった方だと思う。いや、結局は最後の最後にジャネッタの質問に答える形で台無しにしたのだが。
「そもそもさぁ、兄上」
何も言わなくなってしまったジャネッタの代わりとでも言うように割って入ってくる弟を見れば、頭を抱えて、自分にたっぷりの呆れを含ませた眼差しを向けてきた。
「あの劇に沿うなら、婚約者を散々に貶さなきゃならないじゃないか。なんであんなにジャネッタを褒めちぎったの」
「?いや……彼女の名誉を不用意に傷付けるわけがないだろう、それに先程も言ったが、あれは全て誰の目から見ても明らかな事実だ」
勿論今回の騒動自体婚約者の彼女に迷惑をかける話ではあるが、最低限に抑えるのは当然のこと。そもそもあれらは決して彼女に媚びへつらったわけではなく、紛うことなき事実だ。
──と、本気で思って不思議そうな表情を浮かべる兄に、アレクシは深い深い溜息を吐いた。
………たしかに自分達の幼馴染が才色兼備の努力家であるのは周囲の事実だが、かと言ってああも聞いてるこっちがむず痒くなるような台詞を吐くのは如何なものか。
ちらりと彼女を見れば、頬を染める……わけではないが、誇らしげに目を細めて口角を上げている。それは恋する乙女というよりも、敬愛する主君に認められた喜びの目である。
──なんでこれで恋愛感情がないかなぁ。
王様やらない!と駄々をこね始めた頃から、「ぶっちゃけ私よりアレクシの方がジャネッタとお似合いだと思うんだ」と真顔で勧めてくる兄と、「私はロイク様をお支え出来るならどの立場でも構いませんが」等と冷静に答える幼馴染に頭痛を覚えた。やめてくれ、ジャネッタの事は大好きだが、こちらは義姉として慕いたいのだ。二人が恋愛に毛ほども興味がないのは仕方ないとして、それをすっ飛ばした強い絆はあるのだから別にいいじゃないか。自分としては二人の子供に叔父上と呼ばれたいしだっこもしたい。彼女が兄以外に嫁ぎ、兄が彼女以外を妻に迎えるなど、解釈違いもいいところである。
「それにロイク様、あの劇ではヒロインの相手役である第二王子に軽蔑されるような振る舞いをしなければなりません」
「それは……嫌だ」
「しかも貴方様はアレクシ様を面倒事を全て代わりに処理させる便利な道具扱いしなくてはなりませんよ」
「嫌すぎる!」
「あと私に対して普段から罵倒をし虐げなければ……」
「すみませんでした!!!私が全て間違ってました!!!」
ちらり、とジャネッタとアレクシは目を合わせて苦笑を浮かべた。
本当に何故こんな計画を立てたのか理解出来ない。どう考えてもあの演劇の王太子と目の前の彼は似ても似つかないというのに、何故真似しようとしたのか。自分達を傷つける等絶対に出来ない彼には不可能な話なのだから。
「私共も、本気で貴方様が冠を捨てたいとおっしゃるならば逃げる手筈を整えます」
「でも周りに迷惑がー、とか、負担がーとかなら聞き入れないから」
だから諦めろと圧をかける婚約者と弟の姿に、未来の賢王は力無く項垂れた。
「こんなことならあんな演技するんじゃなかった、恥ずかしい」
「やはり演劇内の王太子を真似ていたのですね、ですが何故?」
「成功率上がるかなって」
「上がるかぁ」




