41.祝福に包まれたその日
ラルの誕生日を迎えるための準備は、正直なところ大変だった。
けれど、それ以上に胸が弾む。屋敷中がどこか浮き立っていて、使用人たちの足取りまで軽い。
ラルとリズは、来客へのご挨拶の練習に余念がない。二人並んで何度も頭を下げる姿は微笑ましく、見ているこちらまで頬が緩んだ。
お父様とお母様は前日に到着し、当日はお兄様の一家も屋敷に入った。久しぶりに顔をそろえる親族に、館内は一気に賑やかさを増す。
「ご招待ありがとうございます」
そう言って、エルドリックとエレナの二人が声をそろえた。
皆が揃うと、広間の扉が静かに開いた。
今日のために呼んだ楽団が控えめに前奏を奏で始め、視線が一斉に扉口へと集まった。執事のジェフリーが扉を開ける。
まず一歩、ラルが踏み出す。
淡い色合いの正装に身を包み、胸を張りながらも、どこか年相応の緊張が滲んでいる。その隣にはリズが寄り添うように立ち、同じ意匠の装いで小さく微笑んでいた。二人の衣装は揃いの色味でまとめられ、並んだ姿はまるで一枚の絵のようだ。
歩調を合わせ、二人はゆっくりと中央へ進む。
所定の位置で立ち止まると、ラルとリズは同時に一礼する。何度も練習したとおり、背筋を伸ばし、動きを揃えた丁寧な礼だった。その仕草の愛らしさに、拍手が起こる。
一拍置いて、ラルが顔を上げる。
「ラファエル・ウェストレイです。今日は私の誕生日へようこそお越しくださいました。まだまだ未熟者ではありますが、皆様どうぞよろしくお願いします」
声は広間に響いた。言い終えた瞬間、大きな拍手が湧き起こる。微笑みながら頷く大人たちと、目を輝かせる子供たち。そのすべてを受け止めながら、ラルはほっと小さく息をついた。
会場には、ラルの大好きなケーキやお菓子が所狭しと並んでいる。甘い香りが漂い、子供たちの視線は何度も卓上に集まっていた。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
あちこちから祝福の声が重なり、広間は一気に華やいだ。
ラルは少し照れたように、けれど丁寧に礼をする。使用人が手際よく動き、次々と贈り物が目の前に積み上がっていくにつれ、ラルの視線は自然と釘付けになる。
「うわ、今年はいっぱいだ」
思わず零れた声には、隠しきれない喜びが滲んでいた。色とりどりの包みを見渡しながら、目を輝かせるその様子に、大人たちは微笑ましそうに目を細める。
「私たちからは、これだ」
そう言って、お父様とお母様が前に出た。二人の手にあるのは、少し長細い包み――。
「わあ、剣だ!」
布をほどいた瞬間、きらりと鈍い光を放つ。子ども用とはいえ、しっかりとした作りで、持ち手には丁寧な細工が施されていた。
「ああ、そろそろ、練習した方がいい、そう思ってな」
お父様は穏やかな声でそう言い、ラルの成長を確かめるように目を向ける。お母様も静かに頷き、温かな眼差しを注いでいた。
「いいなぁ。お祖父様。私の誕生日にも剣をください」
少し身を乗り出して、エルがうらやましそうに言う。その声には、期待が混じっていた。
「ああ、もちろんだとも。任せておけ」
お祖父様はにこやかに笑い、ゆったりとした口調で答える。その様子に、エルは顔を輝かせる。
「やったね、ラル。一緒に習おうぜ」
肩を寄せてそう言われ、ラルは大きく頷いた。
「ラル、私たちからはこれだ」
今度はお兄様が一歩前に出て、本を差し出した。
「わー、欲しかった本だ。ありがとうございます」
両手で大事そうに受け取り、ぱらりとページをめくる。その表情は、剣を手にした時とはまた違う、喜びに満ちていた。ラルの好きな冒険物語の最新刊ね。
ロバート先生からは、前日にすでに子供用の香水が届いていた。先生自ら配合したものらしく、今日はラルがそれをつけている。ほんのりとした柔らかな香りが漂い、少しだけ大人になった気分なのか、ラルはご機嫌だった。
部屋を彩る色とりどりの花は、なんと王太子妃様から贈られたものだ。前日に「誕生日に」と届いた花束には、手紙も添えられていた。
『他のものと迷ったけれど、気を遣わせるかと思って、王宮の花にしたわ』
王宮の花、だなんて。それでも十分すぎるほど気を遣うのだけれど。
手紙の最後には、「素敵な一日を」と、やわらかな文字で添えられていた。さらにその下には、お茶会への招待状が同封されている。なぜかラルも一緒に、とわざわざ書き添えられていた。
お子様たちが同い年……。
顔合わせの意味合いも含んでいるのだろうか、と一瞬だけ、気が重くなった。
けれど、その考えを静かに振り払った。
考えるのは後でいい。今日は、ただこの日を楽しむべきなのだから。
「さあ、主役から踊ってね」
ラルを促すと同時に、軽やかな音楽が流れ始めた。ラルは少し照れながらも、エレナの手を取って一歩前へ踏み出す。互いの動きを確かめ合いながら、楽しそうにくるりと回った。
リズはエルと向き合い、ぎこちなくも楽しげに足を運んでいた。まだ少し身長差はあるけれど、音に身を委ねてステップを踏む姿は微笑ましく、見ているだけで自然と頬が緩む。
その様子を囲むように、大人たちは皆、言葉少なに見守っている。成長を喜ぶような眼差しが、子どもたちに注がれていた。
その光景を眺めながら、ティアナがそっと声を落として話しかけてくる。
「結局、ラルは来年入学するの?」
「ラルが望んだから、来年入学するわ」
「よかったわ。エルだけだと心配だったから。ラルと一緒だと心強いわ」
ティアナはほっとしたように息をつき、視線を踊る子どもたちへと向ける。
「本当は、王子や侯爵夫人、辺境伯夫人の子供たちも一緒というのが……。運命っていうものを感じて、少し怖いけれど」
その言葉に、ティアナはくすりと小さく笑った。
「ふふ、気にしすぎよ。だって、王太子妃に子供が生まれるときには、貴族は皆それに合わせて子を作るくらいなんだから。気にすることじゃないわ」
「なるほど……妃とか側近狙い、なのね」
「だから、来年以降は入学者が多いはずよ」
音楽は途切れることなく続き、子どもたちの笑い声がそれに重なる。祝福と温もりに満ちた空気の中で、ラルの誕生日は、穏やかに、そして華やかに流れていった。




