21.可愛いのは、誰の妹?
「だから、可愛いのは私の妹だ!」
ふと見ると、甲高い子供の声が聞こえてきた。どうやら言い合っているらしい。
「あら? どうかしたのかしら」
昼下がりの柔らかな陽光がステンドグラスを透かして床に模様を落としている。穏やかな時間に似つかわしくない小さな騒動に、私は思わず驚いた。
私の隣でティアナが軽く首を傾げる。
「きっと、エルドリックよ。誰に似たんだか、とってもやんちゃで」
「あら、そうなの。ふふ」
二人で顔を見合わせ、子供たちのそばに向かう。ルーシーとメリッサが宥めているが、やはり揉めているらしい。
小さなテーブルには食べかけのお菓子が置いてある。エルドリックはティアナに気付き訴える。
「お母様、可愛いのは私の妹だと言うのに、ラルは、リズが可愛いと言うんだ」
胸を張って訴えるエルドリック。その横でラルは落ち着いた表情だ。どうやら——妹自慢の最中らしい。
「エルこそ。よく見てごらん。リズ、可愛いだろう?」
ラルがさらりと言うと、エルドリックはむっと頬をふくらませる。どうやら“どっちの妹がより可愛いか”で揉めていたらしい。
もう愛称で呼び合っているのに、そんなことで揉めているの、と内心笑ってしまう。視線を向けると、ティアナは肩をすくめて苦笑していた。
「本当に、エレナを可愛がりすぎて困るのよ。でも、きっとエレナが何とかするわ」
ティアナの視線の先では、彼女に驚くほどよく似たエレナが、呆れ顔で小さくため息をついていた。
「お兄様、恥ずかしいのでおやめください」
毅然とした声。年齢に似合わぬ落ち着きがある。
「だって、エレナ!」
「おやめくださいと申しましたわ。私は、もう5歳ですの。3歳の子と可愛らしさを比べられるなんて、やりきれませんわ」
ぴしゃりと言われ、エルドリックは目を瞬いた。
「そ、そんな」
「私もリズも可愛い。それで良いではありませんか。交流を深めるこのような場で、無意味なやりとりは嫡男としてふさわしくない行動です」
きっぱりと言い切るエレナ。部屋の隅で見ていた侍女たちも、こっそりと微笑みを交わしている。
「そうだね、もうやめよう。二人とも可愛いのだから」
ラルがすんなり折れたので、周囲の空気も和らいだ。しかしエルドリックは、どこか納得していない顔で黙り込んでいる。
「エルお兄さまは、怒ってる?」
そばで遊んでいたリズが、小さな頭をかしげて覗き込んだ。
「お、お兄さま?」
エルドリックはびくりと肩を震わせ、みるみる頬を赤らめた。
「リズ、じゃあ、私のことはお姉様って呼んでね。でも、そこにいる“エルお兄さま”は、お兄様って呼ばれるのは、嫌なんじゃないかしら?」
エレナがわざと軽く揺さぶるように言うと、ラルが横で楽しそうに笑った。
「そうだね、お兄様は僕一人でいいんじゃないかな?」
効果はてきめんだった。
「い、いやではない。そう呼びたいなら、そう呼んでもいいぞ。リズも妹だとしたら可愛がってやってもいいんだ」
強がりを混ぜながらも必死に取り繕うエルドリックに、エレナは「はあ」と呆れた溜息をつく。その対比が微笑ましくて、思わず口元が緩む。
「エルお兄さま、積み木好き?」
「ああ、好きだぞ。一緒にあそぶか?」
「はい!」
リズが嬉しそうに手を叩き、二人は積み木のある隣の部屋へと駆けていった。残った二人も、顔を見合わせ笑い合うと早足で隣室へ向かっていった。ルーシーとメリッサが付いていく。
扉の向こうから、積み木のぶつかる軽やかな音が聞こえてくる。どうやら遊びの続きを始めたようだ。
「ほら、何とかなったでしょう」
ティアナが得意げに微笑む。窓辺から差し込む光が彼女の金の髪を照らし、その笑みに柔らかな影を落としていた。
「そうね。余計な口を出さない方が、いいことがわかったわ」
私が肩を竦めて言うと、ティアナがくすりと笑う。
「ふふ、ヴァージルがエレナとあなたの性格が似ているっていってたわ」
「まあ、お兄さまが? 遠回しにご自分にも似ていると言いたいのかもよ」
「そうかもしれないわね」
二人で顔を見合わせ、小さな笑いを交わす。花瓶に挿された花の香りが漂い、静かに落ち着いた昼下がりの空気が広がっていた。
「じゃあ、私たちは、もう少しお話を楽しみましょう」
*****
「エルお兄さま、もう行っちゃうの?」
日が傾き始め、ティアナたちの帰る時間となった。見送りのさい、リズの細い声が響いた。
「必ず、すぐ来る。何なら明日にでも」
エルドリックは、勢いよく振り向き、真剣な顔で約束をしようとする。
「お兄様、できない約束はしてはいけませんわ。ラル、リズ、近いうちにまた会えるのを楽しみにしていますわ」
エレナがすっと前に出て、礼儀正しく締めくくる。その落ち着きぶりに、ラルが感心したように頷いた。
「ああ、今度は引っ越した邸に遊びに来てね」
ラルの穏やかな声に、エレナがぱっと顔を明るくする。一方、エルドリックはまだ名残惜しそうで、ちらちらとリズの方を振り返り続けていた。完全に可愛い妹に心を持っていかれたらしい。
ティアナがそんな息子を半ば引きずるように連れていく。
あら、ティアナ、今日はいつにも増して力強い。母は強し、という言葉がぴったりだった。
去っていく背中にそっと手を振る。
「仲良くなって嬉しいわ」
「はい、新しい邸でまた会えるのが楽しみです、ね、リズ」
「はい、ラルお兄さま」
どうやら“お兄さま”が二人になったため、自然と名前つきで呼ぶことにしたらしい。その小さな工夫が、なんとも微笑ましい。
さて——そろそろ引越しの準備のために動かなくてはならない。
新しい生活と、新しい出会いの気配に、胸がほんの少し高鳴った。




