16.捕食者の目
***ララの日記***
今日は、新入生歓迎のパーティー。
王太子ルートの最大障害となる婚約者は、想像通りの華やかさで、もうオーラが違う。
でも、私はヒロイン。知識がある分、ちょっとだけ有利。ふふ。
できるだけ目立たない位置に立って、イベントを“自然発生”するのを待っていたら殿下が、ちゃんと“気づいて”くださった。
控えめに笑ったら、殿下が一瞬見惚れたような気がしたわ。
*
中庭で“うっかり"偶然を装って再会。
ゲームだと、ここが好感度を一気に上げる分岐イベント。
殿下が「皆が気を遣いすぎる」とこぼしたので、私は、ただ寄り添う聞き役に徹した。定石よ。
婚約者さまはこういう細かい感情ケアが苦手でしょう?
というか、彼女は完璧すぎて殿下の弱音を拾うタイプじゃない。
殿下は「君には話しやすい」と。
よし、予定通り進行中。
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殿下が落とした研究資料を“偶然”見つけた。もちろん偶然じゃない。原作知識があるもの。
殿下は驚いて、「婚約者にも見せていない」とはにかんだ。
ここは反応を間違えるとフラグが折れるので、“驚きつつ光栄”の表情を心がけた。
殿下が「君には話してしまう」と言ったとき、内心でガッツポーズしたけど、外見は控えめに微笑むだけにしておいた。
相手と同じ温度で喜ぶふり。熱すぎても冷たすぎてもダメ。
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庭園パーティーで殿下のハンカチを風がさらっていった。このイベントはアピールする絶好の機会。
駆けて拾って渡したら、殿下が本当に嬉しそうにしてくれた。
婚約者さまは、「走るなんてはしたない。護衛がやりますのに」と言っている。ふふ、わかっていないわね。その差が自然に際立つ。
“してあげた顔”なんて絶対に出さない。
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式典では婚約者さまが完璧に、ちょっとだけ殿下を誘導していた。その誘導は悪意はないけど、殿下は窮屈に感じているはず。
「今日はお疲れではありませんか」とさりげなく寄り添ったら、「君と話すと気持ちが楽になる」と言われた。
そうでしょう!
婚約者さまは魅力的だけれど、殿下の弱さに寄り添う仕様じゃない。
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ひそひそ話されている、婚約者さまの取り巻きが、すごくうっとうしい。
マナーが守れていない、婚約者がいる方に近づくな……定番の嫌がらせよね。
殿下からもらったアクセサリーも、どこかに消えてしまった。私だけ課題をもらっていないし、この前は危うく階段から落ちそうになった。
現実にされるとやっぱりへこむ。
婚約者さまの、貼り付けた笑顔も怖い。
私には何も言わず、遠くからただ微笑んでみせるだけ。あの笑顔には、捕食者の目が宿っている。
直接脅してくれればまだ対処のしようもあるけれど、虎視眈々と何かを狙っているようで本当に怖い。
王道なら、ここは殿下に告げ口。そしたら、「君のことを見て見ぬふりはできない」と殿下が言うはず。その瞬間、攻略がついに最終段階に入る。
でも――怖すぎる。
よく考えたら、うまくいっても、これから王太子妃教育も大変だし、私、勉強は得意じゃないし……。人脈も広げないとないんでしょう? お金もかかるし。子爵家にお金、ないわよね。逆に肩身の狭い思いを王宮でするんじゃないかしら? 高位貴族の圧力とか、いや、絶対あるでしょう。
よし、決めた。
辞めよう。王太子ルートは。
うん、それがいい。次殿下に会ったら、「殿下……皆さんに誤解を与えては、殿下のためになりません。私は、殿下の足かせにはなりたくないのです。どうか、婚約者さまとお幸せに……」
そう言って、終わりにしよう。
*****
sideアイラ
……お兄様、やりました。王太子編の日記、読み終わりましたわ。
薄いカーテン越しに柔らかな光が差し込んでいた。静まり返った部屋の中で、小鳥の鳴き声だけが外から微かに届いてくる。
私は、息をつき、読み終えた日記をまとめて暖炉へと放り込んだ。
ぱさり、と乾いた紙が崩れ落ち、次の瞬間、火は待っていたように燃え上がる。橙の炎がばちばちと弾け、日記の記憶を一瞬で呑み込んでいった。
「殿下……皆さんに誤解を与えては、殿下のためになりません。私は、殿下の足かせにはなりたくないのです。どうか、婚約者さまとお幸せに……」
「……そんなことを、君に言わせるつもりはなかったのに」
ですって。
王太子殿下、後の国王となる方。ハニートラップが心配ね。
……まだ、ララを思っているのだろうか。
そんなはずはない、そう思いたい。けれど、もし、万が一そうだったとしたら、婚約者――いえ、王太子妃殿下が心配ね。
日記にあった「捕食者の目」とやらは、いったい何かしら。
想像するだけで少し背筋が寒くなる。
暖炉の火がぱちりと弾けた。
子爵家は一応無事、私も修道院入りは免れた。途中で辞めたからかしら? けれど伯爵夫人になるなら、社交は避けられない。関わりたくない相手とも、関わらざるを得ないのが現実だ。
王太子妃殿下がそのまま王妃陛下になったら……その影響は、ラルやリズの今後にも波及する。
軽々しい謝罪などしたら、逆に「何に対する謝罪か」と追及されるに決まっている。下手な手は打てない。
では、どう動くべきか。難しいわ。
とりあえずは王宮勤めのレオナール様に聞いて調べてみるべきね。状況を把握しないことには、対策も立てられない。
窓の外が、いつの間にかうっすら明るくなっていた。夜から朝へ移り変わる瞬間の、静かな光。
……少しだけ、寝よう。
明日も――いいえ、もう今日ね。また、きっと長い一日になるわ。




