第一章:デアイ
「幸せってなんだろうか」
この答えのない問いに、一体これまでどれだけの人が苦しみ、考えてきたのだろうか。しかも、自分がその中の一人になるなんて思わなかった。自分が今幸せなのかも幸せじゃないのかも分からない。そんなことを考えながら屋上にたっている。下を見てみると、車がせわしなく走っている。もう少しゆっくり走れば良いのにそう思いながら、足を進める。だんだんと車が間近に迫ってきた。
目が覚めた。変な夢を見た。夢にしてははっきりしすぎていたような。まあいつ死んでもいいと思っているから、もしかすると遠くない未来に起こる正夢なのかもしれない。それでも、飛び降り自殺はしないな。そう思いながら布団から起き上がる。
職業は公務員、年齢二十五歳、彼女なし、友達も二、三人、とくにイケメンでもなく取り柄もない。こんな僕に、刺激的な毎日は訪れてくれない。最近、SNSで幸せそうな投稿が増えた。「結婚しました」「子どもが産まれました」それらの言葉に、おめでたさを感じながらも、どこかうらやましさを感じている自分がいる。
彼女が最後にできたのはいつだっただろうか。前の彼女は、別れた元彼と付き合うからと一方的に別れを切り出された。年齢も年齢だからとマッチングアプリもやっているが、いいなと思う子からは「いいね」が返ってこないし、気づいたら返信がこなくなることもよくある。「アプリだししょうがないか」と割り切っている部分もあるが、結局は顔なんだろう。そう言い訳している時点で結局は負け組なのかもしれない。
ピロン。
そうこう言っているうちに、一件着信が入った。何だろう。起き上がって見てみると、今考えていたマッチングアプリからだった。無料のいいねが追加されたという知らせだった。さっきは言い訳をしていても、それでも本心は彼女が欲しいのだろう。プロフィールを一つずつ見ながらいいねをしていく。
その中でひときわ目を引く子がいた。二十歳。正直あまり年齢差は気にしたことがなかったが、五歳差であることに少し引け目を感じながらも、気づいたらいいねをしていた。まあ二十五歳の僕なんて相手にされないだろう。少し期待をしながらも、それでもどこかやけくそに諦めている自分を感じながら、仕事に行く準備を始めた。
準備を始めて五分。また携帯が鳴った。通知だ。開いてみると、マッチングアプリからだった。今度はなんだと思いながらいつものように確認をしてみる。驚いたことに、そこには、良いなと思ったあの子からいいねが返ってきたのだ。初めはびっくりしたが、これまでにも年下の子からいいねが返ってきたことは何度もある。その度に驚いたような嬉しい気分になるのだが、すぐに返信が来なくなるなんてことはざらにある。そうは思いながらも、やはり嬉しさが勝ち、メッセージを考え始めた。
この最初のメッセージが肝心であり、めんどくさいのである。無難なのは「初めまして、よろしくお願いします。お互いのことをこれから知っていきたいです。」。しかし、無難ということは、裏を返せば特徴のない平凡なメッセージは、他の人からも送られている可能性が高いのだ。そのため、この写真のここが良かったなど、他の人とは差をつけるようなメッセージを送る方が場合によっては良いのである。やりすぎると引かれてしまう恐れがあるが。
悩んだ末、結局「よろしくお願いします。」と無難なメッセージを送った。冒険すれば今後も話せる可能性が広がっただろうが、まだ勝負に出る時ではないだろう。
そんなことをしている間に時間はどんどん過ぎていく。いつもより出る時間が遅くなってしまった。職場までは歩いて十五分である。春と秋はまだいい。暑くもなく寒くもないので歩きやすい。今は六月。梅雨に入り、じとじとした毎日が続いている。こうも天気が不安定だと気が滅入ってしまう。今も雨が降りそうである。そんなことを考えていると職場に着いた。
公務員と聞くとうらやましがる人は少なくない。確かに周りと比べると給料はいいのかもしれない。休みもそれなりに自由に取れるので不満はない。それでも毎日がつまらない。毎朝出勤して机に向かい、八時間デスクワークをして、誰もいない家に帰っていく。ルーティン化した毎日に飽きている自分がいる。刺激が欲しい。それでも今の自分に生活を変える力はない。例えば新しい趣味を見つける。例えば地域のスポーツクラブに入る。例えば転職をして環境を新しくする。そんな一歩を踏み出す勇気があればいいのだが。
そんなことを考えながら与えられた仕事をこなしていく。それなりに仕事はできる方であると自分では思っている。その分、他の人より多く仕事をしなければいけないので、たまになんで自分だけと思うときもあるが、それでも日々のタスクをこなしている。椅子に座ってパソコンに向かう日々だが、時々非常に虚しくなる。自分は何をしているんだろうと。
そうこうしているうちにお昼の時間になった。お昼は休憩室で食べる。同僚と食べるときもあれば、一人で食べるときもある。今日は残念ながら一人の日である。お弁当と言っても中身はいたってシンプルである。今は技術が発達している。つまり、冷凍食品こそ一人暮らし男子の味方なのだ。レンジに入れてダイヤルをひねって待つ。たったそれだけでおいしいご飯が食べられる。便利な時代になったものだと毎回思うが、昔のことはよく知らない。自分で準備をしているが、お昼の時間が少し楽しみなのである。勤務中の唯一の楽しみだ。そんなことを思いながら冷たくなったおかずを食べる。職場に電子レンジがあればいいのにと入社してからずっと思っている。
午後は、睡魔との戦いである。とにかく眠い。パソコンを打ちながら少しだけうとうとしそうになるが、仕事なのでそんなわけにはいかない。次から次へとわいてくる仕事に少々うんざりしながらも日々耐え抜いているのである。
午後五時。キーンコーンカーンコーン。終業の合図である。ようやく終わった。今日も一日長かった。庁舎の扉を通ると、外はまだ明るい。夏が近づくにつれて日が長くなってきている。日が長くなってきて少し得をした気分になる。しかし、暑さが苦手なため、夏が来ると思うと少し気分がまいってしまう。今でもすでに少し暑さを感じているのである。家から職場までの徒歩十五分は、仕事前に汗びしょびしょになるには十分なのである。そうこうしているうちに家に着いた。
まずお風呂に入って汗を流す。そのあとは、夕食だ。作るか、冷凍食品か。いつもこの二択に迫られるが、疲れと面倒くささから選ぶのは大体冷凍食品である。昼も夜も冷凍食品。当然、不健康なのは間違いない。
ピロン。通知が来た。例のアプリだ。少し期待しながらも開けてみることにした。
***
朝が来た。一日が始まる。仕事の準備をしなければいけない。まず起き上がって、顔を洗って、そして…。毎朝やることが多くて、こういうとき男子だったらいいのにと何回も思ったことがある。
寝ぼけた目をこすりながらSNSを開くと、友達の幸せそうなキャンパスライフが目に入る。もちろん、高校卒業後、家族のために就職を選んだのは、自分の意思だし後悔はしていない。それでも、キラキラしている友人を見て、思うところがないわけではない。自分も進学を選んでいたらこんな風になっていたのだろうか。
ピロン。通知が来た。何だろうと思って見てみると、最近友達に言われて始めたマッチングアプリからだった。そろそろ恋人が欲しいと思っていたところ、自分も彼氏ができたからと勧められたのだ。マッチングアプリを始めるのに最初は抵抗があった。マッチングアプリは恋人を作るべくして作るツールなので何か違うと思っていたのだ。恋人とは出会うべくして出会いたい!と思っていた。就職したら女性だらけの会社で男性との出会いがなく、しょうがなく始めたのだ。いいねは来るが、新しく入ってきた女性だから来るのか、何を見ていいなと思ったのか分からないがいいねはくる。変な男も多いらしいので慎重にいきたい。
通知を見てみると、新しくいいねが来たことを知らせるものだった。二十五歳の男性からだった。五歳差はあまり気にならない。プロフィール写真は、よくある普通の写真といった感じだ。この人は違うかなと思いながらプロフィールを見ていく。趣味は映画鑑賞とソロキャンプ。映画も好きだし、キャンプもやったことがないからやってみたい。自分が知らない世界の話を聞きたいと思って、いいねを返した。これも人生経験だ。
仕事は、アパレル職人。高校の時に洋服屋でしたアルバイトが思いのほか楽しかったのだ。お客さん一人一人に合ったファッションを考えて、しかもそれを喜んでもらえる。アルバイトだったけれどそれなりにやりがいを感じていた。今も接客をしながら、実は服のデザインを合間で考えている。一から新しいデザインを作るのは簡単なことではなく、自分のお店でも取り扱っている一つ一つの服のデザインに、どれだけの才能と努力が関わっているのかと思うと本当にデザイナーという仕事を尊敬する。自分も誰かに着てもらえるような服をデザインしてみたい。
シフト制なので日によって勤務時間が変わる。初めは朝早起きしたり夜遅くなったりすることに戸惑いとつらさを覚えたが、今はもう慣れた。自分は早起きができないと思っていたので、一度も遅刻をしていない自分が不思議だ。今日は九時出勤なので、早起きというわけではないが、のんびりできる時間もない。女の子はどうして化粧をしないといけないのかと毎日思っているぐらいだ。
出勤したらお客さんと社内用のメールボックスを確認して、お店の従業員同士が引継事項を書くために使う連絡ノートを確認する。そのあと、気になることがあれば、先輩や先に来ているパートの方に聞く。そのあとは、仕分けをして服を並べたり、売り場を作ったり整理したり、当然お客さんが着たときには接客をしたりと毎日同じような作業をしている。手が空けば従業員同士で話をしている人もいるが、それよりも服を畳んだり服を直したりする方が自分にとっては楽だ。きれいに整理整頓しながら服の作りやデザインを見て、自分のデザインの参考にするためでもある。あとは年上の先輩が多いので、話す内容もなく気まずいという思いがないことはない。話しかけられたらもちろん話すのだが、沈黙が訪れたときに何か話題を出した方がいいのか、それとも沈黙を壊さない方がいいのか分からない。
お昼休憩は日によって異なる。シフト制というのもあるが、土日などお客さんが多いときはタイミングを逃すとなかなか行けない。今でこそ強気で休憩に行けるようになったが、入社した当時は上司になかなか言えず、すっかり忘れられていたこともある。バックヤードでご飯を食べるのだが、基本的には一人で食べる。そんなに食欲があるわけではないので、おにぎり一つとパンを食べる。これだけじゃ少し物足りないが別に構わない。健康に悪いのは間違いないが、そっと目をつぶる。手軽さには勝てない。
仕事が終わると、まっすぐ家に帰る。時々他の服屋さんを覗くこともあるが、今日はまっすぐ帰ってゆっくり帰りたい気分だ。家に到着するととりあえずソファになだれ込み、はぁと息を吐く。一日の疲れを全部吐き出すような気分になれて、いつしか習慣になっていった。
そういえば、マッチンアプリから何か通知が来ていたことを思い出し開けてみる。朝いいねを返した人から「よろしくお願いします。」とだけメッセージが来ていた。淡泊だなと思ったが、アプリにはいろいろな人がいることは知っている。なんて返そうか。悩んだ末、
「いいねありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。」と返した。
***
すぐに返信しても気持ち悪い、がっつかれていると思われるのがいやで、とりあえずお風呂に入った。今はソファでゆっくりくつろいでいる。通知を押してアプリを開いてみると、「いいねありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。」とメッセージが来ていた。淡泊だが、とりあえず返信がきたことに安堵した。なんて返そうか。「ひときわ目を引いていいねしました!」なんて送ろうものならそれ以後返事はこないだろう。返しやすいかつシンプルな返信がいいだろう。「プロフィールの休日欄が【不定期】となっていた。今日は仕事だったかどうか聞いて、仕事であれば仕事のことを聞けば良いだろうし、お休みであればそこから休みであればそこから休日の過ごし方について話が広げられるだろう。「今日はお仕事でしたか?」と送った。しばらくすると返信がきた。
***
「今日はお仕事お休みでしたか。」
「今日は仕事でした!シフト制なので明日がお休みです。」
「明日がお休みなんですね!何かご予定はあるんですか?あと、呼び方はちゃらさんでいいですか?」
「明日はお家でのんびりしようと思います。それと、ちゅらと呼んでください。しゅんさんは明日もお仕事ですよね。頑張ってください!」
「お家でのんびりいいですね!普段お家でゆっくりされるときは何をして過ごされてるんですか。明日も仕事です、頑張ります!」
「映画やドラマを見たり、デザインの勉強をしたりしています。」
「映画やドラマがお好きなの同じです。どんな映画がお好きなんですか?」
「色々なジャンルの映画を見ますよ!王道かもしれませんが、ラブストーリーやラブコメが好きです!ミュージカルも好きだし、ホラーも好きですが一人では見られないです(笑)」
「僕もラブコメ好きです(笑)映画って色々な疑似体験させてくれるからいいですよね!デザインの勉強もされているんですね。何のデザインを勉強されているんですか?」
「服のデザインを勉強しています。仕事が服飾関係で、いつか自分のデザインが商品化されたらいいなと思ってますが、まだまだ頑張らないといけないです。」
「そんなことないですよ!ちゅらさんだったら良いデザイナーになれると思います!自分があんまりおしゃれじゃないので、色々教えて欲しいぐらいです(笑)。」
「おしゃれって無限に可能性があるからすごく面白いですよね。それに私も全然おしゃれじゃないので(笑)。」
「お休みの日はよく服を見に行ったりもされているんですか?」
「行くこともあります。かわいいデザインやきれいなデザインを見るたびに自分との実力差に打ちひしがれるばかりです(笑)。でも服を見るのはとても楽しいです!」
「ぜひ仲良くなったら一緒に行ってみたいです!楽しそう。」
「私でよければぜひ!」
「ほんとですか!とても嬉しいです。いつがご都合いいですか。」
「次の土曜日私も休みなのでご都合どうですか。」
「次の土曜日ですね、大丈夫です!場所は駅でいいですか?」
「分かりました。よろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
やりとりを始めてから三日後、僕たちは次の土曜日に初めて会うことになった。
※次話更新まで少し時間をいただきます。お待ちください。




