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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
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龍の怒り

作者: 大住家好
掲載日:2026/05/25

 凶暴な魔物やその上位種である魔獣が跋扈し人の寄り付かない大森林中央部に、その湖は存在している。

 何世紀も前に勃発した大規模な戦争によって齎された環境汚染を乗り越え、汚染に適応した植物が鬱蒼と生い茂る大森林は何処にいても生存競争に伴う多種多様は声や音に満ちている。

 そんな大森林の中にありながらこの湖周辺にはこれといった騒音が存在しなかった。

 風の吹き抜ける音、それに靡かされた植物が揺れたり擦れる音以外には何も音がしない。不気味な静けさが充満していた。

 その理由の主がゆっくりと水面を押し上げて現れる。


「Gfrrrrrr……」


 肉体を包み込める巨大な翼、長い首と尾、直立していても地面に触れそうな前腕、艶のない黒色の鱗と甲殻を備えるドラゴン。

 水分補給の為に湖を訪れた際、先代の主であったカニ型の魔獣とその子孫に縄張りから追い出すべく攻撃され、彼等を皆殺しにした。

 そうして主という座を奪って以来、彼女は新たな主としてこの湖に住み着いている。

 低い唸り声を漏らしながら翼と両前腕を大きく広げ、十字架を思わせる姿で停止した。

 程なくして草花や樹冠の隙間から多種多様な魔物や魔獣が顔を出し、ドラゴンの肉体へと群がると体表に付着している水分を体内へと取り込み始める。


 恐ろしげな容姿と高い戦闘能力を有していながら、彼女の性格は基本的に温厚である。

 空気中や水中に含まれる魔素を取り込めば飲食せずのも生命活動を維持出来る身体構造のお陰で他生物を捕食する事も無く、意味無く生物を殺める残忍性も有さない。

 故に彼女は湖近辺に生息する魔物や魔獣からも主として認められており、近くにいれば安全であるという認識をされている。

 湖から水分を摂取するよりも肉体に付着している水分を摂取する方が遥かに安全だ。水生捕食者からの攻撃に怯える必要も無い。


 自分の肉体に群がる魔物や魔獣が落ち着いて水分を補給出来るようにと、ドラゴンは首だけを動かして周囲を見回す。

 その行為は魔物や魔獣に『見守られている』という安心感と同時に『見られている』という警戒心も植え付け、水分の奪い合いや腹を満たす為に襲い掛かるのを抑制している。

 被捕食者と捕食者が一箇所に密集しながらも争いが怒らない様は平時の自然界で極めて異質。

 そこにただ一人、水分補給を目的とせずに近寄る存在の足音をドラゴンが聞き漏らす事は無かった。

 周囲を見回したのも水分補給に勤しむ魔物や魔獣を狙う輩が居ないか警戒すると同時に、この足音の主が無事に現れるかを気にして探すのを兼ねている。


「相変わらず随分と慕われているな」


 強く吹いた風に艶のある腰まで伸びた黒髪をたなびかせる琥珀色の瞳の女性が立っていた。

 魔物や魔獣が犇めくこの大森林の中で身を守る防具やアーティファクトの類を装備していない。褐色の肌の上に纏っているのは特別な能力を有さないボロボロの純白のドレスだけ。

 胸元と背中を大きく露出させる作りのドレスは彼女の誇る抜群のプロポーションを最大限に活かし、元王女という肩書きに相応しい気品を大森林の中でも保っている。

 その手に手作りの槍を持っていなければより元王女らしさは増していただろう。


「今日は罠が仕事をしなくてな。収穫無しだ」


 罠張ったとか聞いてない。ドラゴンは内心呟いた。


「言っていないさ。何時までもお前に養われる訳にはいかないしな」


 なんで分かった。ドラゴンは首を捻った。


「観察していれば分かる。お前は思った事が顔や仕草に出やすいんだ」


 仕草はともかく表情ってなんだ。鱗と甲殻だらけの顔に表情も何もあるまい。

 ドラゴンが自分の顔に触れる動きによって魔物や魔獣は一斉に離れて姿を消す。軽い動作でも巻き込まれれば致命傷になりかねない。

 逃げられたのは悲しいものの自由に動けるようになったのと比べれば瑣末なものだ。


「Grrrrr♪」


 体を屈めて腰を下ろし、両手の平を地面へ着ける。下げた頭を広げられた両腕の中へと軽く押し当て、巨体に見合わない甘えた声を漏らす。

 堅牢な甲殻は強く押し当てるだけで傷を付けられる武器にもなる。それを理解しているから絶妙な力加減で頭を押し付け、女性はそれを優しく撫で回す。

 特に顎下を撫でられる事を好み、そこを撫でて上げると甘える声はより大きくなる。

 自分を一口で飲み込めてしまう体格差のあるドラゴンを相手にしながら、彼女に恐怖や躊躇いの気配は微塵も感じられない。

 自分の命を救ってくれた恩人にその手の感情を抱く理由が彼女には存在しないから。


 女性の名はアルギルム。大森林中央部から南方に位置するギーベピェーツ王国の王女であった。

 夫である国王との仲も良好で子宝にも恵まれ、常に民の安全と安心を優先する言動から民衆にも広く深く慕われていた。

 立場に胡座を欠かず日々鍛錬にも励み、貴族相手であっても毅然とした態度と発言で王女としての立場に相応しい姿勢を周囲に示し続けた。


「Aurrr」

「また持って来たのか? もう大丈夫だって言っているのに……」


 甘えていたドラゴンが顔を離して口を開くと、中には湖の中で集めた薬草が収められていた。

 傷はもう痛まないと説明しても聞き入れずに毎日薬草を集めてくれる。

 話を聞かない姿に呆れながらもここまで心配してくれるのが嬉しくて、自然と口元に笑みが浮かぶ。


 国王から突然離婚を突き付けられた。敵国と内通し国家転覆を企てたというあらぬ疑いを掛けられるオマケ付きで。

 原因には心当たりがある。国王に色目を使い王女の立場を狙う輩の存在をアルギルムは知っていた。

 自分を快く思わずに根も葉もない噂を風潮し、時には面と向かって嫌味を吐いて公衆の面前で恥をかかせようとしてくる。

 それでも彼女は特に手を打たず放置した。この手の相手は何を言っても無駄であると認識していたし、何よりも国王は心の底から自分を愛してくれていると信じていたから。

 それは妻としては当然であり、そしてあまりに油断していたと言えよう。


「Giurrrr……」

「……本当に、大丈夫だから」


 嘘を吐くなと言いたげな唸り声を放ちながら凝視されると、アルギルムの声もやや弱気を帯びる。

 笑顔は消えて顔を背けてしまう。発言とは真逆の姿を晒していると理解していても、自然と身体が動いていた。


 国王は確かに彼女を愛していた。

 しかし王女の座を狙う輩が用いた薬物と洗脳魔術によってアルギルムへの愛を憎悪へと塗り替えられ、彼女を捨てて別の女を選んだ。

 それだけではない。実の子供達を『一時の気の迷いで作ってしまった汚らわしいゴミ』と蔑み、彼女の目の前で騎士達に斬り殺させた。

 彼女の懇願も嘆きも届かない。全て雑音として処理され、王女の立場を奪った女の声しか耳に入らない。

 夫に切り捨てられて子供達も殺された。民衆にも洗脳魔術が施されており魔女だ悪魔だと蔑まれた。

 彼女は居場所も生きる意味も失った。


「うあっ、う、うぅ……だ、大丈夫だから……だから、見ないでくれ……」


 優しくされるとそれを引き金として嫌でも思い出してしまう。

 温かい記憶が次から次へと思い出される。

 夫と出会った日の事。

 プロポーズされて感涙を流した日の事。

 初めて肌を重ねた時の感動と快感。

 子供を孕んだと知った時の奥底から湧き上がった感動と不安。

 産む際の激痛とそれを乗り越えた先に待っていた我が子の可愛らしい姿。

 教養を身に付けながらすくすくと成長する子供達を見て、自分もより一層努力しなければと思った日の事。

 次から次へと思い出してはその度にそれ等が二度と手に入らないモノなのだと痛感してしまう。


「……Gfrr」


 嗚咽を漏らしながら顔を両手で覆い泣き崩れる彼女をドラゴンは静かに見守る。


 気晴らしに透明化魔術を掛けて夜空を飛び回っていたあの日、たまたまギーべピェーツ王国の上空を通りかかった。

 ドラゴンは国という生活圏を構築し、城という立派な建物に権力者が住みたがる傾向が強いという人間の習性を理解している。

 その生活圏のそこかしこで黒煙と炎が登っている。

 何が起きたのだろう。そんな興味本位で覗き込んだ城の最上階にて多数の騎士に組み伏せられ、光の無い瞳で為す術なく凌辱を受け入れている彼女を目の当たりにする。

 生まれて初めて目にする人間という生物。魔術がなければ野生で生きられない脆弱な生物が中途半端に防具を纏い血走った目で一人の女に群がる様は異常であり極めて不愉快に思えた。

 

「……furrr」


 見るなと言われはしたが従う事はできない。泣いている彼女から目を離すのは見て見ぬふりをするのと同じである。

 薬草を己の左手の甲へ吐き落とすと鼻を押し当ててすり潰す。

 香りが立つまで入念にすり潰した後、そこへ口腔内を噛んで出した血液を混ぜてさらにすり潰す。

 ドラゴンの血液には強い回復効果が含まれる。これを薬草の回復効果に混ぜ合わせて特性の塗り薬とする。


 温厚な性格のドラゴンだがお人好しという訳では無い。争い事を好まないものの争い事が起こるのは自然の理だと捉え、直視するのも憚られる悲惨な争いであっても不必要と判断すれば介入は避ける。

 初めて見た人間という生物に見せ付けられた不愉快な光景に多少の嫌悪感こそあったものの、その姿から競争に敗れて勝者の玩具にされているのであろうという予測は容易かった。

 生存競争に敗れれば勝者に食われるか弄ばれるのが自然だ。仮に勝者が手を出さなければ、そのおこぼれを狙う第三者に敗者の全てが委ねられる。

 アルギルムも例外では無い。ドラゴンに彼女を助ける道理は存在せず捨て置かれても不思議ではなかった。


「泣グナ。ゾレハ、苦手ダ」


 慣れない人間の言葉を発し、泣くを辞めさせようとする。

 ドラゴンの声帯は人間のものとは作りが異なる。それで人間の発声を真似るのは相当キツいものであり痛みが生じるがそんなものは気にならない。

 彼女を助けたキッカケもコレだった。

 凌辱されていた彼女の目元に湛えられていた一雫の涙が、ドラゴンに自分でも理解に苦しむ奇行に走らせた。


「私ヲ、狂ワセル」


 人間のことはどうでも良い。吹けば纏めて消し飛ぶような脆弱な種族なんて繁栄しようが絶滅しようが、実害が及ばない限りは好きに増えて好きに減れば良い。

 今までそう思っていたのに彼女の涙を見た瞬間、ドラゴンは明確に狂ってしまった。

 最上階へ強引に体を捻り込むと腕や尾を振り回して騎士達を追い払った。

 浴びせられた弓矢や魔術はまるで効かない。堅牢な甲殻は物理的干渉も魔術的干渉も区別無く弾き返す。

 為す術なく彼等はアルギルムから引き離され、ドラゴンに奪い取られてしまった。


「……全ク。世話ガ焼ゲル」


 龍血と薬草の混合薬。超高濃度の魔素が満ちる環境で生育された素材で作られたこの薬を人間社会で売り出せば、たったひと瓶でも人生の半分は遊んで暮らせる程の値が付く。

 それをドラゴンは鉤爪の背へと塗りたくると、未だに泣き続けているアルギルムの背中へと塗り付けた。

 自分を守ってくれるドラゴンが近くに居るからと泣く事へ意識を傾け切っていた彼女は生暖かい何かを背中に塗られる感覚に体を跳ねさせる。

 涙は引っ込んだし悲しい気持ちも吹っ飛んでしまった。

 代わりに湧いて出た軽度の怒りに任せてムッとした表情を作って見せるもドラゴンは気にしない。

 褐色の背中には王城内で逃げ回る時から組み伏せられて凌辱される過程で付けられた幾つもの傷が残っている。


「っく、ふふっ、くすぐったい」


 鋼よりも遥かに硬い鉤爪を用いているのに薬を塗り広げられても全く痛くない。感じる痛みは傷に薬が染みる痛みぐらいだ。

 その痛みも薬が塗り広げられるくすぐったさによって掻き消されており、ついつい笑ってしまう。

 笑えば笑うだけ傷の治癒は進む。ポジティブな気持ちが強まる程に薬の治癒力も強まる。

 この薬は強い治癒促進力を持つが、それには対象者のポジティブな気持ちが必要という変わった性質を持っていた。

 龍血を用いたからこその性質だが、普通の竜血ならこんな性質は発現しない。


「モットダ。モット、笑エ」


 力や自由の象徴として見られる場合もあれば強欲の象徴として悪く捉えられる場合もあるドラゴンだが、彼女はその手の欲が希薄だった。

 三大欲求も持ち合わせてはいるが食欲と睡眠欲は生命活動を維持出来る最低限で留められており、性欲に至っては皆無に等しい。

 そんなドラゴンが初めて抱いた強い欲望。

 この女性の笑顔が見たい。

 この女性に幸せになってもらいたい。

 この女性が幸せを噛み締めている姿が見たい。

 これ等の欲望がドラゴンを今までの彼女とは全く別の存在へと作り替えた。


「Gfrrrrrr♪」


 欲望が満たされる喜びは上機嫌な唸り声として外部へと漏れ出す。

 それに比例して薬を塗られているアルギルムの背中に刻まれた紋様も紅く煌めく。

 両腕と翼を大きく広げたドラゴンを模した紋様は龍紋と呼ばれる。ドラゴンから加護を授けられていることを表す紋様であり加護主であるドラゴンと同じ気配が放たれる。

 これによって外敵を威圧して身を守り、ドラゴンに目を掛けられているから手を出すなという警告としての役割も果たす。

 ドラゴンが龍紋を授けられるのは生涯において一度だけ。その龍紋さえもアルギルムには殆ど反射的に授けていた。

 なんでここまで肩入れするのかドラゴンには分からない。分からないながらも、絶対にこれは正しいのだと疑いもしなかった。


「あっ、ちょ、こらっ! 服が汚れるからっ、もう! それにくすぐったくからあっ、あっ」


 背中の治癒は終わった。数日がかりの少し手がかかる治癒だった。

 アルギルムもヒリヒリする感覚が消えたのを感じている。傷が癒えたのを理解し感謝の言葉を伝えようと振り返ったが、それが良くなかった。

 振り返った先には巨大な舌が迫っており体前面をベロベロと舐め回し始める。

 これがまたくすぐったい。断熱性を持つ粘性の強い唾液と弾力のある舌、コリコリする味蕾がついさっきまでくすぐったい思いをして敏感になっているアルギルムを襲う。

 払い除けようにも圧倒的重量差で押し倒されてしまいどうにも出来ない。

 左右に転がって回避するのも自分より何十倍も重い舌で抑え込まれてままならない。

 しかも藻掻けば藻掻く程に肌と舌が擦れ合い、これがくすぐったさを更に掻き立てた。


「あはっ、あははははは!」


 大笑いしても身の安全が脅かされる事は無い。それはこのドラゴンが纏う絶対的な強者としての気迫を肌で感じれば分かる。

 近寄るだけでも恐ろしい。襲い掛かるなんて余程の命知らずか自信過剰のバカのどちらかだ。

 だからこそアルギルムは限界を迎えた。

 愛する人と不本意な形で離別し子供も立場も何もかもを失った悲しみ。

 不慣れな土地での生活を半ば強制的に過ごす事になった不安。

 その悲しみと不安を払拭しようとこうして自分を気にかけてくれる心強い存在が傍に居てくれる安心感。

 本人でも気付かない内にじわじわと張り詰めていた緊張の糸が笑わされる事で強引に断ち切られ、笑い声は人生で初めてではないかと思う程の声量となる。

 マナーを教え込む教育係に禁止されていた大笑いをひとしきり堪能した所で、彼女の意識がいきなり落ちた。


「Zzz……Zzz……」


 変わりに現れたのは寝息だ。

 緊張の糸が切れた瞬間をドラゴンは逃さない。龍紋を経由して睡眠魔術が流し込まれてアルギルムは眠らされた。

 柔らかな草の上へと寝かせられた彼女の目元を軽く舐めるとクマを隠していた化粧が剥がされる。

 収納魔術にしまい込んでいた化粧道具でどうにかこうにか誤魔化している姿を見た時、ドラゴンは言い表し難い不快に襲われた。

 匂いが云々では無い。化粧等に頼らずとも十分な美女である彼女がこんな道具に頼らざるを得ない程に追い込まれている事実に不快感を抱かずに居られなかった。

 その不快感を与えた主が迫って来ている。遠くから聞こえる複数の軽い足音と、城へ突撃した際に記憶したものと同じ匂いが来る。


「少シ、寝テイロ」


 かなり強めの睡眠魔術を掛けたから大爆発が起ころうとも簡単に起きない。効果が切れるまで待つしかない。

 眠らせた彼女を左手で掬い上げて体の周りに半透明な卵型の壁を生み出す。高等魔術とされる防壁を生み出す魔術だが、ドラゴンならば発動は容易い。

 自分でも破壊出来ない強度の防壁に守られた彼女をそのまま左手で握り込んで身柄を守りつつ、ドラゴンは翼を羽ばたかせる。

 その動作をトリガーとして飛行魔術が発動。巨大な体は数度の羽ばたきだけでフワリと浮かび上がった。


懲りない奴等だ


 城に乗り込んだ時にアルギルムを陵辱する騎士共やそれを見てニタニタと気色悪い笑みを浮かべる国王、その横に立っていた派手に着飾った不細工な女をドライブは殺さなかった。

 最初は殺そうとした。自分を自分らしくない行為へ走らせた涙の主を虐げるコイツ等を殺してやりたいと腹の底から思った。

 アルギルムが頭を左右に振って止めなければ、王城だけでなく国土全てが炭に変わっていただろう。

 殺しはしない。滅ぼしもしない。

 その代わりにドラゴンはあの場に居た者全てに自分の体から漏れ出る魔素を少量浴びせてマーキングした。

 半径80Km。この索敵圏内に入り込めばすぐに感知出来る。

 身柄の奪取を企てる可能性を踏まえての行為だったが本当に来るとは正直あまり考えていなかったから驚いたし呆れた。


彼女の優しさすらも知らない愚か者共め


 この大森林は人間を寄せ付けない。生身で一呼吸するだけで死に至る死地だ。

 そこに奴等は現れた。偶然入り込んだ、行軍中に道を誤って迷い込んだ、そんなに言い訳は成立しない。

 超高濃度の魔素を浴びても健康被害を受けない準備を整えて意図的に踏み込んだ以外に有り得ない。

 あれだけの行為に及んだのだ。大森林へ侵入して来た理由もアルギルムの身の安全を危惧して、なんてものは無理がある。

 身柄を確保して国へと連れ帰りあの日の続きと洒落込むつもりだろう。喉奥から火炎が漏れ出る程に胸糞悪い。


 ある程度距離を詰めた後、高度を上げて雲を突き抜ける。自ら追っ手共を索敵圏外に出す行為だがそれで良い。

 大方の位置は割り出した。進行速度も遅い。ならばもう逐一居場所を把握し続ける意味も無い。

 むしろ気に掛け続けてフラフラ飛んでいては悪目立ちするというもの。雲で身を隠す方が安全であり奇襲も容易い。

 黒く巨大なドラゴンの姿は分厚い雲の中へと消え、地上からの視認は不可能となる。


「ーーーーーーーッ!!!!」


 新たな王女を連れての死地への遠征。

 木々の間を抜けて広い平原へと到達した騎士と魔術部隊は周囲への警戒は抜かりなく行っていたが、遥か上空からの奇襲には対応出来なかった。

 突如として鳴り響く大轟音と立っているのを困難にする地震。上に覆い被さる巨大な影。

 雲を突き破り目の前に降り立ったドラゴンの姿に緊張と恐怖が一挙に押し寄せた。

 旧王女を連れ戻して心ゆくまで辱める。それしか頭に無かった馬鹿共は数日前に城へ乗り込んで来たドラゴンが再び、それも目に見えて怒っている状態で現れるのを想定していなかった。

 体は動かない。声も出ない。

 誰もがビタッとその場に貼り付けられ、一切の動作を封じ込められてしまう。

 新女王が乗る馬車を引いている馬でさえ唸り声一つ発さずにドラゴンを凝視していた。


『救いようの無い下劣な馬鹿共め。用向きは何だ』


 部隊の目の前へと降り立ったドラゴンは怒りに任せて火炎を撒き散らしたりはせず、コミュニケーションを通して平和的解決を目指す方向で動く。

 知性を有していれば種族の垣根を超えて意思疎通を可能とする技術である念話を用い、舐めた態度を取るのを許さない為に高圧的な態度を示す。

 目の前にいる雑魚共を殺してしまうのは容易いが、それは今も手の中で眠るアルギルムの意思に背く事となる。

 かといって舐めた態度は許さない。発言一つ、行動一つ誤れば死ぬと理解させる。


『もしや彼女を連れ戻して再び辱め、挙げ句殺めよう等と抜かすつもりではあるまい』


 思惑なんてお見通しだ。

 ドラゴンに嘘は通用しない。嘘を用いようとしたした時点で問答無用で勘付かれる。

 力で劣る人間なら知っていて当然であり、その上でドラゴンは敢えて目の前の矮小かつ下劣な馬鹿共の思惑を言い当て即座に否定する。

 許すつもりはないのだから悪辣だと謗られようとも構わない。

 命は取らないが死んだ方がマシと思える程に尊厳を踏み躙る。


『人間は聡明な種族と聞く。それだけの矮小で脆弱な身体でそこまでの繁栄、いやはや恐れ入る。自ら絶滅の道を選んだ我等とは正反対の生に対する卑しさには尊敬の念すら抱かされる。そんな種族がよもや、読み通りな物言いをするとは言うまいな』


 褒めているような物言いで貶しながらもじわじわと詰め寄り、鉤爪や口腔内から漏れ出る火炎を見せびらかして発言を迫る。

 困れ。

 悩め。

 苦しめ。

 藻掻け。

 アルギルムの身柄を引き渡すなんて有り得ない。

 安心や達成感を得られる結末なんて起こり得ない。

 ドラゴン種の中では威嚇を意味する翼を大きく広げて尾で地面を叩くという行為を見せれば騎士共には緊張と恐怖がより深く根差す。


「お前が話せよ」

「俺が!? ヤダよ貴様が」


 誰が何をどう話す。誰がどう動く。

 黙って固まっていてはドラゴンの機嫌を損ねると理解しても動けない。

 誰もがドラゴンを凝視しながら微かな声で責任の押し付け合戦を始める。

 ここまで来たのはアルギルムの身柄を国へと連れ帰って再び辱め、国を欲望のままに操った魔女として処刑する為だから。

 それを見抜かれていて嘘も通じないから誤魔化すのも無理。それでどうこの場面を切り抜けるか誰も最適解を見い出せなかった。


『もう良い喋るな。その無様で愚かで滑稽な姿を貴様等有象無象共の返事とし、正式な回答は貴様等の親玉に直接聞くとしよう』


 アルギルムを苦しめた存在共があたふたする様に多少の満足感を得たドラゴンは次のステップへと移る。

 コイツらを更に苦しめ、恐怖させ、二度とこの森へと踏み込む事が無いようにする決定打を叩き込む。

 視線を騎士から外して彼等が守る馬車へと向ける。

 魔術によって動く機械仕掛けの馬に引かれる馬車から漂う不愉快な匂いは忘れられない。

 あの場でアルギルムが犯されるのを笑って見ていた派手ブス女の匂いだ。


「ッ、そこから動くな!」


 責任の押し付け合戦を静止せず静観していた騎士団長がここで動いた。

 真っ先にドラゴンの狙いを察知して大声を張り上げ、身の丈を超える大剣を抜刀し切っ先を向ける。

 彼はドラゴンが自分達を困惑させて苦しませその様を見て楽しむつもりだと判断し、その上で沈黙を貫いた。

 読みが合っていればあの光景はドラゴンが望んでいたもの。そこに水を差すのは返って危険だと判断していた。

 彼が大声を張り上げたのを皮切りに他の騎士も各々の武器を構え、魔術の発動準備に入りドラゴンを牽制する。

 欲望に任せて動こうとも騎士は騎士だ。己の役割の中でも特に重要である国王と女王の身の安全を守るという役割を果たそうとする。


「止まれ! 古の戦場に住まう黒きドラゴン、ソキエティオよ! 我々は誉れ高きギーベピェーツ王国の騎士だッ! 例え貴様であろうとその馬車に」

『退け。踏み潰されたいか』


 許可無く名前を読み上げて耳障りな大声を張り上げる騎士団長を一瞥もせず、見上げる巨体を前へ前へと進める。

 人間の枠組みの中では最強格の彼でもドラゴンの枠組みの中では最底辺の底の底。押し留めるなんて不可能な話だ。

 それを理解した上で彼は己の責務を果たすべく警告を無視して武器を構える。

 迫り来る黒い巨龍 ソキエティオを少しでも止めよう。そう決めた次の瞬間には巨大な足にあっさりと踏み潰されてその命を終えた。

 わざと強く踏み付けたりなんて面倒臭い事はしない。ただ歩む過程で足を下ろしただけ。

 堅牢な鎧も名品であった大剣も骨と諸共に踏み潰されてぐしゃぐしゃになり、見るも無惨な残骸として地面に転がった。


「よくも騎士団長をッ!! 彼はただ責務を」

『責務を果たす過程で死ぬなんて騎士団では珍しい話ではないのだろう? さっさと国にその残骸を連れて行って国葬でもしてやるんだな』


 敬愛する騎士団長を殺害された怒りでようやく身動きが取れるようになった副団長が怒鳴る。目元に大粒の涙を湛えながらソキエティオを睨むも歩みを止める事は無い。

 バカが正義感に狂って余計な事をして死んだ。彼女にとって騎士団長の死はその程度の認識だ。

 助命を願ったアルギルムには悪いと思いつつも、大して思い入れも無い騎士共に二度目の恩赦は有り得ない。


『私は退けと言い、奴はそれを無視した。別に殺すつもりは無かったが奴が自ら殺されに来た。当然の末路だ』

「キッ、貴様アァァァッ!!」

『下手な真似はするな。こうなると次に死ぬのは貴様では無く馬車の中の臭い不細工女になるぞ』


 激昂した副団長が攻撃指示を下そうと腕を振り上げるがソキエティオの脅しに屈して固まる。

 王城で目にした圧倒的な差を鑑みれば怒りに任せて総攻撃を指示しても掠り傷一つ負わせられない。

 むしろ現状での総攻撃はソキエティオの前方にある馬車への巻き添え被害の方が大きくなり、中にいる王女に危害が及ぶ可能性が高過ぎた。

 敬愛する騎士団長を殺した仇を前にして何も出来ない彼女の目の前で、ソキエティオが馬車へと顔を寄せた。


『……やはり、居るな。不愉快な臭い匂いを纏った救いようの無い不細工が』


 わざと音を立てて匂いを嗅ぎ、臭いだの不細工だの罵倒する。

 伴侶であろうとも許されない行為を咎められる者は誰もいない。自分達が仕える相手が侮辱される様を黙って見つめる他に無い。

 大口が開かれる。馬車の屋根部分にソキエティオが噛み付いて引き千切り、中身を露わにする。

 木材が砕かれ布が裂ける音を伴いながら剥き出しにされた新王女は彼女を見上げ、顔面蒼白でガタガタと震えていた。


『久方振りだな不細工女。こんな平穏な場所にそんな変なモノまで付けて来るとは、随分変わった趣味の持ち主なんだな』


 変なモノとは新王女の口元を覆っている半透明のドーム型の装備品を指している。

 端的に表現するならフィルターだ。呼吸に乗って体内に入り込む魔素を受け止め、人体に影響が無い程度に薄めて残りを消し去る。

 バシネットを被っていて顔が見えない騎士も同様のものを装着している。

 それを装着しなければ死んでしまうと分かっている上で変わった趣味だと嘲た。

 アルギルムとは対照的に邪智暴虐に造詣が深い新王女は発言の意図を理解は出来ても、自分をバカにしているのかと言い返す勇気は無かった。


『変わった趣味を持ち、しかもその上でヘタレと来たか。アルギルムならば王女を愚弄するのは良くないと窘めるだろうがな。いや、彼女は今の発言の意図を汲み取れず言葉通りに受け止めて趣味では無いと教えてくれるか? 不細工、お前ならどう思う』


 高い自尊心を生まれつき持ってしまった新王女はソキエティオの発言に僅かな苛立ちが芽生える。

 いくら自分が遥かに生物として高みにおり立場的にも有利だからといって臭いだの不細工だのと散々な物言いをされては怒りもする。

 だからといって怒鳴り返しは出来ないし問い掛けへの返答も出来ない。

 感情とは裏腹に体は依然として恐怖に支配されていて動かせず、ただ黙って見上げる他に無い。

 全部お見通しのソキエティオにはこの新王女の置かれている状況が見ていて大変愉快であり胸のすく思いだった。


『答える気が無い、か。つまらんな。ならば話を本筋に戻そう。問い掛けに貴様は黙って頭を振れば良い』


 つまらんと言えば体をより強ばらせ、話を本筋に戻そうと言えば微かに強ばりが緩み、頭を振れと言えば緊張した面持ちになる。

 発言一つ一つでコロコロと有り様を変える新王女の姿は滑稽だが不愉快だった。

 確固たる己を持たない弱者の如き様。コレがアルギルムを貶め、辱め、殺めようと画策した事実。

 断じて受け入れ難い。国の為に、国民の為に、夫の為に身を粉にしてその責務を果たし続けた彼女が絶対に迎えるはずの無い事態を引き起こしたこの女を、どうして許す事が出来ようか。


『貴様がここまで赴いたのは、彼女を連れ戻す為か』


 左手を開き眠っているアルギルムを見せながら問い掛ければ新王女は壊れた赤べこの如く頭を縦に振る。


『それは彼女の身を案じての行為か』


 再び頭を縦に振ろうとしたが睨まれて阻まれる。

 嘘は通らない。全て見抜いている。ソキエティオの視線はそう語っていた。

 油が切れ始めた機械の如きぎこちなさで頭を横へ何度も振った。


『それは彼女を再び辱める為か』


 もう誤魔化すなんて無理だ。どう足掻いてもやり過ごせない。

 油を注がれた火を思わせる勢いで膨れ上がった恐怖にすっぽりと飲み込まれて失禁しながら新王女は頭を縦に振った。

 溢れた涙と鼻水が飛び散るわ顔に付着するわで新王女の顔面は酷い有り様だ。


『……彼女が私に貴様等を殺すなと願い、私がそれを受け入れて貴様等を見逃した。これを知った上での行為かッ』


 理性なんて焼き切れていた。

 冷静な思考なんて不可能だった。

 合っているのだから言われた通りに頭を縦に振ろう。

 生まれ持った高い自尊心なんて木っ端微塵に砕けていて使い物にならないし使う気にもなれない。

 狂ったように頭を縦に振ろうとした最初の一振り。

 それはソキエティオの逆鱗に触れる行為だった。


『ならば死ねッ!! 灰すら残さず燃え尽きろ!! 貴様が欲した地位、貴様が欲した男、貴様が欲した国と諸共にッ!!!!』


 渦巻く蒼炎が新王女を馬車ごと飲み込み、焼き尽くされる痛みから生じる声すら焼き尽くした。

 炎が燃え盛る音がその他の音全てを喰らい尽くす。

 日が昇ったと勘違いしそうになる程に周囲を明るく照らし上げる業火を背にし、怒れるドラゴンの矛先が騎士団へと向けられる。


『次は貴様等だ。その次は何食わぬ顔で今なお過ごしている国民共、次いでソイツ等が住まう王国、妻を捨てて狂った愚王、奴の息がかかった国土全てを破壊し尽くしてやる』


 殺したい存在を殺せて少し気が晴れたソキエティオの声色は冷静さを帯びていたが、飛び出す発言はより多くの人々を殺めて国すら滅ぼすという絶望的な宣戦布告だった。

 アルギルムの懇願を真っ向から否定する行いだが問題は無い。時間を戻すのも死者を蘇生させるのも成熟したドラゴンであれば容易い。

 彼女に掛けた睡眠魔術はかなり強力であり3日は眠り続ける。


『伝え聞くに、我々が用いているこのアズマ語を古来より用いて来たアズマノクニでは人間が持つ欲望の数は108有るそうじゃないか。ならば私はその数だけ貴様等全てを破壊し、再生しよう。

 安心しろ。アルギルムが貴様等の生存を願ったのだから最終的には全てを元通りにしてやる。私に108回殺されたという恐怖だけは引き継がせるがな』


 話終えると同時に蒼炎が吐き出されて騎士団を飲み込む。

 前触れの無い火炎放射に回避も防御も間に合わない。堅牢な鎧もソキエティオの火炎が相手では装着者を守る役割を果たせない。

 王国の防衛力を下げ過ぎないようにしつつ新王女の護衛として相応しい選りすぐりの猛者だけで構成された遠征隊、その総数700名。

 その全てが蒼炎に飲み込まれてあっさりと焼き払われて落命した瞬間、焼き切られた意識が強引を再接続される。


『酷い面だな。一度殺されて蘇らされたのだから無理も無いが、それにしたって無様で滑稽な面だ。それを後107回も見るのは面白そうだが飽きそうでもあるな』


 肉体と魂だけを再生させたから騎士達は例外なく全裸になっているがそれを恥じらう余裕は与えられない。

 死ぬ瞬間に感じた炎の熱と怒れるドラゴンの殺意を向けられた恐怖を思い出している間に今度は肉体が強烈な寒さと息苦しさに包まれ、再び絶命。

 氷撃魔術による空間諸共の瞬間凍結。騎士共は巨大な氷塊に飲み込まれ体内まで凍り尽かされて死に、次の瞬間には解凍されてまた蘇らされる。

 体の芯まで凍て付く寒さと2回目の死を迎えたという恐怖。

 二度目の蘇生を経て騎士達もようやく理解した。これがまだまだ続く地獄の始まりに過ぎない、と。


『焼死、凍死、次は何が良い。病死か餓死か発狂死か出血死か、それとも獣や虫に食われるか。私に食ってもらうのは無しだぞ。貴様等なぞ食ったら腹を壊しそうだ』


 ソキエティオは嘲笑いながら騎士達を殺しては蘇らせて、また殺した。

 防壁魔術で周囲を覆っているから超高濃度の魔素も遮断され勝手に騎士共が死ぬのを避け、周囲への影響も抑え込む。

 念動魔術で手足を捩じ切りそれで頭が潰れるまで殴打する。

 風撃魔術で生み出した風を体内に押し込んで破裂させる。

 水撃魔術で血液を沸騰させる。

 傷病魔術で皮膚からじっくり腐敗させる。

 時間魔術で急速に肉体を老化させる。

 ありとあらゆる手を尽くして騎士を殺し続けて蘇らせ続けたが、それでも終わりは一向に見えない。


「もうやめてくれ! もう死にたくない!」

「イヤッ、イヤッ! こっちに来ないで貴方も私を殺すつもりなんでしょ見ないで来ないで近付かないでぇええぇっ!」

「なにガンくれてんだテメェ! 俺を殺す気か!! なら先に殺してやるよッ!」


 死にたくないと懇願する者、疑心暗鬼に陥り苦楽を共にした仲間に怯える者、殺されると思い込み殴り掛かる者。

 何度も殺されては強固な連携が売りの騎士とて崩れてしまうものだが、全員に共通して発狂に至る事は出来なかった。

 狂ってしまって恐怖を忘れては面白味に欠けるから精神保護の魔術を掛けて発狂を防ぎ、殺害と蘇生を繰り返す。

 

『全て終わったら共に国に帰ろうじゃないか。苦難を乗り越えた褒美に全てが壊される様を見せてやろう。自分達を殺し続ける私の視点を得られる良い機会だ、存分に堪能してくれよ?』


 ソキエティオの怒りは無様な騎士共を見ても癒される所か際限無く膨れ上がり続けている。

 騎士共は惨劇を乗り越えても更なる絶望と恐怖が残っていると知り、その事実に絶望する間もなく殺された。

 人の寄り付かぬ死の大森林で繰り広げられる惨劇は半日も続き、その後のギーベピェーツ王国に降り掛かった悲劇は2日も続いた。

 老若男女も種族も立場も超越した無慈悲で平等なドラゴンの怒りは誰にも止められない。

 唯一のストッパーである人物は眠り続けていた。

 他国も巻き添えを食うのを避けるべく静観に徹して援軍を控えた。

 ただ成されるがまま。抵抗も許されず蹂躙される。


 人の優しさを無下にするとバチが当たる。

 怒ったドラゴンが周りの友達や親を巻き込んで焼き尽くしに来る。

 幼子に親が言い聞かせる際に引き合いに出す物語の大元であり、大国であったギーベピェーツ王国の滅亡を加速させて宗教を基軸とする新国家設立の礎になった惨劇。

 当時の出来事を知る存在は両手の指で数えられるかどうかまでに減った。

 当事者は何も語らない。

 愛した人間と共に水底へと没し、何者にも干渉されず静かに眠り続けている。

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