02.専属メイド
レオナルドに「自由に生きていい」と言われた次の日。
俺は屋敷の図書館から数冊の本を借りて、部屋に籠っていた。これからのことを考えるためだ。
「自由に生きていい」という言葉を聞いて喜んだものの、実際に何をやりたいかを考えてみたら全く思いつかなかった。
前世では17年間ずっと結城家の子息として英才教育を受けてきたので自由に生きるなんてなかったし、考える機会すらなかった。
だから、突然「自由に生きていい」と言われても、やりたいことが思いつかない。
もちろん、仕事ができないわけではない。英才教育を受けてきたし、この世界よりも発展している世界から来たから知識量は誰にも負けるつもりはないし、この世界に来てから努力してきた魔法もそれなりに使えるようになった。だから大抵の仕事はできると思う。
「だからこそ、やりたいことを見つけないとな」
そんな風に考え込んでいると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「シオン様。エリシアです」
「入っていいよ」
部屋に入ってきたエリシアのために椅子を用意して座ることを促す。
最初は少し戸惑っていたようだが、やがて静かに腰を下ろした。
おそらく、メイドが主人と同じ高さで座ることはあまりないのだろう。
「来てくれてありがとう。でもごめんね。まだやること決まってないんだ」
エリシアは少し周囲を見回して、俺の様子を伺うように言った。
「もしかして、やりたいことが見つかってないのですか?」
図星だった。少し迷ったが、隠しても仕方がないので素直に答える。
「うん。そうなんだよ。なんかいい案ある?」
エリシアは少し考えてからはっきりとした口調で言った。
「私はシオン様の将来に関することを決めることは出来ません。でも、どうしてもやりたいことがないのであればいろんなことに挑戦してみるのはどうですか?」
「いろんなことに挑戦する」
「はい。実際に経験してみてその中から自分のやりたいことを見つけるんです」
俺にはない発想だったし、いい案だと思ったのでエリシアに感謝しながら答える。
「それいいね。考えてみるよ」
そう言うと、エリシアが頬を少し赤らめ、いつもより高い声で返事をする。
「本当ですか?お役に立ててよかったです」
「じゃあ、俺は一旦図書館に行って調べてみるよ」
「かしこまりました。それでは失礼します」
深くお辞儀をしてから、エリシアは部屋を後にした。
数時間後、調べ物を終えた俺は部屋に戻っていた。
図書館で読んだ本と、前世で詩織の家で読んだラノベの知識を重ね合わせて、自分の進む道が少しだけ見えてきた。
まず、冒険者になろうと思う。
危険な仕事だということはわかっているし、貴族の子供がやるような仕事でもないことはわかっている。でも、魔法にはそれなりに自信があるし、何より前世のラノベで見た冒険者という存在にあこがれていた。お金を稼ぐ手段としても悪くないだろう。
それともうひとつ、学校にも通ってみたいと思っている。本を読んだ感じ、この世界の学習のレベルは元の世界よりも低いため正直勉強する意味はあまりないのだが、人脈作りという点で学校は重要だ。それにこの世界の常識を知るには学校が一番だろう。でも学校に入学するのは12歳なのでまだ先だ。
今後も、やることは増えていくかもしれないけど、今のところはこの二つを中心に動いていこうと思う。
それとエリシアに関してどうしようか決めたのでエリシアと父上のところに行こうと思う。
「さて、次は父上に相談に行かないとな。でもその前にエリシアの了承を取りに行こう」
そう思い、俺は屋敷の中を歩き、エリシアを探した。
「あ、いた。エリシア。ちょっといい?」
声をかけると、エリシアがこちらを振り向く。
「なんでしょう?」
「ちょっと話したいことがあるんだけど。今大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
エリシアが軽く頷きながら答える。
「よかった。えっと…少し相談というか提案なんだけど」
俺が少し言いづらそうにしていると、エリシアは黙って聞く姿勢を見せてくれた。
「エリシアが嫌だったら断ってくれてもいいんだけど…俺の専属メイドにならない?それとまだ先の話だけど、俺が自立するときについてきてくれないかな?」
「え?」
突然の提案にエリシアは驚きの声を上げた後、固まっていた。
少したってからようやくエリシアが口を開ける。
「本当に私でいいんですか?」
「もちろん。俺はエリシアがいいと思ったんだ」
エリシアは喜びと驚きが入り混じった表情で深く頭を下げた。
「ありがとうございます。私が断る理由はありません」
「ほんと!よかった」
俺はエリシアが了承してくれたことに安堵の息を漏らす。
「じゃあ、今から父上のところに行こう。仕事は大丈夫?」
エリシアは少し周囲を見渡してから「大丈夫です」と返事をする。そのあと俺は掃除道具を軽く片付けたエリシアと一緒に父のいるであろう書斎に向かう。
エリシアと二人で書斎に入った俺は父上にお願いをする。
「何の用だ?」
レオナルドは手を動かし仕事をしながら俺に問いかけてきた。
「今日はお願いがあってきました。実はここにいるエリシアを僕の専属メイドにしてください。そして、僕が成人したタイミングで雇用という形で連れていきたいのです」
俺の願いを聞いたレオナルドは考えるそぶりを見せずにすぐさま答える。
「なるほど、専属メイドの件は了承した。明日から専属メイドとして仕事ができるようにしておく。成人した後のことは私が関与できることではない。エリシアが自分からここの仕事を辞めてお前が雇用するのは普通だ。だから好きにして構わない」
思いのほか、すんなりと許可が下りたことで少し驚きつつも心の底からホッとする。
「ありがとうございます。では失礼します」
お辞儀をしてからエリシアと共に書斎を出る。
部屋に戻りながらエリシアに話しかける。
「認めてもらえてよかった」
「はい。良かったです」
エリシアも俺と同じで嬉しいのか笑顔になっていた。
「専属メイドは明日からだからね。今日の仕事が終わったらしっかりと休むんだよ」
「はい。わかりました」
俺の部屋に着いたので俺はエリシアと別れて部屋に入る。
そのあとは本を読んだり、魔法の練習をしたりと色々しながら夜まで時間をつぶし、ベッドに入る。
今日一日でいろんなことがあった。これからやることも何となく決まったし、エリシアが専属メイドにもなった。
「明日から、いよいよ行動開始だ」
そうつぶやき俺は目を閉じる。