第44話 発見
探索を続けること数時間。
あのゾンビ兵を倒して以降、あの黒い塊が出現することも、新たなゾンビ兵が出ることもなく探索は快適に進んだ。
そして特に問題なく二階部分の探索を終えて三階部分に入ると、周囲の様子が大分変わってきた。
「なんか調度品とかが豪華になってきたな。二階も結構しっかりしてる感じだったけど、こっちは豪華って感じがする」
:もうちょっと具体的に、こうさ
:言わんとすることはわかる。一階は汚いところとかもあって、二階はしっかりしながらも質素、三階は豪華って感じよな
:こういう西洋風のお城ってどんな感じなの。有識者
:有識者だけど、見た感じ多分二階がこの城の主とその家族の寝る部屋とかで、三階は客を歓迎したり宴会したりする場所じゃないかな
:城ごとに違いすぎてわからんけど、それなりにしっかりしてる部類の城ではあるな。地方の城にしては城郭部分がガチ過ぎる。
まあ中世には町を内包した城とかもあったから一概には言えんのやけど。
「へー、じゃあ財宝とか溜め込んでんのかな」
なんとなくそんな感想が出た。
:初手の感想がそれか
:金の亡者かよ
:有識者さんにありがとうも言えんのか
:有識者さんありがとう
:視聴者より礼を言うのが遅いぞ
このボロクソの言われようである。
「すまんて。有識者さんはいつも助かってる、ありがとう。財宝より、たまに魔法具が混ざってるからあるならそれが欲しくてな。それこそ俺のこれとかもそんな感じで手に入れたし」
そんなことを言いながらも探索を続け、三階部分の一角。
おそらくは礼拝堂らしき大きな扉を押し開けようと手を触れたところで、気づく。
「冷たいなこれ」
いよいよ本命か。
そう思いながら扉を開くと、礼拝堂の奥、祭壇のある辺りにそれはあった。
「見つけたぞ」
なぜか、都市とは違って氷漬けにはなっていないこの城の中で唯一。
氷漬けになっている、否、氷の中で地面にまっすぐと浮かび、眠るように目を閉じた状態で包まれている女性。
「これが姫様だか女王様だかだろ。じゃなかったら知らん」
時々拾えたなぜか読める紙片や、記憶の残滓であるかのように一瞬だけ姿を現す人々や響く声。
その中で幾度も出てきた、姫様、あるいは女王様という単語。
それがこの都市の謎を解く鍵になると考えて、ここまで探し続けてきた。
これで全く関係ない人とかだったら、それはそれで面白いが考察が一からやり直しになる。
:ここまで長かったな
:気持ち悪いのとゾンビ兵との戦闘から始まり
:図書室の本が一切読めないでキレたり
:食堂の食事が一切腐ってなくてビビったり
:可愛いメイドさんの幽霊が出たり
:大半あんま怖くはなかったな?
:むしろ可愛いメイドさんは羨ましいかもしれん
「やかましいわ」
好き勝手言うコメント欄に文句を言いながら、どうやって氷漬けの彼女を氷から取り出したものかと思案しながら。氷の中の彼女を眺める。
頭には巨大な宝石のハマったティアラをつけ、その下にはつややかな白銀の髪が腰の辺りまで伸びているのが見て取れる。
可愛らしさと美しさが両立した非常に整った顔をしており、体型はスラリとして美しい。
着ている服装は、青系統の色を基調とした地球の中世のドレスと似たデザインをしているものの華美ではなく、また足元が地球の中世のドレスのそれと違って広がっていない。
どちらかといえば現代風のドレスの方が近いかもしれない。
さて、この彼女をどうやって氷から取り出すか。
案一、炎系の魔法で氷を溶かして彼女を氷から取り出す。
問題は、この魔法の氷がただの火で溶けるかどうか。
例えばこれが、物理的には氷の形を取っただけの封印魔法だったりした場合、それでは意味がない。
案二、魔力を込めた剣で氷を切り裂き、彼女を氷から取り出す。
こちらは少々力技だが、たとえ封印魔法でもがかかっていてもこちらも魔力で封印を壊すことができるので、案一よりは彼女を取り出せる可能性が高い。
問題は、無理に封印を破壊した反動が怖いこと。
案三、ここに使われている魔法に対する解呪魔法を使う。
問題は、俺はこの世界の言語がまだ読めないので、図書室などにある本の内容がわからないため、解呪方法が判明しないこと。
一応時間をかけて試したり推測したりして魔法が使えるようになったことは多々あるが、ひたすら魔法を試すのに数日かかる。
そんなことを考えながら眺めていたからだろうか。
:ジョン見惚れてんのか?
:めっちゃ美人だもんな
:ダンジョンの奥、一人きり、あ(察し
:溜まってんのか。
:そういや処理とか一人でしてんの?
:彼女とかは、普通におらんもんな
なぜかコメント欄で少々下品な話が繰り広げられていた。
「うるせーよ。つか俺は未経験だ。今はどうやってこれ助け出すか考えてただけだ」
そう答えながら、目の前の氷になんとなく触ろうと足を踏み出す。
と、踏み出そうとした足元に、書きかけの魔法陣のようなものがあるのを見つけた。
「何だこれ」
しゃがんでそれを見ようとしてようやく気づく。
この礼拝堂において女性と氷塊が大きな存在感を放っていたので気づかなかったが、ほんのわずか、ごく僅かに、この魔法陣から嫌な気配を感じる。
先ほど謎の空間へと消えていったあの黒い塊が放つ気配だ。
「あいつはこれを完成させようとしてたのか?」
読み取ろうとするが、少なくとも俺が知っている分類の魔法では無さそうだ。
とりあえず魔法陣は完成さえしなければいいので、剣を振るってその部分の床板を薄くそぎ取り、粉微塵に粉砕する。
:おおー
:全く見えなかったんだが
:ジョンが本気出したら誰も見えない説
:いやあ、ここにもそれなりに見える人は来てるんじゃない?
:腕利き探索者はそんな暇じゃないだろ
:他の配信者もいるのに垂れ流しの配信そうそう見にこんだろ
:後でまとめ動画とかもあるしな
視聴者の言う通り、一時期は同時接続者が数百万とかいうわけのわからない数字になっていた(多分海外の人もいただろう)俺の配信だが、今では常時千人前後に落ち着いている。
それでも千人いる程度には注目されているらしい。
まあ中には情報収集のために繋いでいる人も多いのだろうが。
「今のぐらいは見えてくれんと、困るんだけどな。まあそっちで言う深層程度なら良いけど。第五層から相手がよりファンタジー感出してくるし」
:そうなの?
:まあ深層レベルでもデカくて硬いトラとかオークキングとか、まだ魔法をぶっ放してくるモンスターとかいないもんな
:地球の生物デカくて強くした感じのやつが多い
:五層だとどんなのが出る?
「あんま覚えてねーなー。あ、でも牙がミサイルみたいに飛んでくる猪なら覚えてる。めっちゃシュールだったからよく覚えてる」
:牙がミサイルは草生える
:いや速度次第じゃ冗談ではないが
:今んところ遠距離戦してくる相手弓使いの木人形ぐらいだしな
:後投石ゴリラ
そんな雑談は一旦置いておいて。
改めて彼女を覆う氷に手のひらを触れる。
と。
俺が氷に触れた直後、触れたところからシューシューと蒸気を吹き出すように白いものを吹き出しながら氷が一斉に溶け始めた。
みるみる間に、広い礼拝堂の奥の方一杯に広がっていた氷が小さくなっていく、
シューシューという音と白い色から蒸気にも見えるが、これは蒸気ではなく全て魔力だ。
とんでもない量の魔力が氷から吹き出していき、代わりに氷が溶けていく。
「なるほど……」
人の接触で氷が溶けるような仕組みにでもなっていたのか?
:ジョンなんかしたんか?
:触っただけよな今
:魔力とか?
:やっぱりその場所がキーだったんかね。
「俺は今触っただけだぞ。魔力も俺の体にはあるから触れたといえば触れてるけど」
外の都市を覆う氷と、ここで女性を覆っている氷は全くの別物ということだろうか。
そんなことを考えているうちに、女性を覆う氷が全て溶けて消えてしまい、やがて女王様を空中に支えていた部分の氷までもが、空気と魔力に溶けて消えていき、女性の体が床に倒れ込みそうになる。
流石に意識のない女性が地面に倒れ込むのは見るに偲びないので、俺は彼女を抱きかかえるようにして支える。
なお氷は全て蒸気と魔力になっているのか、床は一切濡れていない。
俺や女性も同様に、服などが湿った様子もない。
:ジョン、窓の外氷溶けてる
:街の氷も無くなりつつあるみたい
:ドローンで見えてる
「まじかよ」
女性をいわゆるお姫様だっこの姿勢で抱えながら、日の差し込む窓に近づいて外の様子を眺めると、確かに街の氷が先程女性の周りの氷が溶けたように、白い蒸気をあげて溶けていきつつあった。
感知を広げてみれば、あちらはちゃんと水分が含まれているが、同時に多量の魔力も含まれているのがわかった。
と、そんなことをしていると、今度は手元の女性が身じろぎを始める。
そしてそのまま俺の見ている前で、幾度か瞬きをしながら、目を開いた。