退屈な令嬢がお茶会を開いたら
前作『退屈な令嬢はその寸劇を喜ぶ?』の後日談となります。全然婚約破棄とか、王子とか出てきません。こういうの、書きたかったので書きました。王子との絡みはまた別の機会に……。
感想や評価、いいねありがとうございます!励みになります。なんか評価されたら、創作意欲が出てきます。本当にありがとうございます。
アプロディーテが親友オフィーリアのために一肌脱ぎ彼女を救った。
先日の夜会後、そう噂が流れた。どうやって親友を救ったのか、という問いに対しては口を噤む者がほとんどであった。なにせこの国の王子が寸劇と認めてるのである。
それを面白おかしく話すと、寸劇を愚弄していると捉われるのではないかと考える者たちが多いから。結果、どうやって彼女を救ったのかは表には出ないまま、一種の英雄扱いされるようになったアプロディーテである。
しかし、夜会に出席していた女性陣からは熱烈なファンも誕生した。そして、アプロディーテを王子の婚約者候補から蹴落とそうとする者も。
そう、あの夜の一件であれよあれよと言う間に婚約者候補として躍り出てしまったアプロディーテ。家格は王家と釣り合う高さであるし、教養も問題はない。
「アプロディーテ様、わたくしミューラー夫人の劇を観てきましたの」
「まあ。私が勧めてさっそく観てくださったのね!どの劇をご覧になったの?」
「わたくしが観たのは『コンニャーク少女』ですわ」
今日もまた、アプロディーテを蹴落とそうとする令嬢1人を含む数人でお茶会が開かれた。
そうして開始早々、会話を持ちかけたのはアプロディーテの家の家格よりも少し下の、だけれど王子とは釣り合いの取れる家格ではある家の令嬢、オリヴィアである。
コンニャーク少女、と言い切ったオリヴィアはどこか得意げな顔をする。それもそのはず、その作品はどこの劇場でもやっていないからである。わざわざこのお茶会で蹴落とすためだけに、ミューラー夫人に書いてもらった作品だ。
コンニャークとはなにか、それはオリヴィアも知らない。ミューラー夫人が「婚約とこんにゃく…それでいいか」と呟いていたが意味がわからなかった。
さあ、どうでるアプロディーテ。観たことがあると嘘をついた瞬間にネタバラシしてやる。
貴族というものは、誠にプライドが高いものである。家格があがればあがるほど、自分より下の者が知っていて自分が知らないなんてことはプライドが許さないのだ。特に、自分が好きだと豪語している分野においては。
だから、そんなネタバラシを公衆の面前でされたらと思うと、その後のアプロディーテなことを考えるだけで笑いが出てくる。オリヴィアはその立場なら耐えられない。非常に屈辱で、お茶会など放棄して部屋にこもってしまうだろう。
自ら主催したお茶会を途中放棄するなど、評判が落ちること間違いなしなのだ。だから、よほどのことがない限り、知っているフリをしているのが分かっても、気付かないフリをするのが常套である。だから、そんな対応をせずに詰めてやる。
そう意気込むオリヴィアは分かっていなかった。この会話を持ちかけた時点で負けが確定していることを。
「コンニャーク少女?……あらあらまあまあ。あなたでしたのね」
「な、何がでしょうか?」
な、何?なにがわたくしが何だって言うの?なんか予想と違う反応なんだけど……。
思わず顔が引き攣りそうになりながらも答えるオリヴィアと優雅にカップを持ち上げ紅茶で口を潤わすアプロディーテ。
「私は、私が尊敬する作家には少なくとも月に1回はお会いしているの。だって、そうすれば新しい作品が出ることをいち早く知ることができるでしょう?あ、もちろん資金を提供した上での話よ」
「それほどまでにお好きなのですね。何かに熱中するという事は素晴らしいことですわ」
「でしょう?なので5年以上は続けているのよ。だから、作家たちともそれなりに関係性は出来ているの。そしてね、ミューラー夫人に先日お会いした時に事情を聞いてしまったの」
「え……」
「まさか陥れる相手が私だなんてその時は思いもしなかったのだけれど。残念だわ、仲良くなれると思ったのに」
ふと、オリヴィアの脳裏に思い浮かぶのは、完成したコンニャーク少女の脚本を渡された時。これで舞台化に進めていいかの最終チェックを行なってほしいと夫人から渡され、「演劇はやらなくてもいいわ。わたくしはわたくしだけが知っている貴女の作品が欲しかっただけなの。……これであの女を蹴落とせるわ」と、前半は夫人に対して、後半は独り言のつもりで言った。
舞台化を却下された夫人は途方に暮れた。舞台に出演する役者まで手配したのだ、当然である。しかし、そんな彼女をオリヴィアは金で黙らせた。もちろん、それは暗にこの事は口外するなよ、と口止め料も込めての、それなりの金額であった。
「……なにを仰っているのですか?アプロディーテ様を陥れようなんてことは考えておりませんわ。そんな恐れ多いこと、わたくしにはとても無理ですわ」
ドレスの下で冷や汗をかきながら、しかし表情には出さずにむしろ困ったという顔で会話を続ける。
まさかあの金額を受け取っておいて誰かに言うはずがないだろうと言う自信を胸に抱きながら。
——オリヴィアは知らなかった。アプロディーテは普段から、それよりもはるか多い金額を援助金として渡していることを。パトロンは数人いるが、その人たちよりも渡された金額が断然少ないということを。だから、口止め料だなんて思いもせずに、一番のパトロンである彼女に相談したことを。
「そう、あなたがそう言うのなら構わないわ。でも私、貴女と仲良くできそうにないわ、ごめんなさいね。ねえ、そこの貴方、馬車の用意をお願い」
謝罪の言葉を吐きながら、1mmも悪いと思っていない顔で微笑む。しかも、控えていた侍女に話しかけ馬車を用意しろと。つまり帰れという言葉付き。
アプロディーテは怒っているのだ。先日ミューラー夫人から相談された時から、必ずその令嬢を見つけ出すと。
舞台作家は、舞台があってこその職業である。呼びつけてこういう作品が観たいから作れ、という依頼ならば怒らなかった。貴族はそれをする金もあるし権力もある。そして、そうやって新しい作品を世に出し、『これは私が依頼し作らせた作品である』と声高らかに自慢するのも構わない。
高位貴族になればなるほど、そういう性質であるし、ある種の義務であるから。アプロディーテが何人もの作家のパトロンをしているのも、表向きは貴族の嗜みという理由なのだ。たまたま己の趣味と貴族の嗜みの一つが合致しているだけなのだ。
それなのに。オリヴィアは舞台にすることもせずに、脚本のみを要求したのだ。しかも、ミューラー夫人に最初から言わずに完成してから伝えるという所業。脚本のみならば、最初からそう伝えていればまだ良かった。舞台よりも脚本、つまり小説を読みたいのだな、と理解はできた。
まあ、舞台作家にそれを頼むのもアプロディーテとしてはどうかしていると思うが。
「……あ、アプロディーテ様、わたくしは、」
会話を続けようと口を開くが、『仲良くできない、帰れ』と言われたオリヴィアは次の言葉が出てこない。蹴落とすつもりがこちらが蹴落とされているのだ。今日、このお茶会に参加しているのは何も自分だけでは無い。
それなりに家格が高く、影響力のある人だっている。今は空気のような存在になって静かにお茶菓子と紅茶を楽しんでいるように見えるが、ちゃんと会話を聞いているし、お互いに目配せだけで会話もしている。
言葉が続かない彼女に声をかける者も、視線を向ける者も、誰もいなかった。
ここで、オリヴィアはやっと負けを悟る。そして、ミューラー夫人が裏切ったことを確信する。あれだけお金を渡したのにっ……!!
馬車の用意ができたと侍女に声をかけられ、立ち上がったオリヴィアにとどめと言わんばかりにアプロディーテが声をかける。
「ああ、お帰りになる前に私から忠告よ。あなたが夫人に渡した金額は、私の毎月渡している金額のおよそ三分の一でしてよ。もう少し、貴族の嗜みについて勉強なされては?」
ニコリ、と微笑むアプロディーテと、扇子を広げ耐えきれずに笑う他の貴族令嬢。オリヴィアを除けば、楽しいお茶会のひとコマだった。
彼女はとても貴族らしい性格の持ち主なのだ。ただ、演劇が大好きすぎてそのことについては残念な一面を見せるが。だから、こうやって相手を貶めて笑ったり、蹴落とすなんてこともやってのけるのだ。
お茶会は楽しく過ごせることもあるが、嫌味の応酬しかしないこともあるのだ。オリヴィアはその点でもアプロディーテに負けたのだ。
「ねえみなさん、彼女は何をしたかったのかしら?私を陥れる気でいたらしいのですけれど……」
しれっとアプロディーテは問いかける。もちろん、彼女が婚約者候補になりたいから蹴落とそうとしたのだと理解をした上で。
「あらあら、ディーテ様。分かっていらっしゃるくせに。……あれは、あら失礼、あれなんて言ったらダメね。彼女は、まだ大人になりきれていないのですね」
「今の様子を見る限り、そうですわねぇ。今度のお茶会に招待しようと思っていたけれど、子供は対象にしていないからリストから消さないといけませんわね」
「あら、本当だわ。貴族の嗜みを知らない方とお茶会なんてしてもお話が通じないものね」
「彼女、確か私と同い年だったと思うのだけれど、随分ゆっくり学んでいらっしゃるのねぇ」
うふふ、と皆で笑い合う。この日以降、高位貴族で開かれるお茶会に彼女が呼ばれることはないだろう。でも、彼女は高位貴族よりも下位貴族と付き合っている方が良さそうね、とアプロディーテは嫌味なことを思う。
大したことでも無い、このようなことはたまにあることで。蹴落とされる方が悪いのだ。と、いうよりも自己の力量を分からずに喧嘩を吹っ掛けるからこういったことになるのだ。自業自得である。下剋上なぞ、成功する確率の方が低い。
——退屈な令嬢は、こういった刺激も好物だ。あの王子の婚約者候補になると、こういうことが起きると確信していた。故に楽しみだった。いつ、獲物がくるのかと。
やっと来た獲物はたいした者ではなかったが、それでもアプロディーテは満足した。
そして望む。あと二人ぐらいは潰してやりたい、と。
普通に性格の悪いアプロディーテ含む貴族令嬢たちでした。
実際、これぐらいの応酬は普通に職場でもあるよなー、と思い書いてみました。(もしかして、私の職場だけ……?)