第1話 『興味から』
何だろう。だんだんと意識が遠のいてゆく。視界が真っ白な何かで覆われ…
俺は30歳で、ごく普通に出世し、数年前に東京の町でごく普通なとある会社に入社した。ある程度新人に近い割には結構重要な仕事を託されている。ただ、俺はまわりのやつらと比べたら普通に幸せな生活を送っているのかもしれない。妻や息子がいるし、そこそこな家に住んでいる。ときには惰眠を貪る暮らしを送っているときもあった。最近は仕事の量も落ち着いてきているから、残業なんてすることは滅多になく、家で家族と過ごす時間も長い。しかし、まわりの友達はホームレスだったりニートだったりする人も多くいるのだ。
そして人に比べて耳と記憶力が優れている。
「ねぇ、ねぇ、知ってる?あいつ、彼女に振られたらしいよ・・・。原因は不倫だって。」
「えーまじ?そんな人には見えなかったけどな…。」
「あの人なんかいつも以上に表情暗くない?」
「昨日の夜、部長に激怒されたって。飲み会のマナーが悪いとかそういう理由らしいけど。」
「あ、あれか!まだ引きずってるの?部長も十分理不尽だと思うけどな。」
俺が最近聞いた噂だ。ちなみに全部聞こえているし、覚えてもいる。社会の闇を暴くならこの地獄耳様がご協力させて頂こうと思うことだってある。
話は変わるが夢は異世界転生だ。異世界転生系の小説や漫画をよく呼んでいるが何処かそんな世界に痺れたり憧れたりする部分があるからだ。
夢が異世界転生とかもう早速異世界転生しちゃうのが目に見えてるぜ、とかどうせ明日とかにでも異世界転生するんだろ、とか思いたくなる人がいるのはよくわかる。まあ、そうかもしれないなとだけ言っておこうか。とりあえず楽しんでくれ。この世界を。
いつも通りの日常を送るなか2月4日14時6分、会社で仕事をしている最中に眺めていたPCに表示された広告が気になった。——ん?なんだこの広告…。
そこには『ソッキョーアニメーション』とあった。
その広告は、一般人が無償で一本のドラマに出演できるという体験会について書かれているものだった。どうやら実際に某有名協会と連携し、1チャンで放送されるらしい。
少しテレビに出ることに興味があった俺は、しっかり広告をポチッとクリックしてドラマへの出演を申し込んだのだった。
いきなりとてもメタいことを言うが、この作品の作者はもちろん、“この先の展開”とやらを知っている。だからこそ言えることだが、俺はここからが間違っていたのかもしれない。いや、正解だったのか?どちらでも良いが、たった一つのことは絶対に合っている。
『申し込む』ボタンを押したとき、俺はドラマに出演すること以外を望んではいなかったということだ。
その日は突然訪れた。3月1日、またもや会社のPCを眺めていると、一件の通知が来たのだ。
「お申込みについてです。審査の結果、受理されました。明日の十六時、お台場の某有名建物へお越しください。時間厳守です。」
その文章を見た瞬間、何のことだかを理解したと共に声に出してしまう程彼の中で大きなツッコミが二つ生まれたのである。
「あ、明日だと⁉急すぎないか⁉え、お台場の某有名建物って大きい球体が建物に合体してるあれだよな?あれって8じゃないのか?」
俺は記憶力が凄まじいから一回見聞きしたことはそうそう忘れない。
実は会社を休む時、一週間前から上司に連絡しておかなければいけないという決まりがある。だが彼はそんなことを無視して部長に明日休みますと伝えたのだ。
その部長は世界で見ても一番と言っても過言ではない程優しい。まあ、就職したての新人を育てるという意味では、もしこの件をすんなり許してくれた場合本当に優しいとは言えないのかもしれないが。
ってことで怒られた。やっぱり本当に優しいんだって実感した。そして絶対明日来いとも言われた。
ちなみに昼まで会社に行ってそこから家に帰り例の場所に向かうということも出来るのだが、一日丸ごと休むって言ったほうが説明が楽だ。それにちょっとサボってみたいっていう謎精神が生まれていた。
当日になった。俺は今家にいる。家族にも今日は仕事が休みになったと伝え、上司の言葉も全て無視してしっかり休んだってことにした。つまり明日俺が会社に行けば上司にさらに怒鳴られるかもしれない。行きたくないなとも思いながら、時間は刻一刻と過ぎていく。
十五時すぎ。とりあえず、指定された場所に行くことにした。
「お申し込みの方はこちらです」
おれは建物中に貼り巡らされたその案内ポスターを見て、迷いながらもスタジオに辿
り着いた。
もうすでに撮影は始まっていた。
そこには沢山の撮影用機材が置いてあったが、ほとんど全てに『ソッキョーアニメーション』と書いてあった。そういえばと思い出した。『ソッキョーアニメーション』とは、広告の見出しにもなっていたが番組の制作会社なのである。
俺以外にも申し込みが受理され、ここに来ている一般人が十数人いた。その人たちが俳優となってドラマを作り上げるのだ。
しかし、撮影が始まっているのになかなか俳優は動こうとしない。いや、動いてはいる。ただ、ずっと慌てていて撮影どころではなさそうな様子だった。それにも関わらず、カメラマンは慌てている人たちをカメラで追い続け、このドラマの監督と思われる人物も無言で俳優たちを見続けていた。
まだ、撮影をしていない俺が監督にどういう状況なのか疑問に思い、その場で話を直接聞いてみた。
聞いたところ、なんと一般人が俳優を担い、俳優全員が“アドリブ”でシーンや演出を手掛けることが『ソッキョーアニメーション』の売りらしい。
そう考えればそうだった。『ソッキョーアニメーション』の“ソッキョー”は、“即興”ということなのだから。
俳優全員が沈黙を続ける中、俺は立ち上がった。そのスタジオを変形させてなんとなくだが家のようなものを作ってみせた。この場はまだ少し静かだったが、俺の意味不明な行為に全員は少し笑みを浮かべた。
さらに、俺は自らカメラに映り普段の家でのルーティーンを組み立てたリビングでカメラマンに撮影させた。
10分間くらいだった。そんな行為を続けていたのは。なぜ、10分でやめたのか。
個人的にはその10分はとても長く感じたが、あとから考えればその時間はとても短かったのかもしれない。
その時間こそが俺がこの世界で過ごす残り時間のカウントダウンだったのだ。
謎にルーティーンを撮影し始めてから約10分後、急にピーンポーンと音が鳴った。
と、その直後、
「宅急便でーす」
さっき組み立てた家の玄関から外に出た。すると、段ボールを持った俳優のうちの一人が立っていたのだ。俺は流れに乗ってそのまま段ボールを受け取った。
組み立てたリビングに戻り“開封の儀”を行おうとしたとき、どこに挟まっていたのかは知らないが、白い紙が落ちてきた。
「異世界をお届けしました。あなたは異世界に行きたくはありませんか?そんなあなたにぴったりのものを用意いたしました。けッシテ、怪しイものでハありマせん。異世界の住人より」
その紙にはそう書かれていた。
俺は理解が出来なかった。いくらアドリブだからといっても何かがおかしい。そんな予感がしたのだ。しかも、その紙の最後の文は平仮名とカタカナを混ぜて書くというなんてセンスのない送り主だとも思った。
だが、俺は何も考えずノリでその段ボールを開封した。
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