カセットテープ
次女が結婚し、夫婦二人になったのを機に、断捨離をしようと昔の物を片付けていた時にそれは出てきた。矢沢永吉のカセットテープ。高校時代、友人のキー坊に借りたアルバムからテープに録音した物で、一時はエンドレスに流していた覚えがあるそれは、今はもうよれよれに伸びきっており、聞くためのカセットデッキも家には既に無い。
あの当時、バイクで走り回ることに夢中で、ガソリン代でピーピーしていた俺とは違い、兼業農家の長男で、大事にされていたキー坊は色んなものを持っていた上に、それを気前よく貸してくれ、これもその中の一つだった。大学時代には二人でオンボロ軽に乗って九州まで行ったが、その時もこのテープは車のデッキで流れていた。
社会人になっても友人関係は続き、共通の友人を交えた7~8人の忘年会は恒例となり、結婚後も飛び飛びではあったが続いていた。憎まれっ子世に憚るから、お前は爺になるまで大丈夫だと言われる俺とは違い、気配りができ、俺の世話係とまで言われていたキー坊は、良い奴ほど早く逝くから気をつけろと言われていた。
そんなキー坊の訃報は、本当に突然だった。今から12年前の事だ。前年は恒例の忘年会をいつものメンバーで行ったし、年賀状も家族四人の楽し気な写真の物が来ていたから、当然今年も忘年会で会える事を疑っていなかった俺に、共通の友人である道沢から電話があった。
(スキルス性胃癌?なんだそれ?なんで、なにも言わないまま?せめて最後に会いたかったのに!それにキー坊の子供はまだ高校生と中学生で…)いろんな思いが交差する中、道沢が淡々と話してくれた。判ったときには既に進行が進んでいて、余命宣告された事。残された時間はできるだけ家族と過ごしたかったから、動ける間は旅行に行ったりし、ぎりぎりまで家に居たこと。友人達にはあえて知らせないと決めたことなどを、奥さんから聞いたという。腹立たしいが、道沢の冷静さが助けになって、最後まで話が聞けた。翌日妻と一緒に葬儀に出席したが、その時の記憶は朧で、一周忌の時の方が記憶に残っている。今年は十三回忌だったが、コロナ禍なので道沢と二人、墓参りにだけ出かけた。
テープを見ながら、この夏、新しい治療法の可能性が出来たというニュースを思い出した。スキルス胃癌の発症に染色体の異常が大きな役割を果たしているとかで、マウスの実験では効果があったらしい。
「治療薬、早くできればいいな」
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