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ヘタレ剣道一本勝負  作者: 八雲 辰毘古
入段試験:歴史が継げない僕らについて
14/23

第14話.怒涛の新人戦!

 文化祭が終わり、体育祭が終わったと思ったら、すぐに新人戦が始まる。ぼくらは第三回の定期考査の準備にも一緒に追われ、ペンと剣を同時に振り回す日々に苛まれていた。


 そして公欠──

 ふたたび川越近辺のある高校の体育館をお借りして、秋の公式戦が始まった。


 ぼくと中嶋、そして大木は先輩方のサポートをしながらトーナメントにいる相手校の調査にひた走る。

 すでに北島先輩と飛田先輩はいない。代わりに主戦場で胸を張るのは、夏からこの方、各地の錬成会や練習試合で何度も試行錯誤してようやく結成した、中学二年生以下のレギュラー面子だった。


 あの時言わなかったけれども、春の公式戦であれほどの結果を出した窪田先輩が補欠になっていたのは意外だった。

 ただ、これにはぼくの色眼鏡があったかもわからない。確かにあの時以来の窪田先輩は各地の錬成会での戦績が良くないらしく、ふだんの稽古でもクセの強い打ちをさんざん夏野先生に叱られていた。


「まあ、仕方ないよねえ」


 窪田先輩は相変わらずへにゃっと笑う。しかしそれでも、ぼくからすれば全然高みにいる人だった。だって、地稽古でお願いしても、一本たりとも取れた気がしないのだ。

 当たり前の話だけど、先輩たちも日本一を目指して頑張っている。その実力は決して劣ることはないし、むしろ毎日同じように稽古している分、進んでいるとも言える。そこにぼくがどんなに実力を付けていたとしても、先輩方との相対的な距離は変わらない。むしろ離れてるかもしれないと思うことがある。


 部内でもこれほど。ましてや、他校のレギュラーと比べれば、なおさら。


雁行(かりゆき)の佐藤? 見慣れない名前だな」


 ぼくは一回戦で勝った雁行中学の、圧倒的な戦績を誇った選手の名前を言った。

 反応したのは三木先輩だった。三木先輩はぼくより背丈が小さいが、言葉の圧がかなり強い。


「たぶん今年の一年ですね」

「どれどれ……うわっ、北丘(きたおか)の進藤ボロ負かしじゃん」


 新人戦では、それまで陽の目を浴びて来なかった有力選手が一気に晴れ舞台に躍り出る。だから他校の戦力をチェックすることは他の何にも増して重要になってくる。

 もちろん公式戦終わりの錬成会から、練習試合、別の大会なんかでそんなことは山ほど警戒してきた。期待のホープや、過去の低学年レギュラーがどのポジションにつくのかを込みで、さまざまな情報が必要だった。


 今年の新人戦は最初から大波乱だった。公式戦で準優勝(つまり、ぼくらタマキタと決勝戦で争った)した北丘中の初戦敗退。前回特に注目されずに埋もれた雁行中が、北丘と相争い、勝利したのだ。

 特に目立ったのは中堅と大将だ。中堅の名前は佐藤。ありきたりな名前だが、すっくと立った身長は一六七センチメートルと比較的大柄で、今後も伸びる余地を残す体格だ。得意技は面打ち。見るも鮮やかな素早い一撃が、北島先輩のすらっとしたそれを彷彿とさせるほどきれいな正面だった。


 そして大将:手嶌。独特な「(しま)」の字が垂れに縫われていたもので、最初はみなで読み方がわからんとぼやいた。ただ、佐伯先輩はよく知っていて、「てしま、だよ」と優しく諭した。なにせ佐伯先輩と同じ年代、そして佐伯先輩にとっては、小学校時代同じ道場だった人間なのだ。


 剣道経験者は、当たり前だけど、小学校時代から剣道をやっている。しかしきみは小学校に「剣道部」があるのを見たことがあるだろうか? 少なくとも、ぼくはない。

 小学校に部活動があるところはあるはずだし、ぼく自身、出身校では「クラブ活動」という名前でそれがあったことを記憶している。しかし全国大会や厳しい練習をするのは学校よりも、地域や個人が運営している、もうひとつの「クラブ活動」だった。


 佐伯先輩が所属していたのもその例外に漏れない。


 佐伯先輩は界隈ではそれなりに名前の通った小学生剣道部に所属していた。というのも

父親が機動隊員で、剣道を教えることには熱心だったからだ。

 剣道は、やってみるとわかるが、とてもお金がかかる。道着を買わなきゃいけないし、防具も買わなきゃいけない。一回竹刀の値段を確認してみるといい。たぶん、サッカーボールを買うよりも値が張るはずだ。そしてそれが消耗品と来た。たまに壊れるなんてものじゃない。試合のたびに割れ、ささくれが立ち、そして時に堂々と折れる。そんなものを平気で買い替えるような、それほどの財力を必要とする。


 だから、剣道をやるにはそこそこのお金持ちか、あらかじめ剣道をやることに意味を見出している人が親にいるかのどっちかに偏る。具体的に言うなら、医者と警察。その関係者なのだった。

 例えば北島先輩や三木先輩は、地元ではそこそこ名の知られた医者の家庭で育っているし、佐伯先輩はさっき言った通りの警察関係者、高等部の先輩も似たような出身が目立ち、まあ学年に一人はそういう人がいるよね、ていう感じだった。


 それを言うとぼくの代は大木が薬剤師の家庭である。大木自身はあまり親の期待に応えることに乗り気ではなく、アニメや漫画を読むことに偏りつつあったのだが。


 おっと脇道に逸れてしまった。

 つまり、だ。


 佐伯先輩からこの試合場を見た時、自分は試合に出てないのに、かつて小学校時代に鎬を削った仲間がガンガン最前線で活躍しているさまを見せつけられてるってわけだ。


「べつにだからって、おれは試合に出たいわけじゃないんだけどね」


 佐伯先輩はそう言っていた。


「おれ、剣道きらいだし」

「えっ」


 言っちゃっていいの、それ。


「やりたくないのに、色々あってやめられないんだよね。ただ、剣道()は好きなんだ。三木も、遠藤も、久川も、窪田も、黒崎も……みんな面白いし、楽しいし。こういうのが楽しくて、部活やってるしね」


 ぽつんとひとり語りしたその言葉は、ぼくにとってかなり長い時間心の奥底にこびりつくことになる。


 さて、本題に戻ろう。


 タマキタは順調に一回戦、二回戦と勝ち上がった。もちろん延長戦もなく、ほとんど圧勝というテンポだったのだが、快勝とはいかなかった。際どいところまで持ち込んで時間で勝ったり、ギリギリまで攻めあぐねてようやく面を二本取ったり……そうしたことを繰り返していた。

 すんごく当たり前のことを言っちゃうと、北島先輩があまりにも中学生離れして強すぎたのだ。そんなこと、薄々察してはいたのだけれど、この大会で見て、あらためてそれを痛感した。


 いま、戦っているメンバーのうち、安定感を誇ったのは意外なことに遠藤先輩だった。ぼくは、錬成会にも他校交えた練習試合にも参加できていないので、遠藤先輩がどんな剣道をするのかこの時までよく知らなかった。だから、まるでこの新人戦で初めて頭角を表したかのように見えた。

 初戦、先鋒で、まっすぐ、キレのいい抜き胴で二本勝ちを決めた時、タマキタの一同は盛大な拍手をした。試合中は、ほとんど選手からしか声援が許されない。もちろん部員全員で緊張しながら試合を見守るのだけれど、補欠でもないぼくらは、ひたすら良い打ちだとおもったところに拍手をするしか、応援ができないのだ。


 けれども、遠藤先輩の戦いぶりには、感嘆の拍手もあった。少なくとも、本番の試合の負け知らずっぷりがすごい。

 夏野先生も、遠藤先輩の活躍ぶりには「よくやった!」と手放しで誉めていたのだ。


 ところが逆に厳しい思いをしたのは、三木先輩、黒崎先輩だった。


 春の公式戦でも次鋒を務めていた三木先輩は、もちろん強い。しかしこの夏の頑張りの成果がイマイチ出てないらしく、戦う相手ごとに小手を多く打った。もともと小柄の三木先輩である。身長が伸びた相手と戦うたびに、できれば当たれと言わんばかりに小手を狙う。ただそれは、戦略としては平凡だった。ときに抜かれて面を打たれる。ある意味では実力差なのだが、夏野先生いわく「逃げるな」とのお達しだった。


 ぼくらの学級期待のエース湯浅は、一本勝ちで逃げ切る形だったが、結果は残した。

 本人曰く「楽勝」とのことだったが、先輩方にどつかれたところ緊張はしたと白状していた。夏野先生もその辺は見抜いていたらしく、それでもキツくは言われない。


 久川先輩も、そつなくこなした。というか、久川先輩が叱られてるシーンをあんまり見たことがない。


 問題というか、ちょっと驚いたのは黒崎先輩である。


 そもそも黒崎先輩が大将、というのが驚きだった。ただ、その驚きはすぐに納得に置き換えられたことも説明しなければならない。なにせ校内の試合練習で誰よりも強かったのである。

 黒崎先輩の得意技は、真正面からの正々堂々とした面である。基本のキだと言われればそれまでだが、面がハッキリと打てることの、この王道の強さには誰だって敵わない。


 遠藤先輩に対しては柔軟な動きが勝り、

 三木先輩には正々堂々と勝ち、

 湯浅とは経験の差で勝ち、

 そして久川先輩とは粘り強さで勝った。


 ついでに言うと、窪田先輩と戦うと窪田先輩が可愛く見えるほど相面打ちで綺麗に勝つし、飛田先輩とも余裕で勝つ。北島先輩とは一本ずつで引き分け。そんな実績を持つ黒崎先輩は、春の公式戦では団体戦のターニングポイント、中堅を任されていた。

 ところが今回、その実績を引っ提げて大将として戦うにあたって、校内で戦っていたほどの動きがサマになってない。体調が悪いわけでもないし、怪我をしてるわけでもない。とにかく初戦、慎重になりすぎて、二本勝ちでも良かったところを一本勝ちで終わらせてしまった。


 夏野先生、大激怒である。


「なんだそのヒョロヒョロした剣道は!」


 一回戦、勝ったというのにお説教が始まった。


「いいか! 剣道ってのは心なんだよ。どんなにガタイがよくたって、どんなに技術が優れてたって、小手先で『メーン』って、やって勝てるほどヤワないもんじゃないんだぞ!」


 大声を出すことには毎日訓練している剣道部、その顧問が怒鳴るとなれば響く響く。

 ぼくは、べつにぼくが悪いわけでもないのにお腹が痛くなりそうだった。


「いいか! もっと声を出して、腹でぶつかりに行くんだ。たとえ負けたっていい。全力を出し切ったって胸張って……胸張って振り返られるような剣道しないとだめだ」


 そう言われてみたものの、二回戦、三回戦も「そんな感じっすかね」と首を傾げながらの勝利となった。常勝校のタマキタはシードなので、次からは準決勝になる。


 いよいよ緊張が重くなった。


 さて準決勝。雁行中だ。


 先鋒の遠藤先輩は安定の二本勝ち。胴と小手。できれば面が取りたいとこぼす遠藤先輩だったが、これで試合の流れができた。

 次鋒の三木先輩は一本負け。頑張ったものの面を打たれて、それっきり。


 面白くなってきた。


 中堅、湯浅。対する相手は同じ一年のホープ、佐藤だ。

 ソンキョする。構える。互いに竹刀の尖端が重なり合って、発声する。


 いきなり、飛んだ。ほぼ同時に見えた。


 しかし、旗が上がった。それは佐藤の方だった。

 キッと睨む湯浅である。もう一度、構える。今度は開始早々、小手面。湯浅に一本が入った。


 佐藤も驚くしぐさを見せた。少し苛立たしげに竹刀を振ると、最速の最終決戦にその身を置いた。

 構える。ソンキョ。このわずか二、三秒に、途方もない集中力が、注ぎ込まれた。


「勝負!」


 主審の声が朗々と響き渡ったとたん、ふたりの竹刀が面に飛んだ。佐藤の竹刀が湯浅のそれを潜り抜ける。一瞬、当たったかに見えた。

 しかしナナメの面だった。副審ひとりが挙げた旗を、残り二名が「無し」と否定した。


 ふたりはそのまま鍔迫り合いにもつれ込んだ。力任せの駆け引きが連続する。息もつく余裕もない。

 突然サッと竹刀が曲がる。佐藤の手元が半回転して、湯浅の竹刀を中心線からずらした。だが湯浅はすかさず引き面で応対し、見事に佐藤の面を、深々とあてて見せた。


 オオッ、とタマキタ一同、拍手と歓声。それはまごうことなき一本に見えた。


 ところが、いくら叫んでも、面であると主張しても、湯浅の引き面は一本にならなかった。残心が甘かったのだ、と悟った時にはもう遅い。追いついた佐藤の伸びる面が、その身長のリーチを活かした鋭い面打ちが、湯浅の隙だらけの面を打ち抜いた。


「いや、あれは湯浅が入ってただろ」


 夏野先生のぼやきが、妙に印象に残った。


 もう、これでタマキタには後がない。


 続いて久川先輩。さすがにこの瞬間に及んでは、久川先輩も緊張の強張りがあった。無言で湯浅の胴に小手を押し当てる。「大丈夫だ、あとは任せろ」というメッセージが、彼のはらわたに打ち込まれた。そのまま優雅にソンキョする。


「はじめ!」


 立った。振った。叩き落とした。


 相手の手元から竹刀が弾き飛んだのだ。それで相手に反則一本。ついで負けじと飛びかかる相手の竹刀を、巧みな足捌きで交わしつつ、緊張する連続、ふと途切れたとたんに小手面が鋭く踊り込んだ。

 すたーんッ! と誰もが言い訳しようのないきれいな面一本、そのまま第二戦でも似たようなことの繰り返しでの圧勝だ。


 これで勝負はリセットされたも同然だった。


 とにかく、勝つしかない。一本勝ちでもいいから、勝つ。この最後の希望と言うべき重荷をどんの背負った黒崎先輩の背中は、ふしぎと小さく見えてしまった。

 剣道選手は、分厚い衣を着る。防具を着るし、面をかぶる。だから選手の顔は、よほどの視力がないと確認しにくいものだった。


 しかし黒崎先輩は、つばひとつ出てこないぐらいにはぐらついていた。滅入っていた。あとから聞いた限りだと、そういうことらしかった。


 ソンキョ、試合開始。


 立ち上がって間も無く打った面。ずるっと左足が滑って若干前のめりになる。そこを手嶌は見逃さない。すたんと引き面で応対し、一本取られる。


「何やってんだ!」


 夏野先生が怒鳴った。それで空気が変わった。


 ふたたびソンキョ。そして──


「胴あり」


 今度は黒崎先輩が胴を当てた。手嶌が攻めに出たとたん、それを迎え撃つように抜き胴を打ったのだ。


 さあ、勝負である。緊張もひとしお。


 立つ。打つ。返し。引き面。追う。追われる。鍔迫り合い。

 にじり寄る駆け引き。面金と面金がぶつかり合い、甲高い発声と低い声とが混じり合う。声を出して声。三木先輩が掛けた声も、試合の中ではひとつの静寂に溶け込む程度の弱々しい一声に過ぎなかった。


 鍔迫り合いが離れた。離れつつあるその一瞬で、騙し討ちでもするみたいに手嶌の面が突っ込もうとした。

 しかし黒崎先輩の構えはブレない。手嶌は突きダレの部分に剣尖をぶつけ、仕方なく引き下がるしかなかった。


 だが。


 そこを黒崎先輩は見逃さない。


 左足で蹴る。右足が地面に付く。音が二重に鳴った。深い音と振動。そして──


「面あり」


 ついに雁行中に勝利した。タマキタは、これで秋の県大会に出ることができる!


 良かったという声と、ハラハラさせやがって、という声が入り混じる。そんななか、夏野先生だけはいまひとつ納得いかないという表情をしていた。


 ちなみに、決勝戦は圧勝である。唯一大将だけが負けたことを除いては。

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