009 おとぎの世界の問題児
いばら姫の遅刻騒ぎで中断した臨時会議。
「では、先程の話の続きを」
マーレンが改めてといった感じで背筋を伸ばした事で会場内は一気に真面目な雰囲気を取り戻した。
「ニュースになったのでご存知かと思いますけれど、先日ヒーロー組合とヴィラン組合。そして私達ヒロイン組合の代表達で合同会議を行いました」
(あ、確かにそんなの噂になってたかも。確かヴィランが参加した事が大きくニュースに出てたような)
マリエッタはついうっかり忘れていた記憶を思い出す。
そもそもヴィランズとは悪役達の総称だ。つまり、ヒーローやヒロインからすれば「憎き敵」と言える存在。だから今までヒロイン組合はヒーローズと連合は組めど、ヴィランズと同じ席につく事はなかった、というのがこの世界の常識だ。
勿論場合によっては本編終了後、それぞれの世界でお互い残されたこれからの人生を思い、かつてのあれやこれやを水に流し正義と悪が和解する国もあるらしい。しかし大抵のヴィランズはひっそりと新たな悪事に手を染め、死ぬまで悪役で有り続ける事が多いと言われている。
(私達だって何だかんだ言って、今思えばヒロインとしてこうあるべき。そうやって知らぬ間に洗脳されて生きてきちゃったからな)
きっとヴィランズも悪役として悪い事をしていないと落ち着かないのかも知れないとマリエッタは勝手にそう思っている。
「皆様もニュースを見てさぞかし驚かれた事だと思います。あのヴィランズと私達ヒロイン、そしてヒーローズが同じ席についたのですから。私自身こんな日が来ることも、そしてその歴史的な瞬間に自らが立ち会う事になるだなんて、全く想像していませんでした」
マーレンが複雑な表情を浮かべる。
「事情を知らなければ、おとぎの世界が平和に向かう。そう思われるかも知れません。けれど実際は、敵対するヴィランズと手を組まなければならないほど大きな問題がこの世界にもたらされているからです」
きっぱりとそう口にしたマーレン。どこか緊迫した雰囲気に、シンと鎮まりかえる会場。
「先程私は常に世界は変化し続けている。そう口にしました。その変化の一つが皆様ご存知「悪役令嬢」です。そして現在彼女達の存在が私達だけではなくヒーローズ、そしてヴィランズをも脅かす存在になっているのです」
マーレンの口から飛び出した言葉。その言葉を受け今まで何処か自分とは関係のない遠い話だと、そんな表情で話に耳を傾けていたヒロイン達の顔つきが一気に変化する。そして会場がざわつき始めた。
「悪役令嬢がヴィランズを脅かす?」
「でも、悪役って名乗ってるくらいだから悪役令嬢達はヴィラン側なんじゃないの?」
「そうよね。悪役令嬢がヴィランズと手を組んだという話ならわかるけど……」
「だけど、ヒーロ組合とヒロイン組合がヴィラン組合と合同会議をしたのは事実」
「どういうこと?」
最後のヒロインの戸惑いの声に一斉にみんなが頷く。
まさに「どういうこと?」という状況だからだ。
「今回問題になっているのは、私達も以前から問題視していた乙女ゲーム設定界隈における、のっとり系悪役令嬢の存在です」
マーレンがきっぱりとそう言いきった。
「あーそれ最悪なパターン」
「ほんとあの人達は、運命を捻じ曲げて世界を滅茶苦茶にするんだもの。酷いわよね」
「あげくヒロイン気取りなんだもの」
「こっちは歴史があるヒロインという存在なのに」
マーレンの言葉に胸にピンク色をした苺型のモチーフがついたペンダントを下げているヒロイン達が同調する。乙女ゲー界隈の住人達だ。
「実は私もヴィランズの代表、クイーン・グリムヒルドに聞くまで知らなかったのですが、そもそも乙女ゲー設定界隈で悪役令嬢の存在はおとぎの国の創造主である神により、不必要とされているという事実があるそうです」
マーレンの告白にヒロインたちが一斉に言葉を失った。会場内は異様な静寂に包まれる。
「マーレン姫。だったらなんで乙女ゲー設定界隈にあんなにのっとり系悪役令嬢が多く存在しているのですか?」
「そうですわ。あたかも最初から存在していたかのように振る舞い、本編で私がヒーロ達を攻略する邪魔をしてきていましたわ」
「だからこそのっとり系って事なんじゃない?」
(確かにそうかも)
マリエッタも密かに同意する。
でもだとしたら、やっぱり誰かが口にしたように一体何の力が働いてのっとり系悪役令嬢が生まれでてきてしまったのか。そこが気になる所であるとマリエッタは一丁前に腕を組んでみた。
「クイーン・グリムヒルドによると、現在おとぎの世界における乙女ゲーム設定界隈には迷い人による影響だと考えられる事例が多数報告されているとの事です」
「迷い人って、おとぎの世界以外からこの世界に入り込む人の事ですよね?」
「そうです。おとぎの世界で自然に淘汰され消えていく物語の代わりに新しい物語が神より生み出される時、時折発生する時空の歪みに紛れ、この世界に紛れ込んでしまった存在。その者の干渉により本来であれば、悪役令嬢なる者が存在しない平和な乙女ゲー設定界隈に悪役が誕生してしまった。クイーン・グリムヒルドはそう言っていました」
(なんてこと!!)
マリエッタはあまりの驚きでズルリと椅子から転げ落ちそうになった。
そして隣を見るとメアリーヌもマリエッタ同様、椅子からズッコケていた。
(まさか……)
マリエッタは慌てて会場を見渡すと、自分と同じようにズッコケているヒロインを何人か見つけた。
「ふぅ、こんな時までコメディの呪いが発動するなんてね」
姿勢を正しながら苦笑いするメアリーヌ。
その言葉を聞いて確信した。
(どうあがいても私はコメディ界隈!!)
マリエッタはもう運命に抗うまいと体を正す。
「でも悪役がこの世界に増えたらそもそもヴィランズは仲間が増えたと喜ぶのではないですか?」
「うん、そうだよね。なのに何で私達やヒーローズと手を組もうだなんてしてるのかしら」
「まさか、懲りずに悪巧みを考えているとか」
「やだ、また戦う羽目になるの?折角魔女を倒して平和になったのに……」
「そうよね。私もようやくヒーローと密月に突入出来たから、これから第二の人生を剣をおたまに変えてエンジョイしようと思っていたのに……」
主に肢の部分に苺の模様が入った剣が交差したペンダントをぶら下げているヒロインたちがげんなりとした声を発している。
(そっか、あのヒロインたちは来る日も、来る日も戦闘で気の抜けない日々を送っていたんだもんね)
心中お察し致します。ヒーローと平和な密月を過ごせますように……とマリエッタは心で声をかけておいた。
「クイーン・グリムヒルドによると、現在迷い人を代表とする非合法の悪役令嬢組合の存在がおとぎの世界に確認されているそうです。しかもそこでは、本来悪役令嬢と何ら関係のないおとぎの世界の住人を集め、洗脳し、そして悪役令嬢として育て上げていると噂されているそうよ」
(まさか、ディアーヌもそうなんじゃ……)
マリエッタの頭に赤髪ツリ目のディアーヌの顔が浮かぶ。
「なんてこと」
「あ、もしかして本編終了後に発生している悪役令嬢って……」
「そう言えば、本編では名前すら出てこなかった子がいきなり悪役令嬢と名乗り私のヒーローに色目を使い始めたの。そうよ。おかしいと思った」
(そのパターン。私とほぼ同じ)
そしてマリエッタはふと気付く。
(きっとあの子も私と同じ理由で意地悪をされているんじゃ……)
マリエッタの視線の先には先程「突然悪役令嬢と名乗る子がヒーローに色目を使っている」と申告したヒロインがいる。そしてその子の髪色もマリエッタ同様ストロベリーブロンド。
(最近のヒロインはストロベリーブロンド率が高い。だからストロベリーブロンドの髪色の子を敵認定するように洗脳すれば、かなりの確実でヒロインに悪役令嬢を当てられる)
でもその方法だとヒロインと関係ないストロベリーブロンドの一般人まで巻き込む恐れがある。
(まさか無差別テロ!?)
なんて恐ろしいのだろうとマリエッタは愕然とした。
「そもそもこの世界では、私達正統派ヒロインがもれなくヒロイン組合に所属しているように、ヴィランも全員クイーン・グリムヒルドが代表を務める由緒ある……何だかムズムズするわね。とにかく昔からあるヴィラン組合に所属する事が決められています」
マーレンが厳しい顔でこの世界の掟らしき物を口にした。
「けれど悪役令嬢はそこには所属せず独自のルートで悪役令嬢をこの世界に新ジャンルとして見境なく増やしているそうです。しかも本編終了前より秘密裏に目ぼしいおとぎの世界の住人と接触しているという情報もあるそうです」
「でも、本編中に各組合がその国の住人に接触する事は、おとぎの世界の法律で禁じられていますよね」
「そうよ。本編に悪影響を及ぼしかねないし」
「それに、改編されてしまう恐れもあるわ」
(なるほど。だから最近本編を終えた私にヒロイン組合から手紙が来たというわけか)
マリエッタは今ここに自分が招かれている理由をようやく理解できた。
今思えばではあるが、マリエッタは日常系コメディ界隈の住人だったせいもあり、とても小さな世界でドタバタした生活を送っていた。
けれど念願かなってマリエッタはグレアムに中庭に呼び出された。
(私はあの時、きっと告白されるとドキドキしていて)
そして途中で何かが割れたような感じがした。
(そしたらいきなりディアーヌ様に髪色でイチャモンをつけられ……あっ)
「まさか、ディアーヌ様が私に髪色でイチャモンをつけているのって、そもそも悪役令嬢組合に洗脳されていたから!?」
「どうしたのよマリー。まるでミステリー界隈のヒロインみたいよ?」
メアリーヌが冗談めかしてそう口にした。
「流石コメディ界隈。ツッコミが冴えてる……じゃなくて。あのね、本編終了後だと思うんだけど、間髪置かずに私の前に悪役令嬢と名乗る人が現れたの」
「ディアーヌって子ね?」
「そう。本編終了後に感情や行動のリミッターが解除されたとしても、間髪置かずに私を責めてくるのは辻褄が合わないと、今までずっとモヤモヤしていたんだけど……」
「なるほど。もしディアーヌが本編中に悪役令嬢組合に接触されて、それで洗脳されていたとしたら、リミッターが解除された途端、悪役令嬢として目覚めてもおかしくないって事ね?」
「うん。謎が一個解けたみたい」
「おめでとう、名探偵マリー」
スッキリとした顔でメアリーヌと微笑み合うマリエッタ。
「長々と話しましたが、これ以上被害が大きくなる前にヒーロ組合、そしてヴィラン組合と共に、私達ヒロイン組合は悪役令嬢組合と正々堂々と戦う事を宣言します」
マーレンの堂々とした宣言は大きな拍手に包まれた。
「これからどうなるんだろう」
周囲が歓喜とやる気に湧く中、難しい顔をして静かに手を叩くメアリーヌにマリエッタは気付いた。
「あー、そっか。メアリーヌの所は上手くいってるもんね」
「うん。あの子と敵になるのはちょっと嫌かな……」
いつも明るいメアリーヌは流石に沈んだ表情になっている。
(えーとこういう時に友人を励ます言葉は)
マリエッタは頭の中でヒロイン語録の詰まったページをめくる。
「メアリー、私達ヒロインは色々試練を与えられるけどさ」
「うん」
「でも、圧倒的にハッピーエンドが多いから大丈夫」
「……そっか。そうだよね。それに私達って」
マリエッタの言葉を受けたメアリーが胸から下がる苺柄のユニコーンを見つめる。そしてそれからマリエッタに吹っ切れたような笑みを向けた。
「「安心、安全コメディ界隈だしね!!」」
もうずっと昔からの親友だったように、マリエッタとメアリーヌの元気な声が不思議とピッタリ揃ったのであった。