008 ヒロインによるヒロインの為の臨時会議
「見た目は」
「可憐」
「心は」
「勇敢」
「悪役に」
「狙われたって諦めない」
「ピンチな時も」
「いつでも笑顔」
「だってそれが」
「ヒロインだもの」
パステルカラーのドレスに身を包む可憐な乙女達の声が響く会場。
中央に向かって段差になり左右に向かい合うグリーンの座席。その一つにマリエッタはメアリーヌと共に仲良く腰を下ろしていた。
(心が洗われる……)
マリエッタは配られた『ヒロインの心得』という教本内容を仲間と一緒に読み上げながら、心に渦巻くあれこれがスッと軽くなり、世界がバラ色に染まった気がした。
現在マリエッタは無事『ヒロインがヒロインであるために』というヒロインによるヒロインの為の臨時会議に参加している。
(臨時会議に参加出来たのはグレアムのお陰)
マリエッタはグレアムに心で感謝しつつ、ドレスをプレゼントしてもらった日に思いを馳せる。
『今までマリーに何にもプレゼント出来なかっただろ?だから受け取って欲しい』
『えっ、でも私はグレアムに沢山元気をもらったよ?』
『……マリエッタ。元気も大事だ。けどな、それより大事なのは金だ』
『…………』
今まで極貧生活を長いこと強いられていたせいか、典型的な成金坊っちゃん化したグレアム。その姿に呆れながらも「確かに元気は換金出来ない」とふと頭に思い浮かんだマリエッタ。
(完全に毒されている気がする。やっぱり魔界の王子様が醸し出す邪の気に当てられているのかな、私)
とてもヒロインとは思えない自分の思考に若干不安を覚えたマリエッタ。しかし結局はしっかりグレアムからドレスをプレゼントしてもらったのである。
成金グレアムがチョイスしたドレスは二枚。
一枚はグレアムイチオシ「人間の生き血色で染め上げたドレス」。例のどくろ模様の入った真っ赤なドレスである。
「卒業したら魔界の両親にマリーを会わせたいと思ってる。だからその時用って事で」
浮かれた様子のグレアムに将来の事を見据えてと言われてしまえば、マリエッタも「これは今すぐクーリングオフで」とは口に出せなかった。
そして意外な事にもう一枚は白に近いシルバーのドレスだった。
まるで夜明け前。木々の間に巣食う蜘蛛の巣を潤すように降りた朝露。その朝露が朝日を浴び美しく煌めく光景を連想させる――などど誰もがうっかり詩人になってしまうきめ細かい手触りも抜群な美しいドレス。
マリエッタはそのドレスに文句なしに見惚れ、グレアムの趣味を疑った自分を深く反省した。
『素敵なドレスをありがとう』
『だろ?グレートスパイダーシルクの糸を使用しているらしいから、こっちの世界ではわりと貴重だし、何より防御力が半端ないから』
『えーと、グレートスパイダーって口から糸を吐き出す蜘蛛の糸みたいな模様の入った全身タイツ姿の魔人で合ってる?』
『うん。合ってる。あいつらは副職で自らの身を削って吐き出した糸で結構稼いでるらしい。儲かるもんだからやりすぎて死ぬやつも多いとか。だから魔界では「死のシルク」とも呼ばれているんだよ、その糸は。ま、普通は人間界には流通しないけどな』
魔界事情を自慢気に口にするグレアムの言葉を耳にし、マリエッタは思った。
(そうか。身を削り口から吐いた……ね)
そんなグレートスパイダーという全身タイツの魔人が命をかけて吐き出した糸で作った貴重なドレスを身に纏うマリエッタ。
グレアムの優しさに包まれているのは嬉しい。けれど内心「魔人の吐いた糸に包まれてるのね、私」という複雑な思いを抱え臨時会議に参加しているのである。
「ではヒロインの皆様、ここで今日の議長をお呼びしたいと思います。マーレン姫ですわ」
全国ヒロイン組合の代表シンデレラが一人の女性を手招いた。
「お久しぶりですわ、シンデレラ」
シンデレラの名を口にしたのは、シンデレラと同じような青いドレスに身を包み、ふわふわとした艷やかな黒髪を揺らしながら現れた女性だ。首には肢の部分に苺の模様が入った剣が交差したペンダントをぶら下げていた。
(わ、凄く美人。それでいて凛々しさも兼ね備えているような、素敵な人)
マリエッタは拍手をしながら、マーレンから感じる凛とした芯の強さが現れているような、そんな黒い瞳に目を奪われた。
シンデレラとマーレンはお互い向き合って膝を折って華麗な挨拶をした。
(そっか、二人ともお姫様だもんね)
ヒロインとは言え、ジャンルは多岐に渡る。
マリエッタは庶民派ヒロインなのであんな風に淑女と呼ばれる礼はとれない。
(ま、コメディだしね)
マリエッタは都合よく自分を納得させた。
「皆様、ご存知かとは思いますが、ここで私の方から簡単にマーレン姫について説明させて頂きます」
シンデレラがマーレンに小さく頷いて、それからまた口を開いた。
「こちらは王であったお父様から申しつけられた政略結婚を拒否したために、七年以上という長い間、陽の当たらぬ石の塔に侍女と共に閉じ込められていたという逸話をお持ちのヒロインです。マレーン姫はその後も様々な試練に遭遇されますが、その都度機転をきかせそれを乗り越え、最後には現在のご主人である王子殿下と結婚されました」
シンデレラがマーレンの人生を端的に説明した。
「マーレン姫の凄い所って魔法もない世界で、ヒーローに頼らず、己の努力と根性で自力で塔から脱出したって所よね。尊敬しちゃうわ」
事情通なメアリーヌがこっそりマリエッタに耳打ちをした。
「えっ、ヒロインなんだよね?」
「そう。ヒロイン。しかも塔から逃げ出す時にパン切りナイフで塔のレンガを接続しているモルタルをガシガシ叩いて削るという荒業。本当に格好いいのよ」
(モルタルをガシガシ叩く!?)
「しかも、しかもね。侍女と交代で三日かけて穴を開けて外に出たら……」
「なになに?」
「国が滅びてたって言う……」
「ヒロイン補正、どこいった!?」
「ま、とにかく凄いヒロインなんだよ、マーレン姫は」
メアリーヌはまるで恋する乙女のようにうっとりとマーレンを見つめる。
その横でマリエッタも確かに自分の知るヒロインの中では最強かも知れないとマーレンに尊敬する眼差しを向けた。
「皆様、こんにちは。私はマーレンです。ご存知かとは思いますが、現在私はおとぎの世界ヒロイン組合において、バトル系ヒロイン達を中心に結成されたヒロイン防衛部の隊長を勤めています」
マーレンの口から飛び出した言葉にマリエッタは驚く。
「防衛部?」
「そう。戦うヒロインを集めた精鋭部隊。主にヒロインを取り巻く環境の治安維持に努めている所よ」
「なるほど」
「本編終了後の一年は、ほんとビックリする事ばかりだよね。でもそのうち慣れるから大丈夫だよ」
メアリーヌはマリエッタの顔を見て、優しく励ましてくれた。
(ヒロインってやっぱりいい子ばっかり)
マリエッタも見習わなくてはと背筋を伸ばし、部屋の中央。一番低くなった議長席に立つマーレンに集中した。
「一昔前は、いばら姫、白雪姫と言った、白馬に跨ったヒーローを待つと言った、受動態型ヒロインがもてはやされていました。勿論私達ヒロインは現在も自ら働きかけなくとも、ヒーローに選ばれるヒロインをヒロインたる原点だと誇りに思っています。けれど――」
マーレンはそこで言葉を切った。会場に集まるヒロインたちの注目がマーレンに集まる。
「時代は必ず変化します。その結果、人々がヒロインに求める価値観も多様化し、現在は様々なタイプのヒロインが世の中に必要とされる時代になりました」
マーレンが自身の言葉を肯定するように、会場を埋めるヒロイン達の顔を隅から隅まで、確かめるようにゆっくりと見回した。
「良かった。私やマリーみたいなおとぼけお笑い要員にも、ちゃんと需要あるって事だよね」
「うん」
マリエッタとメアリーヌはお互いの顔を見合わせ微笑みあう。
「そして、その変化は私達だけではなくヒーローやヴィランにも言える事。そんな中、先日歴史を揺るがす大きな出来事がありました。皆様お分かりでしょうか?」
マーレンがヒロイン達に問いかけた。
とその時、バタバタと部屋に滑り込む一人のヒロイン。
「ごめん、寝てた!!」
輝くブロンドにピンクのドレス姿。これまたとても上品で美しい女性だ。
何故か目の下に色濃く現れている隈が気になるところではあるが、徹夜明けでうっかり寝坊したのだろうとマリエッタは推測した。
「いばら姫……あなた遅刻よ。古参プリンセスをまとめる役、今期はあなたなんだからしっかりしてよ」
「ごめーん。でもさこの前の会議で緊張したせいか、あの後うっかり三日ほど眠り込んじゃって。その挙句いま昼夜逆転してるのよ」
マーレンに叱られたいばら姫が顔の前で拝むように手を合わせ謝罪しつつも、しっかりと言い訳を口にした。
「だらけすぎよ」
「マーレン、そのくらいで勘弁してあげて。いばら姫の取り柄はいつでもどこでも眠れる事なんだから」
シンデレラがたまらずといった感じで仲裁に入る。
「それにしたって限度があるわよ。三日も寝てるなんて、どんだけ寝不足なのよ」
「たかが三日じゃない。私は本編でお父様とお母様のうっかりのせいで、百年も眠る羽目になった記録もちなんだから」
(あー確かに。いばら姫と言えば誕生パーティにその国に十三人いる魔女のうち、うっかり一人だけ呼び忘れて、その魔女から逆恨みされて百年のお昼寝だもんね)
マリエッタは先輩ヒロイン、いばら姫を取り巻く物語の事情を思い出す。
「自慢にならないから」
「いいえ、自慢だわ。何故なら最長お昼寝記録として、おとぎの世界におけるギネス世界記録に申請中なんだから」
いばら姫が得意げな顔で胸を張った。
「ほら二人共。ヒロイン歴が長いのだからみんなのお手本にならなきゃ。いばら姫座って。マーレン姫は続きを」
シンデレラが慣れた様子でその場を収拾した。
(流石、世界一有名なヒロイン様だ)
マリエッタは本編終了後もなお、苦労性らしいシンデレラに尊敬の眼差しを向けたのであった。