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007 想いが先に進めない

 その日マリエッタはまたもや、寮の自室でヒロイン組合からの手紙を前に頭を悩ませていた。


『なすのへたみたいな髪型をした冴えない初恋の彼は魔界の王子でした――重すぎる愛に今更気付いた所でもう遅い天然娘の大冒険――。


 ヒロイン――マリエッタ・イーストン様


 拝啓、マリエッタ様におかれましては益々のご清祥のこととお慶び申し上げます。

 先日は悪役令嬢対策会議にご参加下さり、誠にありがとうございました。


 つきましては『ヒロインがヒロインであるために』をテーマとした臨時会議を開催いたしますのでお知らせ申し上げます。


 日時:毒りんご半かけ日和

 持ち物:所属を示すヒロイン組合ペンダント

 備考:ドレスコードあり。※ヒロインらしいドレスでご来場下さい。


 多忙の折、誠に恐縮とは存じますがご出席方ご高配賜(こうはいたまわ)りますようお願い申し上げます。なお、ご参加をいただける場合はいつも通り、鏡を通し会場へ直接起こし下さい。


 ヒロイン皆様のご参加をお待ちしております。敬具。


 おとぎの世界ヒロイン組合より』


(んー。臨時って事は何かあるって事だし気になる。でも行きたいけどドレスかぁ……)


 マリエッタは頭に乗せたタオルでワサワサと髪の毛の水分を拭き飛ばしながら顔を顰める。

 現在学生であるマリエッタは国からの奨学金で魔法学校に通っている。

 成績優秀者に支給されるその奨学金の中には生活費も含まれており、毎月決まった額が支給される。しかしそれは必要最低限。僅かばかりの額だ。


(コツコツ溜めたお金は確かにある)


 マリエッタは日々節約の鬼と化し、その僅かばかりの生活費をいざと言う時の為にと毎月貯蓄している。


(でもドレスなんて普段あまり着ないし……)


 マリエッタはクローゼットを開ける。

 中には薄いシルバー色のドレスが一枚、忘れられたように端っこにかけられている。三段レースのついたそのドレスは時代遅れのデザインだし、良く見るとオーガンジーのリボンの端にほつれが確認できる。


(駄目だ、恥ずかしい)


 前回参加した時に目にしたヒロイン達が身に纏うドレスを思い浮かべ、圧倒的にダサいとマリエッタは苦い顔になる。


(それにドレスを新調するのは働いて自分で稼いでからって決めてるし)


 孤児院で育ったマリエッタは贅沢を知らない。

 だからこそ、自分の贅沢の為にお金を使う事にためらいを覚えがちだ。

 それに自分がコツコツ溜めたお金はお世話になった孤児院の先生や、今なお孤児院で暮らすちび達の為に使いたいとマリエッタはついそう思ってしまうのである。


「今回はパスかな」


 ヒロイン友達になったメアリーヌに会いたい気持ちはある。けれどそのためだけにドレスを新調するつもりはない。


「それにメアリーだってお料理で忙しいかも知れないし。なんせ国民の食生活がかかっているんだもん」


 参加を諦める理由をわざとらしく口にし、マリエッタはヒロイン臨時会議への参加をきっぱりと断念した。そしてクローゼットの扉をパタンと閉める。


「さ、明日の予習しておこっと」


 そう言ってくるりと振り返りマリエッタは驚いたのち、その目をジトリと細める。


 何故ならいつの間に侵入したのか、マリエッタのベッドの上には我が物顔で寝転ぶグレアムの姿があったからだ。しかもうつ伏せになって雑誌に目を通しているという、リラックスっぷり。


「グレアム……一応私は年頃の娘なんだけど」

「大丈夫、俺も年頃の魔族だから」

「だから余計に駄目だと思うんだけど。それに女子寮は男子禁制な筈だけど?」

「でもみんなわりと彼女とか婚約者と密会してるみたいだせ?朝帰りとか平気でしてるし」

「は?」


(ちょっと乱れすぎじゃない?)


 マリエッタはもっと健全なる魔法学校生活だったはずと思い。


(あぁ、本編終了でリミッターが解除……)


 その事に気付いてため息を漏らす。

 どうやら本編終了に伴う解き放たれた開放感はヒロインやヒーローだけの特権ではないようだとマリエッタは複雑な気持になる。


「ドレスなら俺がプレゼントしてやるよ」

「えっ?」

「本編中はお前に魔族ってカミングアウト出来なかったから贅沢させられなかったけど、実際の所俺は将来魔王になるわけで、ぶっちゃけ金持ちなんだよね」

「お、おう」

「つまりマリーは玉の輿に乗ったってわけ。だからもう我慢すんな。欲しい物があったら俺に遠慮なく言えよ」


 グレアムは雑誌に視線を落としたままサラリと金持ちアピールをした。


(これって、確実に駄目な王子まっしくらなんじゃ……)


「失礼な。俺は生まれた瞬間人間界に落とされたわけで、ある意味育児放棄された可哀相な魔族なんだが。でもま、本編終了後、わりと親とは自由に会えるようになったんだけどな」

「そっか、よかったね」


 口では喜ぶようなフリをして、実際はグレアムのはずんだ声に少しだけ嫉妬してしまうマリエッタ。


(グレアムにはちゃんと家族がいて、帰る場所があるんだ。いいな)


 それは喜ぶべきことだとマリエッタは頭では理解している。けれど、心では何処か一人取り残されたような気がして寂しい気持ちになってしまうのだ。


「違うだろ。俺の家族はお前の家族だ。だって俺はお前と結婚するつもりだし。マリーだってそうだろ?」


 マリエッタに顔を向け、グレアムがプロポーズとも思える言葉を口にする。


「え、あ、うん。ありがとう。嬉しい。勿論グレアムと結婚したい……んだけど」


 何故か手放して喜べないと思ってしまうのである。

 そしてそう思ってしまうその現象にマリエッタは心当たりがあった。


 それは肝心の「俺はお前の事がすきだ」の決め台詞をグレアムからまだ一度も聞けていないからに違いないと。


 その言葉を受け「おしまい」となるはずだった本編。

 しかし同じタイミングで何故か少し早めに覚醒してしまったのか、ディアーヌが割り込んで来たせいで、グレアムが「好きだ」を口にしようとする度、まるでそれを阻止するかのようなトラブルに見舞われてしまう。


 つまり、グレアムの「好きだ」を確認してから二人の第二の人生。いわば続編とも言える何の制約にも捕らわれない二人のラブストーリーが始まるはずなのに、マリエッタの心は「グレアム好き」で止められているのである。

 だから何処か心にブレーキがかかったまま、どんどん二人の関係性だけ先に進もうとする現実に納得出来ず、未来も想像しにくい。


(でも、私はグレアムが好き)


「うん、ありがとう」


(だけど、あの言葉を聞かないとこの先に進んではいけないと、心が訴えかけている……気がする)


「あの言葉?あー、いつも言いかけて、最後まで言えないやつか」


 グレアムが苦い顔をマリエッタに向ける。


「確かにあれは酷い」

「そうなんだよ。それに多分私の中ではあの言葉を聞かないとグレアムに対する気持ちのリミッターが解除されないようにできてるっぽい」

「まじかよ……ヒロイン補正っていうか、そっか全年齢対象のままだもんな」

「なにそれ?」


 新たな言葉にマリエッタは首を傾げる。


「ふむ。実際にやってみた方が早そうだ。マリー。ちょっとここに座れ」


 ベッドから起き上がったグレアムがポンポンと自分の脇を叩く。

 それを見てベッドに座れと指示されていると悟ったマリエッタは素直に従い、グレアムの隣に座る。するとグレアムはマリエッタに顔を近づける。


「えっ、何?」

「いいか、見てろ」


 グレアムがマリエッタの顎に指を添え、クイッと顎を持ち上げた。

 そして眼鏡を外し、魔界の王子ぶった美しいグレアムの顔がマリエッタに近づく。

 グレアムの吐息をマリエッタはかつてないほど近くに感じドキリとする。


(つ、ついに大人の階段を!!)


 マリエッタが覚悟と期待を込めしっかりと目を閉じた時……。


 パリンとガラスが割れる音がして、それからゴツンと鈍い音が静まり返った部屋に響く。


「いてっ!!」


 グレアムの痛そうな声でマリエッタはパッと目を開ける。

 するとグレアムは頭を抱え、ベッドの上で半身を折って身悶えていた。


「だ、大丈夫?どうしたの?」


 マリエッタはグレアムの背中をとりあえず擦る。

 そして気付いた。ベッドの上に転がる氷の塊の存在を。ついでに頬に当たる外からの風にも気付き窓の方に顔を向ける。するとマリエッタの部屋の窓に大胆にも大きく穴が空いていた。


「え、何で?」


 マリエッタが動揺している間に、床に落ちた割れたガラスが浮き上がりまるでパズルをはめ込むように、所定の位置にピタリと戻って修復された。


(誰?投げ込んだの)


「俺を殺す気かっての。マリー窓の外見てみて」


 マリエッタはポカンとした顔のまま氷の塊を持ち、グレアムに言われた通り魔法で修復された窓に近づく。そして窓の下を覗き込む。


「あ、すみません。魔法の練習してたら暴発しちゃって」


 窓から顔を出すマリエッタに「ごめん」といった感じで両手を合わせるのは、魔法学校の詰め襟の制服に身を包む男子学生。


「あー。大丈夫です。これ返しますね」


 マリエッタはポイと三階にある自室の窓から氷の塊を投げ捨てる。


「ありがとうございます。ってほんとすみません」


 氷の塊を見事魔法でキャッチした男子学生。

 最後に頭を下げると暗闇の中に消えた。

 マリエルはその姿を確認し窓を閉めグレアムに向き直る。


「な?わかったろ」


 苦笑いをしたグレアムが自分に回復魔法をかけながらそう口にした。


「えーと」

「本編最後。邪魔が入って俺がお前に告白するぞってとこで終了。あとはご自由にご想像下さいなんて感じの終わり方をしてただろ?もしかしたら本当は俺がお前にちゃんと告白して、それからキスくらいして終了するはずだったのかもしんないけど、ぶつ切れで終わった状態が続いてる」

「ディアーヌ様のせい!!」

「そ。俺の最後の決め台詞である、あの言葉を口に出来ない状況は絶対にあいつのせいだ。あの言葉がきっと俺達が先へ進める為のキーなんだと思う。だけど俺はそれを口に出来ない。だから至極健全な俺たちの世界「天然なす」の縛りが続いてしまっていて、キスすら出来ないわけ」

「!!」

「しかしまずいな。永遠にこのままじゃ、俺はマリーにキスも出来ないって事だよな」


 グレアムが至極真面目な顔をしてそう言った。

 何だか恥ずかしい。だけど確かにそうだ。このままでは大好きな人とキスも出来ない。


(今はまだそれでもいいけど……)


「良くない。俺は今だってお前に触れたいし、キスしたい」

「お、おう」

「とりあえず今はこんな状況だけど、俺があの言葉さえ口に出来ればきっとこの先に進めるはずだ。つまり諸悪の根源は……」

「ディアーヌ様ね?」

「うん、絶対そうだ。つーか、ぶっ殺す」


 マリエッタにはグレアムがとても残念な感じに見えた。


(でも好き)


 その気持ちは揺るがない。


「うん、俺もマリーを愛してる。おっ、この人間の生き血色で染め上げたってドレス。マリーに似合いそうなんだけど。どう?」


 グレアムが先程まで読んでいた雑誌の見開きをマリエッタに向ける。


(えっ、ドクロ模様のドレスなんだけど)


「まじでクールだよな。どくろ。絶対マリーに着せたい。このドレス」


 雑誌に掲載されたドレスに甘い視線を向けるグレアム。

 どうやら既にマリエッタがそのドレスを着ている姿を想像しているようだ。

 そんなグレアムを見てマリエッタは思う。


(早く何とかしなきゃ……)


 半目になりながら、グレアムの趣味嗜好がおかしくなったのは絶対にディアーヌのせいだとマリエッタは恨みがましく思った。

 そしてもう何でもいいから一刻も早くグレアムから「好き」その言葉を聞きたいとマリエッタは切実に願ったのであった。

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