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049 さようなら悪役令嬢

 今日はとうとうユミリアとフェリクスが時空パトロール隊によっておとぎの世界ユーカリの木バージョンに追放という名の帰還をする日だ。


 ヒロイン組合の苺まみれの玄関口でマリエッタはグレアムと共にユミリアとフェリクスに最後のお別れをしている。


 というのも、どうしても渡したい物があったからだ。


「これ、よかったら」


 マリエッタは真っ赤な布に包まれた大きな物体をユミリアに差し出す。


「なにそれ?」


 ユミリアがマリエッタが差し出した物体に怪訝な顔を向ける。


「悪役令嬢ちゃんセットです」

「まさかキグルミの?」

「はい。もう私達の世界に悪役令嬢はいらないので」


 マリエッタは自慢げに微笑んでユミリアに赤い布に包まる悪役令嬢ちゃんを差し出した。


「えっ、いらないんだけど」

「遠慮せずどうぞ」

「微塵も遠慮してないけど」

「そんな事言わずにどうぞ、どうぞ」

「だってそれ、なまはげそっくりだし」


(またでたよ、なまはげ)


「あの、ずっと気になっていたんですけど、そのなまは――」


 ずっと気になっていた「なまはげ」。その事を最後に聞こうとマリエッタは口を開いたがフェリクスによって阻まれる。


「ユミリア。有り難く頂戴しておこう。全てを失いゼロからスタートするのが私達だ。赤い包みのそれが何か僕にはわからない。けれどいつかきっと役に立つ。そんな気がするんだ」


 フェリクス様がキラリンと王子スマイルをユミリアに向ける。

 それからマリエッタの手から悪役令嬢ちゃん一式を受け取ってくれた。


「君には色々と世話になったね。もし迷い人になったら是非、おとぎの国ユーカリバージョンに立ち寄ってくれ。その頃には今よりきっと君達にいい報告が出来ると思うから」


 フェリクスがそう口にしてマリエッタにも輝く王子スマイルを惜しげもなく向けてくれた。その笑顔がとても幸せそうで、だからもうなまはげはいいやとマリエッタは思った。


「おい、変なフラグ立てるなよ。マリーは迷い人にはならない。何故ならここで俺とまったりのんびり暮らすんだからな」


 グレアムがフェリクスに口を尖らせる。


(全く子供っぽいんだから)


「な、なんだよ。まさかマリー、俺に愛想を尽かしたとか……」


 しょんぼりと肩を落とすグレアム。

 そんなグレアムを今度は可愛いなと愛おしく思うマリエッタ。


「ないない。子供っぽくても私はグレアムとずっと一緒だよ」

「マリー」


 グレアムがマリエッタに熱の籠もった視線を向ける。

 そんなグレアムにマリエッタは「まだその時ではない」と真面目な顔を向ける。

 ついでに「ドスコイ」と張り手をし、さかりのつきかけたグレアムを正気に戻した。


「えっ、まだグレアムってお預け食らってんの?うけるんだけど」


 怪盗ダイアがグレアムをからかう。


「う、うるさい。物事には順序というものがあってだな」

「へー、ピンクバニーちゃんにデレデレしてた君の口からそんな真面目な言葉を聞けると思わなかった」


(む、そう言えばピンクバニーちゃんの指先にグレアムはキスしてた)


 マリエッタは今更その事を思い出し、不機嫌な顔になる。


「おい、怪盗ダイア。過去を掘り返すな。ぶっ殺されたいのか?」

「グレアム、こーわーいー」


 怪盗ダイアがわざとらしく頬に手を当てグレアムを明らかに馬鹿にした。


(久々聞いたんだけど、ぶっ殺す)


 マリエッタは魔界にグレアムを迎えに行った後、わりと改心してくれていたグレアムがまたもや残念な方向に逆戻りしてしまうのかと、大きくため息をついた。


「さ、そろそろいいかしら?マリエッタさん」


 見送り要員の責任者としてこの場に立つシンデレラがマリエッタに声をかける。


(とりあえずグレアムの事は忘れて)


 マリエッタはユミリアとフェリクスに顔を向ける。


「あ、はい。ええと、ユミリアさん、フェリクス殿下。お元気で。頑張って下さい」


 マリエッタが明るい声と顔で二人に声をかけた。


(色々かき回されたし大変だったけど)


 それでも悪役令嬢ちゃんとして、量産型悪役令嬢と汗と涙の特訓をして悪役令嬢の必殺技「完璧なる淑女のカーテーシー」を身に着けた事は今後の人生に置いて無駄ではない。

 それに、悪役令嬢の存在があったからこそ、マリエッタはヒロインだったら?と立ち止まりその都度自分の行動が正しいかどうか振り返っていたような気がしている。


(より一層、自分がヒロインだって自覚が出来た)


 ヒロインとして成長出来た事。

 たぶんそれは悔しいけれど、悪役令嬢のお陰でもあるような、そんな気がしている。


(ま、私は乙女ゲー界隈のヒロインじゃないから、そう思えるのかも知れないんだけどね)


 この場に乙女ゲー界隈のヒロインは誰一人としていない。


『そりゃ、ヒロインとしては全部許して和解する。それが正しいのだと思います』

『けれど、私達は仲間を多く失った。命を失ってなくとも、悪役令嬢から受けた過剰とも思える仕打ちにより、心を病んで笑えなくなったヒロインが沢山います』

『私達乙女ゲー設定界隈のヒロインはユミリアがいなくなったとしても、悪役令嬢に都合よく改編された物語を正規ルートに戻す仕事が残されています』

『ですから、私達は見送りを遠慮させて頂きますわ』


 他ジャンルのヒロイン達に申し訳なさそうな顔で、しかしきっぱりとそう告げた乙女ゲー設定界隈のヒロイン達。


(彼女達の世界が一番、ヒロイン型ウィルスに汚染されたのっとり系悪役令嬢の被害を受けていたんだもん。仕方ないよね)


 許さない選択。

 それは誰からも好かれ愛される運命を背負うヒロインにとって、なかなか出来ない選択だ。それこそ何度も理不尽に降りかかる困難を乗り越え、それでも何とか生き抜く事が出来た、とても強い心を持った乙女ゲー界隈のヒロインだからこそ取れる選択だとマリエッタは彼女達を尊敬している。


(私ももっと強くならなくちゃ)


 マリエッタは乙女ゲー設定界隈のヒロイン達を見習おうとしっかりと顔を上げる。


「ユミリアも私も、今後はひっそりとおとぎの世界ユーカリバージョンの片隅で自分達らしい生き方を模索します。本当にお世話になりました」


 フェリクスがとても深く頭を下げた。


「あなたは今まで地位も名誉もある王子だった。そんなあなたが庶民として暮らして行くのは想像以上に大変でしょう。けれど九十八回も繰り返した愛がきっとあなたを幸せに導いて下さると思います。ユミリア様、これを」


 シンデレラがユミリアにピンク色の表紙をした冊子を差し出した。


「これは……」

「おとぎの世界、ヒロイン組合発行の「ヒロインの心得」の教本。ヒロインであるあなたにもきっと心に響く事が書いてあると思うわ。辛い時、闇落ちしそうな時、そんな時はこの本の教訓を声に出して読んでみて。きっとスッキリするから」

「わ、わかりました。なんか宗教色強すぎる気もするけど、一応、ありがとうございます」


 ユミリアが冊子を受け取った。


「闇落ちした時はこれを読むがいい。心が洗われるわよ」


 そう言ってクイーン・グリムヒルドは表紙に赤いリンゴが描かれた、真っ黒な本をユミリアに差し出した。


「ヴィランズビジュアルファンブック……しかも全ページフルカラー」


 ユミリアはクイーン・グリムヒルドから受け取った黒い本をパラパラとめくり、何故かポッと顔を赤らめた。


「その中に掲載されているイチオシイケメンヴィランズ達のせいで一部のマニアの間ではプレミア価格がついているそうよ。死にかけるほど生活に困窮した時のみ転売しても良いけど、出来れば売るんじゃないわよ」


 クイーン・グリムヒルドは念を押すようにそう付け加えた。


(何だかんだ言って、優しいよね)


 クイーン・グリムヒルドは本編で白雪姫の美しさに嫉妬し、毒りんごを使い白雪姫を毒殺しかけた悪い魔女。


(でも白雪姫もたいがいよね。小人の言いつけを守らなかったわけだし)


 自業自得な部分もあるのでは?とマリエッタは意地悪くそう思った。


「マリー、確実に俺のダークな気に影響されているぜ?でもま、そういう所も悪くないけど。というかクイーン・グリムヒルドは別に優しくはないと俺は思うな」

「え?なんで、どうして?」


 マリエッタはグレアムの言葉に首を傾げる。


「マリー、よく考えてみなよ。ヒロインの教本にヴィランズの魅力満載な本だよ?」


 怪盗ダイアがマリエッタにヒントを口にする。


「ヒロインと悪役……あっ」


 マリエッタは悪役なのにヒロインな存在を思い出す。


「そ、悪役令嬢になれと言ってるようなもんだよなってこと」

「流石クイーン・グリムヒルド様だ」


 怪盗ダイアが尊敬の眼差しを自らのボスに向ける。


「ユミリアさんは大丈夫かな?」

「ま、こいつらは今がどん底。最低値を更新中って感じだからな。これからは上昇するしかないだろ。それに流石にもう懲り懲りなんじゃないか?」

「そっか、そうだよね」


 マリエッタはフェリクスというヒーローのお陰で自分の居場所が出来たユミリアはもう悪には染まらないと、何となくそんな気がした。


「おーい!!待ってくれ」


 ヒロイン組合の正門の両脇。

 いちご畑の間をこちらに向かって走ってくるのはどうみてもセドリックだ。


「何だ、モブのくせに」

「そうだよね、モブ王子は呼ばれてないはずだけど」


 グレアムと怪盗ダイアが自国の王子に対し、全く失礼な言葉を口にする。


「はぁ、はぁ、間に合ってよかった。こ、これを」


 マリエッタの脇に並んだセドリックが差し出したのは、透明な瓶。


「あ、茄子の浅漬け」

「そう。君はこれが大好物なんだろう?」


 セドリックは息を整えながら、ユミリアに優しく微笑みかけた。


「それとこれは茄子の苗。我がリーナス王国で品種改良した、茄子の水いらずです」


 セドリックが差し出したのは植木鉢。

 小さな緑の葉が既に可愛らしく土から芽を出していた。


「茄子の水いらず?聞いた事ないけど」


 ユミリアは苗を受け取りながらセドリックに疑問をぶつけている。


「茄子は高温性の野菜で暑さにも耐え、雨にも強いので比較的育てやすい野菜です。しかし「ナスは水で育つ」といわれるくらい水分が必要な野菜でもあります。水分管理を間違えるとそれはもう大変な事になる」


 セドリックが絶望的な顔になった。


「生育が悪くなって収量が上がらないだけでなく、ツヤもなくなるし、ハダニなんかの被害が多くなるんですよ」


 言葉を失いうつむくセドリックの代わりにマリエッタが補足する。


「なるほどね。促成栽培で茄子の事は私も学校で習った記憶があるような。でこの茄子は何が特別なの?」

「茄子の水いらずは乾燥地帯で茄子を栽培したいとお困りの方向けに品種改良された、水分補給に優れた茄子。つまり初心者でも育てやすいという茄子です。どうぞこれで明るい茄子ライフを、おとぎの世界ユーカリの木バージョンでも楽しんで下さい」


 セドリックが自慢げにそう口にした。


「ありがとう。大事に育てる」


 ユミリアが小さな声ではあったが、初めて素直に感謝の言葉を口にした。


「さ、そろそろ行きましょう」


 時空パトロールの隊員がユミリアとフェリクスに声をかける。


「色々良くしてくれてありがとう。この世界はその、凄くいいと思う。じゃ!!」


 わざとらしく、けれど最後までユミリアらしくぶっきら棒に礼を口にした。


「お世話になりました」


 フェリクスが頭を下げ、そしてユミリアの手を取った。

 そして二人は時空パトロール隊の用意した、時空の裂け目に足を進める。


「お幸せに!!」


 マリエッタはユミリアとフェリクス。

 二人の背中に思わず声をかける。


「悪役令嬢ちゃん、あなたもね」


 そんなユミリアの愉快そうな声が聞こえ、二人は時空の裂け目に消えていった。


「もう、私はヒロインなのに」


 マリエッタはぷくぅと頬を膨らます。


「ほら、そこは私達、なんと言ってもコメディ界隈のヒロインだから」


 メアリーヌがマリエッタにいつもの通り、的確なツッコミを入れたのであった。

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