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044 当たって砕けろ!!

「そもそも婚約してないし……」

「俺はお前と婚約破棄をする」

「グレアム、わかってるよ。口にしたくないのね」

「俺はお前と婚約破棄をする」


(あぁ、グレアムが壊れちゃった)


 グレアムの顔は苦痛に歪んでいる。

 神の創作ノートによって心を無理矢理捻じ曲げられている証拠だ。


(でも悪役令嬢を作り上げたパターンに当てはめると)


 この状況が長く続けばまずい事は確かだ。

 例え今グレアムの本心が「婚約破棄はしたくない」だとしても、自ら何度も「婚約破棄をする」と言い聞かせる事によって、いずれ本当にそう思い込んでしまうだろう。


(やっぱり神の創造ノートは恐ろしい)


「マリー調子はどう?って、あ、グレアムは駄目か」


 怪盗ダイアがマリエッタの元に駆けつけた。そして口元に手を当てるグレアムを見て全てを察したようだ。


「マリエッタ君。あぁ、グレアムは駄目か」


 セドリックもマリエッタの横にいるグレアムを見て察してくれた。


「とりあえず、問題はあそこで勝ち誇って大笑いをしている迷い人をどうにかしないとだけど」

「怪盗ダイアが盗めば良くない?」

「俺はお前と婚約破棄をする」


 マリエッタが喋った途端、グレアムがすかさずもはや呪いの言葉でしかないソレを口にする。


「うわ、マリーの言葉に反応するってこと?」

「それはまた厄介ですね」


 怪盗ダイアとセドリックの言葉にマリエッタは頷きで返す。


「僕が盗むしかないか」


 怪盗ダイアが周囲を見回して肩を落とした。


「そうだな。コメディ界隈以外、シリアスな感じで大真面目にショックを受けている。私は婚約破棄をする相手がここにいなかったせいで助かったが」

「ま、僕もまだ恋愛とか興味ないからな」


 怪盗ダイアとセドリックの声を聞きながら、マリエッタも周囲を見回す。


阿鼻叫喚あびきょうかんってきっとこういう状況だよね……)


 ヒロインが何か口にするたびにヒーローが婚約破棄を口にするという状況。

 たまらず泣き出すヒロインもいる中、バトル系ヒロイン達は手袋を床に投げつけ、ヒーローに決闘を申し込んでいるというもはやカオスな状況だ。


「僕が盗むしかないとは言え、セドリック殿下とマリーがあいつの気をひいてくれないと、ちょっと流石に無理かも」

「確かに、イケメン王子を近衛の如く侍らしているからな」


 マリエッタも壇上にいる迷い人を見て同意する。


「でも、お喋りなマリーが喋れないというのはまずい」

「しかしマリエッタ君が何か口にする度、グレアムが反応してしまうのだろう?」


 マリエッタは「そのとおり」と二人に向け手で丸を作った。


「わかった。寝かせよう」

「あぁ、ついでに筋力アップの魔法もかけておくというのはどうだ?」

「おっ、冴えてるね、流石茄子の王子」

「茄子の王子はやめてくれ」


 怪盗ダイアはグレアムに向かって召喚した杖の先を向ける。


「シャングーティー」


 怪盗ダイアが呪文を口にするとグレアムの体から力が抜け、床に崩れ落ちそうになった。


「うわ、大丈夫?」


 マリエッタは慌てて意識を失ったグレアムをモフモフとした手で支える。


「ムークタパバーナ」


 怪盗ダイアが再び杖の先でグレアムの体をなぞるように動かす。

 するとグレアムの体がふわりと宙に浮いた。


「風を纏わせたのね?」

「流石マリー。御名答」

「それならグレアムは軽いね。私が彼を持とう」

「大丈夫です。グレアムは私が」


 マリエッタは軽くなりふわふわと浮くグレアムを小脇に抱えた。


「グレアムが起きてたら喜びそうなシチュエーションなのに」

「そうだな。というかいつもついてないな、グレアムは」

「ま、コメディのヒーローだし。さ、二人共いこう!!」


 マリエッタ扮する悪役令嬢ちゃんはグレアムを小脇に抱え歩き出した。


 そしてほどなくして壇上に到着した。


「あはははは。ヒロインなんて大嫌い。誰からもチヤホヤされて、その上幸せになるのが当たり前だと思ってる。裏切られた気持を味わうがいいわ」


(完全に憂さ晴らしじゃない……)


 マリエッタは迷い人の境遇。彼氏に振られたを思い出しこれは完全に八つ当たりだと呆れる。


「マリエッタ君。私は君に加勢するから。好きな事を話してくれ」

「僕は盗むタイミングを図る。じゃ、また後で」


 怪盗ダイアは身軽な動きで杖の先からツタを召喚すると、そのまま天井にぶら下がる大きなシャンデリアによじ登った。


「味方にすると心強いけど、やっぱり敵にはしたくない」

「わかるよ、その気持ち」


 セドリックがシャンデリアに器用にぶら下がる怪盗ダイアを見ながらマリエッタに同意した。


(残されたのは悪役令嬢ちゃんと茄子王子か……)


「セドリック様、味方のフリがいいですかね?」

「うーん。その状況だと微妙だと思うが」


 セドリックが悪役令嬢ちゃん扮するマリエッタが小脇に抱えたグレアムに視線を落とす。


「あ、そっか。じゃ当たって砕けろですね」

「まぁ、私達は怪盗ダイアにチャンスを作る係だからね」

「御意」


 マリエッタは大きく息を吸ってそれから吐き出した。そして意を決しモコモコの足を大きく一歩前に出した。そしてそのまま勢いをつけて走り出す。


「迷い人、覚悟!!」

「えっ、マリエッタ君。当たって砕けろって、物理的になのかい!?」


 セドリックが驚いた声を出しながらマリエッタの後ろを走る音が聞こえる。


(だって、他に思いつかないんだもん)


 マリエッタはグレアムを小脇に抱えたまま迷い人へ大きくダイブした。


「やだ、何!?キャー!!」


 突然凶暴化した悪役令嬢ちゃんに驚き、迷い人は全身で悪役令嬢ちゃんのタックルを受け止める。


 ガツンとそのまま床に転ぶ迷い人。その上にしっかりと乗ったのは悪役令嬢ちゃんだ。

 ただし頭が衝撃でぽろりと取れ、マリエッタな部分が露出してしまっている。


「ちょっと、重い。何、反抗期!?」


(おや、まだ私を信じているみたい)


 マリエッタは自分の巨大な胴体下でもがく迷い人が発した言葉を意外に思った。


(もしかして、この人、根はそんなに悪い人じゃないのかも)


「マリー、そういう優しい所はお前の利点だが、俺はナスナス詐欺に騙されないか心配だ」

「あれ、グレアム?」

「どうやら今の衝撃で、神の創作ノートが破れたようですね。それで一斉に魔法がデイスペルされたんだろう」


 そう言ってセドリックが床に落ちた白い紙を拾い上げる。


(あっ、確かにセドリック様が茄子じゃない!!)


「だけど、何か変な感じ」


 マリエッタは久々見る人間の姿に戻ったセドリックに違和感を覚えた。


「マリエッタ君。残念そうな視線を向けないでくれ。私は元々茄子じゃないから」

「あ、はい」


 マリエッタの視線の意味を悟ったらしいセドリックは嬉しそうに自分の顔を撫でながら、マリエッタを注意した。


「因みに本体のノートはこっちだ」


 いつの間に奪ったのか、怪盗ダイアの手には確かに神の創作ノートが握られている。


「マリー、ほら、立てるか?」

「うん、ありがとう」


 グレアムに差し出された手を握り起き上がるマリエッタ。


「キャー!!悪役令嬢ちゃんの頭がリアルに見える!!」


 マリエッタの顔を見て、顔を青ざめる迷い人。


「わりとショックなんだけど」

「大丈夫だ。俺は悪役令嬢ちゃんのでかい頭より、マリーの方がいい」

「へへへ」


 マリエッタは正気に戻ったグレアムに嬉しくなりつい頬を緩ませる。


「だ、誰よ、あなた。そ、それに私の取り巻きの王子は!?」


 迷い人は慌てた様子で自分の背後を振り返った。


(あ、そう言えばどこに行ったんだろ)


「数人はヒロインがこの会に出席してたから、お前が創作ノートに「全てのヒロインが婚約破棄される」そう書きこんだ時点で、既にお前の傍にはいない」


 ヒーロー事情に詳しいグレアムが説明を口にする。


「残念ですが、残りはほら。無残にも半分になっていますし」


 セドリックがノートの切れ端をピラピラと振った。


「で、残念ついでにもう一個悪いお知らせがあるんだ。あのさ、ノートが切れちゃったせいで、君の作り出した悪役令嬢が消えかかってるみたいだよ?」


 怪盗ダイアの声でマリエッタは慌てて会場を見渡す。

 すると先程まで一緒に完璧なるカーテーシーを共に披露していた、単語帳から作られた量産型悪役令嬢達の体が徐々に消えていくのが目に入った。


「あ、みんな……」


 マリエッタは敵ではありながら、共に迷い人の過酷な特訓を耐え抜いた仲間が消えていく姿にぽろりと涙が溢れる。


「マリー、仕方ない。あいつらは神の創造ノート経由で作られた単語帳から呼び戻されたその場凌ぎの悪役令嬢だ」


 グレアムがマリエッタにハンカチを差し出しながらそう口にする。


「そもそも、彼女達は一度黄泉の国に渡った者達だからね。元いた場所に戻るのがきっと幸せだよ」


 怪盗ダイアが珍しく感傷的何言葉を口にする。


「ど、どうして邪魔するのよ。あ、あなた達は一体何者なの!!」


 異常な状況にようやく気付いたらしい迷い人が青ざめた顔で後ろに下がる。


「この子達は天然なす隊よ」


 突然壇上の上に現れたクイーン・グリムヒルドがそう口にする。


「拘束しなさい」

「御意」


 クイーン・グリムヒルドの部下。イケメンヴィランズ達が逃げようとする迷い人を素早く縄で巻き上げた。


「うわ、容赦ない」

「本編が終わったとは言え、悪役だからな」

「なるほど」


 グレアムの言葉に納得するマリエッタ。


「さて、この子の処遇だけど、どうしましょう。大釜で煮るか、それとも魔女の森でカラス達の餌にするか。あぁ、毒りんごをたらふく食べてもらうという方法もあるわね。私こう見えて、毒りんごを作るのは得意だから」


 そう言ってクイーン・グリムヒルドは不敵に笑った。


(えっと、それは理解してます)


 マリエッタは思わずグレアムに縋るように、寄り添ったのであった。

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