043 明かされる迷い人の胸のうち
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
横一列に並ぶ悪役令嬢がカーテーシーでウエーブを作る。
「ぜんたーい、右に淑女のカーテーシー展開!!」
壇上にいる迷い人の号令に合わせ、衣擦れの音と共に赤い髪色、真っ赤なドレス姿。神の創造もどきの単語帳から作られた量産型悪役令嬢が一斉に右を向く。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
端からまた、完璧な教本通りのカーテーシーを披露していく。
「ぜんたーい、淑女のささやき展開!!」
悪役令嬢達が一斉に扇子を広げる。
そして二人一組になり扇を口元に当て、身を寄せ合って囁く。
「まぁ、あの子ったら男爵令嬢のくせに」
「ほんとマナーもなってないですし」
「正しい行いをするよう伝えただけですのに」
「何で私達が責められるのかしら」
悪役令嬢達が各々与えられた台詞を口にする。
「ぜんたーい、防御のカーテーシー展開!!」
迷い人の言葉に今度は、扇子を同時に閉じる悪役令嬢達。
「婚約破棄ですって!?」
「婚約破棄ですって!?」
「婚約破棄ですって!?」
通称「ノー婚約破棄」と悪役令嬢が呼んでいるカーテーシーのウェーブがセンターに立つ悪役令嬢ちゃんから左右に展開されていく。
「ぜんたーい、真実の愛?笑わせないで展開!!」
「この国も終わりだわ」
「この国も終わりだわ」
「この国も終わりだわ」
悪役令嬢がその場で残念な顔になり、小さく首を振る。
マリエッタ扮する悪役令嬢ちゃんにとっては、ここは最大の難関だ。
練習でブンブン頭を振った結果、左右の悪役令嬢を重たい頭の遠心力で吹き飛ばしてしまったからである。
『悪役令嬢ちゃんは、そこでもうしゃがんでお祈りのポーズでもしてて』
迷い人の指示でマリエッタはキグルミを着てしゃがんでお祈りのポーズをする事になった。その言葉を迷い人から受けたマリエッタは愕然とした。
『しゃがむ!?そんなの無理だから!!』
『じゃ、なまはげで』
『しゃがみます』
しゃがむという動作が如何に大変かを、キグルミを被った事がない人はわからないらしい。それでもなまはげは嫌だとマリエッタは前にも増して下半身を鍛えた。
そして今まさにその特訓の成果を披露する瞬間を迎えたのである。
(倒れてなるものか!!)
プルプルと子鹿のように震える足で何と踏ん張り、次のポーズに備えるマリエッタ。
「ぜんたーい、ざまぁ展開!!」
迷い人の言葉に悪役令嬢達の前にイケメン王子が現れる。
「「「国外追放してやるッ」」」
グレアムを含むイケメン王子達が大きな声で悪役令嬢にそう告げる。
「あなたがね」
「あなたがね」
「あなたがね」
悪役令嬢達はピシリと音を立てて開いた扇子で口元を隠し、不敵に見えるよう目力を入れる。
(ま、私はフェルトで作ったツリ目ちゃんだから、無理だけど)
それでもマリエッタは悪役令嬢ちゃんの全身を使い不敵アピールをする。
「そしてフィナーレ、主役は私、展開!!」
悪役令嬢達が一斉に端からこの日の為に何処からか用意されたイケメン王子達にハグされていく。
「幸せになりました」
「幸せになりました」
「幸せになりました」
最後にマリエッタは分厚いモコモコした素材に阻まれたままグレアムと抱き合う。そして手を繋ぎ観客に向かって「幸福のカーテーシー」をして、無事任務終了だ。
マリエッタが何度か頭を下げると観衆から大きな拍手が上がった。
「や、やりきった」
「マリーお疲れ」
「うん、ありがとう。グレアム」
(一体何をさせられているのだろうという疑問と常に戦いつつも、毎日特訓した成果はあった)
充実感で満たされた顔を観衆に向けるマリエッタ。
しかしそこはキグルミだ。誰一人としてマリエッタの満足気に輝く素顔を見ることは出来なかった。
「さて皆様、本日の余興は楽しんで頂けたでしょうか?ここで少し皆様が興味あるであろう、私の事をお話ししたいと思います。私が迷い人としておとぎの国に迷い込んで早いもので、五年が経ちました」
迷い人の言葉に悪役令嬢達が一斉に壇上に体を向ける。
「最初はどの物語にも存在しない私には居場所がありませんでした。誰も振り向いてくれない。見向きもされない。物語の情景の一部であるモブですら密かに設定があるにもかかわらず、私だけ無の存在。それがどれほど辛い事が物語の中心で常に輝く人にはわからないでしょうね」
迷い人は壇上からゆっくりと参加者の顔を見回した。
参加者たちは皆、次に迷い人の口から何が飛び出すのだろうと身構えているといった感じだ。
「元の世界でも彼氏に振られたばかり。それなのに転生してもモブにすらなれないはみ出しもの。そう思って将来に絶望していた時。私は偶然手に入れたこのノートのお陰で、自分の居場所を見つける事が出来ました」
迷い人は手に持ったノートを大事そうに胸に抱えた。
「このノートがどうやって私の手元にきたのか。それはわからない。あなた達が神と崇める存在の気まぐれ、もしくはあまりに可哀相な境遇に陥っていた私へのお情けかも知れない。だけど、私はこのノートのお陰で、自分が悪役令嬢という今までにない存在になる事が出来た」
迷い人はパラパラと薄くなったノートをめくった。
距離があって中身は見えないがそのノートの厚みが薄いというのはマリエッタにも見て取れた。
「勿論私だって最初はヒロインになろうとしたのよ?けれど、神の創造ノートを持ってしても既に存在するヒロインを消す事は出来なかった。となると、ヒロインを貶める悪役が必要。だけどおとぎの世界で悪役はもうずっと、正義には勝てない運命を背負っていた。所詮生み出された瞬間から負け戦が決まっているのよ、悪役は」
そこで迷い人はクイーン・グリムヒルドにしっかりと顔を合わせた。
「だから私は唯一、このおとぎの国にまだ存在せず、なおかつ新たに物語に割り込む余地のある悪役だけどヒロインになりうる存在、悪役令嬢を創り上げた。ふふ、そう。白と黒にわけたがるおとぎの世界において、悪役令嬢は悪役になっても、ヒロインになっても許されるグレーの存在なのよ。最強でしょ?」
迷い人は不敵に笑う。
「それに、教訓じみた古いお話はもううんざり。庶民派ヒロインが努力して真実の愛を掴むなんて現実離れし過ぎて辟易してる。それにヒロインはずるい事に私は気付いたの」
「ずるい?」
シンデレラの訝しげな声が響く。
「そうよ、シンデレラ。あなたは魔女の力を借りた時点でチートをしているの。そもそもドレスがないなら諦めなさいよ。しかも魔法のかかった自分しか履けない靴をわざわざ落として、王子様に探してもらう気満々じゃない。あざとすぎるのよ。現実にいたら絶対同性に嫌われるタイプね」
フンっと迷い人はシンデレラを小馬鹿にしたように笑った。
「あざとい?嫌われる?私はそんなつもりじゃ……」
「そういうところ。自分じゃ「そんな気はなかった」とか言って、周囲が何とかしてくれるのを本当は見越しているんでしょ?だってあなたはヒロインだもの」
「自分がヒロインだという事は本編じゃみんな気付かないわ。何故ならそれがここおとぎの世界のルールだから」
シンデレラを庇うように、マーレン姫がそう反論を述べた。
「だったとしても、ヒロインに生まれてきた時点で勝ち組決定じゃない。うまく行く人生のレールに乗った人がどんなに困難に立ち向かった所で、物語としてはありきたりで全然面白くない。うまくいく筈の人生が何者かによって、上手くいかなくなる。その方がずっと楽しいわ」
(ふむ、わりと性格が悪いかも。だけどある意味正直でなのかなぁ)
マリエッタは迷い人の考えに正直それはないなと思う。
その一方で、もし自分が何をやっても上手く行かない環境で誰も手を差し伸べてくれないような孤独感を抱えていたら、幸せな人を心から祝福できるかは微妙だとも思った。
「ちょっと待って。じゃ、悪役令嬢はどうなのよ。おとぎの世界、特に乙女ゲー界隈を荒らす悪役令嬢は、そもそもヒロインと名乗らないだけで、ヒロインの決められた幸せを奪ってるじゃない」
マーレンが声を荒らげる。
「それに何より、乙女ゲー界隈の物語は恋愛が主軸です。ですからそこに悪役は必要ないと神が決めています」
シンデレラも真っ当な意見を述べる。
「だからさっき言ったでしょ?私の創り出した悪役令嬢は唯一グレーの存在なの。だからヒロインの決められた幸せを奪う事も出来る。この世界に存在する悪役のように、これ以上やったらヒロインが不幸になるから手出しはしない。そんな甘っちょろいルールはないの」
「それを許したらこのおとぎの国の世界から秩序がなくなり、滅茶苦茶になる未来しかないじゃない。あなたは一体何を目指しているの?」
マーレンが怒りをぶつける。
「ねぇ、勘違いしているようだから教えてあげるけど、神の創造ノートを持つ私はもはや神と等しい存在なのよ?だってそうでしょ?おとぎの世界に干渉出来る登場人物を作り出せるのだから」
「作り出せるって、本人の意思を捻じ曲げて洗脳しているだけじゃない」
「そうね。確かに私はモブ令嬢を何人も悪役令嬢に仕立て上げた。でもそれがその人にとって不幸かどうか。本当にモブとして一生を終えたかったかどうかなんて、常に恵まれた場所に立つヒロインにはわかりっこない」
迷い人が明らかにヒロインが憎いという感情を剥き出しにする。
「私は居場所が欲しかったし、出来たら地位、名誉、財力、美貌にカリスマ性。全てを持った者として生まれたかった。それに星の数ほどイケメンがこの世界に存在するのなら、その全てのイケメンに囲まれて過ごしたいし、愛されたい。ねぇ、そう思わない人がいる?」
迷い人が参加者の女性にそう問いかける。
私は違うわと誰一人すぐに声があげられない状況だ。
(だって、イケメン……)
「マリー、君は違うよな」
「えっ、う、うん」
マリエッタはイケメンに囲まれての部分で少しだけ同調しかけた心をそっと閉じた。
「わ、私はグレアムが好き。グレアムと幸せになる」
「よろしい」
グレアムが満足気な顔をマリエッタに向け、それから悪役令嬢ちゃんの頭を優しく撫ででくれた。
「ほらね、私が正しいのよ。さ、判決が出たところでお次はこちら。メインイベント「世界は悪役令嬢側でまわってる」をお楽しみ下さい」
迷い人が手に持った白いノートにツラツラと文字を書き入れる。
すると突然、ヒーロー達が各々の相方であるヒロインの元に向かった。
そして一斉に言葉を発したのである。
「君とは婚約破棄をさせてもらう!!」
(な、何!?)
マリエッタは突然の出来事に慌てる。
「マリー」
「えっ、グレアムどうしたの?」
(私とグレアムは婚約してないから平気だよね?)
咄嗟にそう思うマリエッタ。
しかしそんなマリエッタに悲痛な面持ちをしたグレアムが口を開く。
「俺は、お前と、婚約、破棄を、する」
「うそ……」
マリエッタは信じられない思いでグレアムを見つめる。
「俺はお前と婚約破棄をする」
「えっ、大事なことだから二回的な?」
「俺はお前と婚約破棄をする」
「な、なるほど?」
「俺はお前と婚約破棄をする」
(だめだ、受け答えが「俺はお前と婚約破棄をする」に設定されちゃってる)
「あはははは。どう?ハッピーエンドが約束されたヒロインの皆様。婚約破棄された気分はどう?悲しみ?絶望?それとも、むしろ逆ハー出来るから嬉しい?あーたのし」
迷い人は一人壇上で愉快そうに大笑いをしている。
「コメディなのに……」
「俺はお前と婚約破棄をする」
マリエッタは悪役令嬢ちゃんの中で静かにため息をついた。
そして、自分が今まさに婚約破棄ブームの大きな波に乗ってしまったと悟ったのであった。




