041 茄子の浅漬け
悪役令嬢組合のマスコットとして潜入捜査を続けるマリエッタ。
今日は悪役令嬢組合の集会所にて、新人教育の研修を受けている。
勿論キグルミを着て。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
赤髪に縦ロール。赤いドレスに身を纏う量産型悪役令嬢達が端から順に膝を折り淑女の礼をしている。
(つ、次は私の番!!)
気合を込め、マリエッタは膝を折った。
「ごきげんにょう……あっ」
無様にも、マリエッタは前のめりにコケた。
(ハンデありすぎだと思う)
内心キグルミの状態で膝を折る淑女の挨拶なんて無理だと思いながら、地面に力なくうつ伏せに横たわるマリエッタ。
そんなマリエッタを黒衣になった怪盗ダイアが背後から無言で支え、立ち上げる。
「ちょっと、悪役令嬢ちゃん。真面目にやって!!」
「ご、ごめんなさい」
「悪役令嬢の必殺技、カーテーシーすら出来ないようじゃなまはげよ!!」
一段上がった場所。白いパラソルの下で椅子に腰掛け優雅にお茶をすすりながら指揮する迷い人。そんな一人万年休憩中である迷い人からマリエッタに叱咤の声が飛ぶ。
(なまはげって何?)
マリエッタにはなまはげの知識はない。
しかし迷い人の口からその単語が飛び出す度、何となくそれは「とても怖いもの」のような気がしてたまらなくなる。だからマリエッタは「なまはげにはなりたくない」と必死に迷い人に頭を下げる。
「申し訳ありません」
「わかればいいのよ。私は完璧主義だから。失敗したらなまはげに魔改造するからね?あーもう苛々する。かれぴっぴ、喉が渇いたわ。レモネードを頂戴」
「御意」
迷い人の脇に控えるイケメンの中からグレアムがレモネードを差し出す。
(美味しそう……私も喉が渇いたんだけど)
マリエッタは恨めしい視線を迷い人に向ける。
しかし、キグルミの中からなので誰も気付かない。
「迷い人様。お手紙が届いております」
迷い人を取りまくイケメン王子が悪役令嬢に数枚の封筒を差し出した。
実は迷い人を取り巻くイケメン王子達の数人はヒーロー組合から送り込まれたスパイらしい。
(どの人がそうなのかは私も知らされてはいないけれど)
仲間がいるのは心強いとマリエッタはドレスの皺を伸ばしながらそう思った。
「何かしら?」
迷い人が手紙の封を切った。
中から取り出しのは、既視感たっぷりなピンク色の紙だ。その紙の上を迷い人の視線が忙しなく動く。
「なるほど。ヒロイン組合もついに現実を受け入れる事にしたようね」
(何のことだろう?)
マリエッタは首をかしげた。
「キャー!!」
大きな頭をしたマリエッタが思い切り首を傾げた事により、隣にいる悪役令嬢がよろけた。そしてそのまた横の悪役令嬢により掛かり……以下同文。
「しまった。ごめんなさい」
マリエッタの横では見事な悪役令嬢のドミノ倒しが出来上がっていた。
「ちょっと、悪役令嬢ちゃん。あなた、トラブルメーカーすぎない?」
「申し訳ございません」
「まぁいいわ。気分がいいから許してあげる」
「どうされたんですか?」
グレアムが迷い人に問いかける。
「最後まで参加を渋っていたヒロイン組合がとうとう私達悪役令嬢の祭典。悪役令嬢生誕五周年記念のパーティに出席するって。ふふ、飛んで火にいる夏のヒロインとはこの事ね」
「といいますと?」
再度グレアムが悪巧み全開な顔を見せる迷い人に問いかける。
「悪役令嬢生誕五周年記念。そのパーティにおいておとぎの世界のヒロイン達にとっておきのプレゼントを用意しているってこと。ふふふ楽しみだわ」
(とっておきのプレゼント?)
マリエッタはキグルミの中で訝しむ。
「さ、休憩は終わりよ。悪役令嬢生誕五周年記念のパーティに向け、一糸乱れぬカーテーシーを披露し、圧倒的淑女感をヒロイン達に見せつけてやるのよ!!」
(え、休憩してたのあなただけじゃん)
マリエッタは内心そう思いながらも、今度こそ、立派なカーテーシーを見せつけてやるぞと、モコモコした足で屈伸をしたのであった。
★★★
「本日もカーテーシーと扇子の取り扱いについて特訓しました……っと」
マリエッタはヒロイン本部に秘密裏に転送する業務報告を書き上げ、その紙をぐしゃっと丸めた。そして窓際に近づく。
「ダーマヴァーユ」
マリエッタは呪文を口にしながら握った紙に魔力を込める。
するとその紙はふわふわとした雲に変化した。
マリエッタは開け放たれた窓の外へ向け手の上の雲にフーと息を吹きかける。
ふわふわとした雲が窓から飛び出し、そして大空に浮かぶ雲の一団となり流れて行った。
「今日の任務は完了」
マリエッタは中の人用に与えられた個室のベッドにポフンと横になる。
中の人の情報は極秘扱い。怪盗ダイアが上手くそう言って悪役令嬢組合を丸め込んでくれたお陰でマリエッタの部屋が悪役令嬢側に知られる事はない。
つまり唯一、自分に戻れるのがこの部屋なのである。
「あ、クリーム塗っとかなきゃ」
マリエッタは肉体労働により疲れ果て重くなった体を起こす。
「一日中被り物をしてると蒸れるのよね」
枕元に置いたクリームを手の届く範囲で体に塗り込む。
「良かったら、俺が塗ろうか?」
突然グレアムの声が聞こえ、マリエッタはベッドの上で飛び上がる。
「い、い、いつの間に」
「今きたとこ」
そう言ってグレアムはポフンとマリエッタのベッドに我が物で寝転んできた。
「びっくりするから急に現れないで」
「それは約束出来ない。いつあいつに解放されるかわかんねーし」
「そりゃそうだけど」
「全くこういう任務は怪盗ダイアがすべきだよな。俺もうあいつのご機嫌取りやだ」
どうやらグレアムも疲労困憊のようだ。マリエッタの布団の上で目を閉じてしまった。
(私は体力的に疲れるだけだけど、グレアムは精神的にくるよね)
「そう。俺は精神的にきている。今すぐ癒やしが必要だ」
グレアムはパチリと目を開け両手を広げた。
「なにそれ?」
「さぁ、マリー遠慮なく俺の腕の中……うおっ」
マリエッタは手元にあった枕をグレアムに投げつけた。
「マ、マ、マリエッタ君とグレアム!!未婚の男女がこんな時間に二人きりで逢引きなど、破廉恥すぎるぞ!!というか助けてくれ」
窓から侵入しようとして失敗したのか、マリエッタの部屋に茄子の頭だけ入れ他状態。どうみても窓枠にピタリと挟まった状態らしいセドリックがSOSを発した。
「お前さ……」
何かを言いかけて、しかし「はぁぁ」と深い溜め息をついたグレアムが窓に挟まった茄子に手をかける。
「爪を立てないでくれよ。茄子はデリケートで傷みやすいから」
「わかってるって」
「私も協力する」
グレアムが茄子を引っ張る。そしてそんなグレアムの腰を背後から引っ張るマリエッタ。
「うわ、何してんの?大きなカブごっこ?」
バタンと部屋のドアが開いて登場したのは、白いシャツに黒いパンツ。普段着に着替えた怪盗ダイアだ。
「そう見えるだろうけど、実際そうなんだけど、王子を救ってる最中」
「あー、あるほど。ご苦労様」
マリエッタの言葉に他人事気味に答えた怪盗ダイア。
そのまま部屋に唯一ある椅子に腰掛けてしまった。
「もう、手伝いなさいよ」
「やだよ」
「よし、マリー。掛け声いくぞ」
「ラージャー、グレアム」
マリエッタは怪盗ダイアから意識を反らし、窓に挟まる茄子に意識を集中させる。
「うんとこしょ」
「どっこいしょ」
「まだまだ茄子は」
「ぬけません」
「うんとこしょ」
「どっこい……わっ!!」
マリエッタがどっこいしょと言いかけた瞬間、スポンと音がしてセドリックが無事窓枠から外れた。
「うぅ、すまないな。いずれこの礼は必ず」
「国王陛下になったら領地の一つでもくれればいいから気にするな」
尻もちをついたグレアムが立ち上がりながらそう口にした。
「随分、贅沢なお願いなような。というか、今日はミーティングなしのはずだけど」
マリエッタは確認の為にそう口にした。
「そうだよな。昨日情報交換したよな?」
グレアムも怪訝そうな顔になる。
(まさか、何かトラブル?)
マリエッタの体に緊張が走る。
「違うんだ。茄子の浅漬けを作ったからみんなに食べてもらおうと」
セドリックは背中に背負ったリュックの中から透明な瓶を自慢気に取り出した。
紫色の液体に浸ったソレは確かに茄子のようだとマリエッタは顔を引きつらせる。
「僕は茄子の浅漬けをあげるからって、セドリック殿下に呼ばれただけ」
怪盗ダイアが呑気な声で自分がマリエッタの部屋を訪れた理由を口にした。
「ちょっと待て。その茄子は……」
「そうよ、まさか」
グレアムとマリエッタの視線はセドリックの頭に集まる。
(欠けてる所は見当たらないけど)
「そうだな。しかし再生能力が早いとか」
グレアムの言葉にマリエッタは青ざめる。
「流石にセドリック様の身から出た茄子は口には出来きません」
「俺も無理だ」
マリエッタとグレアムはどちらともなくお互いセドリックから距離を取った。
「勘違いしないでくれ。これは迷い人が創造ノートに書いて収穫した茄子だ」
「迷い人が?」
「なんでも彼女の元々いた場所でも茄子は浅漬けにして食べるそうだ」
「まぁ、浅漬けは美味しいけど」
マリエッタはセドリックの持つ瓶を眺める。
「でもそれで貴重な神の創造ノートで茄子を収穫しちゃうの?」
「確かに勿体ないよな」
グレアムがマリエッタの心に浮かんだ正直な気持ちを口にした。
(だけど、そっか。すっかり忘れてたけど、迷い人は元々この世界の人間じゃないんだもんね)
残り少ないとされる神の創造ノートに茄子を収穫したいと書き示してしまうほど、迷い人は故郷の味に飢えている可能性がある。マリエッタはその事に気付いた。
「まさか、あいつはホームシックなのか?俺たちの前ではそんな素振りは全然見せてないけど」
グレアムが怪訝な顔をする。
「どうやら、迷い人は元の世界に帰りたいらしい。彼氏に振られた腹いせに死のうと思ったら、こっちの世界に転移していたらしい。しかし時間が経ってみれば、そんなの馬鹿馬鹿しいと気付いたそうだ」
セドリックがパカリと浅漬けの蓋を開ける。
部屋の中にしょっぱい匂いが充満する。
「まさか、それで僕たちに追放されたくて嫌がらせをしてるってこと?」
怪盗ダイアが鼻を押さえながらそう口にした。
「えっ、でもこの世界から追放されたら、黄泉の国に行くんじゃないの?」
マリエッタは素朴な疑問を口にする。
「それがどうやら迷い人の場合は違うらしい」
セドリックが一人一人に茄子の浅漬けを配りながら衝撃の事実を告げた。
「あのさ、だったら創造ノートに元にいた場所に帰りたいって書けばいいんじゃない?」
「やってみたけどダメらしい」
マリエッタは茄子の浅漬けをセドリックから受け取る。そして口に入れる。
(おおう、美味しい。これぞリーナス王国、お袋の味って感じ)
マリエッタは孤児院で茄子感謝祭にみんなで漬けた茄子の浅漬けの事を懐かしさと共に思い出す。
「というか、何でお前そんな仲良くなってんだ?」
「やっぱなんていうのかな。王子らしさによる頼りがい的な?」
セドリックが自慢げな茄子な顔で茄子を口にする。
「いや、茄子だからだろ」
「そうだね、茄子だからだろうね」
「うん、茄子には心を許しがちだもん」
三人は大真面目な顔でセドリックにそう返した。
「ねぇ君達さ、遠回しに私を馬鹿にしてるよね?」
セドリックの言葉にマリエッタ達は慌てて視線を逸らし、素知らぬ顔をしたのであった。




