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004 おとぎの世界のヒロイン事情1

 マリエッタは寮の自室。クローゼットの内側に貼り付けられた姿見の前でかれこれ数分悩んでいた。


(行くべきか、行かぬべきか)


 今日はおとぎの世界で言う所、毒りんご日和の日だ。

 つまり例の怪しい手紙に記載されていた、悪役令嬢対策会議なる物の開催日なのである。


(最近案外精神すり減ってるんだよね、私)


 マリエッタは鏡に映り込む自分の姿を見て、正直やつれたなとそんな感想を抱く。

 それもそのはず。最近のマリエッタは以前にも増しディアーヌに監視され「男子に色目を使っている」といわれのない事で繰り返しなじられる日々を送っているからだ。


(このままじゃ私、闇落ちしそう……ってグレアムが魔界の王子様だからそれもアリか)


 マリエッタはやつれた自分を見てため息をついた。


 グレアムに子供の頃「何処にいてもすぐマリーだってわかるからその髪色、俺は好き」そう告げられてからお気に入りだったストロベリーブロンド色をした自分の髪色。それなのに今はもう「この髪色のせいで」と恨む気持ちさえ抱き始めている。


(思い出までも穢されたなんて最低。それにみんなはどう対処しているのか気になる)


 マリエッタはもし同じ思いを抱えているヒロインが存在するのであれば、会ってみたいし話してみたいと思う気持ちが強くなる。


「騙されたと思って、行って見よっかな」


 マリエッタは思い切って参加する方向に決めた。

 うじうじ悩むよりまず行動だ。


「えーと。鏡よ、鏡よ、鏡さん?私はだあれ?」


 謎の手紙に書いてあった指示通りマリエッタは姿見に向かって小声で問いかけた。

 するとしばらく無音が続き「これはもしや騙された?」とマリエッタが恥ずかしい気持ちと共に疑いかけた時、突然機械的な音が鏡から聞こえてきた。


「天然なすのヒロインマリエッタ様。認識完了」

「えっ、天然なすって略しすぎだし、前後入れ替えてるし、微妙なんだけど……」


 思わず鏡に向かってそう独り言を口にした瞬間、マリエッタの体は吸引力抜群の鏡の中に引きずり込まれてしまった。


「うわ、びっくりした」


 ストンと足が地面に付き、気付けば鏡が沢山ある部屋にマリエッタは立っていた。

 天井には大きなシャンデリア。足元はふかふかの真っ赤な絨毯。ゴージャスな部屋を目の当たりにした庶民派丸出しのマリエッタはキョロキョロと辺りを見回す。


 その間にも自分と同じような髪色をした少女が次々とどこからか出現し、受付らしき場所に一列に綺麗に列をなしていく。


「何かすごいね」


 マリエッタの横で声がして、濃い目のストロベリーブロンドの髪色をした可愛らしい少女がマリエッタに話しかけてきた。


「あ、並んだほうがいいっぽいよ」

「ほんとだ」


 見知らぬ、しかし感じの良い少女の言葉でマリエッタも一先ず列の最後尾についた。


(この人達はきっとみんなストロベリーブロンドの髪色のせいで、ひどい目にあっているのかも知れない)


 マリエッタは自分の前に並んだ少女達が若干の色の濃さの違いはあれど、全て自分と同じようなピンク色をした髪色であるのを確認し嬉しくなった。


 そして程なくしてマリエッタの受付の番になる。


「お名前をお願いします」

「マリエッタ・イーストンです」

「確認します、少々お待ち下さい――お待たせしました。天然なすのヒロイン、マリエッタ様ですね」


(天然なす……やっぱちょっとダサい)


 マリエッタと並んで受付中の少女達は「ついモフ」「キラざま」など何処か洗練されたように思える名称を、受付のこれまたピンク色の髪色をした少女から口にされている。


(いいな)


 マリエッタは自分の名前に付属する名称が「天然なす」である事に思わず半目になった。


「本編終了おめでとうございます。それではこちらを首にかけて会場にご入場下さい」


 マリエッタはピンクの苺模様が入ったユニコーンのネックレスを受付の少女から手渡された。


(苺もユニコーンも単体だとゆめかわだけど、苺模様のユニコーンってちょっとカオスかも)


 受け取ったペンダントを確認しながらマリエッタは少しだけ顔をひきつらせた。


「そちらはヒロインである事の証になりますので、今後必ずお持ち下さい。なお会場内でそちらを外されますと強制的に会場の外に退場となりますのでお気をつけ下さい」

「退場ですか?」

「はい。ご面倒かとは思いますが、悪役令嬢側のスパイが入り込むのを阻止する為ですので、何卒ご理解頂けると幸いです」


(ぶ、物騒な)


 そんな緊迫した関係なのかとマリエッタは驚きつつ、生まれて初めて人からもらったネックレスを首にかける。すると、またもや体がフッと軽くなる。


「うわっ」

「ご参加ありがとうございます。良い一日を」


 受付の愛らしい少女の声を最後にマリエッタはまた別の場所に転送されたのであった。



 ★★★



「悪役令嬢は一生悪役に徹するべきだと思うのです」


 ストロベリーブロンドをくるりとカールさせ、シルバーのレースが何段もついたドレスに身を包んだ少女がハッキリとそう口にした。

 胸にはピンク色をした苺型のモチーフがついたペンダントを下げているヒロインだ。


 ヒロインの堂々とした言葉に大きな拍手が鳴り響く。


 現在マリエッタは無事『第一回悪役令嬢対策会議』に参加している。


 受付から飛ばされた場所はパステルピンクとブルーがグラデーションになった壁紙が貼られた明るい部屋。そこに白抜きにされた三日月が魔法の光でライトアップされ、天井には七色に光る淡い虹がかかっている。

 全体的に夢の中にいるようで、ぼんやりとモヤがかかっているようなとても柔らかいイメージの会場。

 きっちりとした椅子があるわけではなく床に座る者もいれば、三日月型や星型のオブジェクトに腰を下ろす者もいる。


 ドレスコードなしという事だったので、マリエッタは魔法学校の制服である黒いワンピースを身に纏っているが、参加者の八割はパステルカラーの愛らしいドレスに身を包んでいた。


(流石ヒロイン。みんなキラキラしてる)


 マリエッタは地味な制服姿の自分に少しだけ気後れした気分になった。

 とは言え、マリエッタは既にふわふわとした雲の椅子にちゃっかり腰を落ち着け準備万端だ。


(ヒロインだからみんな可愛いのは当たり前なんだろうけど、それにしても凄い)


 マリエッタは会場に集った多くの出席者を見回しながらその光景にひたすら圧倒される。

 何故なら集まった参加者は、だいたい九十パーセントがストロベリーブロンドの少女達だったからだ。


(世の中にはこんなにも私と同じような髪色の人がいたんだなぁ)


 マリエッタの暮らす国ではストロベリーブロンドの髪色はわりと珍しい。

 というよりもマリエッタの知る限り、自分だけだと記憶している。


(世の中は広いんだなぁ)


 完全におのぼりさん状態のマリエッタであった。


 そんなマリエッタの前には地面からスッと伸びた星型の小さなテーブルが用意されている。その上には苺の形をしたカップとソーサー。一緒に添えられたのは苺型のクッキーやらチョコレート。それにピンクのマカロンだ。


(わかりやすい苺推し)


 こだわり抜いたお茶会のセットにマリエッタは苦笑いをする。しかし、しっかりとクッキーを口に含み「あぁ、苺味。悪くはない」と満足気な顔で再び会場に意識を向けた。


「そもそも、悪役令嬢って「悪役」とついていますし、本編終了後も悪役らしくちゃんと仕事をすべきという意見には完全同意。何でヒロイン側になろうとしているのか、ちょっと理解不能です」

「そうよね。それにヒロインはヒロインだからヒロインと呼ばれるのに」

「ふふ、語彙力が低下しすぎじゃない?」


 クスクスと可愛らしい笑い声が会場を包む。


「みなさん、聞いて頂けますか?」

「どうしたの?」

「本編終了後に突如現れた悪役令嬢に、私はストロベリーブロンドの髪色をしているというだけで嫌がらせをされています。最近では周囲を巻き込みあの手この手で私の彼氏を奪われそうなんです。もうこれ以上耐えられません」


 髪色のせいで理不尽な仕打ちをされると涙目で訴える少女。


(わかる。私も耐えられない)


 ディアーヌの事を思い出しマリエッタは激しく同族の意見に同意した。


「気持ちはわかる。けどさ、本編でそのパターンをやられるのも結構辛いよね」

「最近ほんと多いよね。悪役令嬢ヒロイン乗っ取り事件」

「あーそれ、私のこと。あのね、私の国のジャンルは皆様御存知の通り乙女ゲームの世界観をモチーフにしているんだけど、本編で悪役令嬢が私のヒロインポジションの乗っ取りをしたせいで攻略対象の一人、王子殿下が病んで国が滅びたからね?」

「えっ、大丈夫なの?」

「私は滅びる前に国外追放になったから結果私は逃げ出せたけど祖国はもうないわ。おとぎのブラックホールに飲み込まれちゃった。因みに私は現在も戦犯扱いで全国指名手配中の身。ヒロインなのによ?」


 周囲の令嬢より幾分よれった服装を見に纏う、ピンクの髪色のヒロインがツンとした顔で怒りの声をあげた。


(えーと、乙女ゲーム?国が滅びる?怖いんだけど)


 マリエッタは初めて聞く言葉にポカンとしつつも怯えた。


「そもそも私達は乙女ゲーの世界観の上に成り立つヒロインなの。それなのに攻略者にくまなく好意を寄せる事に対し、ポッと出の悪役令嬢がいちいち「品がない」だの「尻軽」だの文句を言うのは世界設定が破綻していると思わない?そりゃ滅びるわよ」

「わかる。私達は乙女ゲームのヒロイン。だから攻略対象から興味や好意を持たれるのも当たり前。だってそういう決まりのある世の中に出来てるんだもの」

「八方美人になりがちなのは仕方ないわよね」

「博愛主義と言って」


(私達の世界には自分じゃどうにも出来ない力が働いていると、そういう事なのかな?)


 マリエッタはとりあえず気持ちを落ち着かせようと苺型の紅茶カップに手を伸ばす。


「それに、私はただニコニコ微笑んでるだけで、攻略対象達の気を惹いてる訳じゃないのに」

「あーそれもわかる。フラグ立てるの意外に大変だもんね」

「こちとら、寝る間も惜しんで攻略対象のご機嫌取りしてるっての」

「わかる、わかる。塩対応から如何にこちらにデレてもらうかって必死で研究とリサーチと努力をしてるのにね」

「正直独占欲の強い攻略対象との二股なんて命懸けなのに」

「逆ハーエンドはバッドエンドと紙一重」

「諸刃の剣だわ」


 ポンポンと小気味よく交わされる会話。マリエッタは飛び出す言葉を理解しようとする。けれど全く意味がわからない事ばかりで頭が混乱する。


(む、ついていけないんだけど)


 マリエッタは密かに焦る。

 と同時に、何故みんなはそんなに詳しいのだろうかと疑問に思う。しかしそんなマリエッタの素朴な疑問は置き去りにされ、ヒロインたちの会話は続く。


「私の所にいる悪役令嬢は完全に悪役という仕事を放棄してる。私が起こそうとしているイベントを天然を装い計画的に横取りして、何人もの攻略対象に好意を寄せられているの。もう私の国はバッドエンド待ったなしって感じ。切ないわ」

「逆ハーのっとり系悪役令嬢ってタチ悪いよね」

「そう。そのくせ、ヒロインである私達が同じように攻略対象に接するのは許さないみたいな。あなたが良くて私が駄目な理由は何?って感じ」

「完全にブーメランね」

「乙女ゲーム設定界隈は悲惨よね。察するわ」


(乙女ゲーム界隈……)


 マリエッタはふと現在発見している少女達の首から下げられたネックレスはピンクの苺を形どったペンダントトップで統一されている事に気付いた。


(もしかして、このネックレスって所属ジャンルごとに別れてるってこと?)


 だとすると自分の苺模様になったユニコーンのペンダントトップは一体何ジャンルになるのだろうかと、マリエッタは自分の首に下るカオスなユニコーンをジッと見つめたのであった。

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