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039 悪役令嬢組合に潜入開始

「合宿での辛い訓練によく耐えた。お前たちは既に立派な戦士だ」


 天然なす隊の指導官であるアラジンがいつも以上に熱の籠もった声をマリエッタ達にかける。


「無駄にならなきゃいいけど」

「怪盗ダイア、減らず口はシーツ!!」


 マリエッタは隣に並ぶ怪盗ダイアの足を容赦なく蹴った。


「いてっ。暴力ヒロインめ」


 怪盗ダイアが涙目でマリエッタを見下ろす。


「ははは、マリエッタ君はこう見えて、実は嗜虐しぎゃく性溢れるダークヒロインだからね」

「失礼ね。良いこのお手本になるようなヒロインです」

「そうだぞ。口を慎め、茄子王子」


 グレアムがセドリックが今一番気にかけている見た目をけなすような言葉を口にする。


「うぅ、早く人間に戻りたい」


 茄子の前面にじわりと水分がにじむ。


(可哀相に、泣いてるのね)


「セドリック様。きっと元に戻れますから。それに、茄子の見た目でも一番ピカピカだし、ツヤツヤだし、なんか王子って感じです。だから自信を持って下さい!!」


 マリエッタはセドリックを励まそうと頭に浮かんだ言葉を何も考えずに発した。


「ピカピカとツヤツヤは被っていると思うけど」

「怪盗ダイア、マリーの優しい気持ちにケチをつけるな」

「みんなすまない。茄子を悔やんでいる場合ではなかったな。この姿だからこそ出来る事はある。みんなの手本となるよう、前向きに考えねば」


 セドリックがグッと片手を握りしめる。


「ご主人様、本当にこんなお調子者の団体におとぎの世界の未来がかかっているって、かなりやばいんですね」

「ジーニア。今頃気付いたのか?とは言え、私達がビシバシ鍛えたんだ。きっと大丈夫だろう。期待しているぞ、お前たち!!」


 アラジンがマリエッタ達に大きな声で活を入れる。


「「「「ラージャ!!」」」」


 気合たっぷり。天然なす隊に所属する四人の声がぴったり揃った。


「では、魔法のじゅうたんに乗車し任務開始!!」


 満足気な表情をするアラジンの指示に従いマリエッタ達は用意された魔法のじゅうたんにヒラリと飛び乗る。


「アラジン教官、お世話になりました」


 マリエッタはお世話になったアラジンに最後にお礼を口にする。


「あぁ、頑張れ。幸運を祈る」

「では、訪問販売に行ってきます」

「馬鹿者。訪問販売ではない。任務だ」

「あっ、で、では行ってきまーす」


 魔法のじゅうたんの上に乗ったマリエッタは即座に上昇する。


 目指すはおとぎの島の北東に位置する悪役令嬢組合本部。


「風向き良好。気分は上々。いざ出陣!!」


 こうしてマリエッタ達、天然なす隊はおとぎの国の未来を背負い旅立ったのであった。




 ★★★




 現在マリエッタ達は悪役令嬢組合内にある応接室に通されている。

 金と赤を貴重とした派手な装飾品であふれる部屋。一見して贅を尽くしたとわかるその部屋は悪役令嬢が令嬢と呼ばれる所以が詰まっていると、マリエッタは納得した。


「そちらは……」


 マリエッタの前で訝しげな顔をしているのは悪役令嬢組合の広報の女性。真っ赤なドレスに縦ロール。模範的な悪役令嬢といった感じでとても美しい女性だ。しかし目元がキツイせいで、少し怖く思える。


「中に人が入っているのですか?」

「入っていません」


 マリエッタは即答する。


「えっ、でも……」


 広報の女性は薄気味悪い物を前にした人独特の、この世ならざるものを見てしまったと言った感じ。ひたすら怯えた表情をマリエッタに向けている。


 まぁ、そうなるよね。とマリッタはキグルミの中で広報の悪役令嬢に同情する。

 というのも現在マリエッタは全国の標準的な悪役令嬢を模倣し、なおかつ可愛らしくデフォルメした三頭身キャラ「悪役令嬢ちゃん」のキグルミの中にいるからである。


(キグルミを初めてみた人の顔に浮かぶのは意外に恐怖なのよねぇ)


 マリエッタはキグルミの口元に空いた穴からツリ目の悪役令嬢を見て冷静にそう思った。


「こちら、おとぎの世界で絶賛大人気のゆるキャラ。なすび王子と悪役令嬢ちゃんです」


 キグルミを着たマリエッタと顔が茄子になったセドリックを紹介するのはサラリーマンの営業という職種に変装した怪盗ダイア。

 少しよれた灰色のスーツに青い縦縞のネクタイ。首からIDと呼ばれる、名前の書かれたカードを下げている。


「な、なるほど」

「はじめまして。私はみんなのアイドル悪役令嬢ちゃんよ。やだー、婚約破棄されちゃう!!誰か助けてー」


 マリエッタは精一杯可愛らしい声を出し、そして頬に手を当ていやいやと体を左右に動かし、ここぞとばかり渾身の演技を披露する。


「ディスってますよね?」

「いいえ、自虐的なだけです」


 素に戻った悪役令嬢にマリエッタは大真面目に答えた。


「で、そちらの方は」


 悪役令嬢の視線がマリエッタの隣に立つグレアムに移る。


「彼は悪役令嬢ちゃんの婚約者、かれぴっぴです」

「かれぴっぴ?」

「はじめまして、素敵なお嬢さん。私は悪役令嬢ちゃんの婚約者、かれぴっぴです」


 キラリンと美しくもどこか妖艶。

 魔界の王子パワー全開なグレアムの笑顔が炸裂する。


「わ、イケメン!!」


 今まで疑い深い表情をマリエッタに向けていた悪役令嬢の顔が一瞬にしてとろける。


(うわ、イケメンに弱いって情報は間違ってなかったんだ)


 マリエッタはクイーン・グリムヒルドから入手した情報の正確さを目の当たりにした。


「悪役令嬢業務を頑張る君に、これを」


 調子に乗ったキラキラしいグレアムが手を開くとポンと赤いバラが一本何処からともなく現れた。そしてそれを広報だと言う悪役令嬢にグレアムが手渡した。


(ちょっと、やりすぎ!!)


 マリエッタは隣に並ぶグレアムの足をもこもことした足でギュッと踏みつけた。


「うっ」


 グレアムが顔をしかめる。


「なんて素敵なイケメンなんでしょう」

「そうでしょう。そうですとも。彼は我社が誇る悪役令嬢ちゃん自慢のかれぴっぴですからね。悪役令嬢ちゃんを購入すると、もれなくこのイケメン王子も付属します」


 セドリックがすかさずセールストークを口にする。


「付属……」

「お買い得ですよ」

「隣の茄子は」

「茄子王子は、悪役令嬢ちゃんに恋心を抱きダイエットを推奨する王子です」


 セドリックの説明に加勢すべくマリエッタはまたもや体を大袈裟に動かす。


「どうしましょう。私はかれぴっぴを愛している。だけど茄子王子も私の事が好き。それに痩せないと悪役令嬢業務に支障をきたしちゃう。あーん、どうなる私の恋心と脂肪!!」


(凄い。オーガのボニーちゃんの時は息切れ必至だったのに、体が軽い!!)


 これも合宿のお陰だと、マリエッタ扮する悪役令嬢ちゃんはその場で軽やかに一回転をして可愛さと機動力のアピールも追加した。


「一体今のは何ですか?」


(えっ、わからなかったの!?)


 マリエッタはキグルミの中で目を丸くする。

 やはり、調子に乗って一回転がまずかったのかと反省した。「キグルミ業務は日々勉強だ」と密かに呟くマリエッタ。


「今のは逆ハーです。ついでに耳寄りな情報をお伝え致しますと、茄子王子は茄子の販促にもってこいです」


 怪盗ダイアが補足を口にする。


GJグッジョブ怪盗ダイア)


 マリエッタはキグルミのモコモコした手でサムズアップしておいた。


「なるほど。茄子王子は当て馬的な?」

「正しくは当て茄子ですね」

「しかし、悪役令嬢組合では茄子の需要は低いので」


 悪役令嬢が遠回しに茄子王子ことセドリックはいらないと口にする。


「うぅ……」


 茄子の表面に水分が浮かび上がる。セドリックの悲しみが漏れ出している証拠だ。


「茄子はダイエットをする上で重要になってくる栄養素「ビタミンB群」が豊富に含まれています。つまり代謝を高める働きでダイエット効果を高め、痩せやすい体質へと導いてくれる夢の野菜なのです。さらに、さらに、血管にこびりついた脂質を取り除く効果のある「ナスニン」の力により、中性脂肪を減らすことが出来るとも。つまり茄子はダイエッター女子から注目を集めるヘルシー食材なのです!!」


 マリエッタは相方であるセドリックを必死に売り込んだ。


「――と悪役令嬢ちゃんも全力でイチオシしております。というか、申し訳ございません。単体販売はしておりませんので」


 怪盗ダイアがマリエッタに「喋りすぎだ」という非難の視線を向けながら、営業マンらしくさりげなく押し売りする。


「つまり、イケメン婚約者のかれぴっぴ様。悪役令嬢ちゃん、そして茄子王子と三体セットの抱き合わせ販売というわけですね?」

「はい。お得です。なんと言っても新鮮なイケメンが付きますからね」


 怪盗ダイアが悪役令嬢にここぞとばかり畳みかける。


「……ひとまず上司に相談してみないと」

「そうですか。他にも購入を希望している方がいるので、売約済みになる可能性は高いですが」

「えっ、悪役令嬢以外にも売れるんですか、ソレ」


 悪役令嬢がマリエッタを指差す。


「ええ。全国野菜組合やら、ヒロイン組合などに。仮の敵として悪役令嬢ちゃん相手にざまぁの特訓をしたいとか何とか」

「ヒロイン組合……少々お待ちください。今すぐ上の者と相談しますので」


 怪盗ダイアの煽るような言葉を受け、慌てて部屋を飛び出す悪役令嬢。


「これで第一段階はクリアね」


 マリエッタの言葉に天然なす隊の面々は大きく頷いたのであった。

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