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038 秘密の特訓

「君達は、数ある物語の中からおとぎの国のシステムが選びだした者。つまりこのおとぎの世界における勇者だ。そうだよな、マリエッタ・イーストン」

「イエッサー!!」


 マリエッタは背中を伸ばしこめかみの脇に手の際をつけて教官に敬礼をした。

 目の前にはマリエッタが身につけているのと同じ、緑の迷彩柄の戦闘服姿のヒーローがいる。頭に青いターバンを巻いているのが特徴のアラジンだ。


「ジーニア、マリエッタの体力を効率よく増長させるにはどうするべきだと思う?」

「お待ち下さい。今さくっと計算します」


 アラジンの後ろで浮いたランプの魔人、ジーニアが人指し指をこめかみに当て目を閉じた。


(うぅ、絶対ろくなことを思いつかないパターンじゃん)


 マリエッタは泣きそうになる。


 マリエッタは現在「悪役令嬢を成敗し隊」という臨時で結成された、おとぎの世界における選抜メンバー合宿に参加している。

 場所はおとぎの島にあるヒーロ組合内。通常であればおとぎの世界のイケメンヒーロが集結するこの場所は、ある意味乙女の聖地といえる。


 しかし現在マリエッタはその事に気付く余裕もない。


(好きで参加したんじゃないのに!!)


 今回ばかりは参加選択に不参加の余地なし。

 以前、クイーン・グリムヒルドが口にしていたこと。


『正当なるヒロインでは無理だと』


 それを耳にした時に感じた嫌な予感とやらが的中した結果だ。


 そう、何を血迷ったのかおとぎの世界の古参こさんメンバー達が達した結論。


『正当派の行動は既に悪役令嬢側に読まれている。という事でハプニングを呼び寄せるコメディ界隈の住人達にここは頑張って貰おうと思います。選抜メンバーに関しては後日改めて封書を郵送させて頂きますので、覚悟しておくように!!』


 その言葉を聞いたコメディ界隈のヒロインたちが一斉に椅子から青ざめた顔でズリ落ちたのは記憶に新しい。


「ピッカーン!!閃きました。やはりあとマリエッタには校庭を五周ほど走らせる。それしかないそうです」


(それ正攻法だから。閃きでもなんでもないじゃん)


 マリエッタは青い顔をしたランプの魔人、お調子者のジーニアに薄目を向ける。


「なるほど。私もそう思っていた。では、マリエッタ・イーストン。君の圧倒的体力不足により、あと校庭五周!!」

「イエッサー!!」


 マリエッタは内心「あり得ないんだけど」と思いつつも、貞順な隊員を装いピシリとアラジンに敬礼する。


「待って下さい。俺も走ります」


 マリエッタの隣に並ぶグレアムが一歩前に出た。


「ほほう、グレアム・イーストン。なるほど連帯責任というわけだな。流石魔族のヒーローだ。よし、怪盗ダイア、そして茄子の……ええと、君は……」

「モブ王子のセドリックです」


 グレアムの隣に並ぶセドリックが自分の名前の前に堂々と「モブ王子」と加え口にする。しかし相変わらず顔は茄子のままだ。


「よし、ではマリエッタ、グレアム、怪盗ダイア、セドリック。天然なす所属のメンバーはあと校庭五週。行って来い!!」


「「「イエッサー!!」」」


 怪盗ダイア以外が元気よく答える。


「怪盗ダイア、何故答えない」

「えー、面倒じゃないですか」


(このばかちんが!!)


 マリエッタは思い切り心で怪盗ダイアを罵倒する。


「よし、怪盗ダイアの精神修行も兼ね、五周追加だ」


 アラジンが晴れ晴れとした顔でそう言い放つ。


「つまり天然なす隊はあと十周ですね。頑張って下さい」


 ジーニアが自分の横に伸びた髭を撫でながら楽しそうな顔をマリエッタ達に向けた。


「では、始めッ!!」


 ピィィィー。


 アラジンが蛇使いの笛を吹き、マリエッタ達は慌てて校庭を走り出す。


「あり得ないんだけど」


 マリエッタは自分の体力のなさで五周ほど追加された事を棚に上げ、怪盗ダイアに口を尖らせる。


「そうだ、怪盗ダイア。あの態度はない」


 グレアムも完全にマリエッタのせいで追加された五周の件を上乗せし十周全てを怪盗ダイアのせいにする。


「そうですよ。納得いかなくても選ばれてしまったわけですし。何よりこの世界の為に戦う。それは誇らしいじゃないですか」


 モブと名を付けるのがもはやおこがましい感じ。天然なす隊の唯一の良心である茄子と密かに周囲に呼ばれているセドリックが前向きな発言を口にする。


「何だよ、マリーのせいなのに。それに一銭にもならない事を僕はしない主義」


 どんな時も揺るがない信念を持つ怪盗ダイア。


「マリー、大丈夫か?」

「駄目だけど、大丈夫。ありがとグレアム」

「マリエッタ君。それは一体どっちなのかな?」

「あー、もう帰ってシャワー浴びたい!!」


 文句を言いながらも砂煙をあげて必死に走る四人。

 そしてそれを見守る、アラジンとジーニア。


「ご主人様。本当にあんな頼りないメンバーに迷い人の悪役令嬢が倒せるんですかね」

「行動が読めないあいつらが適任だって古参こさんで決めたんだ。信じるしかないだろ。この世界の未来はあいつ、天然なす隊にかかっているんだからな」


 空には夕日。

 最終決戦はもうすぐそこまで迫っていたのであった。




 ★★★




「マリー!!お疲れ」


 メアリーヌがヒーロー組合の食堂でぐったりと机に頭をつけるマリエッタに元気に声をかけてきた。


「あれれ?マリー疲れ果ててない?」

「俺達は居残りしたからな」


 マリエッタの隣に座るグレアムが既に口から魂を吐き出した状態で机にうつ伏せになっているマリエッタの代わりに答える。


「あーなるほど」

「グレアム、お前の走りは流石ヒーロらしかったぞ」


 メアリーヌの背後から現れたのは青髭王子だ。

 マリエッタは初顔合わせの時「えっ、ドワーフだったの!?」と驚いたメアリーヌの恋人。彼はその見た目通り、正真正銘ドワーフらしい。


(そりゃ髭が健康のバロメーターっていうのも納得よね)


 マリエッタは何とか節々が痛みまくり、既に老年期を先取りしたようになった体を何とか起こす。


「青髭王子、こんばんは」

「おぉ、マリエッタ嬢、日に日に精悍な顔つきになってきたな」

「王子、それ全然ヒロインに対する褒め言葉じゃないから」


 メアリーヌに指摘され「ははは、これは失礼」と豪快に笑う青髭王子。


(人の良さが顔ににじみ出た感じで、メアリーも幸せそうだし)


 とてもお似合いのカップルだなとマリエッタは向かい側に座る二人を見てほんわかとした気分になる。


「あぁ、砂漠に水が染み込む感じ」

「何?どうしたの」


 メアリーヌがハンバーグにナイフを入れながらマリエッタに問いかける。


「君達がお似合いだってさ。だから疲れた心が癒やされるらしい」

「やだ、グレアムさんはマリーの気持ちがわかるの?」

「メアリー、彼はマリエッタ嬢のヒーローだ。それに魔族でもある。それくらい出来るだろう」

「なるほどー。こっちこそ二人の愛を感じるよ、ごちそうさま」


 メアリーヌが上品にハンバーグを口に入れた。

 そしてとろけるような顔になった。


「ほら、マリーも食べておけよ。明日だってあるんだからさ」


 グレアムがマリエッタにハンバーグの乗った皿を優しさと共に押し付ける。


「うん、食べよう。頑張らないと」

「おっ、偉いぞ、マリー」


 グレアムにおだてられ、マリエッタはハンバーグを口に含む。

 ジューシーで牛の味が濃厚だった。


「これは贅沢なハンバーグだ!!」

「そりゃ世界平和がかかってるからな」

「そうよ牛マシマシ。私達だって命がけなんだもん。これくらいい思いしないと」

「牛肉の旨味が出ているからな、きっとこれは牛七、豚三程度の配合だろうな」


(流石、青髭王子の三分間クッキング)


 マリエッタは青髭王子に尊敬の眼差しを向けた。


「それにしても、まさかコメディ界隈の私達が世界を救うなんてね」


 メアリーヌは付け合せの人参にナイフを入れながらそう口にする。

 声色は明るい。けれど不安を隠しきれていない顔だ。


「正直、私達の物語は未だ悪役令嬢の被害にそんなにあってはいない。勿論それは幸運が続いているだけだろう。しかしだからこそ、未知なる存在に怯えてしまう」


 青髭王子はメアリーヌのナイフを持った手をギュッと握る。


「だけど私は君だけは必ず守る」

「はい」


 メアリーヌは真っ赤になって、けれど嬉しそうな顔を青髭王子に向けた。


(うわ、なんか凄いカップルっぽい)


 マリエッタは目の前にいる二人の甘い雰囲気にあてられ顔を赤く染める。


「俺だって、マリエッタを守る」


 グレアムが突然マリエッタの手を豪快に握ってきた。

 ナイフがお皿に当たりガチャンと音を立てる。


「う、うん。ありがとう」

「それに、早く俺はこの問題を片付けてお前にちゃんと告白したい」

「あーそれはそうだよね」

「それに俺だってマリーにピーだし、ピーだ」


 グレアムの言葉に規制が入る。


「あ、マリー。今のって例のやつだ。始めて聞いた!!」


 メアリーヌが嬉しそうな顔を向ける。


「そう。これがまさに全年齢の呪いだよ」

「噂には聞いていたが、マリエッタ嬢には意味がわかるのか?」

「もはや何を言ってるかわかりませんね」


 マリエッタは相変わらずなグレアムに目を細める。


「ほら、お前らイチャついてないで早く食べろ。そして明日に備えて早く寝ろ!!」


 アラジンがマリエッタとグレアムの頭をコツンと叩く。


「天然なすは全年齢対象の物語。はい、げんこつ五個分離れて下さい」


 ジーニアがマリエッタの椅子をグレアムから強制的に離す。


「本編は終了してるんだ。せめてげんこつニ個の距離は許されるはず」


 グレアムが懲りずにマリエッタに椅子を近づける。

 その姿を見て、マリエッタはこの平和に満ちた時間がもっと続けばいいなと疲れた頭でぼんやりと思っていたのであった。

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