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037 悪役令嬢あるある

「正統派ヒロインシンデレラ、ただ寝ていただけのいばら姫。それに暴力系のマーレン姫。有名所と一緒に私達は迷い人のいる悪役令嬢組合に乗り込もうと挑みました。しかし私達は迷い人の作り出す悪役令嬢に行く手を阻まれ、迷い人の元へは辿りつけなかった。それどころか悪役令嬢に家族を人質に取られ、裏切りを強要された者もいる」


 クイーン・グリムヒルドは苦々しいといった顔になる。


(うわ、怖い)


 常人の数十倍は苦味あるクイーン・グリムヒルドの顔にマリエッタの顔は引きつる。


「名高いヒロイン達が無理なら、もう駄目なんじゃ」

「そうよね。相手は神の創作ノートというチートアイテムを持っているのだし」

「でも、最終決戦に挑むってヒロイン協会からの手紙には書いてあったわ」

「でも一体誰がどうやって……」


 不安げなヒロイン達の声でざわつく会場。


「みなさん、落ち着いて下さい。クイーン・グリムヒルド。お願いだからヒロインの皆様を怖がらせないで下さい」


 マーレン姫がクイーン・グリムヒルドを睨む。


「あら、私は悪役よ?ヒロインを脅す、騙す事が合法的に神より許されている存在。だからいいじゃない、少しぐらい恐怖を押し付けても。こんな機会は滅多にないのだし」

「そ、そうですが。今は緊急事態ですし。穏便にお願いします」


 マーレン姫はクイーン・グリムヒルドに頼み込む。


(やっぱりマーレン姫は頼もしい。モルタルをガシガシしただけの事はある)


 マリエッタは尊敬の眼差しを美しいマーレン姫に向けた。


「ただし、私達は迷い人を名乗る悪役令嬢の情報は入手しました。怪盗ダイア、堕落のブラックボードを」

「御意」


 クイーン・グリムヒルドの言葉で移動式の真っ黒なおどろおどろしいボードを召喚した怪盗ダイア。木枠に囲まれたブラックボードの上にカラスがとまっているのが悪役っぽさを増している。


「あ、怪盗ダイアだ。全然気付かなかった」


 マリエッタはブラックボードを設置する怪盗ダイアに視線を向ける。


(いつもよりずっと真面目に仕事をしている)


 普段ヘラヘラとしたイメージのある怪盗ダイアが真面目に働く姿を見て、マリエッタは少しだけ怪盗ダイアを見直した。


「あー、あのシルバーブロンドの髪に青い瞳の子ね」

「そう」

「そう言えばマリエッタの世界って逆ハー的にはどうなの?」

「そういうのは一切ないかなぁ」


 思い返して見ても自分はグレアム一筋だったとマリエッタは振り返る。


(まぁ、ホワイトバニーボーイにご乱心しちゃったけど)


 あれはグレアムのせいでもあるので逆ハーには入らないとマリエッタは黒歴史を封印した。


「メアリーヌの所は?」

「うちもないかな。やっぱコメディ界隈は逆ハーと相性悪いのかな」

「まぁ、次々事件が起こるから、正直逆ハーの暇もないよね」

「そうよね」


 メアリーヌとマリエッタはそれが良かったのか、悪かったのかいまいちわからないねと言いながら顔を見合わせ微笑みあった。


「では悪役令嬢の情報をここで開示していきます。メモのご用意を」


 マリエッタは慌てて机の上に置いた茄子の形をしたメモ帳を開く。


(そう言えば、メアリーヌは……あっ、なるほど)


 メアリーヌは予想通り、エプロン型のメモ帳を開いていた。


「さて悪役令嬢の弱点ですが、彼女達に共通するのは「悪役」と名がついているにもかかわらず、とてもヒロイン寄りの性格をしている者が多い。つまりちょろ……コホン、よく言えば素直。悪く言えば流されやすい。そんな子が多いのが特徴です」


(今絶対ちょろいっていいかけてた)


 そうか、クイーン・グリムヒルドからみたら私達はちよろいのかとマリエッタはメモ帳に「ヒロインはちょろい」と書き込んだ。そしてとても複雑な気分になった。


「悪役令嬢って最初から高い地位と権力を持っているもんね」

「そうよね。それって自分が好き勝手出来るってことだもん。成長はしないよね」

「おまけに、既に婚約者持ちが多いし」

「そのくせ庶民のヒロインを苛めるんだよね」

「悪役としては、そこは仕事をしているって褒めるべきかも」

「でも乙女ゲー界隈に悪役はいらないもん」

「それね」


 ヒロイン達が自分達なりの解釈を口にする。

 主にピンクの苺を形どったペンダントトップをしているヒロインが多い。

 最近何かと苦労が多いと噂される乙女ゲー界隈のヒロイン達だ。


(相変わらず、のっとり系に酷いことされてるんだろうな)


 マリエッタは今なら前よりはずっと、乙女ゲー界隈のヒロインの気持が理解出来る気がした。

 クララにしてもアデルにしてもとても厄介な悪役令嬢だった。

 マリエッタは既に本編終了後で周囲との絆があった。だからあの程度で済んだのだ。もし物語の序盤で二人が現れたらマリエッタ程度、蟻の子を潰すように簡単にヒロインの座を奪われたに違いない。自分でもそう思うとマリエッタは震える。


(それに悪役令嬢の影響を受けてるっぽい、ディアーヌ様は結局の所セドリック様が好きなだけだし)


 あの二人はもはや放置していても、結ばれる運命しかないとマリエッタはそう思っている。


「次に、先程どなたが口にされましたが、婚約者がいるという属性持ちが多いせいで、悪役令嬢の九十九パーセントが「婚約破棄」という言葉に怯えているという点があげられます」


(なるほど。婚約してるからこその贅沢な悩みでしかないじゃん)


 マリエッタは自分がグレアムと先に進めない現状に比べたら、なんて贅沢な悩みなんだと密かに憤慨した。ついでに「悪役令嬢、婚約破棄、勝ち組、ずるい」とメモ帳に記入しておいた。


「そして、悪役令嬢は「全てのイケメンは自分に振り向くもの」そう思っている場合が多いわね。まぁその考えは嫌いじゃないけど」


 クイーン・グリムヒルドは心の声がしっかりと漏れ出していた。


(ま、イケメンに迫られて嫌な人っていないもんね)


 その人を好きになるかどうかは別にしても、誰かに好意を持ってもらえる事は悪い事ではない。


(それだけ魅力的な人だという証でもあるし)


 マリエッタは逆ハー界隈に所属する一際キラキラとしたオーラを放つヒロインを盗み見た。

 そして「やっぱり敵わない」とその圧倒的存在感に完全敗北な気分になる。


「となると、グレアム以外に好意を寄せられない私は魅力がないってことなのだろうか?」

「違うわよ、コメディだからよ」


 メアリーヌからサクッといつもの言葉が飛んできた。


「あ、なるほど」


(コメディ、それは全てを納得させる魔法の言葉)


 マリエッタはコメディ界隈のヒロインで良かったと素直にそう思うことにした。


(それに逆ハー出来るほど、私は器用に立ち振舞ができそうもないし)


 きめ細やかさとは対極にいるズボラな自分を顧みて、マリエッタは「逆ハーは無理だ」と結論付けた。


「イケメンに愛されるのは嬉しいけど悪役令嬢の場合、努力もなしってとこが」

「そうよね。せめて待ち伏せ五十回は当たり前」

「ほんと、こっちは答える言葉一つを悩んで、悩んで、胃に穴が開くくらい悩んで選択してるっていうのに」

「その結果、高感度が下がった日には……」

「あぁ、やめて、トラウマを掘り起こさないで」


 乙女-ゲー界隈のヒロイン達が一斉に肩を落とす。


(ほんと、乙女ゲー界隈のヒロインって努力家なんだな)


 マリエッタはもっとグレアムに対する受け答えをしっかり考えてから行おうと、メモ帳に「選択肢は大事」と書きこんでおいた。


「まぁ、他にも色々とありますが、言い出したらキリがありません。それでも私はヴィランズをまとめる者として、ヒロインの皆様に一つだけお願いがあります」


「悪役。それを一言で片付けないで下さい。本編で描かれるのはヒーロー、ヒロイン側からみた活躍の場です。しかし、悪役が悪役に成り得た理由。それを少しでも感じ取って欲しい。多くを語られない悪役にだってドラマはある。そうなってしまった理由。それをヒロインが学ぶことは、無駄ではないはずです」


 クイーン・グリムヒルドはヒロイン達にそう告げる。


「でも、悪役を許す事は出来ないわ」

「そうよ。無残に殺された者達の無念を私達は晴らさないといけないもの」

「自分の利益の為に悪に堕ちる者だっているわ」

「そうよ。許したらまた同じように悪い事をする人が出てくる可能性はある」

「そうね。見せしめで悪を懲らしめる。それもまた必要だわ」


 バトル系ヒロインがそう口々に叫ぶ。


(語られないドラマか……)


「確かに、悪役だって生まれた時はみんな可愛い赤ちゃんだもんね」


 だからきっとその時から悪の心を持った人はいないのかも知れないとマリエッタは柄にもなく、真面目に考えた。


「たまごかも知れないわよ」


 メアリーヌがメモ帳に視線を向け、何かを書き込みながらサラリとそう口にした。


「たまご……」

「だって、マリーの彼は魔族でしょ?魔族の赤ちゃんってたまごで生まれる事も多いじゃない」

「そうだけど。でもたまごも可愛いよ。割れたら赤ちゃん出てくるし」

「あー、確かにそうね。ま、自分と好きな人の子ならたまごでも可愛いよね」

「そう、たまごでも可愛い」

「産むのは大変そうだけどね」

「うっ……」


 マリエッタは額に湧き出た変な汗をハンカチで拭いた。


(シリアスな事を考えると、変な方向に向かう。これもまた、コメディの罠)


 マリエッタは額に吹き出た汗を必死に拭いながら、何となくメモ帳に「悪役の理由」そして「たまごも可愛い」と付け加えておいたのであった。

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