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036 悪役令嬢弾劾、追放イベント――その時ヒロインとして――

「ヒドイン」

「なにそれ」

「ズタボロ」

「やだむり」

「ざまぁ」

「いらない」

「弾劾」

「してやる」

「世界の平和を」

「いつでも祈る」

「だって私は」

「ヒロインだもの」


(あぁ、心が茄子から解放される)


 中央に向かって段差になり左右に向かい合うグリーンの座席。その一つに今回もマリエッタはメアリーヌと共に仲良く腰を下ろしていた。


 悪役令嬢との最終決戦に向けたセミナーに参加する為だ。

 毎度おなじみヒロイン憲章を読み上げ、心が解放されたマリエッタ。


(魔法の言葉に違いない)


 毎回みんなで読み上げる言葉の数々に、気持がリセットされる気がするマリエッタは密かに魔法を疑っている。


「で、さっきの話の続きだけど、マリーのとこは茄子ってわけね?」


 開会までの間、お互いの近況を報告しあったマリエッタとメアリーヌ。

 話が途中で終わってしまったせいか、メアリーヌが小声でマリエッタに話しかけてきた。


「そう。茄子魔人になりかけてるの。しかも男子ばっかり」


 今の所完全に茄子魔人化した者はいない。


(とは言え、時間の問題だよね)


 というのも――。


「みんな語尾に茄子をやたらつけたがるようになっちゃって」


 これは完全に茄子魔人化が進んでいるとマリエッタはグレアムと懸念しているのだ。


「でもまぁ、マリーの物語は天然なすだし、それは想定内だよね」

「そうだね。わりと馴染み深い野菜だからそこまで混乱はしてないけど。でもイケメンな婚約者達が茄子魔人になりかけてて、女の子達は阿鼻叫喚あびきょうかんって感じ」


 マリエッタの告白にメアリーは苦笑いになった。


「確かに彼氏が野菜って、ベジタリアンじゃないとキツイかも」

「そうだよね。メアリーのとこは平気なの?」

「全然だめ。うちはみんな髭がなくなっちゃうウィルスにやられてる」


(えっ、それって喜ぶ人もいそうだけど)


 マリエッタは咄嗟にそう思った。

 因みにマリエッタは、たまに見る分にはいいけれど、出来れば髭はちゃんと剃って欲しい派だ。勿論、髭推進派のメアリーヌには絶対に口にはしないけれど。


(人の好みや価値観は自由だし)


「私の国は髭によって体調管理しているから」

「えっ、そうなの?」

「そうよ。体調が悪い時や栄養状態が悪い時には、髭は伸びやすいの。逆に、健康で運動を適度に行っている時には伸びにくくて、ツヤツヤしてるのよ?」


 常識でしょ?といった感じでマリエッタに説明を口にするメアリーヌ。


(初耳だ)


 マリエッタは生まれて初めて髭の重要性をこの時知った。

 しかし、メアリーヌにとって髭は大変デリケートで重要な問題であると知っていたマリエッタは「だよねー」と知ったかぶりをしておいた。


「だからもう大変。みんなてんやわんやよ」

「そっか。青髭王子も?」

「それは平気。マリーのなすのへたの彼は?」

「グレアムも平気」

「となると、やっぱりヒーローには影響なしって感じなのかもね」


 メアリーヌがそう結論を口にした所で、シンデレラが議長席についた。


「ヒロインの皆様、本日はお集まり頂きありがとうございます。本日は着々と迷い人率いる悪役令嬢によって、穢されるおとぎの世界を清く正しい世界に戻すべく、このセミナーを開催致しました」


 会場から大きな拍手が沸き起こる。


(そう言えば、いつも以上に参加者が多いような)


 マリエッタは拍手をしながらゆっくりと会場内を見回した。

 本日マリエッタは相変わらず魔法学校の制服姿だが、会場はかつてないほど圧倒大多数。ピンク色のドレスを着た如何にもヒロインといった、ストロベリーブロンドの少女で埋め尽くされている。


「現在、数多くの物語が突然湧いて出る悪役令嬢の存在によって汚染されています。こちらに届いた犯行予告によると、何でも前夜祭のプレゼントだとのこと」


(前夜祭のプレゼント?一体何の前夜祭なんだろう)


 マリエッタはその場で腕を組んで悩ましげな顔になる。


「こちらの情報によると、悪役令嬢組合は近々大きなパーティーを開くそうです。ですから今回の集団汚染はそのパーティーに関する物だと私達は考えています」


(そう言えば、オンドリ魔人のアデルさんが五周年とか言ってたかも)


 マリエッタはきっとその事と関係がありそうだと推理した。


「現在、前夜祭と称しこの世界にバラまかれた悪役令嬢による汚染物質は、神の創造ノートの影響を受けていると思われます。よってそちらは悪役令嬢側が企んでいるパーティ会場において神の創造ノートを奪う。それ以外に解決方法はありません」


(そっか、そうだよね……)


 マリエッタはガクリと肩を落とす。

 出来ることならばワクチンで一気に解決と願ってはいた。しかし神の創造ノートはチートアイテム。となると、それを手に入れ破るか何かをして無効化する以外、茄子化を止める方法はないのだ。


(やっぱり早く迷い人の悪役令嬢を倒さないと)


 マリエッタは一人静かにそう結論づけた。


「――よって、問題はその悪役令嬢達が迷い人によって再びこの物語に呼び戻された存在だという、その事です」


(あ、やば。聞いてなかった)


 マリエッタはシンデレラの声に慌てる。ただ、物語に呼び戻されたという言葉で脳裏に最近対峙したクララとアデルの存在を思い出した。


「物語を一度退場した者を悪役令嬢として生き返らせる事は倫理違反です」


(確かに、エコロジーなクララも略奪系なアデルも、かつては天然なすでは魔人だった)


 マリエッタはシンデレラの言葉に実感を持って納得する。


「そしてとうとう、迷い人は最大の禁忌を犯しました」


 シンデレラの只事ではない様子に会場がシンと静まり返る。


「迷い人はなんと、この世界から永久追放されたデジールを悪役令嬢として生き返らせてしまったのです」


 シンデレラはそう口にするとクラリと体を揺らした。

 そんなシンデレラを傍に立っていたマーレン姫がしっかりと支える。

 そしていばら姫がシンデレラの代わりに議長席のマイクの前に立った。


「シンデレラは今回の事にショックを受けているの。ま、そりゃそうよね。幸せな結婚生活を送っていたのに、自分をひどい目にあわせていた継母が目の前に現れたんだもの。そりゃPTSD発症しちゃうって感じ」


 いばら姫が状況をざっくり説明してくれた。

 そんな中、マリエッタは隣に座るメアリーヌにこっそり耳打ちする。


「メアリーヌ、デジールって誰?」

「シンデレラさんの継母よ」

「それってつまり……」

「ヒロイン協会の代表に喧嘩を売ったって事でしょうね。これは大事件だわ」


 メアリーヌはそう口にすると難しい顔をして腕を組んだ。


「復活を遂げたシンデレラの継母、デジールは悪役令嬢としてシンデレラの物語で住人全員の靴をガラスの靴にしているそうよ。男性の足元もね……。でも問題はそこではないの。一番の問題は国民の全てが外反母趾に悩まされてしまうこと!!」


 いばら姫はきっぱりと言い切ってから顔を顰めた。


「確かにあれは辛いらしい。足の親指が内側に曲がってしまうんだって」


 メアリーヌも痛みを堪えるような顔になった。


「そうなんだ。私は庶民だからつま先が尖っている靴は履かないからわかんないや」

「マリー、何呑気な事を言ってるのよ。あなただっていずれその痛みで悩まされる事になるのよ?」

「えっ、何で?」

「マリーの彼が魔界の王子だからよ!!」

「あっ!?」


 マリエッタはついうっかり忘れかけていた設定を思い出す。


「確かに王子様と言えばパーティ。パーティと言えば血濡れたドレス。ドレスと言えば……ハイヒール」


 マリエッタは連想ゲームのように思いついた事を口にし、そして青ざめた。


「そうよ。だから外反母趾は他人事じゃないってこと」


 メアリーヌの言葉に大きく頷くマリエッタ。そして真剣な顔を議長席にいるいばら姫に向けた。


「――というわけで、最終決戦に向け、今回のセミナーではクイーン・グリムヒルドを特別ゲストとしてお迎えしました。どうぞー」


 いばら姫のわりと軽い紹介で登場したクイーン・グリムヒルド。

 紫色のドレスのドレスに黒く長いローブ。そしてしっかりとひかれたアイラインに真っ赤な口紅という舞台映えしまくりなバッチリメイク。頭をピタリと覆う薄い生地の上には金色の豪華な王冠が輝いていた。


 マリエッタ達は会場のヒロインはその如何にも悪役といった貫禄ある見た目に怯え、何故か自然と起立して最大限大きな拍手でグリムヒルドを出迎えた。


「外反母趾問題から何故、クイーン・グリムヒルドが呼ばれたのか聞き逃したけど、すっごい美魔女だね、あの人」


 マリエッタは議長席に向かって歩く、年齢不詳の美魔女ことクイーン・グリムヒルドにそんな感想を漏らした。


「そりゃ、美しさの追求に生涯を捧げているらしいから当然じゃない?」

「あの白い大きな襟の意味はなんだろう?」


 マリエッタが注目したのは、顔の周りをぐるりと一周する大きく立った白い襟。


(邪魔じゃないのかな?)


 思わず素朴な疑問を抱くマリエッタ。


「スポットライトを反射して美白効果を高める為に存在する襟よ」


 事情通のメアリーヌが衝撃の事実を口にした。


(まさかあの襟にそんな効果があったなんて!!)


 驚きの表情で、しかしマリエッタが棒立ちで手を叩く中、グリムヒルドと共に現れた悪役イケメンヴィランズ達。慣れた動きで議長台の周りに次々と照明器具をセッティングしていく。


「何でも皺飛ばしと美白によって年齢不詳になれるそうよ」


 物知りなメリアーヌが椅子に座り直すマリエッタにこっそり補足してくれた。


 そしてイケメンヴィランズ達によって無事セッティングが終了し、クイーン・グリムヒルドの顔にスポットライトが当てられた。


(わ、白飛び怖い!!流石悪役)


 マリエッタは「もはやホラー」と恐怖で肩をピクリとさせた。


「憎き……あら失礼。そこそこ美しきヒロインの皆様ごきげんよう。私は美の探求者グリムヒルドと申します。今回迷い人によって調和が崩れた世界を元に戻すべくヒロイン達と協力する事になりました。チッ」

「えっ、舌打ち!?」

「マリー、静かに」


 メアリーヌが慌ててマリエッタの太ももを叩いた。


「さて、悪役令嬢の倒し方を伝授しろとの事ですが、現状それは無理です」


 開口早々さじを投げた言葉を吐き出すクイーン・グリムヒルド。

 予想外の展開にマリエッタを含むヒロイン達の目が点になった。


「驚かれたかしら?それにしても滑稽ね。みんな目が飛び出しそう」

「クイーン・グリムヒルド、お願いします。真面目に」

「あら、趣味寝ることのいばら姫に言われたくはないわね」


 クイーン・グリムヒルドはいばら姫を軽くあしらった。

 いばら姫は悔しそうな顔をクイーン・グリムヒルドに向けている。


「とは言え、私達ヴィランズも悪役の座を脅かされ、ほとほと困っています。何故なら最近迷い人と呼ばれる者が元々この世界にいる悪役を取り込むのを諦め、この世界を追放された者達に再度力を与えはじめたから。皆様の中にも最近そのような出来事に遭遇した人が何人もいるはずです」


 マリエッタは周囲を見回しながら頷く。

 すると思っていたよりずっと多くのヒロインが暗い顔で頷いていた。


(私意外にも被害者がかなりいるのね)


 マリエッタも今回ばかりは、同じ思いをしているヒロインが多いからといって喜んだりは出来なかった。


(むしろ最悪)


 マリエッタはメアリーヌの真似をして何となく腕を組んだ。


「一度黄泉の世界に渡った悪役はそこで第二の人生を送る権利があると私達ヴィランズは考えている。何故なら本編中で憎まれ役を一手に引き受け、必死にヒロインやヒーロの妨害をし、物語を盛り上げた功労者であるから」


(確かに良くも悪くも、ライバルだったり悪役がいないと物語の世界は盛り上がらないものね)


 マリエッタは怪盗ダイアの存在を思い出し納得する。

 ムカつく事も多い人ではあるが、怪盗ダイアの存在が確かに天然なすの活性剤であった事は確かだ。


「けれどそこで新たな人生を歩み始めた者に迷い人は言葉巧みに近づき、悪役令嬢に仕立て上げている」


 クイーン・グリムヒルドはそこで怒りを爆発させた。

 ボンと黒い煙が立ち上り、それがドクロの形になりモワッとして消えた。


「黄泉の世界に送られた悪役令嬢は、比較的この世界を憎む負のポテンシャルが高い。だから迷い人にとってはいい駒なのよ。だから迷い人本体を叩かない限り、永遠に悪役令嬢は生み出され、一度任務を終えた悪役は再度またこの世界から追い出される。あまりに酷い話すぎると思わない?」


 クイーン・グリムヒルドの醸し出す怒りのパワーに震え、ひたすら頷くヒロイン達。


「現在このおとぎの世界には不幸の連鎖が起こっているのです」


 クイーン・グリムヒルドの言葉に今度は一斉に肩を落とすヒロイン達。


「クイーン・グリムヒルド様、だったらその本体、迷い人を叩けばいいのではないでしようか?」


 苺の模様が入った剣が交差したペンダントを下げた令嬢が凛とした声でクイーン・グリムヒルドに問いかけた。


(流石バトル系ヒロインだわ。頼もしい)


 マリエッタは自分に足りない、堂々とした雰囲気に憧れの視線を送る。


「そうね。でも今までも何度も私達古参(こさん)と呼ばれる者達が力を合わせ迷い人に挑み、無残にも破れ散った。そして気付いたのです。正当なるヒロインでは無理だと」


 クイーン・グリムヒルドはそう言って怪しく微笑んだ。


「ねぇ、マリー。凄く嫌な予感がするんだけど」

「わかる。私も同じ。やな予感しかしない」


 正統派ではない事を自負するマリエッタとメアリーヌは同時に肩を落とし、できるだけ目立たないよう身を縮めたのであった。

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