034 オシドリ夫婦の真実
オシドリ夫婦は仲が良くない。むしろ毎年番を変える上に雄は育児放棄するという事実を知り戦意喪失中のマリエッタ。
「今更泣いて悔やんだって無駄よ。これは人間の常識を押し付けたオシドリ魔人の心の痛み」
ピシリとアデルが自ら手にした鞭でマリエッタの体を容赦なく打ちつける。
「うっ」
マリエッタは痛みで顔を顰める。
(でも確かに、私は酷い事をしてしまった)
反省中のマリエッタはもはや防御もせず、アデルの制裁をその体で受け止める。
「そしてこれは、無理やり育児参加を強要された結果、今まで円滑にコミュニティを築いていたオシドリママ友の会を「うちの主人は〇〇してくれる」「あらうちの主人は〇〇までしてくれるわ」とマウント合戦に持ち込んだ罪!!」
ピシリ、ピシリとアデルの鞭がマリエッタの体に傷をつけていく。
「さらに一夫一妻制をあなたが説いたせいで、オシドリ界隈において「番選びで失敗するのが怖いからもう、そもそも結婚しなければいいんじゃないか?」という若いオシドリを生み出した。その結果、オシドリ少子化待ったなしに。そのせいで現在オシドリが地域によっては絶滅危惧認定されている。この罪は更に重い。歯を食いしばりなさい」
アデルが鞭を振り上げ、勢いよくマリエッタに向けて振り下ろす。
「やめろ!!うっ」
グレアムがマリエッタの体を庇い、アデルの鞭をその身に受けた。
「なっ、きさま。どうやって!?」
突然マリエッタを庇うようにして現れたグレアムにアデルが怯む。
「マントは着脱可能だからな」
「くっ」
「マリー、ここは俺に任せろ」
グレアムが青ざめた顔のマリエッタを床にそっと横たえた。
「グレアム、ありがとう。でも私はオシドリ魔人夫婦に酷い事を。悪い事をしたらその罰は受けないといけない。それはヒロインとして当然のことだから……」
マリエッタは胸の上で祈るように両手を組み、グレアムに弱々しく答える。
「あぁ、たしかに俺とお前は自分たちの常識をオシドリ魔人夫婦に押し付けた。でもオシドリ魔人夫婦だって、天然なすの世界に一夫多妻という概念を押し付けようとした」
「そうだけど。あの時もっと話し合えば良かったかも知れない」
マリエッタはその事を悔やみ涙を流した。
「それは結果論だ。あの時あいつらは聞く耳なんてもたなかったじゃないか」
「確かにそうだけど」
(雄が羽で威嚇した時は、怖かったしピンチだった)
マリエッタは冷たい大理石の床に背をつけながら、ふとその事を思い出す。
「マリー。俺とお前はこの物語のヒロインとヒーローだ。そして魔人達はこの物語を脅かす悪。俺たちは常にこの物語を創造主の用意した最善の結末に運ぶ使命を受けている」
「うん」
「だから間違っていたとしても、間違っていない。そもそも悪役令嬢組合が一度物語からきれいさっぱり退場した悪役達をこうして陽動しているのが間違っているんだ」
グレアムがアデルを睨みつけた。
「悪役令嬢だか何だか知らないが、お前たちは俺達の物語に無断で入り込み、そして自分の都合の良いように改編しようとしている。それは俺たちがオシドリ魔人夫婦にした罪より重い」
「グレアム……」
マリエッタはグレアムの堂々とした姿を目の当たりにしクラリとした。
危うく倒れる所だったと思い「そうか、そもそも私は現在床に寝ているのか」とホッと胸を撫で下ろした。
「それに、お前は俺を見誤っている」
「何よ」
「俺は確かにお前に対し、好意を抱いていたと思う」
(浮気宣言!!)
マリエッタはグレアムの口から飛び出した言葉にショックで失神しそうになる。
「ふふふ、浮気を認めたわね。私の勝ちだわ。マリエッタさん。どう今の気持は?」
アデルが勝ち誇った顔をマリエッタに向ける。
「血の気を失いかけています。何だか体も消えかかっている気分です」
マリエッタは素直に現在の状況を口にした。
「マリー。それは貧血で物理的にだ。傷口からこんなに血が溢れ出しているんだから。回復してやるから待ってろ」
グレアムはマリエッタが先程アデルに鞭で打たれ裂けてしまった皮膚に手を当てる。
すると当てられた手のひらの部分から、とてもほわわんとした柔らかい魔力がマリエッタの体に流れ込んで来た。
「ありがとう、グレアム」
「こうなったのは俺のせいでもあるから、気にすんな」
「うん。浮気者のグレアムのせいだね。だけど、私はやっぱりグレアムが好き」
マリエッタは最後の力を振り絞るつもりで、自分の体の脇にしゃがみ込むグレアムに手を伸ばす。そしてグレアムが片手でマリエッタの手をしっかりと握りしめた。
何だかんだ言っても、マリエッタはグレアムが好きだ。
それは、物語の強制力のせいかも知れない。
(でも、やっぱりグレアムがすき)
だから浮気された事実にここまで自分が弱くなるのだとマリエッタは気づいた。
「俺だって、マリーが」
「駄目だよ、それ以上はいけない」
「あぁ、そうだな。今はだめだな」
(あぁ、幸せ)
マリエッタは体に流れ込むグレアムの優しい魔力のお陰で、やさぐれた心が修復されていくのを感じた。
「馬鹿じゃないの!!」
ピシリとグレアムの体をアデルが鞭打った。
「うっ」
グレアムがマリエッタの上に倒れ込む。
「大丈夫!?」
マリエッタは慌てて半身を起こし、グレアムの背中に視線を落とす。
するとグレアムの黒いスーツの袖口が見事に裂けていた。
「やだ、ちょっと裂けてるじゃない!!」
マリエッタはグレアムの体をさすりながら、アデルを睨みつける。
「マントがないからな。でも大丈夫だ」
グレアムがムクリと起き上がった。
「マントは偉大なのね」
「あぁ、偉大だな」
マリエッタとグレアムはお互い顔を見合わせ微笑みあった。
「ちょっと、あなたは私が好きなのよね?」
アデルがマリエッタとグレアムのほんわかした雰囲気に割り込んで来る。
(全く空気を読んで欲しいんだけど)
マリエッタはぷくうと頬をふくらませる。
それをグレアムが指でつつきしぼませる。
「ちょっと、何イチャイチャしてるのよ。不愉快ですわ」
アデルがグレアムの腕を掴みマリエッタから物理的に引き剥がす。
「イチャイチャしろって言ったのはあなたじゃない」
マリエッタも慌てて立ち上がりグレアムの腕を引っ張る。
「グレアム殿下は私が好き。たった今そう告白した。つまりあなたの出番は終了ってこと。さっさと消えなさいよ」
「私だって今グレアムと和解したもん」
ぎゅうぎゅうと両側からグレアムの腕を引っ張る、マリエッタとアデル。
「ちょっと、待った。わりと夢のようなシチュエーションではある。しかしアデル。俺がお前に対して思うのは友人として持っていた好意だ。それ以上でもそれ以下でもない」
グレアムがわざとらしく作った真面目な顔をアデルに向けた。
(口元がにやけてるけど)
マリエッタはイラッとし、嫉妬パワーでグレアムの腕をギュッと抱え込む。
「どういう意味よ?」
「そのままの意味だ。男女間に流れる感情が全て恋愛がらみだとは限らない」
(つまりグレアムはお友達として、アデルさんを好きってことか)
マリエッタはそう理解した。
独占欲的にはそれさえも「えー、私を見て、見て」と思わなくもない。
でもそれを口にすると重たい女だと思われそうなので自粛しておいた。
その代わり、グレアムの腕を更に引っ張っておく。
「俺はマリーをこの世界で一番愛している。それは揺るがない事実だ」
グレアムがとうとう、アデルから自分の腕を引き抜いた。
「設定だもんねー」
「まぁな。でも設定だとしても特別な気持でそれは尊いものだ」
グレアムがマリエッタにニコリと優しい笑みを向ける。
するとマリエッタの心はふわっと温かい気持ちで満たされた。
(そうか、この気持が恋)
マリエッタは言葉には出来ないと思った。
けれど確かに自分もグレアムを思う気持は、セドリックや怪盗ダイア、それに魔界警察のブルーノといった異性に対して感じる気持より遥かに特別で尊い気持だとこの時ハッキリと気付いた。
そしてマリエッタは「やばい、恋」と呟きポッと顔を赤らめる。
「馬鹿じゃないの?男女に友情なんてあるわけないわ」
アデルがマリエッタが思い浮かんだ気持ちを両断する。
「それはお前がこの世界の人間を男と女。二つに分けているからだ」
「男と女。それが事実じゃない」
「男と女の前に俺達は一人の魔族、そして人間なんだ」
「そんなの言いがかりだわ」
アデルがピシリと鞭を床に打ち付ける。
「まぁ、これは最大に難解なテーマだ。ただ、多種多様な種族が存在する魔界では男女にきっちり別れない種族もいる。だからこそ、俺はその人物を見て判断する。男でも女でも関係ない。俺の役に立つか、立たないか。そのどちらかだ」
(なるほど、グレアムは魔族の王子様だし)
マリエッタはグレアムの腕をしっかりと掴みながら納得した。
男女云々以前に役に立つか、立たないか。それはかなり上から目線な考えではある。しかしグレアムは魔族の王子だ。自分に寄り付く者全てに好意は与えられないと割り切らないとキリがないのかも知れない。
(でもま、普通に暮らす人間の場合はまた違うよね)
人間における男女の友情は難しい問題だ。生物学的に雄と雌である場合、些細なきっかけで相手に好意を持ってしまう場合はないと言いきれない。
(だって子孫は残さないとだし)
だから男女は恋に落ちやすく出来ているのだろう。
マリエッタはなんとなくそう解釈をした。
「友達として好きとか……許さない。最大に私を侮辱したわね!!」
アデルがワナワナと体を震わせた。
部屋の中の魔力が大きくうねる。そして突然雷が辺りに落ちる。
「許さない、許さない、許さない」
アデルがまるで呪いの言葉を口にするように低い声で怒りをあらわにした。
そしてアデルが黒い煙に包まれる。
「クララの時と同じパターン!!」
「やはりこいつは……」
グレアムがマリエッタを庇うように手を広げる。
そしてアデルを覆っていた黒い霧が薄くなり中から現れたのは、どうみても鳥の頭をした魔人だった。
灰色のくちばし。円な黒い瞳を囲うように白い線が横に入り、フサフサとした羽毛に包まれる鳥。
(間違いない、オシドリ。しかも雌だわ!!)
「オホホホ。驚いたかしら?」
赤いドレスに身を纏う、頭だけオシドリ雌の姿になったアデルが挑戦的な視線をマリエッタに送る。
「そうじゃないかと思ってたから、そこまで驚きはしないけど」
マリエッタはぼそりと呟いた。
「私は転生者の力を借り、本編でやられた恨みを晴らしに来たのよ。さぁ、今度はあなたが追放されるがいいッ!!」
しなる鞭がマリエッタとグレアム目掛け飛んでくる。
「セーバーコーシャ!!」
グレアムが咄嗟に自分の目の前に薄い防御の壁を作った。
「マリー。勇者の剣でとどめを刺すんだ」
「わかった!!」
しっかりと掴んでいたグレアムの腕を離したマリエッタ。
アデルの背後にある床に刺さった勇者の剣に向かって走り出す。
「いいかよく聞け。俺はお前よりマリーを愛してる!!」
「そんな偽善だわ。悪役令嬢組合令嬢ナンバー四十番。略奪系を担当している、悪役令嬢アデルがそんな都合のいい幻想を打ち砕いてやる」
アデルの鞭がグレアムに向けて打ち付けられる。
「イーハアグニ!!」
グレアムがアデルの攻撃を避けながら、杖の先から炎の玉をアデルに向けて放つ。
それを横目にみながらマリエッタは勇者の剣を床から引き抜いた。
「アデルさん、覚悟ッ」
マリエッタは勇者の剣をアデルの背後から振り下ろす。
「卑怯な!!」
アデルが振り向き、その瞬間マリエッタの勇者の剣先がアデルの体を真っ二つに容赦なく切り裂いた。
ガクリとその場に膝を付くアデル。
「くっ、もはやここまでなのね。だけど神の創造ノートが私達悪役令嬢組合の手元にある限り、この世からハーレムも、略奪もなくな……らない」
グホッと血を吐いて床に倒れるアデル。
「それってこれだろ?」
グレアムがポケットから先ほどさりげなく拾っておいた丸まった紙を取り出した。
「なになに。リーナス王国のヒーローである、グレアム・イーストンの弱っている所につけ込み、マリエッタ・イーストンを失恋で絶望に追い込む。そしてこの世界からヒロインを追放するよう仕向ける。合言葉は「あなたの彼は私の彼!!」って、すげーネーミングセンスだな」
グレアムが自分が読み上げた内容に顔を顰める。
「ふっ、私を倒した所でもう遅いわ。この世界は確実に破滅に向かっている」
「えっ、何で?」
マリエッタは不穏な言葉に食いついた。
「悪役令嬢組合……生誕……五周年……だ……から。ラブ&ピース」
息も絶え絶えといった感じ。しかし決め言葉までしっかりと言い終えるアデル。
「俺はお前に助けられた。それだけは確かだ。ありがとう」
「グレアムを助けてくれてありがとう」
グレアムとマリエッタが寄り添い、そしてアデルにお礼を口にする。
「やめて。最悪すぎる。だけど最後にこれだけは言わせてもらうわ」
突然元気になったアデルは悪役らしく口元を美しく歪ませた。
「全世界のオシドリはオシドリ夫婦なんかじゃな……い」
今度こそ本当にアデルの体が勇者メモリアルホールから消えて行く。
「マリー。今回はなかなか大変だったな」
「うん」
「それと、色々ごめん」
グレアムがマリエッタに頭を下げる。
その姿を見てマリエッタもグレアムにあわてて頭を下げる。
「私こそ、記憶を失ってごめん」
そしてマリエッタの肩にポンとグレアムの手が置かれる。
「ま、色々あったけど俺はマリーにとって今でもヒーローだよな?」
「うん。私もグレアムにとってまだヒロイン?」
「当たり前だ」
「よかった」
そして二人は顔を見合わせ「仲直りだね」と少しはにかみながら笑顔になったのであった。




