033 一夫一妻制を説いた罪
「そもそもヒロインは、自らの正義を押し付ける傾向にあります」
「うぐっ」
マリエッタは身に覚えがありすぎて、胸元をギュッと握りしめる。
(でもそれがし、仕事みたいなもんだし)
マリエッタは心で反論する。
ヒロインである以上、創造主である神の代弁として教育的指導をしなくてはならない時もある。それはヒロインに課せられた任務の一つなので押し付けがましくなってしまうのは仕方がない事だ。
「嘆願受理ナンバー五千四百一。オシドリ魔人さん雄からの投書を紹介させて頂きます」
アデルはそう言うと、胸元に手を入れ一枚の紙切れを出した。
その瞬間、はらりともう一枚、横長の紙切れが床に落ちた。そしてその事に気づいたグレアムがその紙をさり気なく拾い上げる。
「そもそもあなたはオシドリ魔人さんの事を覚えていますか?」
「はい。夫婦の危機を救えの章でオシドリ魔人さんと価値観の違いで死闘を繰り広げた記憶があります」
(人間は結婚適齢期になると女性の方が着飾って男性の気を惹くけど、オシドリ魔人は逆だったのよね)
繁殖期をむかえた赤いくちばしに、顔の羽衣が白や淡黄色という派手な見た目をしたオシドリ魔人の雄。それに比べ雌のオシドリ魔人は全体的に灰褐色の縦縞模様という地味な見た目だった事を、マリエッタは懐かしく思い出す。
「確かやたら離婚率が上がった町があって調べたら、オシドリ魔人達が人間に一夫一妻制をやめるよう進めてきていたんだよな」
「そうそう。しかも雄は男性に育児放棄までもを勧めていたし」
マリエッタはその時の事をしっかりと思い出した。
おしどり夫婦という仲睦まじい夫婦を表す言葉の代名詞である、オシドリが進化した魔人、オシドリ魔人。
そんな彼らが突如、「夫婦関係は一年で解消すべき、育児は妻がすること」そう主張し始めたのだ。
その結果「おしどり魔人夫婦がそう言うならきっとそうなのだろう。だっておしどり夫婦だし」と信じた人々によって風紀が乱れた。
「あの時はあやうくアダルト認定されちゃうと焦ったよね」
「ほんとあれは全年齢対象的に危うかったな」
呑気にグレアムと顔を合わせ、その時の事を懐かしむマリエッタ。
そしてふと気付く。
「えっ、このパターン。もしかして、あなたはあの時のオシドリ魔人夫婦の奥様!?」
マリエッタはクララがてんとう魔人だった事を思い出し、絶対にそうに違いないという視線をアデルに向ける。
「な、何の話かしら。ではオシドリ魔人、雄からの嘆願書を読ませて頂きます」
(あっ、わかりやすく誤魔化したよね?)
アデルはマリエッタの言葉を無視し紙に視線を落とした。
「いいですか、いきますわよ?コホン。「あの時マリエッタは私達の幸せ家族計画を阻止しただけではなく、私達オシドリ魔人達に一夫一妻制を切々と解き、精神的にとても辛かった。しかもあれから、雌が育児を手伝えと我々雄に対し要求しだした。その罪は大きい。懲らしめて下さい」とのこと……ラブ&ピース!!」
(え、ラブ&ピース!?)
マリエッタは激しく困惑する。
「反論があるって顔をしているわね。いいわよ聞いてあげる」
アデルに促されるまま、色々気になりつつもマリエッタは口を開く。
「そもそも、人間とオシドリでは妊娠期間も子どもが大人の手を離れるまでの期間も違います。だからオシドリ魔人夫婦の主張は通りません」
「でもあなたの彼は魔族じゃない。あなたは人間の常識をグレアム殿下に押し付けるつもり?」
「うっ」
即座にアデルに論破され、マリエッタは言葉に詰まる。
「マリー、そこは安心しろ。きっと卵じゃないはずだ。たぶん」
(たまご?)
一体なんの事だろうとマリエッタはポカンとした顔になる。
「俺とお前のこ、子供の事だ」
グレアムが真っ赤になりながらそう口にした。
「えっ、ちょっと待って。グレアムと結婚したら私は子どもを卵で産む可能性があるってこと?」
「……絶対にないとは言い切れない」
「卵を産む……」
「可能性の話だ」
マリエッタは初めて知り得た事実に驚いた。
(でもそうか。卵だろうと何だろうと愛する人の子どもだもんね。ま、いっか)
マリエッタは今はまだその事を悩む時ではないと思考を放棄した。
「グレアム、私は卵を受け入れる。というか、その時になったら考えよう」
「マリエッタ!!」
感極まったグレアムがマリエッタに抱きつこうとして、相変わらずアデルにマントを踏まれたままだった為進めなかった。
「ふふふ。いい感じに想いあってるじゃない」
アデルの言葉にマリエッタはハッとする。
(まずい。アデルさんは略奪がお好き)
マリエッタはグレアムに目配せをし「今はイチャついている時ではない」と真面目な視線を送る。するとグレアムは小さな頷きをマリエッタに返した。
「グ、グレアムなんて大嫌いなんだから!!」
マリエッタはアベルにアピールするためにわざとらしくそう口にした。
「うっ、嘘だとわかっていてもわりとダメージが大きい」
グレアムがその場で膝をついた。
「ご、ごめん……」
「いや、気にするな」
マリエッタは項垂れるグレアムを見て心がズキンと痛んだ。
(でも仲良くしたら、グレアムを取られちゃうわけだし)
「恋って切ないわ」
思わず本音が漏れ出すマリエッタ。
「ふふふ、そうよ。相手への愛が大きれば大きいほど、裏切られた時のショックは大きい。さぁ、好きなだけ想い合って下さい。そしてそんな愛する恋人達をもれなく私が引き裂きますので」
「くっ、さ、させないわそんなこと。そ、それに、オシドリ魔人はおかしいです」
マリエッタは自分達から話題をそらそうと、オシドリの話を口にする。
「おかしいですって?」
「そう。だってオシドリは仲良しな夫婦の象徴とされる鳥です。それなのに毎年番う相手を変えるべきだなんて言い出して、そんなのオシドリ夫婦の美学に矛盾しています」
「マリー、そこに触れては駄目だ!!」
マリエッタが堂々と口にした主張にグレアムが青ざめた顔で慌てたように声をかけた。
「え?何で?」
(オシドリ夫婦って仲良し夫婦の意味で合っているよね?)
マリエッタは自分の記憶を辿り、何一つ間違っていないと確信する。
「因みにもう一個。雌のオシドリ魔人さんからの嘆願書もあります」
ニヤリと口元を歪ませるアデル。
「えっ!?」
(嫌な予感しかしないんだけど)
マリエッタは警戒する。
「嘆願受理ナンバー五千四百ニ。オシドリ魔人さん、雌からの投書を紹介させて頂きます」
アデルはまたもや胸元に手を入れ一枚の紙を取り出した。
「拝啓、雄の姿が目に鮮やかな季節となりました。悪役令嬢様におかれましてはお変わりなくお過ごしでしょうか。
早速本題に入らせて頂きます。オシドリの夫婦は一方が死ぬと、残されたほうも生きてはいけない。何故なら絆の強いものだから。人間の間ではまことしやかにそう囁かれているようですが、それは大間違いです。私達は毎年番う相手を変えますし、何よりヒナの面倒は雌にまかせ、雄はその時期友人同士集まり、のんびりひなたぼっこばかりをしています。ですから、オシドリ夫婦と例えられるのはとても迷惑です。その事を周知させる為に魔人協会から全国に派遣されたのに、ヒロインマリエッタは私達の任務を邪魔しました。最低です。どうそ懲らしめて下さい。
末筆ではございますが、悪役令嬢様の益々のご健勝とご活躍をお祈り申し上げます。敬具」
アデルは長文を読み終えると白い紙を丁寧に折りたたみ、胸の谷間に差し込んだ。
それをぼんやり眺めながらマリエッタはたった今知り得た情報にガタガタと震えだす。
「ちょっと待って、オシドリがオシドリ夫婦じゃない!?」
マリエッタは自分の中の常識が、音を立ててガラガラと崩れ落ちていくのを感じる。
(そんなわけないわ。だけどそう言えば、春先鮮やかな見た目の雄だけで群がっているのを私は見たことがあるような、ないような……)
マリエッタはその光景を目にし、勝手に「狩りをしている」そう思い込み微笑ましく思っていた。けれど今思えば目を閉じ羽を休め明らかにサボって、日向ぼっこをしていたようにも思える。その事に思い当たったマリエッタは愕然とした。
「オシドリ……仲良し……夫婦じゃない……」
「そうよ。オシドリは繁殖の度に番う相手を変える。そして育児は雌まかせ。それが真実ですわ。つまりオシドリ夫婦なんて、人間が勝手に作り上げた幻想なのです」
「で、でも、だったら何でオシドリ夫婦だなんてそんな言葉がこの世界にまかり通っているの?」
マリエッタは歯を食いしばり、最大の疑問を口にする。
「それはオシドリの雄が繁殖期に目立つ格好をしているからですわ。カラスを見てどっちが雄と雌かパッと見てわからないでしょう?でもオシドリの雄は鮮やかな見た目になりますもの」
「つまり、雄と雌が一目瞭然なオシドリは番でいると他の鳥より目立つ。だから人間が勝手に仲良しだと勘違いしたって事?そんな!!」
マリエッタはハッと口元を手で覆った。その瞬間マリエッタの手から離れた勇者の剣がガンッと音を立て見事に床に刺さった。
「そうよ目に付きやすかった為に、仲良し夫婦の象徴にされたオシドリ。彼らはより良い遺伝子を求めるという本能で毎回番う相手を変えている。それなのにあなたは、オシドリ魔人夫婦を「誠意がない浮気者同士」だとなじった。その罪は重い」
マリエッタは勇者の剣の横で力なくガクリと膝をついた。
「私は自分の間違った知識をオシドリ魔人夫婦に押し付け、そして成敗してしまった……なんてことをしちゃったの。それじゃまるで悪者じゃない……」
「ふふふ。そうよ。あなたはこの物語のヒロイン失格。早くこの物語からフェイドアウトしてくださらない?」
アデルは勝ち誇った顔でそう口にすると、ピシリとマリエッタの体を鞭で打ち付けた。
「うっ」
マリエッタの体に鋭い痛みが走る。
(オシドリ魔人夫婦さん……勘違いしてごめんなさい)
マリエッタは深く反省しポロリと涙を流したのであった。




