030 持つべき者は怪盗の友達
「マリー!!お前キグルミだったのか!?」
オーガの着ぐるみ、ボニーちゃんの頭をスポンと上に抜き驚きで固まる怪盗ダイア。
「馬鹿じゃないの?」
マリエッタは驚きの顔を自分に向ける怪盗ダイアを睨みつけた。
そしてヒロインらしからぬ鋭い視線を怪盗ダイアに向ける。
「私の華麗なる作戦を邪魔した罪。きっちり償ってもらうからね!!」
マリエッタは怪盗ダイアにそう言い放ったのであった。
★★★
空から差し込む光が水面をキラリと反射させている。
マリエッタは現在、魔界の七つ星ホテル、「マカインデビル」の屋上にあるインフィニティプールで優雅なひと時を過ごしている所だ。
六十六階建てと言われるハイテク建築の建物。
その最上階に位置するプール。そこからの眺めは最高。
(魔族達が点だよ、もはや)
眼下に広がるのは魔界の城下町。
真っ黒な魔王城もしっかりと確認出来る。
「怪盗って儲かるんだね」
マリーは思わず心の声が漏れ出す。
なんでも怪盗ダイアはこのホテルを拠点に魔界で怪盗活動に精を出しているらしい。
「まぁね。というか、マリーは魔界にいたんだ」
「そ。グレアムを連れ戻しにね」
「あー、何か記憶喪失になっちゃったんだって?」
「うん。でもそれは無事戻ったの。というか、誰から聞いたのその話」
「グレアムだよ。かなりへこんでたけど」
怪盗ダイアに咎めるような声をかけられマリエッタもへこむ。
(まぁ、キウイの皮を踏んだ私が悪い。でも半分はコメディが悪い、たぶん)
流石に毎回タイミングよく足元に出現するキウイの皮は、この世界ならでは。
そして今回もキウイの皮がなければ、ここまで面倒な事になっていなかったはずだと、マリエッタは密かに確信している。
「あのさ、噂に聞いたんだけど、グレアムは魔界のヒロインといい感じらしいって本当?怪盗ダイアは何かグレアムから聞いてる?」
「アデルだろ?」
「怪盗ダイアは知ってるの?その人のこと」
「知ってる。傷心したグレアムを慰めてた。かなり感じのいい子」
「なるほど……」
怪盗ダイアの口から飛び出した言葉に、マリエッタはショックを受けつつも反応する。
「グレアムもアデルさんの事をそう思ってるってこと?」
「まぁ、わりと絆されているだろうね」
「何で?」
(私という相方がいるのに)
信じられないと怪盗ダイアに真顔を向けたマリエッタ。
「そりゃ弱ってる時に優しくされたら、誰だって悪い気はしないだろ?」
「そうだけど」
「それに魔族同士、通ずる所はあるだろうし」
(それは完全に私が不利)
マリッタは痛い所をつかれ気分が落ち込む。
(でもそれは自分じゃどうしようも出来ないし)
「私はグレアムと幼馴染だよ?種族を越えた幼馴染。これはわりと強みだと思う」
マリエッタは自分を励ますようにそう口にする。
「でもアデルは見た目も悪くない」
「それはグレアム的にタイプってこと?」
「うーん、誰が見ても綺麗だって思うだろうってこと」
「私より?」
「……マリー。君は意外に図々しいね」
「そりゃヒロインだもん」
(でもそうか……)
グレアムはアデルに絆されているのかとマリエッタは改めてショックを受ける。
「あーあ、コメディなのに。どうして好きとか嫌いとかで悩まなきゃなんないんだろう」
思わず本音を漏らすマリエッタ。
「僕相手に愚痴ってないでさ、グレアムは未だ君にフラれたと思ってるだろうから、先ずは君の元気な姿を見せてあげたらいいと思うけど」
「そうしたいのは山々なんだけど、私は人間だから魔王城に入れないみたい」
「あー。なるほど」
マリエッタは落ち込む気持のまま、体を仰向けにプールの水面に浮かせた。
「気持ちいい」
「そうやって、現実逃避してたらグレアムを本当にアデルに取られちゃうと思うけど」
「作戦を考えてるの」
「物は言いようだね」
怪盗ダイアは呆れた顔をマリエッタに向けると、マリエッタを放置し、スイスイと泳ぎ始めた。
マリエッタは一人体を覆う、心地よい水の冷たさに目を瞑る。
そして、グレアムの事を考える。
(ショックな時に優しくされたら、心が揺れ動くのは仕方ない)
グレアムがショックを受けたのは確実に自分のせい。マリエッタは冷静にそう判断出来ている。
と同時に、そんな時を狙ってグレアムに近づくなんてずるいし、きっとやり手なライバルに違いないと、まだ見ぬアデルを不安に思う。
(とりあえず魔王城に入る方法……)
マリエッタはぷかぷかとプールに浮きながら、それなりに思考を巡らせていたのであった。
★★★
「たのもーー!!」
マリエッタは魔王城の大きくて真っ黒な城門の脇。
丸い塔の一回の窓口で鼻息荒くそう声を発した。
「あんたも懲りないね。グレアム殿下のファンならお断りだよ」
以前と同じ。四角い窓から顔を出しマリエッタの侵入を拒む職務に忠実なオーガ。
(何よ、ボニーちゃんには鼻の下を伸ばしていたくせに)
マリエッタは内心毒づき、顔には素知らぬ顔で笑顔を貼り付ける。
「違います、とても親密な幼馴染です」
「大抵のファンはそう言うんだよ」
「ふふふ、でも今回私は堂々とここに宣言します!!」
マリエッタは勿体ぶってそう口にする。
「とうとうファンだと認めるのか?俺は忙しいんだが」
明らかに迷惑そうな顔をマリエッタに向けるオーガ。
「ジャジャーン!!はい。勇者の証明書です」
マリエッタはオーガに自分の背中を向けた。
「そ、それは!!」
オーガの声が慌てたものにかわる。
それを聞いて、マリエッタはニヤリと微笑む。
何故ならマリエッタの背中に堂々と背負われているのはまごう事なき勇者の剣なのである。
「こちらは、勇者が勇者である証明。勇者しか抜けないと言われる、勇者の剣です」
どうだと言わんばかり。
窓から身を乗り出すオーガに背中をググッと近づけるマリエッタ。
「そ、その赤い魔石をスキャンしてもいいか?」
オーガの言う赤い魔石とは、マリエッタが背中に背負う剣のガード部分に付けられた石の事だ。左右に分かれた翼のような形をしたガードの中央についた魔石は確かに赤かった。
「どうぞ、どうぞ、心ゆくまでスキャンなさって下さい」
マリエッタは背中をさらにオーガに近づける。
「ち、ちょっと待ってろ。今外に出るから」
先程までマリエッタをグレアムのファンだと小馬鹿にしていた口調はどこへやら。心なしか怯えたような声を出すオーガ。
そして程なくしてオーガは何やらシャワーヘッドのような物を持ってマリエッタの前に現れた。
「では、スキャンさせてもらう」
「はい」
マリエッタはオーガに「どうぞー」と自信満々。再度背負ったピカピカの剣を見せつけた。
(いやー、ホント。怪盗ダイアとお友達になっておいてよかった)
マリエッタは背中の剣をオーガによってスキャンされながら心底そう思った。
というのもこの剣は正真正銘、勇者の剣だからである。
マリエッタは怪盗ダイアと交わした会話を思い出す。
『怪盗ダイア。勇者の剣を盗んできてよ』
『えー、やだよ。あれは勇者しか抜けないらしいし』
案の定といった感じ。怪盗ダイアはマリエッタのお願いに即決で渋った顔をしていた。
『そうだよね……この世界で盗めない物はないと豪語する怪盗ダイアでもやっぱり勇者の剣は流石に無理だよね。ごめん、忘れて』
マリエッタはさも「だよねー」といった感じを全面に押し出し、即座に諦めたフリをした。
『なんかその言い方ムカつくんだけど』
『やだなぁ、この世界で超有名な怪盗ダイアさんでも盗めない物があるだなんて、ちょっと驚いたダケダヨーー』
『更にムカつくんだけど』
『あ、気に触ったらごめんね。でも深い意味はないんだ。だって勇者の剣は勇者しか抜けないんだもん。そもそも怪盗ダイアは怪盗だから勇者じゃないしね。だから勇者の為に存在するお宝、勇者の剣が盗めなくても気にする事ないよ。でもま、怪盗ダイアにも盗めないものがあるんだねぇ……』
『僕に盗めない物はない!!待ってろよマリー。僕が必ずや盗んで来てやる!!』
鼻息荒く部屋を飛び出した怪盗ダイア。
『ふふふ、計画どおり。案外ちょろい』
マリエッタは悪人顔で口元をニヤリと歪ませたのであった。
(ほんと、怪盗ダイアさまさまだわー)
マリエッタが一人回想にふけっていると、背後からオーガの声がかかった。
「認証完了しました。これは間違いありません。勇者の剣です」
マリエッタはくるりと元気に振り返る。
「じゃ、グレアムに会わせてもらえる?」
「いいえ、その前にまず、魔王様と面会していただく事になります」
「え?魔王様?」
(それって確実にグレアムのお父様なんじゃ)
「緊張するかも」
「そりゃそうでしょう。生きるか死ぬか。まぁ死ぬでしょうけど、ファイトです」
オーガがキラリンと白い歯をマリエッタに向ける。
「え?面会するだけですよね?」
「いいえ、勇者の剣をお持ちの勇者様におかれましては、一応魔王様に挑む権利がございます。といってもそちらの剣は五百九十七本目の勇者の剣。つまりあなたの前に、五百九十六人の勇者が魔王様に望んだわけですが、まぁ……」
オーガは分厚い手で自らの首を横に切る真似をした。
それからオーガは長い緑色の舌をベローンと出し白目を剥くという、大変熱の籠もった演技をマリエッタに披露してくれている。
(え、戦うってこと?)
それは無理だとマリエッタは後ろに身を引く。
「えーと、何だかお腹が急に痛くなったし、仕事の予定を思い出した気がするので、また日を改めてお伺いシヨウカナーー」
「何をおっしゃいますか!!善は急げと言うじゃないですか。さぁ、思う存分叩きのめされて下さい」
オーガがマリエッタの腕をガシリと掴んだ。
そして胸元についたトランシ-バーに口を近づける。
「こちら正面玄関の警備です。現在勇者の剣を持った人間の娘が現れました。ドーゾ」
「勇者か。すまない、現在魔王様はぎっくり腰なんだ。えっ?あ、はい。あ、殿下が対応して下さるそうです。ドーゾ」
「では勇者メモリアルホールへ、勇者を転送します。ドーゾ」
「ラージャー」
オーガはマリエッタの腕を掴んだまま、ニコリと微笑む。
口からはみ出した鋭利な牙が何だか良くない暗示だとマリエッタは後ずさる。
「朗報ですよ、勇者様」
「えーと、全然朗報っぽくない感じなんですけど、戦わない方向でオッケーですか?」
マリエッタは一応、自分の希望を口にする。
「まさか。戦わずして逃げるなど有りえません」
「そうかな?」
「そうです。すぐにご用意しますね」
オーガはニコニコとしながらもしっかりとマリエッタの腕を掴んだまま、目の前に黒い時空の切れ目のような物を創り出した。
「これを通ればすぐに勇者メモリアルホールに着きますので」
「勇者メモリアルホール……何だか嫌な予感しかしないのですが」
「まぁ、歴代の勇者が命を散らした記念すべき血塗られたホールです」
「それ駄目なやつ」
「因みに今回は魔王様がぎっくり腰の為、里帰り中の王子殿下自らお相手して下さるようです」
「わーい!!って、王子って、まさか!!」
「えぇ、あなたがずっと会いたがっていたグレアム殿下ですよ。推しにぶっ殺されるなんて、ファン冥利に尽きるじゃないですか。ささ、勇者一名様ご案内ーー!!」
オーガに勢い良くドンと背中を押され、マリエッタは黒い時空の裂け目にその体を押し込まれた。
「お達者でーー」
「うわぁぁぁ、というか、私はどうなるのーー!!」
暗闇の中、ひたすら落下する感覚に襲われるマリエッタ。
そんなマリエッタの必死で虚しい叫び声に答えてくれる者は誰一人としていなかったのであった。




