003 おとぎの世界のヒロイン組合
自らを悪役令嬢だと名乗るディアーヌにストロベリーブロンドの髪色のせいで絡まれる日々を送るマリエッタ。
「はー、今日も散々だった」
マリエッタは自室に戻り、ポフンとベッドに体を投げた。
そしてベッドに身をうずめたまま、今日一日を振り返る。
(今日はなんと言っても、セドリック様に呼び出された事が大事件)
その事を思い出し、マリエッタは深い溜め息をついた。
本日マリエッタはセドリックの取り巻きに初めて呼び止められ、寮内に存在するセドリック専用の特別談話室へ連行されたのである。
『ディアの突然変異については、私も調べてみる。もしかしたら悪役令嬢だと思い込む呪いの魔法でも誰かにかけられたのかも知れない。君には迷惑をかけて申し訳無い』
ディアーヌの婚約者であるセドリックはマリエッタにそう詫びを入れてくれた。
ついでに人生で初めて、あり得ないくらいフカフカのソファーに腰を沈めたし、自分が今まで紅茶だと思っていたものがただの水に色をつけたものに限りなく近い事も知った。
(わりとショックなんだけど。でもまぁ、お取り寄せをしたとかいうクッキーは美味しかった。しかもお土産で持たせてくれたし)
マリエッタはチラリとベッドの上に投げ捨てた紙袋に視線を送る。
(セドリック様の誠実さは物凄く認める。でも迷惑には変わりないんだけどな)
今日の今日、セドリックに呼び出しを食らうまでマリエッタとしては卒業までのあと数ヶ月。自分がそこそこ我慢してディアーヌをやり過ごせばいいと思っていた。
何故なら卒業後にセドリックとディアーヌはすぐに結婚する予定だと言われていたから。
流石に卒業して顔を合わせなくなり、その上ディアーヌがセドリックと結婚してしまえば、ストロベリーブロンドがどうのこうのだとくだらない事に構っている暇がなくなるとマリエッタは予測していたのである。
(だってあの人達は王子殿下と侯爵令嬢だもん)
今は魔法学校という特異な環境で共に学ぶ生活を送っている。しかし卒業すれば貴族のディアーヌと庶民のマリエッタとでは顔を合わすことすらない。常識的に考えて対極に位置する存在なのだ。
(でも賄賂のお菓子、もらっちゃったしな……)
マリエッタはついうっかり言われるがまま、お持ち帰りのお菓子を受け取ってしまった自分を今更恨む。
王子であるセドリックに頭を下げられ、なおかつ賄賂のお菓子も受け取ってしまった現状、マリエッタはディアーヌの戯言だからと相手にしないわけにもいかなくなった。
(キツイよね、あの電波令嬢の相手をするのって)
明日からの日々を思い、マリエッタは大きくため息をついた。
そしてマリエッタはムクリと起き上がる。
「そう言えば私に手紙が来てたんだった」
マリエッタはふと、先程手紙係から受け取った封筒の存在を思い出す。
家族のいないマリエッタに手紙をくれる人はいない。だからマリエッタ宛に手紙が届くことはとても珍しい事だ。
「現に手紙係の人も驚きを隠せていなかったし」
一体誰からなのだろうとマリエッタはベッドの上に放り投げた手紙を手に取った。
ピンクの封筒で宛名はマリエッタ。差出人はなしだ。
「もはやピンクが嫌いになりそうなんだけど」
愚痴をこぼしながらマリエッタは封筒に貼られた封蝋の文様を眺める。
「ご丁寧にも封蝋までピンクとか嫌がらせなの?」
しかも魔法がかけられているらしい封蝋にはいちごの文様が入っている。
「ピンクでいちご。これは確実にディアーヌ様からの不幸、もしくは呪いの手紙なのでは……」
ほぼそれで確定だと思いながらマリエッタは指先に魔力を溜め、警戒しながら封蝋をなぞる。するとパリンというガラスの割れたような高い音がして、白い煙と共に封蝋が忽然と消えた。
そして空中に文字が浮かび上がる。
『なすのへたみたいな髪型をした冴えない初恋の彼は魔界の王子でした――重すぎる愛に今更気付いた所でもう遅い天然娘の大冒険――。
ヒロイン――マリエッタ・イーストン様
この度は本編終了おめでとうございます。
さて、本編終了のヒロイン様におかれましては、未だ新たな世界に戸惑う事の多い生活を送られているかと思います。しかしながら、これからはあなたらしい物語が自らの努力と根性で紡がれるはずです。頑張って下さい。
つきましては、ヒロインであるあなたに『おとぎの世界ヒロイン組合』ご加入のお知らせをお届け致したく存じあげます。こちらはおとぎの世界に存在する本編終了後のヒロイン様全てに参加資格がある組合となっております。
健全安心安全清潔可憐な組合になりますのでどうぞご安心下さい。
また加入と同時に各種保険、サービス等を提供させて頂きますので、同封されたパンフレットを熟読いただければ幸いです。
突然ですが早速残念なお知らせを一つさせて頂きます。
現在ヒロイン組合に寄せられる苦情の多くが、突如ヒロイン型ウイルス(仮名)によって汚染された悪役令嬢によるものとなります。
具体的には多くのヒロインが自らを悪役令嬢と名乗る者により、ひたすら頭が弱く、倫理観に欠け、さらには貞操観念に難ありという、ストロベリーブロンドのヒドインに仕立てあげられ、虐げられているという状況です。
これは流石に見過ごす事が出来ません。
我々はおとぎの世界に存在する神により、ヒロインになるべく創造された正統派を名乗るヒロインです。
『ヒロインはヒーローに愛されるべき存在である。そしてまた人々に勇気と愛を与える存在である』
その運命を捻じ曲げ、自らを悪役令嬢と名乗りながらヒロインの座に当たり前のように君臨する矛盾極まりない者達から本来のヒロインたる立ち位置を取り戻すべく、ここに第一回、悪役令嬢対策会議を開催致します事をお知らせ致します。
日時:毒りんご日和
会場:ヒロイン組合本部
備考:ドレスコードなし。お気軽にご参加下さい。
なお、ご参加のヒロイン様におかれましては鏡に向かい「鏡よ、鏡よ、鏡さん?私はだあれ?」とお問いかけ頂き、会場へはそちら経由でご参加下さい。
何とぞ、ご参加の方向でご検討くださいますようお願い申し上げます。
おとぎの世界ヒロイン組合より』
(え、何これ?)
目の前に浮かび上がった全ての文字に目を通したマリエッタは青ざめた。
「嘘でしょ……魔界の王子って、グレアムが?ははは。何その冗談、笑えない」
まさかとマリエッタは思い。それから冴えない眼鏡の下に隠れた真っ赤な瞳を思い出す。
そして走馬灯のように、グレアムと過ごした幼少からの記憶が蘇りマリエッタはハッとした。
「そう言えば、グレアムの頭には謎に二本のコブがあったような」
まさかあれはよくあるパターン的に悪魔的な角なのではとマリエッタは閃いてしまう。
「それに、グレアムってたまに見えない何かと喋ってる時がある」
あれは魔界と連絡を取っていたのかも知れないとマリエッタはグレアムが魔族である方向にだいぶ傾きかける。
「でも待って。本編終了って何?」
もしこの手紙が真実を告げているのだとしたら、よくわからないけれど本編というものが終了し新しい日々が始まる感じだ。
しかも書き方からして、今まで当たり前に過ごしていた生活に戸惑うような変化をもたらすような、そんなニュアスンを感じる。
(まさか、グレアムが魔界に帰っちゃうとか!?)
その事が即座に頭に浮かんだマリエッタはハッとする。
「えっ、困る。私はグレアムが好きなんだけど」
自分はグレアムと結ばれない運命なのだろうか。そんなの無理だとマリエッタは泣きそうになった。
「やだ、悪役令嬢とかどうでもいいけど、グレアムだけは好き。絶対好き」
マリエッタは脱力し、そのままベッドに仰向けに寝転がる。
そしてパチリと目が合った。真っ赤な瞳と。
「ギャーーぐぬぬ」
「マリー、騒ぐな。手を離すけど、大声をあげるなよ。わかったか?」
大きなグレアムの手で口元とご丁寧にも鼻の穴までもを覆われ、苦しさで涙目になりながらもコクンコクンと頷くマリエッタ。
「ぷはぁーー。って魔界の王子!!」
思わず仕入れたばかりの眉唾物の情報を咄嗟に口にすると、ギロリとグレアムが真っ赤な目でマリエッタを睨んだ。
それからグレアムはマリエッタに無言で手を伸ばした。その手を迷わず掴みマリエッタはベッドから身を起こす。言葉はいらない。阿吽の呼吸である。
「マリーの部屋から怪しげな魔力の気配を感じたから駆けつけてみれば、何だよコレ」
「おとぎの世界ヒロイン組合からのお手紙だよ」
宙に浮かぶ文字に顔を向けるグレアム。
「だいたい理解した」
「はやっ!!流石魔界の王子グレアム殿下……って本当にグレアムはその、そっち系なの?」
何となく魔族と分類するのは忍びなく、誤魔化したマリエッタ。
「そう。俺は魔族だ」
「濁したのに」
「でも俺は人間じゃない。魔族だ」
グレアムにきっぱりと言い切られ、マリエッタはもう何も言えなくなった。
「俺の本性をこんな形でマリーには知られたくはなかった。ぶっ殺す」
「えっ、グレアム性格変わってない?というかぶっ殺すって誰を?わ、私?」
(そう言えば、回復魔法の授業の時もぶっ殺すって口が動いてた)
まさかあの時から殺意を抱かれていたのかと、マリエッタは身構える。
「そんなわけあるか。俺はマリーを愛している。だからこそちゃんと自分の口でタイミングとシチュエーションを見計らって事情を話そうと思ってた。それなのに余計な事をしやがって。誰だこの手紙を送った奴。ぶっ殺す」
マリエッタはサラリと告げられた「愛している」という言葉を聞き、嬉しくて恥ずかしくて幸せで顔から火が出るかと思った。けれどその後グレアムの口から飛び出した「ぶっ殺す」でその全てが吹き飛んだ。
(物騒な言葉は愛をも越える……)
そしてマリエルは知り得た情報のあまりの壮大さに全てを達観した神のように穏やかな気持になった。スキルアーメンである。
「私もグレアムが好き。でもさ、ぶっ殺すのは良くないよ」
「俺の十六年間に渡る計画を台無しにしたんだぜ?ぶっ殺すに値するだろ」
ポフンとマリエルのベッドに座り、そのまま我が物顔でマリエッタのベッドにゴロンと寝転ぶグレアム。
「十六年って、実年齢イコールなんだけど」
「そりゃそうだ。俺はマリーがこの世に生まれた瞬間、お前と同時に誕生したヒーローだから」
「あーなるほど?」
どうやらグレアムはとっくにこの世界が『なすのへた所望します』上の世界線の上に成り立っていると気付いていたようだ。
(私は全くわからなかったけど)
「まぁ、俺は魔界の王子でお前のヒーローだからな。それに俺は既にヒーロー組合人外部に所属してるから」
「やだ、私の心が読めるの?」
「俺は魔界の王子だからな」
「……なるほど。じゃ、グレアムが私を好きでいてくれるのはそういう世界だから?」
「そうかも知れない」
マリエッタは頭を金槌で打たれたように心が瀕死状態になる。
(それって本当に好きって言えるの?)
「言える。だってお前とずっと一緒にいたし。マリーがどんな性格だとか全部知っている。それにどんな世界だろうと、俺がお前を想う気持ちは揺るがないし、本物だって設定だから」
今度こそマリエッタは顔を真っ赤に染め上げた。
「愛が重すぎる……だけど今のところ、凄い嬉しい」
息も絶え絶え。何とかそうグレアムに告げたマリエッタであった。
そしてふと気付く。
(ん?設定だから??)
愛とは何だろうと、マリエッタはこの日夜遅くまで一人で悩んだのであった。