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029 魔界でアルバイト

「ようこそ、魔界警察へ!!」

「このオーガ小さくないか?」

「なんか、弱そう」

「えーい、勝負だ」

「うぐっ」


 可愛らしくデフォルメしたキグルミオーガに容赦なく襲いかかる魔族の子供。


「こら、オーガさんを殴っちゃ駄目よ」


(そう、殴っちゃ駄目!!)


 マリエッタはオーガの口元にあるのぞき穴からギロリとトロルの子供を睨んだ。


「すみませーん。所で遺失物届けはどちらに」

「このまま真っ直ぐ行って、右側の奥です」

「まぁ、ありがとうございます」

「ママ、殴るのは駄目だけど、蹴るのはいい?」


(駄目に決まってるでしょ!!)


 マリエッタは再度オーガのキグルミの口元から先程より三割増し鋭い視線を無邪気を装いながらも凶暴性が隠しきれていない、トロルの子どもを睨みつけたのであった。


(あついー、休憩まだーー?)


 現在マリエッタは魔界警察署の入り口でアルバイト中だ。


「マリー。ご苦労さん。休憩にしな」


 マリエッタに声をかけたのは魔界警察署員。

 赤茶色の手入れされた長い髭がトレードマークであるドワーフのブルーノだ。


「あぁ、ブルーノさん。ちょうど良かったです。暑さの限界で」

「ん?マリー、お前魔法使えないのか?」


 ブルーノはマリエッタが中に入ったキグルミオーガーの腕を掴む。


「使えますけど」

「だったら冷風を自分で起こせばいいだろ」

「なっ!?そ、その手があったか!!」

「ははは、全くお前はひょうきんだなぁ」


 ブルーノは視界が悪いマリーを警察署内の奥に誘導しながらそう問いかけた。


「おい、ブルーノ、そいつを捕まえてくれ!!逃げやがった!!」


 背後から慌てた声がしてマリエッタはのっそりと振り返る。


「マリー、悪い」

「えっ、ブルーノさん?うおっ!!」


 マリーの体を容赦なく押し倒すブルーノ。

 そのせいでやたら横幅のあるオーガのキグルミを着たマリエッタはそのままうつ伏せになり床に叩きつけられる。


「ちょ、何でキグルミが」

「いたーーい」

「捕まえたぞ」

「うっ、く、苦しい……」


 床に転がるキグルミオーガのマリエッタ。その上には署内で逃げようとした手錠をかけられた一つ目で緑の巨体を持つサイクロプス。そして更にその上にはブルーノがサイクロプスの背にどしりとお尻をつけ乗っかっているという状況。


「ママみて!!ブレーメン魔族の音楽隊だぁ」

「あらあら本当ね」


 警察署を訪れていたノームの子供と母親。

 どうやらマリエッタ達が重なる様子を見て喜んでいるようだ。


「おい、離せ。俺はやってねーよ」

「うるさい黙れ。コソ泥が」


 マリエッタの上で暴れるサイクロプスとブルーノ。


(あ、やばい。顔が)


 マリエッタは咄嗟に両手でキグルミオーガの顔を押さえる。

 しかし無残にも、マリエッタの頭からポロリとキグルミオーガーの頭が取れてしまう。


 そしてマリエッタの脇。咄嗟に目に入ったのは青い子供の靴の爪先。

 そのまま視線を上げてマリエッタは固まる。

 何故なら赤い三角帽子を被った可愛らしいノームとばっちり目が合ってしまったからである。その顔は既に驚きと恐怖で引き攣っている。


「ようこそ魔界警察へ?」


 とりあえず子供を怖がらせてはなるまいとマリエッタは笑顔でノームの子供に微笑みかける。


「ママ、オーガの頭が、頭がもげて人間になっちゃった!!うわーーん」

「あらあら、ショックよね。さ、見なかった事にして行きましょうね」


 ノームの母親にらしき女性にキリリと睨まれるマリエッタ。


(うっ、何たる失態)


 マリエッタはなかなか上手く行かない人生を思い、その場でぐったりと体の力を抜いたのあった。


 これが現在ヒロインであるはずのマリエッタの日常である。



 ★★★



 そして時が過ぎる事体感で数週間。

 マリエッタがもはや当初の予定を忘れかけていたその時。


「マリー、ついに魔王城に招待されたぞ」


 魔界警察の休憩室でキグルミの頭を取ったマリエッタにブルーノが嬉しそうにそう告げた。


「魔王城……ってグレアム!!」

「おい、まさか忘れて」

「忘れてはいませんとも。えぇ。忘れてなど」


 マリエッタは目を泳がせつつブルーノに尋ねる。


「で、何でまた、私が招待されたんですか?」

「お前がではない。オーガのボニーちゃんがだ」

「あ……ですよね」


 マリエッタはうっかり自分を全面に出した事を恥じた。ここ魔界ではマリエッタ自身より、オーガのボニーちゃんの方が知名度が高いのである。


「それが、ボニーちゃんが子供達に評判だと聞きつけた魔王軍が是非マスコット作りの参考にしたいと」

「えっ、それってパクる気満々じゃないですか」

「捉え方によっちゃあ、まぁそうとも言えるな」

「それにキグルミに命を吹き込む動きは、誰にでもすぐ習得出来るわけではありません」


(私はわりとこの仕事に誇りを持ってるんだけど)


 マリエッタは「私のキグルミアクターとしてのプライドが傷ついた」とムッとする。

 一日八時間キグルミの中に入りボニーちゃんを演じるマリエッタ。

 もはやヒロインである事を忘れかけ、ボニーちゃんとしての自覚が芽生えていたのである。


「わかってる。ボニーちゃんの人気が出たのはお前の動きが面白い……コホン。努力の結果だ。とは言え、軍からの招集には必ず従わなければならない。それにお前、グレアム殿下に用事があるんだろ?」

「そうとも言えるかも」

「ヒロインの危機だとか何とか俺に泣きついてきたよな?」

「まぁ、わりと」

「続編でもヒロインがいい。ラスボスにはなりたくないと俺の髭をハンカチ代わりにシクシク泣いてたよな?」

「えーと、そうでしたっけ?」


 マリエッタはとぼけた。


「全くお調子者め。とにかく人間のお前が魔王城内に入るチャンスなんて滅多にないんだぞ。このチャンスを逃がすな」

「はいっ!!」


 マリエッタはブルーノに元気よく返事を返したのであった。



 ★★★



 そうこうしているうちに約束の日になった。


 マリエッタはキグルミを装着し、以前「これだから人間は」と軽蔑したオーガの脇をふふーんと得意げな足取りで難なくブルーノと共にスルーした。

 しかも門番のオーガは同族のキグルミであるボニーちゃんに見惚れていた。間違いない、キグルミ越しにマリエッタは確かに熱い視線を浴びていた気がするのだ。


(リベンジは果たした!!)


 マリエッタは軽い足取りでブルーノに手を引かれ魔王城の奥に進んでいく。そして気付いた。


「ブルーノさん、現在私は視界が悪すぎて、もしグレアムとすれ違っても全く気付かないんと思うんですけど」

「俺がちゃんと見ててやる」

「流石、ボス。頼みます」


 それからも浮かれていたマリエッタはペチャクチャとブルーノ相手にお喋りをしまくった。


「それで子どもが私に対して、中の人はいるの?って聞いてきたから、いないよって即答したのですが全然信じてくれなくて。最近の子どもはピュアなハートを失いかけていると私は未来を憂いたんですけどー」

「マリー、いや、ボニーちゃん。もうすぐ待ち合わせ場所に到着だ。ボニーちゃんモードで頼む」


 ブルーノがマリエッタに指示を出した。


「えっ、グレアムは?」

「残念ながらお会い出来なかったようだ」

「えー」


 マリエッタはキグルミの中で頬を膨らます。


「しかしまだきっとチャンスはある。とりあえず、軍のお偉いさん達の機嫌を取れば、俺の評判が上がり査定アップのち、昇格もするかも知れない」

「なるほど」

「俺はこう見えて、出世欲の強いドワーフだ」

「はい」

「だから、ボニーちゃん。お前の成功は俺の昇進。へますんなよ」

「えー、私はグレアムに会いたいんですけど」

「おい、ここではグレアム殿下だ!!」

「あ、はい」

「それに俺が出世したら、グレアム殿下にお前を紹介してやる」

「それって、年単位の我慢が必要ですよね?」

「まぁな」


 意外にも、出世欲まみれだったららしいブルーノ。

 完全上司モードになりマリエッタに釘をさした。


(ま、お世話になってるし頑張るか)


 マリエッタは恩返しの意味を込め、今日は魔王軍の面々にボニーちゃんの可愛さをアピールしまくろうとキグルミの中で決意した。


「お宝みーっけ。怪盗ダイアがいただきまーす!!」


 どうみても厄介な男の声がするとマリエッタは身構える。

 しかし突然マリエッタの体――正式に言うならば、キグルミを着たマリエッタの体が縄のようなものでぐるりと巻かれる。


「うわっ」


 思わず地の声が漏れ出すマリエッタ。


「あ、すみません。ボニーちゃんはデリケートな上、良い子のオーガなので、そういうプレイはちょっと」


 ブルーノが慌ててマリエッタ体から縄を取ろうとする。


「なるほど、僕の名前はまだ魔界では知れ渡っていないと」

「ボニーちゃん、大丈夫か?」

「いいえ」

「喋るオーガの巨大なぬいぐるみ。超レアっぽい。ということで、それは僕がもらう。悪く思うなよ」


 ボンッと音がして、白い煙が辺りを一気に包み込む。


(うわ、煙が中に入り込んで来た!!)


 ゴホゴホとキグルミの中でむせこむマリエッタ。

 そうこうしているうちに、腕を誰かに引っ張られた。


「俺の出世の道具、ボニーちゃんを返せ!!」

「怪盗ダイアをよろしくー」


 怪盗ダイアの陽気な声がマリエッタの耳に入る。

 そして「えっ」と思った瞬間、何となく体が宙に浮いているのを感じた。

 マリエッタは両手でボニーちゃんの頭を押さえながら、口元にあるのぞき穴から外の状況を確認する。


(うわ、魔王城がどんどん小さくなってるし……)


 どうやら突然現れた怪盗ダイアにまんまとボニーちゃんは盗まれてしまったのだと、マリエッタは悟った。


「やばいなこいつ。意外に重い」

「当たり前でしょ、キグルミなめんな」

「そっか、キグルミって言うのか……って嘘だろ。人が中に入ってるのか!!」


 怪盗ダイアが驚いた声をあげる。


(どうやって動いていると思ったのよ。つーか怪盗ダイアの洞察力は子供以下……)


 何人もの子供に「中の人がいるんでしょ?」と日々問いかけられているマリエッタ。怪盗ダイアにほとほと呆れた気持になった。


(とは言え、折角侵入出来たのに)


 マリエッタはその事を悔しく思う。


「やべー、中身はいらないんだけど……」


 ブツブツ独り言を口にする怪盗ダイア。

 その声を「失礼な!!」と思いながらも、マリエッタはぐんぐん遠くなる魔王城を恨めしい気持でキグルミの中から眺めていたのであった。

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