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027 グレアムを迎えにきたけれど

 マリエッタは大きな問題を抱えている。


 ひとつ、ディアーヌが自分に絡んでくること。

 ふたつ、この世界が迷い人による悪役令嬢に乗っ取られかけていること。

 みつつ、グレアムが実家に帰省してしまったこと。


 というわけで、マリエッタは自分のせいで実家に帰省したグレアムを迎えに魔界を訪れているところだ。


「だから、私はグレアムの幼馴染のマリエッタです」

「そういう人多いんだよね。ま、人間界にもグレアム殿下のファンがいるって事は悪い気はしないんだけどさ」

「ほんとなのに」

「そうは言ってもお嬢ちゃん。通行証、もしくは勇者証明書がないと。ここは人間侵入禁止区域でね、通せないんだよ。悪いねぇ」

「そこを何とか!!」


 マリエッタはその場でジャンプする。

 すると背中に背負った等身大豚の貯金箱がジャラジャラと音を立てた。


「何のパフォーマンス?」

「えっと、お金ならここにありますというアピールです」

「これだから人間は……」


 マリエッタは魔王城の門番。オーガに蔑んだ視線を向けられたのであった。



 ★★★



「どうやって連絡取ったらいいのよ……」


 マリエッタは「魔界の出歩き方」というガイドブック片手に初めて訪れた魔界で途方に暮れていた。勿論、足元に湧くキウイの皮に注意しながら。


(もう記憶喪失とか懲り懲りだからね)


 そう。マリエッタはグレアムが目の前で消え、突然湧いて出たキウイの皮に足を滑らせだ結果、見事記憶を取り戻したのである。


(しかもあの皮、何気にゴールドキウイだったし)


 マリエッタはあれは美味しいから余計に腹が立つと頬を膨らませる。


「とりあえず泊まるところを探さなくちゃだよね……」


 マリエッタは手に持った魔界の出歩き方に視線を落とす。


(一応お金はあるけど、長期戦になるかも知れないし)


 出来るだけ安くて治安の良さそうな所とマリエッタは壁に体の片側を貼り付け熱心に魔界の出歩き方を読み込んだ。


 するとしばらくして突然背後に何者かの気配を感じた。と同時に、マリエッタの背中から一瞬にして重さがなくなったのである。


「えっ?」


 マリエッタは自分の背中を振り返る。

 すると、先程まで確かに背負っていたはずであった等身大豚の貯金箱が忽然と消えていたのである。


(まさか泥棒!?)


 慌てて背後をマリエッタが振り返る。すると豚を小脇に抱えて走り去る二の腕が逞しい浅黒い肌をしたハゲた男の姿が視界に入る。オークである。


「ちょっと泥棒!!」


 マリエッタは人混みを掻き分け必死でオークを追いかける。


「おい、何だよ」

「危ないな」


 マリエッタはやたら大きな背中にぶつかって思い切り地面に尻餅をついた。


「うっ、痛い」


 マリエッタは涙目になる。


「人間じゃないか」

「どうしたんだよ」

「スリにあったのか?」


 ガヤガヤとマリエッタの周りに魔族達が集まる。


(うわ、恥ずかしい)


 人の世界にいる時はマリエッタはストロベリーブロンドの髪色が珍しい可憐な乙女だ。

 しかしここでは明らかにその姿が常識から外れているようだった。


「うわ、なんか肌の色が白い」

「ツルツルしてる」

「あれは何処か病気なんじゃないか?」

「髪色がピンクなんて初めて見た」


 ジロジロと不躾に向けられる視線。


(まるで動物園の檻の中にいるみたい)


 ここ魔界では完全にマリエッタは観察に値するほど珍しい生き物であるということを嫌でも実感した。


「ほらみんなどけー。おい、立てるか?」


 ニョキっと毛むくじゃらの何かがマリエッタの視界に入る。縄のように編まれたゴワゴワした赤茶色の何かだ。


 マリエッタは恐る恐るその髭の先端から根元に視線を移す。


 そこにいたのは、背丈の小さなドワーフ。

 黒いボーラーハットに黒いスーツ。首にも黒いネクタイだ。


「俺は魔界警察のブルーノだ。ほら、髭を貸してやる。立てるか?」


(えっ、髭に掴まれって事??)


 警察という言葉を耳にし安堵したのもつかの間、マリエッタは激しく動揺する。

 しかし、ブルーノと名乗るドワーフは人の良さそうな顔と髭をマリエッタに向けている。


「私はマリエッタ・イーストンです。ありがとうございます」


 名乗りながらマリエッタはブルーノの髭に掴まり起き上がる。


「おうよ。気にすんな。で、一体どうしたんだよ」


 円な瞳を持つブルーノがマリエッタの顔を見上げる。


「お金を盗まれてしまって……」

「あーなるほどな。いいカモにされたんだ。それにその本」


 ブルーノはマリエッタの今や唯一の財産となった魔界の出歩き方を指差す。


「観光客ってバレバレだしな」

「うっ、確かにそうですね」


(なるほど私はいいカモなはずだ)


 マリエッタは自分の間抜け具合に項垂れた。


「ま、人間界と繋がる銀行があるし。そこまで案内してやるよ」

「銀行……」


 どんよりと暗い顔で肩を落とすマリエッタ。

 というのも、マリエッタは前回グレアムの動向を探りにカジノに行った時に「今がいざと言う時ですから」と貯金を全額引き下ろした。

 つまり等身大ブタの貯金箱の中に入っていたお金がマリエッタの全財産なのである。


「あーその顔じゃ、もしかして全財産をスラれたとか?」

「……はい」

「お嬢ちゃん、髭の中とか胸毛の中に金を分散しておかなかったのか?旅行の鉄則だろうに」


 マリエッタは目を見開く。


「その発想はありませんでした!!なるほど。確かにそうしておけば良かった!!」


(今更悔やんでも遅いけど。それに髭も胸毛もないけど)


 それでも次に旅する事があれば必ずや、例えば靴の中や腹巻きといった場所にお金は隠しておけばいいのだと人間のポジショニングに変換し理解した。次は同じ失敗は繰り返さないとマリエッタは固く唇を噛む。


「とりあえず魔界警察で被害届けを出しておくべきだな」

「はい」

「ほら、案内してやるよ」


 ブルーノは髭をマリエッタに差し出した。


(えーと髭に掴まれって事?)


「お嬢ちゃんの国じゃどうだかわからないが、ここではドワーフに髭を差し出されたら素直に掴まっておくべきだ。それが礼儀ってもんだろ?」


 戸惑うマリエッタにそう告げるブルーノ。


「髭、お借りします」


 マリエッタはおずおずとブルーノの差し出した髭に掴まる。

 ゴワゴワしていて、思ったとおりの肌触り。正直積極的にナデナデしたい感じではない。


(でも凄くいい人)


 髭の触り心地の悪さを超越するほど、いい人だとマリエッタは隣を歩くブルーノにひたすら感謝したのであった。



 ★★★



 親切なブルーノとその髭によって、ほどなくしてマリエッタは魔界警察者に到着することが出来た。


 魔界警察者はブルーノ同様、黒い制服に身を包んだ魔族が忙しなく働いていた。


「盗難の被害届はこっちだ」


 踏み台の上に乗ったブルーノがカウンター越しにマリエッタに書類を渡す。


「名前、年齢、住所に、職業。あとわかれば社会的役割を書いてくれ」

「社会的役割ですか?」


(職業は学生だから、それ以外って事だろうけど)


 一体何の事だろうとマリエッタはブルーノに尋ねる。


「あー、俺はモブ警官。あっちもモブ警官で、そっちもモブ警官。まぁ、大抵の魔族はモブだ」


 ははははとブルーノは大きな声で豪快に笑い声をあげた。


「な、なるほど」


(となると私は……)


 マリエッタはスラスラと言われた通り盗難届と書いてある書類に自分の情報を書き込んで行く。

 そして社会的役割には小さく「ヒロイン」と記載した。

 物語を代表するヒロインでありながら、泥棒にあったという事実がとても恥ずかしかったからだ。


「ん?お嬢ちゃんヒロインなのか?」

「人間界ではそういう役割でした」

「おかしいな。魔界では既に話題のヒロインがいたはずなんだが」

「えっ!?」


(まさかのダブルヒロイン!?)


 そんなことがあるのかとマリエッタは目を丸くする。


「なぁ、今話題のヒロインって誰だっけ?」


 ブルーノが丁度マリエッタの脇を通る時、そこに置かれた机に引っかかった頭が人間、下半身が馬のミノタウロスに声をかけた。


「は?お前もう痴呆かよ。アデル様にきまってるだろ。つーか机を退けてくれないか?」

「おっ、了解」

「ったく、誰だよここに机を置いたのは。通路幅は魔族条例で、三分の一馬身って決まってるだろうに」

「確かにな。っと、これで通れるか?」


 ブルーノが脇に置かれた机をずらした。


「わりー。サンキュー」

「おうよ」


(色々な種族がいると大変なのね)


 マリエッタは呑気にそう思って一連のやり取りを眺めていたのだが。


「そうなんだよ。サキュバス族のアデル様。彼女はグレアム殿下の婚約者候補で間違いない」

「こ、婚約者候補ですか!?」

「そうだ。えーと確か新聞に」


 ブルーノはぴょんと踏み台から飛び降りると後ろにズラリと並べられている机の上から新聞らしき物を掴んだ。そしてそのままマリエッタの元へ戻って来る。


「ほらここ」


 ブルーノによってカウンターの上に広げられる日刊魔界新聞。

 その一面に目を落としマリエッタは言葉を失う。


『魔界の王子グレアム殿下。ついに婚約か!?お相手は魔界のヒロイン、アデル嬢?』


 一面に赤い文字で描かれた見出し。

 ご丁寧にもその下にはグレアムのカラー写真つき。

 それを目にしたマリエッタはサッと顔を青ざめる。


 何故なら――。


(グレアムったら眼鏡をしてない!!)


 なすのヘタは相変わらずだ。

 けれど確実にマリエッタだけが知る特別。赤い瞳が世間に晒されてしまっていたのである。


(やばい、グレアムがモテちゃう)


 マリエッタはひたすら動揺しつつ新聞記事にザッと目を通す。


『長らく人間界に留学していたグレアム殿下が毒りんご青虫日和に一時帰国された。王室筋によると今回の帰国は予定されていたものではないとのこと。

 グレアム殿下の帰国を祝う夜会に出席した者の話によると「グレアム殿下とアデル嬢は初対面であるにもかかわらず、とても仲睦まじく会話に花を咲かせていた」という。

 魔界王室広報は、「今回そういった報道がされていると連絡を受け、みな困惑している。現段階ではグレアム殿下の婚約者について何も言える事はない」とプレスに発表した』


(ヒロインについての言及はなし。けど……)


 グレアムが仲睦まじく話をしていたという一文にマリエッタは固く口を閉じる。


(悪いのは全部私なんだよね)


 そもそもグレアムが魔界に強制送還されてしまったのは、マリエッタがグレアムを拒絶したからだ。それにキウイの皮が運良く湧き出るのも、マリエッタが現実を受け入れられないから。


 色々あって状況は混乱している。


(でもやっぱりグレアムがいないのは無理)


 マリエッタはその気持ちだけで魔界にやってきた。


(だからやっぱりちゃんと謝って、それで人間界に戻らないといけない)


 マリエッタは前を向く。


(だって私はヒロインだもの)


 諦めるなんて言葉はヒロインの辞書にはないのだ。


「よし、魔王城へもう一度!!」


 マリエッタはくるりと後ろを振り返り、出口に向かおうと足を前に出した。


「お嬢ちゃん、魔王城は通行証、もしくは勇者の証がないと入れないぜ?」

「うぅ、そうだった」


 マリエッタは歩きかけた体を反転しカウンター越しにいるブルーノに向き合う。


「ブルーノさん、どうしたらグレアム……殿下と会えるんですか?」

「んー、それよりも先ずは一文無しって状況の方をどうするか考えるべきだと思うぜ?」

「うっ、そうだった」


 マリエッタはカウンターに肘を付き頭を抱えたのであった。

お読み下さってありがとうございます。

ポイントにブクマもとても嬉しいです。


明日から毎日21時予約投稿にて更新となります。

全50話なので、残り23日ほどお付き合い頂けると幸いです。

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