024 グレアムに制裁を!!
カジノに潜入を果たしたマリエッタ。
途中白いうさぎの耳をつけた甘いマスクのバニーボーイについうっかり見惚れるという失態を犯しながらも、無事ターゲットを発見した。
「グレアム、ぶっ殺す」
静かな怒りを口にするマリエッタ。
「マリエッタ君。物騒な言葉はいけないよ。君はヒロインだろう?」
「そうですけど」
「ヒロインである君の言葉の乱れ、それはすなわち我が国の風紀の乱れに直結しかねないからね。気をつけたまえ」
「御意……」
セドリックに叱られシュンとするマリエッタ。
(でもでもだって!!)
「しかし、あれはないよね。君が口汚く罵ってしまいたくなる気持ちはわかるよ」
セドリックの呆れた声と共にマリエッタは前方にいるグレアムを睨みつける。
現在グレアムはピンクのバニーガールを横に侍らせ、ルーレットゲームに興じている。
因みに怪盗ダイアは黄色いバニーガールの腰を抱いているという状況。
(二人とも破廉恥すぎる)
マリエッタはメラメラとその琥珀色の瞳に怒りの炎を宿らせる。
「マリエッタ君。一先ずこれでも飲んで落ち着こう。ほらこっち」
いつの間にかセドリックが両手にカクテルを持っていた。
そしてそのまま空いているソファーにマリエッタを誘導する。
「これはいくら――」
「気にしないで。今日は私に奢らせてくれないか?」
セドリックがマリエッタに逆三角形の口になったカクテルグラスを差し出した。
中に入っているのは、夕日を連想させるオレンジがかった赤いカクテル。カクテルの中にはチェリーが沈められている。
「……お言葉に甘えていただきます。ほんと、セドリック様色々とありがとうございます」
マリエッタは遠慮がちに礼を口にしながらセドリックからカクテルを受け取る。
(セドリック様ってホントいい人。何処かの馬鹿とは大違いなんだけど)
ピンクのバニーガールにデレデレするグレアムと比べ、自分にホイホイ奢ってくれる金払いの良いセドリックは理想の彼氏だと思った。
(それにセドリック様は優しくて、ディアーヌ様一途な所もポイント高いし)
マリエッタはセドリックの優しさと誠実さにあてられ、もはやピンクのバニーガールにデレデレするグレアムとは絶交しようと、そのくらい怒っていた。
「そのカクテルはマンハッタンと言うんだ。切ない恋心って意味があるんだよ。今の君にぴったりだと思わないか?」
「そうですね。もう既に恋心なんて学校の寮に置き忘れてきちゃった感じですけど」
はははと乾いた笑いを漏らし、マリエッタは静かにカクテルに口をつけた。
全体的に甘口だ。しかしかすかに苦味も感じる。
「こんなお酒は初めて飲みました」
「マンハッタンは有名なカクテルだから、何にしようかなって迷ったらとりあえずそれを注文すれば間違いない」
「へー、勉強になります」
マリエッタは再度カクテルを口に運んだ。
(マンハッタンの意味はわからないけど、美味しい)
「ただし意外にアルコールの度数が高いから、安心安全な男の前でしか飲まない方がいいよ」
「セドリック様みたいな?」
「そうだね。確かに私は安心安全だろうね。モブ王子だし」
セドリックのわざとらしく付け加えた言葉でマリエッタはつい頬が緩む。そのお陰で自分の心の怒りが少しだけ和らいだのを感じた。
そして目下の問題児。マリエッタはグレアムに視線を向けた。
「今日の俺はやばいかも。ピンクバニーちゃんは勝利の女神だな」
グレアムはそう口にすると、ピンクバニーちゃんとやらの指先にキスを落とした。
(なっ!?)
マリエッタは折角落ち着いた心が一気に荒ぶる。
「なるほど。グレアムの今日のチップの色がピンクだから、ピンクバニーを侍らせていると。意外に単純な奴だな」
セドリックの言葉を受けマリエッタはグレアムの手元を確認する。すると確かにグレアムに割り振られたチップの色はピンクだった。
「確かに。お前今日調子いいもんな。イエローバニーちゃん、僕にも幸運を頼むよ」
怪盗ダイアはイエローバニーの腰をクイッと自分の方に引き寄せさらにその体を密着させている。
(最低……でも怪盗ダイアの恋愛はわりとどうでもいい。問題は確実にあいつ)
マリエッタは獲物をロックオンしたヒョウのような目をしてグレアムを睨みつける。
「スピニングアップ」
ディーラーらしきブラックバニーがテーブルの脇についたルーレットに白い玉を投入する。
そしてルーレットがぐるぐると回り始めた。
「よし、俺は勝負する!!」
グレアムが台の真ん中にピンクのチップを山積みにした。
マリエッタはちびちびとカクテルを飲みつつその様子をうかがう。
「ノーモアベット」
ブラックバニーがテーブルの上で両手をかざした。
「十七来い!!」
グレアムが熱の籠もった声をあげる。
「くそっ」
グレアムが肩を落とした。
「あー、外したみたいだね」
セドリックがマリエルの思った事を代弁してくれた。
「くそっ、次は勝つ」
グレアムが懲りずに声をあげている。
(はぁ……)
マリエッタはもう見ていられないとグレアムから思わず顔を背けた。そしてまたカクテルをちびちびと口に含む。
(結局のところ、現実逃避はお酒に限る)
あぁ、美味しいマンハッタン……などとひたすら手に持ったグラスに注視するマリエッタ。
「マリエッタ君、どうする?」
「え?」
「グレアムだよ。賭け事に熱中するのもあまりいい趣味とは言えないけど、何より君という婚約者がいながらピンクバニーにあまりにも馴れなれしすぎるだろう?」
セドリックがマリエッタがずっと感じていた不平不満を口にする。
「私は王子だから我慢しているのに」
心の声が漏れ出すセドリック。
(台無しなんだけど……)
セドリックの株が赤丸急上昇だったマリエッタ。しかしこの瞬間大暴落を迎えた。
「何もしない事にします」
マリエッタはもうどうでもいいやと思った。
ピンクバニーに馴れなれしく指先とは言えキスをした事も許せないし、そんなピンクバニーにピタリと張り付かれて鼻の下を伸ばしている今のグレアムは好きじゃない。
グレアムの事は好きだった。だけど今のグレアムは好きではない。
マリエッタの頭の中にたった今、湧いて出た気持の正解が明確に浮かびあがる。
(というかグレアムこそ当て馬だったんじゃ)
幾分ふわふわと酔った頭のマリエッタは今まで思いつきもしなかった発想にたどり着いた。
「何もしないでいいの?」
「そもそも私はグレアムの婚約者ではないですから」
「えっ、そうなの?でも付き合ってるんだよね?」
「いいえ」
「じゃ、君達はどういう関係なの?」
「……幼馴染」
マリエッタがボソリと呟いた言葉に目を丸くするセドリック。
(でも、そうなんだよね)
確かにグレアムからの好意をマリエッタは感じていたし、自分もここに来るまでは確かにグレアムが好きだった。
(だけど今振り返って見ると、なんかお互い都合が良かったっていうか)
たまたま一番近くにいた人が異性だったから、何となく好きだと思い込んでいたのかも知れないとその可能性にマリエッタは気付いてしまう。
「グレアムもああやって、自分の世界を広げてピンクバニーちゃんというムチムチナイスボディな性癖に目覚めたようですし、私だって新たな扉を開ける権利はある」
「えっ!?開き直り?というかそっちに行くの?」
「はい。私もホワイトバニー君にアタックしてみたいと思います」
マリエッタはグビグビと残りのカクテルを男前に飲み干した。
「ぷはぁーっ。これはきつい」
胸が焼けるように熱い。
初めての感覚だとマリエッタは思い。
(そう言えばお酒を飲む事自体、初めてなような)
その事実に今更気付く。
(でもま、本編では全年齢対象だったから飲酒制限があっただけ)
十六歳になった今、堂々とアルコールを摂取出来るのだからノープロブレムだとマリエッタは大きく頷く。
「なんか目がトロンとしてきているような」
「それに私はほら、ディアーヌ様曰くこの髪色のせいで男を誘惑する特性持ちのようですし。折角だから活用しない手はないかと」
「いや、それは違うって。ディアが悪役令嬢にそう言わされてるだけだし」
「いいえ、きっとそうなのです。だってホワイトバニー君と目があって、さっき私は嬉しかった!!これはその気ありということ。それにそれに、ヒロイン組合の研修でも他の男を知るべしとクロア王子殿下が言ってたし!!」
「えーー。意味がわからない。マリエッタ君、一体どうしたのさ……って酒の飲み過ぎか」
セドリックがマリエッタの手から空になったカクテルを奪う。
「ちょっと緊急事態みたいだ。君はここにいて。グラスを返却したらすぐに戻ってくるから」
「御意!!」
「あぁ、ヒロインが壊れたとか国家レベルでまずいかも。父上になんと報告すればいいんだよ……」
若干青ざめた様子のセドリックが慌てて席を立った。
(いざ出陣!!)
完全に捕食者の目をしたマリエッタは勢いよく立ち上がった。
そしてカクテルを片手にうろつくホワイトバニー目掛け足を進める。
(イケイケゴーゴーわ・た・し!!)
自分で自分を鼓舞しマリエッタはグレアムの遊んでいる台の脇を通り過ぎる。
「あ、マリーじゃん」
怪盗ダイアの声が聞こえた気がするがマリエッタは無視する。
(私だってホワイトバニーさんに優しくされたい!!)
「えっ、マリー!?あっ……」
グレアムの声も聞こえた気がする。
(あいつは既に当て馬)
マリエッタは完全に現実世界からグレアムをシャットダウンさせる。
(うさ耳、うさ耳、ホワイトバニー)
「ちょ、マリー!!何でこんなとこにいるんだよ」
ドタバタと騒々しい音が背後でするがマリエッタはあと数メールとなったホワイトバニーに目標を固定する。
(逃すか!!ホワイトバニー!!)
前方には怯えた顔を見せるホワイトバニー。
そして完全にライオンが獲物に飛びかかる瞬間と言った気迫に満ちたマリエッタ。
マリエッタはその気迫のままホワイトバニーに腕を伸ばしかけた。
「何この客、怖いんだけど!!」
ホワイトバニーが怯えた表情をマリエッタに向ける。
(あと少しで捕獲!!)
マリエッタが勝利を確信したその時、慣れないヒールのつま先にぬるっとした何を踏んだ感触がした。
(えっ、何でキウイの皮が!?)
マリエッタの体は見事半回転し、そのまま地面に頭を打ち付けた。
「む、無念……」
「マリー、大丈夫か?」
グレアムがマリエッタを心配する声が聞こえる。
「マリー、おい、マリー!!」
(頭いたい)
そう思ったのを最後にマリエッタは意識を失ったのであった。




