023 持つべきものはお金と権力者の友
(ディアーヌ様に八つ当たりとか、もう最悪)
マリエッタは自分のヒロインらしからぬ行いに至極反省した。
(そもそも、グレアムに確かめるべきなのよ)
ウジウジ悩む暇があったらまずは本人に直接問いただそうと決めたマリエッタ。
そしてそれを迷わず実行に移した。
「えっ、俺がマリーを避けてる?そんなわけあるかよ」
「でも最近ずっと私と遊ぶの断ってるじゃない」
「そっか。やっぱお前は俺を相当愛しちゃってる的な?けどな、男には勝負時ってのがあってな……」
「カジノってこと?」
「馬鹿な、大間違いだぞマリー。あ、怪盗ダイアだ。じゃそういうことで!!」
明らかに挙動不審かつ、怪しすぎる余韻を残したままマリエッタの目の前から華麗に消え去るグレアム。
(は?今のなに?私より怪盗ダイアってこと!?)
とうとうグレアムの有り余る素行不良に堪忍袋の緒が切れたマリエッタ。
(そっか、きっとグレアムの闇落ちまでのカウントダウンが始まってるんだ。だったら私が何とか止めないと!!)
突然閃いた思いつき。使命感に燃えるマリエッタの誕生だ。
そこでまずマリエッタはディアーヌの取り巻きであるグリフォン整理係のトムを秘密裏に買収する事にした。
(ディアーヌ様に出来たんだもん。お金さえあれば私だって!!)
そしてマリエッタは有言実行。為せば成る為さねば成らぬ何事もの勢いで、グリフォン整理係のトムにいやらしく金をちらつかせた。そしてわりと簡単にトムを物陰に巧みに誘い込む事に成功したのである。
「これで、グレアムと怪盗ダイアを監視して欲しいのです」
マリアーヌは物陰に連れ込んだトムに怪しい麻袋を差し出した。中に入っているのはマリエッタがいざと言う時の為にと貯めておいたへそくりだ。
(こんな形で使う羽目になるのは悔しいけど、でもグレアムを何とかするためなら……)
「マリエッタ様、手を離してもらってもいいですか?」
「うっ、貯金が減る。心がひもじい」
マリエッタは目に思い切り涙を浮かべる。
「べ、別にそこまで悲壮感漂うならタダでいいですよ。ディアーヌ様からかなりの額の協力金をもらっていますし」
堪らずといった感じでトムが麻袋から手を離した。
「駄目よ。ヒロインの心得第八条、ヒロインたるもの貸しは作っても借りは作ってはならない。何故ならそれがいつ弱みとなるかわからないから」
「な、なるほど」
「くっ、持ってけ泥棒!!」
マリエッタはトムの胸に麻袋を押し付けた。
そして自分に対し後ろ髪引かれる隙も与えずその場を即座に立ち去ったのである。
流石にその日の夜。マリエッタは減った残高を思い、思う存分枕を濡らす羽目に陥った。
しかしその甲斐あって、本日マリエッタはグリフォン整理係による密告を受けたのである。
「ボス、観察対象者Gは観察者Dと共にウキウキとした様子で城下のカジノ「トレジャーモンスターアイランド」に向かいました」
「GJよ、トムさん!!」
マリエッタは報告を受け、やはりお金の力は偉大だと実感した。
(何だかんだで貯金しておいて良かった。それにグレアムを救うためだし。いざという時が今って事よね)
覚悟したマリエッタは今までの倹約生活で溜めたなけなしの貯金を、等身大ブタの貯金箱に詰め込み背中にくくり付けた。まさにいざ出陣という状況だ。
(これでスリに遭う可能性も潰したし、完璧ね!!)
準備万端とばかりニンマリと微笑むマリエッタは寮の部屋を飛び出した。
(今日こそ懲らしめてやるんだから)
そんな気持ちでマリエッタが訪れたのはセドリックの特別談話室。
王子であるセドリックは大抵ここで暇を潰している。
(ディアーヌ様がかまってくれなくなっちゃって、暇っぽいし)
ならば是非手を貸してもらうと、マリエッタは意気込んで談話室の前に立つ。
「たのもーー!!」
「マ、マリエッタ君。鼻息が荒いけど大丈夫かい?」
突然談話室のドアをポルターガイスト現象の如くガタガタと揺らし来訪を告げたマリエッタ。
そんな猟奇地味たマリエッタの行動にドアから半分ほど顔を出し怯える表情を見せるセドリック。
「セドリック様。私はセドリック様の招集に無遅刻無欠席ですよね?」
「そうだね。いつもありがとう」
「じゃ、たまには私にも付き合ってくれますよね?」
「え?かまわないが……その背中のブタは何かな?」
マリエッタは多くを説明せず「まぁいいから、いいから」と誤魔化し魔法学校所属。移動用グリフォンの背にセドリックを無理やり乗せた。
「マリエッタ君。流石に近衛もつけないで行動するのは王子としてまずいと思うんだが」
グリフォンの手綱を握るマリエッタの背後。
ようやく事態を飲み込んだらしいセドリックがマリエッタにそう声をかけてきた。
「大丈夫ですよ」
「何故そう言い切れる?」
「だって、セドリック様はモブ王子ですから」
「そ、それはどう言う意味かな?」
「モブ王子だから誰も狙わないって事です!!」
マリエッタの言葉を受けセドリックは大きなため息をついた。
「マリエッタ君……やっぱり君は可愛い顔をして嗜虐性溢れるダークヒロインだった……」
「違います。良いこのみんなのお手本でしかない、そんな素敵なヒロインですよ」
(ただし、堕落したグレアムを更生させる為とあらば闇落ちも辞さないけどね)
マリエッタはこうして王子であるセドリックをグレアムと孤児院に里帰りする時のような、気軽な感覚で城下町に連れ出したのであった。
★★★
本日マリエッタが訪れているのは、リーナス王国に最近新しく開業したというカジノだ。
「えっ、ドレスコード?」
「申し訳ございません。当店ではそういう決まりですので。因みに大きな荷物も持ち込み厳禁となっておりますので」
カジノへ続く大きな鉄の扉の前。明らかにマリエッタが背負った等身大ブタの貯金箱に不審な視線を向けるドアマン。
マリエッタは既にカジノに足を踏み入れる前に、ドアマンによってその侵入を阻まれていたのである。
(くっ、カジノ。なんて鉄壁なセキュリティー)
マリエッタは初めて訪れる場所に勢いで来てしまった自分の用意不足を反省した。
「なるほど。君はグレアム達を探そうとしているんだね」
「懲らしめようかと」
「確かに学生の分際で、夜中にこういう場所に出歩くのはあまり褒めた事ではないな。よしわかった。私にまかせてくれ」
途方に暮れるマリエッタにセドリックが心強い言葉をかけてくれた。
(もはやセドリック様が王子様に見える。これでピーさえなければ)
マリエッタは内心そう思いながら、セドリックの指示に従う事にした。
何でもセドリック御用達のブティックがあるらしく、そこでドレスコード用の服をレンタルすればよいとのこと。
「レンタルなんてあるんですね」
「急にパーティに呼ばれたとか、城を出る時に少し汚してしまったとか。まぁ色々な理由でそれなりにレンタルは必要なんだ」
「なるほど」
(セレブって感じ)
マリエッタはセドリックの口から飛び出す言葉に「セレブだ」を連発させながら気付けば店の前に案内されていた。
「ミストンプソンの三割増しドレスアップ」という店名が非常に気になりつつも、勝手のわからないマリエッタは全てお任せコースを選択した。
そしてマリエッタはカジノの薄暗い照明に映える上に、金運アップで縁起がいいからとゴールドのドレスを店員によってチョイスされた。ついでにストロベリーブロンドの髪もしっかりとアップにしてもらい、鏡に映る自分を見てマリエッタは思った。
(うわ、ヒロインがいる)
流石プロである。もはや私より可愛い人はこの世にいない。ついうっかりマリエッタは自意識過剰気味にそう思ってしまった。どうやらヒロインポジティブ補正もかかってしまっているようだ。
「流石、ヒロイン。とても見違えたね」
「ありがとうございます。自分でもそう思います。でもセドリック様も素敵です」
モブとは言え流石王子である。
そもそも見目麗しい上に、堂々と黒いスーツに身を纏う姿は圧倒的ひれ伏したい感が半端ないとマリエッタ。
「普段世話になっているから、ここは私が支払うよ」
「駄目です。これは私の問題なので」
「でもわりと高いけど」
遠慮がちにセドリックに告げられた金額を知り、マリエッタは青ざめた。
その結果マリエッタはセドリックの好意に全面的にひれ伏し、有り難く施しを受ける事に決めた。
「……ありがとうございます」
「うん。女の子を着飾るのは紳士の醍醐味だしね」
(セドリック様、めちゃくちゃいい人なんだけど)
セドリックがどうしてモブ王子なのか。
もはやこの人こそヒーローなのではないのだろうかと疑い始めるマリエッタであった。
こうしてセドリックは黒いスーツ。マリエッタはゴールドのドレスにそれぞれ身を包み、紳士と淑女に大変身した。因みにマリエッタが背負っていた等身大ブタの貯金箱は中身だけ取り出し、フリンジのついた小さなパーティバックの中にしまい込んだ。
「さて、リベンジと行きますか」
「はいっ!!」
マリエッタとセドリックは準備万端な装いで再びカジノに出向く。すると今度はドアマンによる満面の笑みと共に「ようこそ、トレジャーモンスターアイランドへ」という歓迎する言葉をゲットした。
そしてようやくカジノへと続く重そうな扉が開いたのである。
(持つべき友は権力者の友)
セドリックを連れて来て良かったとマリエッタは心底感謝したのであった。
★★★
セレブ専用だというカジノはエントランスから既に豪華な象徴、シャンデリアがいくつもぶら下がっていた。
「ここが地下だなんて信じられないですよね」
マリエッタはキョロキョロと辺りを見回し目を丸くする。
「そうだな。掘るのが大変だっただろうに」
「それは魔法でボーンじゃないですか?」
「なるほど。一理ある」
二人は磨かれた床を進んで行く。あまりにツルツルで天井に描かれた模様が反射して床に写り込んでいる。地下とは思えないほど高い天井に広い空間。
(ほんと、別世界。それになんか儲かりそうな気がする)
マリエッタは初めて訪れるカジノの雰囲気に簡単に呑み込まれていた。
「とりあえずどうする?」
「グレアムの様子をこっそり探りたいです」
「了解。じゃ少しウロウロしてみるか」
セドリックのエスコートで店内をゆっくりと進むマリエッタ。
(何だか夜会に出ているみたい。とは言え何故うさぎ?)
見たこともない美味しそうなカクテルをトレイの上に乗せて歩くのは色とりどりのうさぎのコスチュームに身を包む女性達だ。
どの女性も頭にはうさぎの耳がついたカチューシャをしている。ピタリとした丈の短いドレスに、網タイツ。それに加え踏まれたら悶絶必至のピンヒール。素肌に蝶ネクタイと袖だけ謎にカフスを巻いているというスタイルのうさぎ。
「セドリック様、あのうさぎに意味はあるのでしょうか?」
「うさぎ?あ、バニーガールの事か。うーん、ピーでピーする事は禁止されているようだから目の保養かな」
(でたよ、規制用語)
セドリックの言葉に半目になりつつ、マリエッタはふと疑問を抱いた。
「男性の目の保養がバニーガールだったら、女性の目の保養は何なんですか?」
「あれじゃないかな?」
マリエッタは横で歩くセドリックの顔を見上げその視線の先を目で追う。
(なっ!?)
そこにいたのは真っ白なスーツに身を包むバニーボーイだ。
特徴的なのは上半身を覆うベスト型になったジャケット。後ろが燕尾服のように伸びていてほわほわとした丸いしっぽがちょこんとお尻の上に付けられている。
(というか……)
「何でシャツを着てないんですか、あの人達は!!」
「落ち着くんだマリエッタ君。目の保養なんだよきっと」
「で、でも裸にネクタイとかおかしいです。変態のする事です」
「裸じゃない。ジャケットを身につけている」
セドリックはすかさずそう反論した。
(でも胸元が開きすぎだし、ネクタイをそのまま地肌に巻く意味がわからない)
「セクシーじゃないか」
「目のやり場に困るじゃないですか」
「まぁ、人の趣味は色々って事だね」
(さり気なく逃げたな)
マリエッタはスタイル抜群のバニーガールと地肌に白いネクタイを巻いたバニーボーイに困惑した。
(だってここはカジノでしょ?)
そんな思いで無遠慮にバニーボーイをしっかり観察していると、マリエッタの視線に気付いたバニーボーイがニコリと微笑んだ。
(タレ目が可愛い。本当にうさぎみたい。やだ持ち帰りたい)
思わずポーッとなるマリエッタ。
「なるほど。マリエッタ君は優しさ押し売り系が好きなのか」
セドリックがからかうような声をマリエッタにかけた。
(ハッ、私は……夢を見ていた?)
顔をうっかり緩めてしまった事に気付いたマリエッタは自分を全力で誤魔化した。
そして――。
(グレアム、許すまじ)
何となく恥ずかしくてムズムズする気持ちをマリエッタは全てグレアムのせいにしたのであった。




