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022 カエルの王子様症候群

 マリエッタはカエルの王子様が登場した時、正直「私の知りたい事をちゃんと話してくれるのだろうか」と不安な気持を抱いていた。


 しかし現在。マリエッタはメモ帳にツラツラと聞き逃すまいと必死に文字を書き綴っている状況だ。


「――というわけで、好きな相手から好意を持たれた瞬間、ふと冷めてしまう、気持ち悪く思ってしまう。そのような現象をカエルの王子様症候群と言うんだ。これは特に女性側に多い現象としておとぎの世界でも多数報告されている」


 カエルの王子様こと、クロアが黒板の前で図解入りでその現象を説明してくれている。


(なるほど、ためになります)


「今回私が呼ばれたのは、ヒロイン達の多くがこの現象に悩まされていると言うことだったから。今日はその事を踏まえ話したいと思う。そもそもヒロインがこの現象に陥る原因の一つしてあげられるのが、恋愛経験不足だと私は推測している」


 クロアは黒板に美しい文字で「恋愛経験不足」と自らの言葉を書き足した。


「ヒロインたちの周りには例外があるとは言え、比較的察しの良いヒーローが配置される事が多い。それは物語を円滑に進めるため。特に情報社会となった今、次から次へ、テンポの良い物語が好かれる傾向にある。だからその分察しの良いヒーローの需要も高まり、その結果ヒロインは何もしなくてもヒーローが動いてくれて、いつの間にかハッピーエンド。君達の中にそんな子は多いんじゃないかな?」


 クロアの言葉を受け、静かに聞いていた参加者のヒロイン達の声があがる。


「確かにそうだよね。私は気づいたら両思いだった」

「私は物語のテンポの良さに同意。凝縮されすぎた私の物語なんてもはや、断片詰め合わせ。動いてる私ですら意味不明って思う時があるし」

「わかるわー。感情が追いつかないよね」

「でもま、時代の流れだよねー」

「そうね、昔は良かったなんて言ってられないか」

「老害って言われちゃう」


 最後のヒロインの言葉に一気に会場に笑い声が起こる。


「皆様、ヒロインらしく言葉には気をつけて」


 シンデレラが若いヒロイン達を嗜める。


「そもそも私達は本編終了後、自らにかけられていた心のリミッターが解除され、初めて自分の気持に気付く事が出来るようになります。その結果、特に本編でポジティブを売りにしていたヒロインの場合、今までヒーローに対し見過ごせていた事を急に許せなくなったりする例も多い」


(なるほど、ポジティブ効果が本編終了で薄れるからか)


 ふむふむとマリエッタは腕組みをした。


「それと、これも多いんだけど、全年齢対象のヒロインがスキンシップを求めだしたヒーローを気持ち悪く感じたりすることも。どう?身に覚えがある子も多いんじゃないかな?」


(あーわかるわ。気持ち悪いとまではいかないけど、戸惑う時はあるよね)


 マリエッタはふむふむと今度は小さく頷いた。

 そしてメモ帳に「グレアムはピー」と書き留めておいた。


「後は物語を両思いとなって終えた。そこがまさにゴールとなってしまい、その先がイメージしにくくなる場合とかね。そのような要素が重なった結果、ヒーローに対する不信感に繋がり、何となくヒーローとギクシャクしてしまうというヒロインも多いんだ」


(えー、全部私のことだよね?なにこれ、もしかして私の為の講座なの!?)


 マリエッタはまるで自分の心の内を言い当てられてような気がしてギクリとする。

 しかもカエルの王子クロアが最後、しっかりと自分を見てそう言い切った気がした。


「やだ、クロア殿下が私を見て言ってる。思い当たるフシが有りすぎるんだけど……」


 マリエッタの隣。メアリーヌがそう呟いた。

 その声に反応するようにマリエッタは周囲を見回す。

 すると不自然に動揺した顔になっているヒロインの多いこと。


(なるほど、私だけではなくて、みんな身に覚えがあると)


 その事実を目の当たりにし、マリエッタは「なんだみんなもそうなのか」と心が軽くなった。


「さて、解決方法ですが一番いいのは相手に完璧を求めない事。自分も相手も未熟だからこそ、ヒーローとヒロインでいられる。もしどちらかが完璧であれば、もう片方の存在はいらない可能性もあるだろう?」


(なるほど!!)


「そしてヒロイン自身もヒーローに幻想を押し付けない事が大事なんだ。そのためには、男性の思考回路が女性と違う。その事を知る為にある程度、ヒーロー以外の男性に目を向けてもいいと私は思う」


 クロアの言葉に目を丸くするマリエッタ。


「えっ、それは浮気ってこと?」

「ヒーロー以外の男の人を知るって事はそういうことなんだろうけど……」


 マリエッタとメアリーヌは顔を見合わせて、プッと同時に吹き出した。


「メアリー、眉間の皺がすごい」

「マリーだって鉛筆を挟めそうなくらい凄いわよ」

「だって、浮気とか」

「流石に無理よねぇ……」


 マリエッタとメアリーヌは「流石にハードルが高い」と絶望的な表情になる。

 それは他のヒロインも同じだったようで、一斉に会場がざわめき立った。


「あぁ、ごめん、別に浮気をしろって言っているわけじゃないんだ。ただヒロインは色々な意味で一途な子が多いから。周りにいるヒーロー以外の男性を観察すれば、案外ヒーローの行動もそこまで他の男性と変らないんだよって、私はそれを伝えたかったんだ」


(そういう事か)


 マリエッタは理解し、そして即座にセドリックと怪盗ダイアを脳裏に思い浮かべる。

 そして瞬時に苦虫を潰したような顔になった。


「あー、私の周りの男子、ピーでピーばっかだった……」

「そこもまた、コメディだからね……」


 メアリーヌの的確なツッコミにマリエッタはどんよりとした顔にならざるを得なかったのであった。



 ★★★



 マリエッタが『ヒロイン恋愛講座――その愛続いていますか?』に出席してから数日後。

 グレアムとの関係が飛躍的に変わったかと言えば、全くそのような事はなく。

 むしろ状況は悪化しているように思えた。


「マリーごめん!!今日はヨーグルトの食べすぎで朝から胃の調子がおかしくて」


(乳酸菌の意味無し!!)


「マリーごめん!!今日は小指をたんすの角にぶつけて」


(だからなに?歩けてるよね?)


 グレアムに謝られる事星の数ほど。

 マリエッタはグレアムに視線で「勝手にすれば」と伝える事が出来るスキルを習得していた。


 そして今日もまた中庭のベンチで一人侘びしく「いまそこに迫る彼との危機」という本を片手にボーッとしていた。


(少しでも恋愛小説から学ぼうと思ったけど)


 敢えて幼馴染の男女が主人公である本をチョイスしたのがいけなかったようだ。

 主人公二人の気持ちが逆方向に向かう箇所で、思わずグレアムと自分を重ねたマリエッタは先に読み進むことが出来なくなってしまったのである。


(もっと明るい話にすべきだった)


 マリエッタは段々と赤く染まる空をわびしい気持で見上げる。

 とそこに、夕焼け色とはまた違う赤い物体が目に入る。


「あら、珍しい。今日もまた一人なのね」


 マリエッタの前に音もなく現れたのはディアーヌだ。


(言葉の崩壊起こしてますけど……)


「どうも、珍しくもなく今日も一人ですけど。ま、読書日和ですからね」


 絡まれたくない。

 その一心でマリエッタは今まで読むことを放棄していた膝の上に乗せた本に目を落とす。


「何よ、元気がないじゃない」

「ありますよー」


 棒読み気味に答えるマリエッタ。

 その姿にナターシャが怪訝な表情になる。


「あなた、庶民の彼と上手くいってないの?」

「まぁ」

「そう……どうせあなたが男に色目を使ってばかりだから、愛想をつかされたんでしょ?」


 普段なら「ソウデスネー」とマリエッタもディアーヌの意地悪い言葉は聞き流す。

 けれどグレアムに避けられてばかり。既にえぐれた心に更にディアーヌによって塩を上塗りされたマリエッタの抑えていた苛々が爆発する。


「いい加減やめてもらえます、そういうの?」

「え?」

「大体私が男性を誘惑する体質なら、こんなカップルだらけの中庭に一人で佇んだりしません」

「まぁ、確かにそうね」


 キョロキョロと辺りを見回し納得した表情になるディアーヌ。


「はぁ……」


 マリエッタはため息交じりに本をパタンと閉じるとベンチから勢いよく立ち上がった。


「私に絡む暇があったら、セドリック様にかまって貰ったほうがよっぽど有意義な時間が過ごせると思いますけど。では失礼します」


 八つ当たり気味な上に、セドリックとディアーヌの仲良し具合に悔しさ全開。

 まるで負け犬の遠吠えのような嫌味たっぷりな言葉を吐き捨て、マリエッタはディアーヌの前から立ち去ったのであった。

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