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021 ヒロイン恋愛講座――その愛続いていますか?

「いつまでも」

「あると思うな」

「ヒーローの愛」

「貢ぐより」

「貢がせてみよう」

「ヒーローに」


(あぁ、心に沁みる)


 マリエッタは現在ヒロイン協会主催の『ヒロイン恋愛講座――その愛続いていますか?』に親友ヒロインメアリーヌと共に参加している。


 会場は最初に訪れた、パステルピンクとブルーの壁紙がグラデーションになった明るい部屋。そのゆめかわな部屋の中でマリエッタとメアリーヌは仲良く並びふわふわとした雲のソファーに腰を下ろしている。

 今日はドレスコードがないのでマリエッタは魔法学校の制服。黒いワンピース姿だ。


「さて皆様、今回は本編終了後にヒーローとの恋愛関係がうまくいかないと組合員である各物語のヒロインからそんな声が多く聞かれた事を受けての開催となります」


(それ私のことだから)


 マリエッタは今日もブルーのドレスに身を包むシンデレラの話を聞きながら、グレアムの事を思い出し憂鬱な気持になる。


 一時は「私グレアムがダメンズでもいいや」などと言い切っていたマリエッタ。

 しかし、日々悪化するグレアムの生活態度に現在堪忍袋の尾が切れかかっている。


 更に言えば。


『ごめんマリー、怪盗ダイアが友人とトラブったらしくて』

『ごめんマリー、親父が風邪らしくて』

『ごめんマリー、友人のドワーフに剣の切れ味を見て欲しいって頼まれて』


 そもそも胡散臭さ満載。断然アウトであろう言い訳の数々。

 しかしこれらはまだマシな方だった。

 マリエッタが一番激怒したのはこれだ。


『ごめんマリー、今日は背中が痒くて』


 ここまでくると天然という設定を背負う星の下に生まれたマリエッタでさえ流石に嫌でも気付いた。


「私は確実に避けられている」と。


 そんな時丁度ヒロイン組合から『ヒロイン恋愛講座ーーその愛続いていますか?』という願ってもいない講習のお誘いが書簡で届いた。


「その愛続いてますかと問いかけられたら、答えはノー。つまりこれは行くしかない」


 即座にそう判断したマリエッタ。

 二つ返事で今回の講座に参加する事に決めたのである。


「私達ヒロインは本編上において、無意識のうちに本筋に沿うよう行動していました。つまり恋愛スキルを磨かずとも、気づいたらハッピーエンドになっていた。そんな方も多いと思われます」


 シンデレラの言葉に頷くヒロイン達。


(確かにそうかも。特に私なんてこの世で初めて目に入った人がグレアムってくらい、いつも一緒にいたしなぁ……)


 もはや恋人というより長年連れ添った阿吽の呼吸が出来る……老夫婦。

 マリエッタはふと自分の人生を思い返しその事実に今更気づいた。


「確かに恋愛色強めの物語ならいいけど私達はコメディだもんね。そう言えば私なんて毎日食材採取に出かけてトラブルに巻き込まれ、それで料理しての合間にちょっと恋愛。うん、このままじゃ私はいけない気がしてきた」


 メアリーヌもいつになく真剣な様子で星型のテーブルの上に乗せられた苺とクリームがたっぷりのったパンケーキを口に運んでいる。


「だよねぇ……私はわりと恋愛色強めだと思ってたけど、なかなか魔族の気持はわからないや」

「あーそうだよね。マリーのとこは異種族恋愛だもね。価値観とか色々違うんでしょう?」

「価値観。そうだね。ドレスの趣味はまぁ、困惑しないこともないかな」


 マリエッタはグレアムから贈られた、まだ一度も袖を通した事のない「人間の生き血色で染め上げたドレス」を思い出し、つい沈んだ表情になってしまった。


(あれを素敵だと思えない感性が避けられる原因なのかな)


 しかし、生まれ持った感性はどうにか出来るものなのかとそこも疑問だ。


「つまり私達ヒロインの中には恋愛初心者が一定数存在します。そこにきて大変困った事に迷い人の持ち込んだヒロイン型ウイルスにより汚染された悪役令嬢の存在です」


 シンデレラの言葉にマリエッタはクララことてんとう魔人を思い出す。

 怪盗ダイアのせいで砂となって消えたてんとう魔人は現在消息不明。

 一応ヒロイン組合には報告済みではあるが、「追放」となるとこの世界から抹消され、黄泉の世界に旅立った可能性が高いとの事だった。


(生まれ変わった世界が、てんとう虫に優しくてエコロジー運動が活発な物語だといいんだけどな)


 マリエッタは他人事ながら切にてんとう魔人における第二の人生の幸せを願った。


「悪役令嬢はねぇ、ほんと次々湧いてくるもんね」

「特にのっとり系ね」

「うちにもいる」

「えーミステリー属性なのに!?」

「ほんとそれ。事件は次々起こるのに、死体が寝転ぶ傍で「婚約破棄する」とか悪役令嬢に洗脳されたヒーローに私は宣言されたからね。もう推理してる場合じゃないって」

「それは……うん。ファイト」


 周囲からそんな声が漏れ聞こえる。


「現在数多くの物語がその干渉を受けています。その結果、ヒーローとの恋愛も停滞中、はたまた破局しそう、むしろもう婚約破棄をされてしまった。そんな悲しい事例も組合本部には届いております。そしてその綻びはこの世界の調和を乱し、無認可である悪役令嬢にさらなる活躍の場を提供してしまいかねません」


 シンデレラは悲痛な面持ちで言葉を一度切る。


「そんな事情もあり、一人でも多くのヒロインが本編同様ヒーローへの愛を貫き、本編後も幸せであるようにと願うヒロイン組合は今回の講座の開催を決定致しました。そして今日は、この企画の為に特別講師をお呼びいたしました」


 シンデレラの言葉にみんながワクワクとした表情になる。


「今回特別講師としてお招き致しましたのは……ふふふ。ご覧になって頂いたほうが早いわね。では皆様、盛大な拍手でお出迎え下さい」


 シンデレラがそう告げる。

 そして現れた人物を見てマリエッタはギョッとする。


「え、カエルなんだけど。メアリーもあの人がカエルに見える?」

「ええ。リアルなカエルにバッチリ見えてる。しかも顔だけカエルで後は人間っぽい」


(一体どういうこと?カエル魔人?)


 マリエッタは自分だけが錯覚しているのではないとホッとしつつ、しかし頭だけカエルというどうみても魔人寄りの人物の登場にひたすら困惑する。


「ふふふ、皆様驚きましたか?」


(そりゃもう)


 ブンブンとマリエッタは大きく首を縦に振る。


「こちらはカエルの王子様こと、クロア殿下です」


 シンデレラの言葉に答えるように、突然ボンっという音と共にカエルの頭が煙に包まれ一人の美しい青年がはにかみながらその姿を現した。


「やぁ、ヒロインの皆様。驚かせてしまってすまない。私はかつて魔女の呪いによってカエルになっていた経歴を持つクロアだ。今日はよろしく」


 ひよろっと背が高くプラチナブロンドにペリドットの澄んだ瞳が印象的なクロア。


「わ、イケメン」


 マリエッタはクロアに歓迎の拍手を送りながら思わずそう声を漏らす。


「びっくりした。流石、古典ヒーローで正統派。ヒーロー組合の代表も勤めているし。何だか風格を感じるわよね。とは言え、最初から人間で出てきて欲しかったけど」


 物知りなメアリーヌがクロアに顔を向けながらマリエッタに豆知識を披露する。


「でもまぁ、かつてはカエルだったんだもんね……」


 カエルの王子様。

 マリエッタの記憶だと、魔女の呪いでカエルに変えられた王子が泉で出会った王女にわりと酷い扱いを受けつつも負けじとしつこく、時には「親に言いつけるぞ」と脅し気味に王女に猛アタック。その結果、壁に「キモイ、無理!!」と王女によって投げつけられた王子。このままでは壁の染みに!?という絶体絶命の瞬間魔法が解けた。

 すると魔法が解けて美しい王子になった途端、王女は「王子様スキー」になり、二人はめでたく結婚。しかもカエルになった王子の事にショックを受けていた王子の家臣。その男の心の鎖も解き放つというおまけ付きでめでたし、めでたし。


(うん、なんというか、いいのかそれで?って気もしなくはない)


 マリエッタ的にはイケメンになった途端「あ、好き」の感覚がわからない。

 何故なら身近にいた男の子が初恋だからだ。


(色々な思い出を重ねて、気付けば好きになってたし)


 正直一目惚れなんて本当にあるのだろうかと、それで本当に幸せになれるのかと疑う気持を抱かずにはいられないのが、この有名な「カエルの王子様」という物語だ。


 そして何よりマリエッタは思う。


(せめてカエルの状態でも王女様が愛していたら美談だったのに)


 マリエッタはふと、隣に座るメアリーヌに問いかける。


「ねぇ、メアリー。もしさ、カエルに迫られたらどうする?」

「断る」


 メアリーヌは即答した。


「だって私、両生類は生理的に無理だもの」


 これ以上ない答えだとマリッタは思わず吹き出した。


(なるほど。きっと王女様も両生類が無理なヒロインだったのか)


 マリエッタは妙に納得してしまった。

 やはり親友は偉大なのである。

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