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020 悪役令嬢クララが去った、クララが去った、その後

 悪役令嬢クララことてんとう魔人がこの物語から追放され既に数日が経った。


 マリエッタはセドリックの特別談話室に呼び出され、現在ディーアヌと顔を合わせている所だ。


「マリエッタ様、ごめんなさい」


 今まで散々「男を誘惑している」とマリエッタに敵意を剥き出しにしていたディアーヌ。

 悪役令嬢を名乗っていたディアーヌはまるで憑き物が取れたかのようにマリエッタに頭を下げた。


(うわーー。ホントだったんだ)


 マリエッタは事前にセドリックから受けていた説明を思い出す。


『クララが消え去りディアが元に戻ったんだ。昔のように美しさも力強さも兼ね備え、なおかつ慈悲深い心を持つ完璧な女性にね。これで私とディアは元通り。というかそもそも私とディアはいつ何時も愛し合っていたか。こじれていたのは主にディアと君の関係だったね。ははははは。一刻も早く彼女の元に戻らないと。じゃ!!』


 それはもう、とろけるような甘い顔でディアーヌの現状をキョトンとするマリエッタに報告したのち、羽が生えたペガサスのようにその場から軽やかに走り去ったセドリック。


(あれはもう完全に恋愛馬鹿だった)


 マリエッタはセドリックの事を馬鹿にしつつ、比較的微笑ましく思っていた。


 しかしその反面、今まで何の接点もなかった上に急に意地悪をしてくるようになったディアーヌに対しは少し複雑な思いを抱えたままだ。

 正直マリエッタは「元に戻った」と言われてもあまりいい印象を抱けないまま。だから本日セドリックから受けたこの呼び出しにも「本当に改心したのかな?」とマリエッタは半信半疑の気持ちで特別談話室を訪れていたのである。


「質問なんですけど、ディアーヌ様の記憶はどうなってるんですか?」


 マリエッタは興味本位でそう尋ねる。


「マリエッタ様に行った数々の無礼。それについてはしっかりと覚えておりますの。ごめんなさい。振り返って見ても私はなんて酷い事をしたのかと自分にショックですわ」


 うるうると涙を溜めるディアーヌ。

 いつもはツリ目でキリリと睨まれてばかりだったのでマリエッタは戸惑う。


「じゃ、弟さんはどうされたんですか?」

「あぁ、それなら既に無事保護されている」


 ディアーヌの隣に座るセドリックが答える。

 セドリックの手はしっかりとディアーヌを励ますように握られている。

 因みにグレアムは今日もまた不在だ。

 何でも今日は魔族の友人に会うとかなんとか。


(普通はこういう時こそ隣にいてくれてもいいと思う)


 ディアーヌとセドリックの仲睦まじい姿に当てられたマリエッタはグレアムを恋しく思うと共に、グレアムにおける自分の優先順位の低さに落ち込んだ。


「それで弟さんは一体どこで」


 マリエッタはついうっかりグレアムに向く思考を目の前の二人に戻す。


「侯爵家の庭師になっていたんだ」

「まさかの!!」


(ロアナさん、ビンゴ!!)


 マリエッタは流石サイバー系ヒロインだと、先程までグレアムの事を考え少し落ちこみかけていた気持が軽くなった。


「でもクラーク本人は、良い人生経験だった。姉様ありがとうございますとディアにむしろ頭を下げていたよ」

「出来た弟さんですね。それで、ご家族とかも皆様クラーク様を庭師だと思いこんでいたのですか?」

「そうなんだよ。私以外はみんなそう思っていたんだ。不思議な事にね」


(あーそれは愛の力ですね)


 ロアナは「ま、冗談ですけどね」と濁していた。

 しかしマリエッタはセドリックが悪役令嬢の干渉を全く受けなかったのは、ディアーヌへの深い愛なんだろうなと思っている。


(だってそれが一番納得がいくし、なんか素敵だもん)


 それに比べて自分は最近グレアムを信じきれていないとマリエッタは再び不安になり落ち込む。


(万が一また新たな刺客、悪役令嬢がこの物語に現れたら……)


 マリエッタは不安気な顔でうつむく。

 今回はたまたまディアーヌの一方的な勘違いでグレアムとの中を邪魔されずに済んだ。しかし次に現れた悪役令嬢がマリエッタからグレアムを奪おうとするかも知れない。


(そんなのやだな)


 そう思うが最近のグレアムは明らかにおかしい。怪盗ダイアと学校はサボるし、レポート提出もギリギリだ。それに加え、授業中寝ている事もある。

 さらに一番許せないのは、ディアーヌにお金で雇われた取り巻きの一人であるグリフォン整理係トムのタレコミによって聞かされた、盛り場でナンパ失敗という情報だ。


 そのどれもが今までのグレアムでは考えられない事である。


(何だか遊び人みたいだし、もうやだ)


 そう思って愛想を尽かしかけている。けれどそれでもやっぱりマリエッタはグレアムを嫌いにはなれない。


(はぁ、ダメンズ好きなヒロインか……またこころの修道院に駆け込むかな)


 マリエッタはため息をついた。


「マリエッタ君。ディアに向ける怒りは、思う存分私に向けてくれ」


 マリエッタのため息を何やら勘違いしたセドリックがいきなり覚悟を決めたように口にした。


「さぁ、殴ってくれ。不敬には問わない」


 セドリックがそう言ってマリエッタに右頬を差し出した。


(できるわけないじゃん!!)


 流石に王子であるセドリックに手は出せない。


「というか、私はヒロインですから。暴力反対です」

「ふむ、では何をしたら君はディアを許してくれるんだ?」


(何をって、別にもう全然許してるけど……あっ)


 マリエッタはヒロイン回路が急に繋がり、とてもいいことを思いついた。


「じゃ、セドリック様とディアーヌ様がこのままちゃんと婚約破棄もしないで、きちんと予定通り結婚されたら全て水に流します」


(全てはこの物語の平和のために)


 マリエッタはヒロインらしい自分の思いつきに、にっこりと微笑んだのであった。



 ★★★



「それでまぁ、いいかと思って」

「えっ、許しちゃったんだ」


 グレアムが驚いた顔をマリエッタに向けた。


 現在マリエッタは魔法学校の放課後における定番デートスポット。

 中庭のベンチにてグレアムと並んで座っている所である。


「だって結局のところ、ディアーヌ様は神の創造ノートの切れ端のせいでおかしくなっていただけだし」

「けど随分とお前はあいつに嫌がらせをされたじゃん」

「そうだけど……」


 マリエッタは自分の為に怒ってくれるているグレアムを頼もしいヒーローだなと嬉しくなる。


(けど今じゃないのよねぇ……)


「何が?」


 グレアムがマリエッタの心の呟きに食いついた。


「セドリック様に謝罪したいって、私は呼び出しされたでしよ?」

「うん」

「あの時、セドリック様はずーっとディアーヌ様の手を握っていたの」

「うん?」

「それで、なんか、その」


 マリエッタはあの時グレアムに傍にいて欲しかったとは、何となく今更な気がして口に出す事をためらう。


 するとそんなマリエッタの様子から何かを感じ取ったのかグレアムが横から手を伸ばし、マリエッタの手を自分の手で包み込んだ。


「これでおあいこか?」

「おあいこ?」

「だってマリーはあいつらの仲がいい所を見て、俺がいなくて寂しいと思ったんだろ?」

「うん」

「だから今握る」

「おそいよ」

「でも握る。失敗は挽回出来ると俺は信じてる」

「ふーん、ま、いいけど」


 マリエッタは顔を赤らめる。けれどグレアムが手を握ってくれたお陰でやさぐれかけていた心がとても軽くなった。


 グレアムとマリエッタの付き合いは長い。

 だから、こんな風にグレアムはマリエッタの事を甘やかすのが上手だ。


「私、グレアムがダメンズでもいいや」

「は?」

「だってグレアムは私の事をわかってるから」

「そりゃそうだ。あのな、今はそのアレだけど。絶対そのうちマリーを驚かせるから」

「驚かせる?」

「なぁ、悪役令嬢がいなくなった。ディアーヌ様が元に戻った。って事はさ、俺たちにかかった呪いみたいなやつ。あれも解けてんじゃないか?」

「あ!!」


 マリエッタは今更その事に気付いた。

 そしてマリエッタとグレアムは顔を合わせる。


「準備はいいか?」

「うん」


(今度こそ、人生で一番幸せな日になる)


「今更ではあるが、俺はマリーの事がす――」


 とうとう聞ける、あの言葉!!

 そうマリエッタが胸を高鳴らせた瞬間。


「ストロベリーブロンドの髪色……マリエッタ様、見つけたわ!!」


 マリエッタの前に既視感たっぷりな台詞と共に立つのは、赤髪ツリ目の美しい女性。


「えっ、ディアーヌ様!?」

「またそうやって男を誑かしているのね。穢らわしい」


 ディアーヌはそう口にするや否や、マリエッタとグレアムが握った手に視線を落とした。


「しかも恋人繋ぎ。破廉恥だわ。ここは学校なのよ?」

「えっと、どう解釈していいのかな?」


(まさか今度のターゲットはグレアム?それだけは嫌。絶対嫌)


 マリエッタはディアーヌに向かって全神経を集中させ「グレアムは駄目」と念じた。


「大変だ。ディアがまた悪役令嬢に……ってあ、ディア」


 セドリックがマリエッタの前にいるディアーヌを見つけ足を止めた。


「まさかもうセドリック様に色目を!?最低ね。セドリック様は渡さない」


 これ以上ないくらいつり上がった目でマリエッタはディーアヌに睨まれる。


(良かった。今回も前回と同じっぽい)


 マリエッタはディアーヌの恋愛対象が相変わらずセドリックに向かっている事を知りホッと胸を撫で下ろした。


「良かったじゃないだろ……またかよ、うぜー」


 グレアムがボソリと愚痴をこぼす。

 そして無意識なのかマリエッタとつないだ手にグレアムが力を入れた。


「私は良かったよ。ディアーヌ様、お願いですからセドリック様をそのまま好きでいて下さいね」

「マリー、何でウエルカム的な対応してんだよ」

「二回目だし」

「あーなるほど……正直一回で充分だけどな」


 マリエッタの言葉を受けグレアムが苦笑いになる。


「は?何よ、いきなりマウント取ってるつもり?やっぱりストロベリーブロンドの髪色は厄介なヒロインなのね。どうせならこの物語のヒロインはシルバーとかブルー系のクールなヒロインが良かったわ」


 マリエッタをさらに睨みつけるディアーヌ。

 そんなディアーヌを見てセドリックが深い溜め息をついた。


「マリエッタ君。どうやらまた君には迷惑をかけてしまうようだ」

「はい」

「しかしどうしてディアばかりが狙われてしまうのか……」

「それはほら、ディアーヌ様はセドリック様の婚約者ですから」

「私の婚約者だから?」


 セドリックはいまいちピンとこないような顔をマリエッタに向けた。


「悪役令嬢組合はこの世界を再生するとか言ってただろ?となると国を代表する王子の婚約者が突然変異し悪役令嬢になり、それに振り回された王子が国を破滅に追い込むってのは、ここ最近良く聞く話だ」

「なるほど。私はモブ王子だが、悪役令嬢組合に試されているというのか」


(でもセドリック様なら大丈夫な気がする。問題は……)


 マリエッタは隣に座るグレアムの横顔を眺める。


(グレアムだって、魔界の王子……なんだよね)


 ヒロインの勘というのだろうか。

 マリエッタは何となくこの時、嫌な予感がしていたのであった。

お読み頂きありがとうございます。

こちらで一章が完結となります。

第二章は魔界編になります。

引き続きお楽しみ頂けると幸いです。

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