002 悪役令嬢とはそういうもの
その日マリエッタは回復魔法の実技授業を受けていた。
「セドリック様。私という婚約者がいながら何故その方と?」
「くじ引きで」
至極真面目な顔でディアーヌに答えたのはこの国の第一王子、セドリックだ。
金髪碧眼。誰もが二度見するほど見目麗しい容姿を持つセドリックは政略結婚とは言え、ディアーヌの婚約者である事は間違いない。
「まぁ、マリエッタ様。仕組んだのですわね」
「くじ引きです」
マリエッタは必要最低限の言葉をディアーヌに返す。
現在マリエッタは緊張した面持ちでセドリックの腕に魔法でぐるぐると包帯を巻いている。
(お願い、集中させて欲しい。切実に)
マリエッタは密かに願う。何故なら我が国の次期国王候補であるセドリックに怪我でもさせたら不味いとかつてないほど怯えているからだ。
「そんな訳ないわ。公平なくじ引きであなたとセドリック様が何故ペアになるの?」
(公平だからこそ、庶民の私とセドリック様がペアになったんじゃないの?)
マリエッタは冷静に指摘する。勿論心で。
ついでに言えば、セドリックのペアを引き当てた自分を呪いたい気持ちでいっぱいだ。
(だけど全てはグレアムと私の未来と諸々のため。耐えろ私)
マリエッタは視線を動かし同じ教室内の端にいるグレアムをすぐに見つける。
(いいな。私もグレアムとペアになりたかった)
その気持ちが通じたのか、ペアになった子に魔法で腕に包帯を巻かれていたグレアムがマリエッタに顔を向けた。しかしマリエッタと目があった瞬間、グレアムがマリエッタの傍に立つディアーヌを確認したのか、眉間に皺を寄せた。
(いけない。グレアムに余計な心配させちゃ駄目)
そう思ったマリエッタはグレアムを安心させるため力なく笑みを浮かべる。
するとグレアムの口がゆっくりと動いた。
『ぶ・っ・こ・ろ・す』
(えっ、何?不穏すぎるんだけど)
これは何かの間違いだと、マリエッタは目をしばしばとさせる。それからもう一度改めてグレアムを確認する。するとグレアムはマリエッタが大好きな柔らかい笑みを返してくれた。
(ふふ、気のせいか。やっぱり大好き)
「うっ」
「あ、セドリック様。すみません」
うっかりグレアムに気を取られたマリエッタはつい魔法加減を間違えてしまったらしい。慌ててセドリックの顔を確認すると苦笑いを向けられた。
(不敬、さらし首、デッキブラシでゴシゴシに毒りんごの刑!!)
マリエッタの脳裏には瞬時に自分を殺す様々なパターンが浮かび、その場で泣きそうになる。
「マリエッタ君。大丈夫だからそんなに怯えないでくれ」
「ふ、不敬は……」
「こんな事くらいで始末してたら国民がいなくなっちゃうよ。はははは」
セドリックがマリエッタに笑顔を向ける。
(よかった、殺されないで済む)
マリエッタがホッと胸を撫で下ろした瞬間。
「ドジっ子アピールね」
すかさず飛んでくる意味不明な言葉。
「何かすまないな。巻き込んでしまって」
「いいえ、お気になさらず」
(多分セドリック様を巻き込んでいるのは私の方ですから)
ため息まじりでマリエッタに小声で謝罪するセドリック。そんなセドリックにマリエッタこそ申し訳ない気持ちになる。
「ほら、色目を使ってる」
「いい加減にしないか?ディア。マリエッタ君とは公平なくじ引きでペアになった。それ以上でもそれ以下でもない。君も早く実技練習に戻った方がいい」
セドリックがディアーヌに厳しい声を出した。
「もうストロベリーブロンドに魅了されているの?」
ディアーヌはキリリとセドリックを睨みつけた。
「ディア、君は最近おかしいぞ?」
「おかしいのはあなたですわ、セドリック様。私はこの世界の仕組みに気付いただけだもの」
将来この国を担うであろう二人が睨み合うという居た堪れない状況の中、マリエッタは無言でセドリックの腕に魔法で包帯を巻き続けた。
勘弁してよと思いながら。
★
そして同じ日のお昼時。
前を歩く男子生徒がハンカチを落としたので拾って渡しただけなのに、ディアーヌが何かとイチャモンをつけてくるせいで食堂に出向くのが遅れたマリエッタ。
「うわ、今日は人がやばいな」
「テラスが工事中だからだよね」
マリエッタを密かに待っていてくれたグレアムと合流し、いつも行動を共にする庶民仲間を探そうと食堂内を二人でぐるりと見回した。
「あ、見つけた。けどマリー。お前にとっては最悪かもしれない」
「えっ、何で?」
「ほら、あいつら何故かセドリック様達とテーブルを囲んでる」
グレアムの視線の先を確認しマリエッタは顔を曇らせる。
「あー、確かに最悪かも」
「でも食べとかないと体力持たないしな」
「そうだよね。配給ごはんを無駄にする事は出来ないもん」
「だな」
いつもお腹を空かせていた孤児院育ちのグレアムとマリエッタにとって、学費に含まれる学食はとても重要だ。しかも、国からの奨学金を得て魔法学校に通う二人からすれば学食はタダ飯。逃すなどあり得ないのである。
「失うわけにはいかない、この生活」
「そうだな、卒業しないと院長先生にも恩返しが出来ないからな」
「うん、そうだね。チビたちの為にも私達で稼がないとだよね」
マリエッタはグレアムとそんな会話を交わしながらセドリックのいるテーブルに向かう。
「おっ、ようやく来たか」
「今週、テラスを工事中って事忘れててさ」
「セドリック様が席を取りそこねた私達に相席を許して下さったの」
グレアムとマリエッタに気付いた友人たちが明るい顔であり得ない状況の説明を口にする。
魔法学校は身分に関係なく才能ある物に開かれた学舎。しかしそれは建前だ。
普段は身の丈にあった交友関係で固まり、貴族と庶民は授業以外で交わる事がない。
(最近はやたら関わる機会が多いけど)
マリエッタの頭に赤いツリ目の女性が浮かぶ。
(やだやだ、恐ろしい)
マリエッタは即座にその姿を記憶から抹殺する。
「私に構うとアレだろうけど。良かったら座りなよ」
セドリックは苦い顔をしながらグレアムとマリエッタに席を勧めてくれた。
「セドリック様、ありがとうございます」
「助かります」
グレアムと並んで礼を口にし、二人並んで席についた途端。
「ほらやっぱり。隙あらばセドリック様に近づこうとしている」
案の定といった感じ。
背後からディアーヌがセドリックと同じテーブルについたマリエッタに非難する声をかけた。
(もう、無視していいかな?)
今までは一応お貴族様だしと、マリエッタも我慢……というか謎の茶番に付き合っていた。
(多分ディアーヌ様の暇つぶしの余興みたいなものなんだろうけど)
流石にマリエッタとて一人の人間だ。
毎日理不尽に絡まれる日々にうんざりだと辟易していた。
「ディア、君は一体どうしたんだ?何故マリエッタ君を目の敵にするんだ」
堪らずといった感じ。ディアーヌに背中を向けたままのマリエッタに代わり、セドリックがディアーヌに一連の奇行について問いただした。
「セドリック様はマリエッタ様を好きなんでしょう?」
突然の言葉にマリエッタはこっそり口に含んでいたスープを吹き出しそうになった。
「君という婚約者がいながら、私が不貞を働くと思うのか?」
セドリックが正論を口にする。
「だって、私達は政略結婚ですもの」
「それでも、幼い頃よりお互いわかり合おうと距離を縮めてきたと、私はそう思っていたのだが」
「でもセドリック様はこの子を好きになるわ。絶対に」
「その自信はなんなんだ?」
「ストロベリーブロンドの髪色をしているからよ」
「ストロベリーブロンド?」
セドリックがわけがわからないといった戸惑いの表情を浮かべる。
それからマリエッタの髪に視線を向けた。
「なんでも、マリーの髪色がディアーヌ様はお気に召さないそうです」
グレアムがボソリとセドリックに告げ口をした。
「ストロベリーブロンドはこの世界を滅茶苦茶にする危険な色ですの」
「ディア、その理論は一体何処から仕入れたんだ?」
「悪役令嬢として生を受けた私にはわかるだけ。理論なんてない。そういうものだから」
「ちょっと待て。悪役令嬢?何なんだそれは」
「ヒロインに意地悪をする運命を背負い、婚約破棄をされる当て馬の事ですわ」
「…………」
セドリック様がついに絶句した。
(心中お察しします)
マリエッタはひっそりとパンを口に放り込んだのであった。