018 エコロジー!!叫ばれましても
てんとう虫注意報です
「目がしばしばする」
マリエッタは正直な感想を漏らした。
「マリー、やっぱりお前が一番綺麗だ」
「ありがとう。グレアムだって一番格好いいよ」
「まぁな。俺はこうみえて魔界の王子でヒーローだからな」
自慢気に胸を張るグレアム。
魔法学校の制服を脱ぎ捨て、黒いスーツに身を包んだグレアムはマリエッタ史上、最高に素敵に見える。
「なんかさ、自分がプレゼントしたドレスを身に纏うマリエッタっていいな」
「む、またエロいこと考えているんでしょう」
「違う。断じて違う」
「どうだか」
現在マリエッタはグレアムに贈ってもらった例のグレートスパイダーシルクを使った生地のドレスに身を纏っている。血濡れたドクロ柄のドレスに袖を通す勇気はなかった為、消去法でこちらになった。
輝くシルバー色をしたドレスは伸縮性あり、肌触りも抜群。とても着心地の良い素晴らしいドレス。
(全身タイツの魔人が命をかけて吐き出した糸という衝撃の事実はあるけど)
「だからこそ、死の香りを纏う感じがたまらなくミステリアスでマリエッタの美しさを引き立てているんだろ?」
「あ、うん。そうだね。全国のグレートスパイダーさん、ありがとう」
マリエッタはわざとらしく胸の前で両手を組み天を仰ぐ。
「殺してやるな。まだきっと生きてるから」
「ラージャー」
いつも通り、他愛もない会話をグレアムと交わすマリエッタ。
しかし現在マリエッタはホームグラウンドである魔法学校を飛び出し、王城のダンスホールの片隅でリーナス王国を救う任務中。
「それにしても、違和感ないよな」
「うん」
グレアムの視線の先、そこにいるのは怪盗ダイアだ。
怪盗ダイアはある意味この国をお騒がせする有名人。しかし現在ホールの中央で一人の令嬢と優雅に踊る黒いタキシード姿の青年を見て、彼こそ怪盗ダイアだとは誰一人気付いていない。
「あいつの変装魔法だけは、やっぱすげーよ」
「確かに。変装魔法にあれくらい長けていたら、職業怪盗を選ぶ気持ちもわからなくないよね」
「まぁな」
(それにしても怪盗ダイアの相手……クララ様。もし彼女が悪役令嬢組合が派遣したスパイだとしたら)
意外にわかりやすいよねとマリエッタはやや肩透かしを食らっている。
というのも、怪盗キッドと仲良くステップを踏んでいるクララはヒロイン組合から配られた、『この顔にピンときたら。悪役令嬢要注意!!』という注意喚起のチラシに掲載されていた特徴を完璧に網羅していたからである。
真っ赤なドレスに透けるようなシルバーブロンドの髪。薄紫色の瞳に目尻がキュッと上がったきつね系のクールな美人。
笑うとそれなりに可愛い。しかしシルバーブロンドの縦ロールがブロックごとワサワサ揺れる感じが、悪役令嬢感たっぷりだとマリエッタは圧倒される。
(そりゃヒロインだってリスみたいなくりくりしたという表現率が圧倒的大多数を占めるけど)
それ以上にテンプレ通りな悪役令嬢クララの姿にマリエッタは何とも言えない複雑な気分になった。
「な、マリー。お前も踊りたいのか?」
瞬きなどしてたまるかという勢いでホールの中央。優雅に踊る怪盗キッドとクララを眺めていたマリエッタは「なんで?」という疑問の顔をグレアムに向ける。
「いやさ、女の子ってああいうのに憧れるんだろ?」
「あー、うんまぁ、子供の頃はね。でも、あの足さばき見てよ」
マリエッタはドレスの下に隠れてはいるが、忙しなく動く足元を眺めため息をついた。
「顔だけ見てるとみんな優雅な如何にもお貴族様って笑顔なのに、実際はかなりハードだよね」
「確かに」
「それに私はこう見えてドジっ子特性持ちじゃん?」
「見た目通りにな」
グレアムのツッコミに少々ムッとした顔を向けるマリエッタ。
「外見にそぐわずドジっ子な私がダンスなんかしたら、まぁ転ぶか、人に当たるか。最悪ドレスが擦り落ちるとか。とにかく笑いを提供する側になると思うんだよね」
「まぁ、そこは何とも言えないが」
「それにダンスって見ているだけで楽しいし」
マリエッタは本音半分。自分を気にしてくれるグレアムに少しだけ嘘をついた。
豪華な装飾のなされた天井からぶら下がる大きなシャンデリアの下。
確かにマリエッタも一度くらい好きな人とダンスを踊ってみたい気持ちはある。けれど現実的に見てマリエッタにおけるダンスの知識とは魔法学校の教養の授業で習った程度でしかないし、パートナーであるグレアムだって同程度だ。
社交ダンスは男性がリード、女性はリードされるという役割が明確にある。となるとマリエッタが醜態を晒した場合、グレアムのリードが悪かったとされてしまう恐れがあるということで。
(私の我儘でグレアムには迷惑かけたくないし)
「マリー、別に迷惑だなんて俺は思わないぜ?」
「じゃ、もっと私が練習して人前で踊れる自信がついた時、その時はグレアム、私と踊ってよ」
「おうよ。マリーの相手は最初から最後まで全部俺だからな」
「うん」
マリエッタはグレアムに笑顔を向ける。するとグレアムもマリエッタに優しい笑みを返してくれた。だから幸せな気持ちいっぱいで、マリエッタはホールの中央に視線を戻した。
「返して頂戴!!」
女性の大きな声が響き、ダンスに興じていた人達の動きが止まる。
そしてそれに合わせたように、しっとりとした曲を奏でていた楽器の音色がピタリと止まった。
「なになに。ええと、リーナス王国在住、セドリックの婚約者ディアーヌ侯爵令嬢の妹となり、マリエッタ・イーストンを追放するよう仕向ける。合言葉は「エコロジー!!」へぇ。なにこれ?」
怪盗ダイアが長細い紙切れを両手で上に持ち、わざとらしく大きな声をあげた。
その姿を人垣の外側から眺めていたマリエッタは青ざめる。
「ちょっと、怪盗ダイアったら穏便にって言ったのに!!」
「元々乗り気じゃなかったし、ストレスが溜まってたのかもな」
「だからって大袈裟にしたら、この国が混乱しちゃう。怪盗ダイアの暴走を止めないと」
マリエッタはグイとグレアムの腕を掴んだ。そして人垣を割りながらホールの中央に踊り出た。
「ちょっとかい……ダイ。お話があるんだけど」
「何だよマリー、そのダサい名前」
(だってここで怪盗ダイアなんて呼べないでしょ!!察しなさいよ)
マリエッタはこうなったら視線でピンチを訴えてやるとキリリと怪盗ダイアを睨みつけた。
「ヒロインマリエッタ……ついに正体を現したわね」
怪盗ダイアが上に掲げる紙に手を伸ばしていたクララがマリエッタに気付き、突然低い声を出しマリエッタに挑戦的な視線を向けた。
(えっ、何?)
「ご機嫌よう。わたくし悪役令嬢組合、令嬢ナンバー三十五。エコロジー系を担当させて頂いております、悪役令嬢クララと申しますわ。天然はわわ系ヒロイン許すまじの罪で成敗させて頂きますわね?」
「うわっ」
マリエッタとクララを丁度隔てる位置にいた怪盗ダイアを横に押しのけ、クララはマリエッタの前に堂々たる風貌で登場した。
「ええと、お初にお目にかかります。私は天然なすのヒロインを務めさせて頂いております、マリエッタ・イースンと申します」
ひとまず挨拶を頭を下げたマリエッタは「何かが間違っている」と即座に顔を上げた。
「というか、はわわ系って一体何?」
(天然ってとこは何となくそういう設定だって身に覚えがあるんだけど、はわわ系ってのには身に覚えがないんだけど)
はわわ系とは一体……とマリエッタは自分の行動を振り返ってみるが、さっぱりわからない。
「とぼけたって無駄ですわ。こちらの調べによると、あなたは本編水玉模様の逆襲の章において三十五回も「はわわ」と口走りました。その罪は重い……」
(えっ、水玉模様の逆襲って確か)
「あぁ、あれか!!てんとう魔人に襲われた時だろ?」
グレアムがマリエッタの隣で手のひらにグーを押し付け、閃いたという感じのジェスチャーをした。
「てんとう魔人はてんとう虫が突然変異した魔人だったじゃんか。ほら、手のひらからものすごい数のてんとう虫を召喚してさ」
「あー!!てんとう虫が窓に張り付いたアレね!!」
「あの時パニックになったマリーは確かに「はわわ」を連発してたぞ?そして穴に二人で逃げ込んだじゃないか」
「うん。確かにあの時はもう思考回路がはわわだった」
マリエッタはようやくその事を思い出した。
「嘆願受理ナンバー五千百二十。てんとう魔人さんからの投書によると「あの時マリエッタはヒロインのくせにてんとう虫を七十三匹ほど魔法で火炙りにした。てんとう虫はアブラ虫をパクパク食べる肉食の益虫であるのに。酷いと思います。このままではマリエッタが生態系を破壊する恐れがあります。懲らしめて下さい」とのこと……エコロジー!!」
(エコロジー、叫ばれても……)
マリエッタは困惑する。
「さぁ、おとなしく罪を認め国外追放されるがいいわッ!!ホーッホッホッホ」
メリー・クリスマス?と一瞬思い浮かぶほど、サンタクロース的な高笑いを見せるエコロジー系担当、悪役令嬢クララ。
(うーん、確かにあの時私は「はわわ」だったけど、うーん)
ひたすた困惑し、納得いかないマリエッタであった。




