017 怪盗ダイアの魅了大作戦
ヒロイン組合員相談センター、こころの修道院においてロアナから有益な情報を持ち替えったマリエッタ。
早速セドリックの特別談話室において状況報告と今後の作戦を練っている所だ。
因みに本日は珍しく全員参加である。というのも、マリエッタが物理的にグレアムと怪盗ダイアをこの部屋に連行したからだ。
「何で僕がそんな面倒な事しなくちゃならないのさ。一銭にもならないし」
ソファーでくつろぐ怪盗ダイアが口を尖らせる。
「私がその役をやってもいい。しかしそれだとディアが余計嫉妬するだろう?」
「おっしゃる通りです」
セドリックの言葉にマリーは大きく頷く。
何故なら今話し合っている議題はズバリ。
『怪盗ダイアの悪役令嬢魅了大作戦』
だからである。
内容は至ってシンプル。
怪盗ダイアがそのイケメン具合と達者な口で悪役令嬢を魅力し、この物語から出来れば穏便に退場してもらう説得をするという作戦。
「俺がやるとマリーが悲しむだろうしな」
マリエッタの隣でグレアムが得意げにそう口にした。
「グレアム、それは違うわ。グレアムにはこういう任務は絶対に向いてないからよ」
「うっ、マリー。結構傷ついた。抱きしめていい?」
「な、全年齢対象でお願いします」
マリエッタは近づいてきたグレアムを両手でドスコイという掛け声と共に張り手でソファーから押し出した。
「怪盗ダイア。一銭にもならないと言うが、そもそもこの物語の部外者である悪役令嬢が干渉を続けた結果、この国は滅びてしまうかも知れない。そうなった場合君は盗む物がなくなる人生を送る羽目になるんだぞ?」
「えーそうなったらさ、他の物語に逃げ込めばいいじゃん」
怪盗ダイアは軽い口調でそう口にすると、王室御用達だというじゃがいもの薄切り塩味。通称ポテチを口に入れた。
「それは出来ないだろうな。おとぎの世界条例で各物語の登場人物が交流出来るのは、それぞれが属する組合が存在するおとぎの島だけだ」
「えっ、おとぎの島?」
マリエッタは初めて聞く固有名詞に首をかしげる。
(そう言えば、毎回鏡経由でヒロイン本部に転移してるけど、あの場所がどこなのか知らないや)
「おとぎの島は物語に登場する人物が所属する役割団体を集めた島だ。どの物語とも繋がっている」
マリエッタの心で呟く疑問に答えてくれるグレアム。
「それって、みんな鏡経由で?」
「まあな」
「じゃグレアムも「鏡よ、鏡」って毎回口にしてるの?」
マリエッタは頭に浮かんだ素朴な疑問をグレアムに尋ねた。
「俺の場合は「我ら闇は光をも超越する存在。ダークヒーロー集結!!」って感じだな」
「僕は「悪の手先となれば、世界の五分の一をお前にやろう」だよ」
「私は「よろしい、ではそなたの好きなように」なんだが」
(えっ、なんか、うん。特色豊かだね!!)
マリエッタは「鏡よ、鏡」がわりとマシな呪文だと知ったのであった。
「それでおとぎの島の条例の話なんですけど」
マリエッタはついうっかり横道に逸らしてしまった話題を軌道修正した。
「グレアムの言う通り基本的にはおとぎの島以外で他の物語の人間と交流する事は禁止されている。何故ならそれぞれの物語に悪影響を及ぼしかねないし、各物語の世界観を壊す可能性がある。それだけは避けなければならないからね」
「なるほど」
(ということは他の物語からこの国に入り込んだと思われる悪役令嬢は、条約違反の犯罪者って事になるのか)
「そうだな。それもおとぎの世界抹消レベルのな」
「抹消……」
(すなわちそれは、消し去られること)
マリエッタは自分がこの世から消える事を想像し、思わず恐怖で身震いした。
「大丈夫。マリーはそんな事にならないようちゃんと俺が見張ってるから」
調子のいいグレアムの言葉でマリエッタはふと我に返る。
「そう言えばグレアムは最近怪盗ダイアとよく授業をサボってるけど一体何してるの?まさかグレアム闇落ちするつもりなの?」
「あーそれは、グレアムと僕でカジ――」
「闇落ちなんかしない。マリー、愛してる!!」
グレアムは慌てた様子で怪盗ダイアの言葉に自らの言葉をかぶせた。
(あやしい)
マリエッタはグレアムに半目を向ける。
「全然怪しくない。俺はいつだって大真面目に生きている」
「真面目な人は授業をサボったりしないから」
「うっ……まぁ、とりあえずマリー。紅茶でも飲もうか」
グレアムは明らかに話題そらしのためにマリエッタの前に置かれた紅茶を勧めた。
「でも僕はやだ。そんな一銭にもならないこと」
怪盗ダイアがまたもや不満を口にする。
どうやら振り出しに戻ってしまったようだとマリエッタは意外に頑固者である怪盗ダイアを説得しようと口を開く。
「悔しいけど怪盗ダイアはヒロインのぎゃふん特訓の時、意味不明な甘い言葉を吐き続けて私をノックダウンさせたじゃん。アレだよ、アレ。私があなたに求めてるのは」
(あれは悪い意味で結構堪えたし)
マリエッタは無残にも気を失った事を思い出し、苦い顔をした。
「あれはヴィランズの看板背負ってたし、先輩とか真面目にやれってうるさかったし、それにマリーにリベンジしたかったし」
「その調子で悪役令嬢もぎゃふんと言わせてよ」
「やだよ。僕はね怪盗ダイアなわけ。タダ働きはしない主義」
(確かにそうだけど……)
それでもこの作戦は怪盗ダイア以外に適役はいない。
「怪盗ダイア、お前ちゃんと盗めるじゃん」
グレアムがニヤリと口元を歪める。
「何だよ、グレアムがそういう顔してる時って絶対ろくな事考えてない時じゃん。やめてくれるかな。その顔」
「うっせー。お前は悪役令嬢の心を盗むんだ」
「あーそういうこと?」
怪盗ダイアがポテチから指を離し、ソファーの背に体をダラリと預ける。
「確かに人の心を盗むのは難易度が高い。ましてやディアは私に夢中だから。ターゲットとなる悪役令嬢も私に既に夢中かも知れない」
セドリックは何処から湧き出るのか、それとも王子特有のスキルなのか、既に「全世界の悪役令嬢は自分に夢中」といった訳のわかない理論を披露した。
(流石モブ王子)
モブの中でも王子はやはり王子なのだとマリエッタは呆れつつもやや感心した。
「とにかく、人の心は簡単には盗めない。あ、さては怪盗ダイア、盗む自信がないから嫌がってるんでしょ」
「そうだな。きっとスキル不足が露見するのが怖いんだな」
セドリック、マリエッタ、グレアム。
三人揃って畳みかけるように怪盗ダイアを煽る言葉を口する。
「わかりやすく誘導するのやめてくれるかな?わかったよ、やればいいんでしょ、やれば」
「物分りのいい怪盗は好きだ」
「怪盗ダイアに盗めないものはないもんね!!」
グレアムの言葉に続くように、今度はわかりやすく怪盗ダイアを持ち上げるマリエッタ。
「やるからには頑張るけど、その代わり今度王城に招待して下さいね、セドリック殿下」
「えっ、それはセキュリティ面から絶対に断りたい案件ではあるが」
「えー、いいじゃんケチ。そうだ王城でパーティしようよ、パーティ」
怪盗ダイアが明るい声を出すとポテチに手を伸ばした。
「おっ、それいいな。王家主催ならきっとクララとかいう転生者も来るんじゃね?」
「そうだよ。セドリック殿下、それでよろしく」
怪盗ダイアの目がキラリと光る。
(あれは絶対、悪い事を企んでいる目だ)
「パーティか。確かにいい案だと思うが、しかし怪盗ダイアを王城内に……ううむ」
セドリックは腕を組み悩んでいる。
「お前んち金持ちなんだろ?国宝のひとつくらい労いの意味も込めて怪盗ダイアにくれてやればいいのに」
「グレアム、君はどっちの味方なんだ?」
「俺はダークなヒーロだからな。ケースバイケースだ」
ふふんとグレアムが得意げな顔で紅茶カップに口をつけた。
(そう言えば、グレアムってダークヒーローだったのか)
先程はあまりに自然な感じだったのでうっかり流してしまったが、確かにグレアムは自分の事を「ダークヒーロー」だと口にしている。
(まぁ、魔界の王子だもんね)
マリエッタは深く考える事をやめた。
ダークだろうと魔族だろうと、グレアムはマリエッタの幼馴染で初恋の人物だ。
「マリー、俺のダークな魅力に惚れるなよ」
「ダークねぇ」
「何だよ、俺ほどダークでビターな男はいないぞ?」
「スゥイートの間違いじゃない?」
「ま、そういう一面もある。マリーにはいつだって全方向で甘いからな」
「それはやましい事があるからじゃないの?」
「うっ、べ、別にない!!」
慌てた様子で紅茶を喉に流しコホコホと咳き込むグレアム。
マリエッタはそんなグレアムを横目で見て、絶対に何か隠していそうだと長年の勘と経験から感じ取っていたのであった。




