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016 ヒロイン組合員相談センター、こころの修道院

『ヒロイン組合の皆様におかれまして、騒音、寝取られ、ヒーローからの度重なるDV、嫁姑問題から育児ノイローゼなどなど。お一人で解決出来ない問題に直面されお悩みになった場合、お気軽に組合本部までお問い合わせ下さい。

 組合員が抱える問題の解決に向け専任スタッフが無料でお手伝いをさせて頂きます――ヒロイン組合員相談センター、こころの修道院』


 マリエッタはヒロイン組合から加入した際、まとめて届いたパンフレットを今更読み返した。そして今の自分に必要なのはこれだと閃く。


(悪役令嬢にお困りの方はとは記載されていないけど。でもなどなどって書いてあるし)


 マリエッタは現在、自称悪役令嬢からいちゃもんをつけられる日々であるし、堕落の一途を辿るヒーローにも悩まされている。


 それに何よりマリエッタが一番目を惹いた部分はこちら。


(無料だし)


 倹約家のマリエッタにとって、無料で相談ならば是非とも相談すべきだろうという結論に即座に達した。そこでマリエッタは迷わずヒロイン組合員相談センター「こころの修道院」に足を運ぶ事にしたのである。



 ★★★



 照明を落とした薄暗い部屋。壁に走る発光する緑のライン。

 やたらサイバーな感じのする部屋に通されたマリエッタ。


 そんなマリエッタが座る椅子の前にはテーブルを挟んで相談員がいる。


 黒いモニターの前に置かれたキーボードとやらをカチャカチャと鳴らしながら押し込んでは、一旦休憩なのか画面を睨むのは相談員のヒロイン、ロアナだ。

 シルバーブロンドでボブヘアー。眼鏡をかけたどこか知的な印象を受けるロアナ。

 首から下げたヒロイン組合加入の証であるペンダントトップは苺の帽子を被った女の子。しかし顔が書かれていないのが少し不気味である。


「悪役令嬢アクセス解析システムによりますと、やはり天然なすの物語には確実に悪役令嬢側からアクセスがあるようです」


 モニターに視線を向けたまま、早口でロアナがマリエッタにそう告げた。


「悪役令嬢側からアクセスですか?」

「はい。現在も天然なすの物語にはディアーヌ侯爵令嬢の他に悪役令嬢組合から送り込まれたと推測される悪役令嬢が一人、紛れ込んでいるようですね」

「えっ!?」


(も、もう一人の悪役令嬢!?しかも送り込まれたってどういうこと?)


 まさかそんな事があるのかとマリエッタは言葉を失う。


「ふむ、なるほど。ふむふむ。ほほう」


 ロアナが何かに気付いた様子で画面を睨んでいる。そしてまたカチャカチャとキーボードを鳴らすと、「ほほう、こ、これは!?」などと驚愕した顔になった。


(なんか悪い病気を宣告される数秒前って気分なんだけど)


 言うならはっきり、ズバリといった感じで告げて欲しいとマリエッタは思った。


「ははーん。ええとマリエッタさんはディアーヌ侯爵令嬢に意地悪をされていると、そう仰っていましたよね?」

「はい。ストロベリーブロンドの髪色のせいで」


 マリエッタはさりげなく自分は悪い事をしていない。全てはこの髪色のせいだとアピールする。


「なるほど、そしてマリエッタさんの物語ではディアーヌ侯爵令嬢は本編で特に登場しなかった人物だと」

「はい。そもそもお貴族様とは挨拶程度しか。それが急に本編終了後になった途端、色々と絡む羽目になりました」


 マリエッタはディアーヌはもとより、セドリックの事も脳裏に浮かべそう報告をする。


「今まで報告されているケースに照らし合わせてみますと、ディアーヌ侯爵令嬢が妹だと言い張るその人物こそが、もう一人の悪役令嬢である可能性が高いですね」

「そ、そんな身近に何人もいるもんなんですか?」

「はい。洗脳し続けるために意外に近くに複数潜んでいるケースはありがちです」

「でも、ディアーヌ様が妹だと思っている人が悪役令嬢だったとして、本当の弟さんは一体どこへ行っちゃったんですか?」


(ディアーヌ様はハッキリと妹しかいない。そう口にしていた)


 つまり本来いるはずの弟はディアーヌの記憶から抜け落ちている事になる。


「それはきっと、神の創造ノートの改編機能を使い、キャラ設定の入れ替わりが行われているのだと思います」

「入れ替わり?」

「しかもそういった場合大抵その弟さんとやらはディアーヌ侯爵令嬢の身近にいる男性に擬態化している事が多い。私は過去のデーターからそう推測します」

「身近……」

「例えば屋敷の庭師とかですね」

「え?侯爵家の嫡男である人が庭師!?」


 驚きの連続で思わずマリエッタの声は裏返る。


 マリエッタには貴族の色々はわからない。

 けれど侯爵家は貴族の中でも上位に位置すること。そしてその嫡男ともなれば、それはもう大事に育てられるのだろうとマリエッタは勝手にそう思っていた。


「でも、だとしたらおかしいです。セドリック様にはちゃんとディアーヌ様には弟がいたという記憶があります」

「それは愛でしょうね」

「えっ!!」

「愛は全てを解決しますので……ま、冗談ですけど」


 ふっと鼻で笑うロアナ。全然冗談に思えない笑い方だ。

 このヒロイン、掴みどころがなくて少し怖いとマリエッタは思った。


「これは推測の域を越えませんが、セドリック殿下は悪役令嬢と名乗っているディアーヌ公爵令嬢の内面をしっかりと捉えている。ですからきっと転生者の悪意に惑わされる事なく、状況を正確に判断出来ているのだと思います。良かったですね、マリエッタさん」

「良かったですか?」

「王子がしっかり者で良かったという事ですよ。悪役令嬢が介入した物語における大抵の王子は悪役令嬢に惑わされ、いいように転がされ、その結果国が滅びる原因となりますから。だから天然なすにおける王子が芯のある人でよかったね。と私は申し上げました」


 ロアナはふっとまた鼻で笑った。

 もはやロアナという人物の笑い方はきっとこれなのだろうとマリエッタは何処か小馬鹿にしたようなロアナの笑い方を全面的に受け入れた。


「それに、ディアーヌ侯爵令嬢が自らの行為に後ろめたさを持っている。それは朗報です」

「どういう意味で朗報なんですか?」

「悪役令嬢組合側に全てを洗脳されていないという意味で」

「あー確かに」


(悪事を働いている。その自覚があるからこそ、自分で自分にストップをかけられているという状況なんだろうし)


 今はまだマリエッタは些細な嫌がらせしかされていない。


(トマトパスタは許せないけどね)


 それでも国を滅ぼされるよりはまだマシだ。

 しかしディアーヌが本気で悪役令嬢組合に洗脳されたらまずい事は間違いない。


(何故ならディアーヌ様は侯爵家の一員なわけだし。それにセドリック様とディアーヌ様は政略的な婚約だって言ってたもんな)


 つまりセドリックとディアーヌの婚約はリーナス王国にとってプラスになるからこそ結ばれた、いわば権力者同志の契約なのだろう。

 それはディアーヌの実家である侯爵家が王家と肩を並べてしまうくらい、リーナス王国内において力がある事を意味していると言える。


(うーん、やっぱ早い所正気に戻ってもらわなきゃ)


 マリエッタはやはりディアーヌを何とかする事が最優先事項だと悟った。


「神の創造ノート。それを持っているのはこの地に降り立った迷い人である悪役令嬢のみ。しかしもしかしたら分冊したものをディアーヌ侯爵令嬢の妹を名乗る人物が持っている可能性はあります」

「分冊ですか」

「はい。ただし分冊したノートの効力は引きちぎられたページ分のみ」

「なるほど」

「となると天然なすにおいては、もしかしたら一ページもないかも知れない。むしろ半ページ。いや、一行分?むしろ分冊ですらない?だから王子が正気を保っていられる。辻褄はこれで合いそうだけれど……」


 ブツブツと独り言を言いながら思案しているロアナ。

 かなり不気味ではある。しかし先程からとても真剣にマリエッタを取り巻く困りごとについて思考をフル回転させてくれている。


(ヒロインってほんと、みんないい人だ)


 マリエッタは勇気を出しこころの修道院に相談に出向いて良かったと、改めてそう思った。


「因みに天然なすのヒーローについてですが、今の所ウィルスに侵された形跡も、悪役令嬢側の力が働いた事を示す痕跡はありませんね」

「あー。じゃやっぱりグレアムは」

「本編が終わって、ただ単に羽目を外しているだけだと思われます」

「ですよね……」


 マリエッタはグレアムは悪役令嬢組合の影響を受けていなかった。だからここは喜ぶべきだと自分に言い聞かせる。


(でも羽を伸ばし過ぎじゃないかな?)


 マリエッタは少しだけグレアムに苛々とした。


「ま、愛はそこそこ困難があった方がより深まりますから」

「な、なるほど」

「倦怠期だと思って耐えて下さい」

「……わかりました」


 達観したような言葉を吐くロアナ。

 本編終了まもない、新人ヒロインマリエッタは素直にグレアムの事を許す気持ちになった。


(それにしても、謎大きヒロインだ)


 マリエッタは画面を見ながら猫背でニヒニヒと口元を歪ませるロアナを見て、世界には様々なタイプのヒロインがいるのだなと、心底そう思ったのであった。

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