015 セドリックとディアーヌの認識違い
転生者である悪役令嬢は神の創造ノートを入手している。
それに加えディアーヌは悪事を働いていると自覚していた。
その事を知ったマリエッタは一つの仮説を立てた。
「悪役令嬢はそのノートを使って仲間を増やしている。けれど、仲間にした悪役令嬢の心を乗っ取る事までは出来ていないんじゃないでしょうか?」
「ふむ。パジャマパーティ思い出作り大作戦でディアが悪役令嬢だから私の妃になれない。そう口にしていたのならばその仮説はあり得る」
(え、そんな作戦名だったの!?)
マリエッタは作戦終了。成果報告会の場において初めてその事実を知り微妙な気持ちになった。
(ほんとこんなアバウトな作戦で良く成果が出せたと思う)
えらいわ、私。
マリエッタは誰も褒めてくれないので自分で自分を労った。
(ま、ご褒美は美味しい紅茶とマシュマロだけど)
いつも通りセドリック御用達、特別談話室にいるのはセドリックとマリエッタのみ。
(あいつら……)
マリエッタはキリキリとしながら、冷静を装いさりげなくグレアムと怪盗ダイア。二人の欠席理由について探りを入れる。
「ところでセドリック様。あの二人は?」
「あぁ、ヒーロズ、ヴィランズ合同特訓があるとかなんとか」
(絶対ウソだ!!)
平日の何もない日に特訓などするわけがない。
マリエッタはまたもや確信した。グレアムと怪盗ダイアは絶対にサボりだと。
(もういい加減、グレアムに愛想をつかしそうなんだけど)
最近坂道を転がり落ちるように不良と化しているグレアムを思い、マリエッタは深く、深くそれはもう深海に到達するぐらい深い溜め息をついた。
グレアムにサボりぐせがついてしまったのは絶対に怪盗ダイアのせいだ。
マリエッタは何とかグレアムを真っ当な魔族に戻したいと思う。
(だけど友人管理までするなんて、ちょっとうざいよね)
マリエッタはグレアムに嫌われたくはない。
だから口うるさくグレアムの事を注意出来ないのである。
そもそもヒロインとヒーローは結ばれる運命にある。
今までそれは絶対だとマリエッタも信じて疑わなかった。
けれど現在おとぎの世界をかき回す悪役令嬢の干渉のせいで、マリエッタとグレアムがハッピーエンドを迎えるはずの運命にわずかに亀裂が入ってきているのをマリエッタは感じている。マリエッタがグレアムに愛想をつかしそうな気持ちを抱くこと。
それがいい例だ。
だから同じようにグレアムがマリエッタに愛想をつかす事もあるということで。
(うぅ、悩めるヒロインだわ)
マリエッタはマシュマロを口に放り込み悩める脳に糖分を補給した。
「君の報告を聞いて考えてみたんだが」
「はい」
「私の知るディアーヌはとても真面目で慈愛に満ちている女性だ。だからマリエッタ君へ行う数々の嫌がらせを嫌々ながら行っているとしたら、何かそうせざるを得ない原因があるはずだ」
セドリックはそういい切った。
(何だかんだ、セドリック様はディアーヌ様の事が好きよね)
最近こじれ気味であるグレアムとの関係を思い、マリエッタはセドリックに愛されるディアーヌが正直羨ましいと思った。
「ディアーヌ様にとって何か弱みになりそうな事ってあるんですか?」
「そうだな、特にないとは思うけど」
「そう言えば、クララさんって妹がいるみたいですけど」
マリエッタはふとディアーヌが口にしていた妹の存在を思い出した。
マシュマロから得た糖分のお陰だとマリエッタはマシュマロに感謝した。
「クララ?おかしいな。ディアにはクラークという名の弟しかいないはずだが。彼女が「妹がいる」と確かに口にしたのか?」
「はい……むむ、何だか怪しいですね」
「そうだな。調べてみる必要がありそうだ」
マリエッタはまた一歩、この物語をかき回す謎に近づいたと嬉しくなった。
ただ唯一の心残りはグレアムと共にその事を喜べないという現実だった。
★★★
「真実の愛に目覚めましたの」
そう口にするディアーヌの周りには数人の確かにイケメンな男性が並んでいる。
「右から紹介させて頂きますと、調理担当のマークに庭師のサム。それに掃除担当のマイケルに、グリフォン整列係のトムですわ」
「は、はぁ……」
図書室に本を返却しに行こうとしていただけなのに、突然湧いて出て来たように現れたディアーヌと青年達に行く手を阻まれているという状況。マリエッタはひたすら困惑するばかりである。
「因みにセドリック様からの報復を恐れ、貴族仲間が私から離れて行った。だから寂しくてこの人達にお金を渡して侍らせているわけじゃないのですよ?ファビュラスでデンジャラスな雰囲気の私に彼らは惹かれただけですの」
オホホホと高らかな笑い声をあげ扇子を口元に当てるディアーヌ。
(なるほど。仲間外れにされちゃっていると……)
マリエッタはディアーヌによる独白を一方的に聞かされ、否が応でもディアーヌを取り巻く状況が大変寂しい感じだという事は理解した。
貴族の友達でもなく、なおかつ学生でもなく、学校職員を自分の傘下に入れているという状況がそれを裏付けている上に、切迫詰まった感じがディアーヌから何となく漂い、何処か痛々しくも感じる。
(そろそろ本腰を入れて何とかしてあげないと、やばいかも)
「そもそも普通にしていたら、セドリック様とあと数ヶ月で結婚出来たのに」
思わず漏れ出すマリエッタの本音。
「まぁ、何もしいていなければ状況はもっと最悪になっていたに違いないわ。だって、あなたはストロベリーブロンド。つまり次々と男を誘惑するであろう属性持ちである危険なヒロインだもの」
「前にもそんな事を仰ってましたけど、私はこう見えてグレアム一筋ですよ?」
(まぁ、最近はその気持ちに少しだけ不安になりつつあるけど……)
今まで絵に描いたような、誰しもが憧れる誠実なヒーローだったグレアム。
普段は比較的物静か。特待生だしどちらかというと周囲には知的なイメージを持たれがち。
けれどマリエッタの前だけで本来のグレアムらしく明るい一面を曝け出す事が特別な感じで嬉しかったし、何よりマリエッタのピンチをいつも救ってくれたのはグレアムだったのだ。
(けど最近は怪盗ダイアと意気投合しちゃってるし)
マリエッタはその事実を思い出し不機嫌な顔になる。
「ふふ。あなた最近はその庶民の彼に愛想をつかされているみたいじゃない。トム、例の物を」
ディアーヌの斜め後ろにいた青年が、前方の青年の合間をスイスイと縫って前に躍り出た。そして懐からサッと一枚の紙を取り出し、ディアーヌにスマートに手渡す。
それを眺めていたマリエッタは思った。
(まるで狭いスペースに着陸するグリフォンを的確に着陸誘導するかのような身のこなし。流石整理係)
マリエッタの呑気な思考を遮るのはディアーヌの高い声。
「毒りんご虫食い日和、観察対象者Gは観察者Mの誘いを断り、観察者Dと共に寮を夜中に抜け出し、城下のカジノに出かけたのを確認」
「えっ、カジノ!?」
「あら、こっちはもっと興味深いわね。毒りんごひと齧り日和、観察対象者Gは観察者Dと共に寮を夜間に抜け出し、城下の盛り場で二人してナンパに失敗ですって」
「あの馬鹿魔族、何をしてるかと思えば夜な夜な遊び歩いてるわけ?」
マリエッタはワナワナなとその身を震わせた。
『ごめん、マリー。レポートが』
『ごめん、マリー。腹の調子が悪くて』
『ごめん、マリー。き、今日は魔族的に月の位置がよくない暗示だから』
マリエッタの脳裏になんやかんやと理由をつけ、マリエッタとの約束をすっぽかすグレアムの言い訳が次々と思い出される。
(今すぐ抹殺してあげる。グレアム覚悟なさい!!)
マリエッタの怒りが頂点に達する。
「マリエッタ君、さっきの話だけど……おっと、ディアじゃないか」
(げ、最悪なパターンでもう一人の厄介者が登場しちゃった)
マリエッタは笑顔で現れたセドリックに思わず顔を曇らせる。
「あれ?ディア。君の周囲にいるソレは何?」
「私を女神とあがむイケメン達ですわ」
ディアーヌは得意げにセドリックにそう告げる。
「ふーん、どうせ悪役令嬢の教本に掲載されている「婚約者にヤキモチを妬かせる方法」とやらを参照したんだろう?」
「ち、違いますわ」
「君は真面目だからね。私の気を惹くため実践せずにはいられないんだよね?そういう所もたまらなく好きだけど。でも程々にするんだよ?」
セドリックがディアーヌに砂糖三キロ分くらい、甘さの詰まった笑顔を向ける。
(うわ、砂糖の雪崩に押しつぶされそう。そういうのは二人キリの時にしてくれないかな)
マリエッタはグレアムと自分の間に流れる「殺るか殺られるか、いやむしろ殺る」といった殺伐とした空気感と雲泥の差である、セドリックとディアーヌの関係に嫉妬した。
「セドリック様……」
ディアーヌが恥じらうように顔を赤く染め、ヒロイン顔負けに可愛らしく瞳をうるうるとさせた。
(もう何がなんだか……)
マリエッタは思わずため息をつきそうになり、しかし堪えた。
王子殿下と侯爵令嬢。お貴族様の前だからだ。
とは言え、目の前の二人は完全に思い合っている。その上正式な婚約者だ。
(グレムの事と言い、ディアーヌの事と言い、やっぱり諸悪の根源は絶対に迷い人とかいう悪役令嬢でしかない事は確定)
マリエッタは一刻も早くヒロイン組合からラスボスを倒す為の招集がかからないかなと切実に願った。
(あ、そう言えば)
「ディアーヌ様、グレアムに対する有益な情報をありがとうございます。それで一つ質問なんですけどディアーヌ様には妹さんがいらっしゃるんですよね?」
マリエッタは思い切って訪ねた。
ここには真実を知るセドリックがいる。
ディアーヌが嘘をついているのか、そう信じているのか。その事がわかると思ったからだ。
「何をいきなり。私にはあなたよりずっとヒロインらしい可愛い妹がいるわ」
ディアーヌの口から飛び出した言葉を聞いたセドリックの肩がピクリと動いた。
「ディア、君にはクラークという弟もいたと私は記憶しているのだが」
「いいえ、セドリック様。誰かとお間違えになっているのではないでしょうか?私にはクラークなんて弟はいません。クララという妹だけですわ」
ディアーヌは堂々とそう言い切った。
その姿は嘘をついているようには見えない。
(ふむ。ディアーヌ様の周囲を調べてみる必要がありそう。それと……)
グレアム、今はまだ忙しいから無理だけど。
いずれ、覚悟なさいとマリエッタは胸に抱えた本を強く抱きしめたのであった。




