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014 ディアーヌと明かす夜

「何よ、何でいきなり嵐が!!」


(セドリック様、それにグレアムに怪盗ダイアが私達をここに閉じ込めたいからです)


 などと、言いたくても言えないマリエッタ。


「私は侯爵令嬢なのよ。こんな薄汚れた小屋で一晩明かすなんてあり得ないんだけど」

「えっ、綺麗だと思いますけど」


 マリエッタはぐるりと周囲を見回す。

 暖炉にくべるように贅沢にも薪も用意されているし、床も綺麗に磨かれている。

 ベッドはないが、二人がけのソファーが向かい合って設置されている。


(孤児院に比べたら全然マシだけど)


 マリエッタは素直にそう思った。


「今日の気象予報は一日中晴れだったじゃない。何で急に暴風雨になるのよ」

「山の天気は変わりやすいと言いますし」


(ホントはグレアムが魔法で起こしたピンポイントな嵐だけど)


「しかも、何でこんなふうに新しいパジャマまで用意されているのよ」

「山と言えば遭難。つまり備えあれば憂いなしです」


(ホントは事前にセドリック様が快適に整えてくれていたんだけどね)


 因みにパジャマは「パジャマパーティ」をして親交を深めろというセドリックからのメッセージだとマリエッタは受け取っている。


「それにおかしいわ。前はこんな所にログハウスなんてなかった」

「それは……そう、とあるお金持ちからの寄贈品です」


(ふぅ、まさかそこに気付くとは。ま、確かにこのログハウスは怪盗ダイアが以前山賊から盗んだ盗品のログハウスらしいけど)


「とりあえず、この嵐だと朝まで助けは来ません。覚悟を決めてここで一夜を明かしましょう」

「嫌よ!!」


 ディアーヌはそう言うや否や、細い丸太を並べて作られたドアを開けた。


「あ、出てくなら早くドアを閉めて下さい。雨が入ってきちゃうから」


 現在このログハウスの周囲だけ嵐が起きている。それはもう誰もが外に出るのをうっかり躊躇してしまうくらいには危険なレベルの嵐だ。


「や、やっぱり、今日はやめておくわ」


(明日は晴れるのでご安心下さい)


 マリエッタは心でそう告げながら、暖炉に薪をくべて行く。


「イーハアグニ」


 マリエッタは片手に召喚した杖で薪に魔法で火をくべる。

 チリチリと音を立てて薪が燃え、部屋が一気に明るくなる。


 そしてマリエッタは徐に制服のワンピースを頭から脱いだ。


「な、なんて破廉恥な!!」

「えっ!?」


 マリエッタとディアーヌはお互い驚きの顔を見合わせる。それからすぐにディアーヌが両手で自分の目を覆った。


「人前でそんな風に肌を晒すなんて、あなた頭がオカシイわ」


(あ、そっかディアーヌ様はお貴族様)


 魔法学校では男女別の更衣室が用意されている。

 しかしそれとは別に、同性の前であっても人に肌を晒す事を良しとしない考えを持つ貴族令嬢の為に別料金で個室の更衣室が用意されている。


(なるほど、ディアーヌ様は別料金組みか)


 その事に気付いたマリエッタ。それは申し訳なかったと素直に謝罪を口にした。


「お見苦しい物をお見せしてごめんなさい。でも濡れたままだと風邪をひいちゃいますし。目をつぶっていて下さい。パパッと着替えますので」

「えっ、ここで脱ぐの?」

「一部屋しかないですからね。そりゃここで脱ぐしかないと思います」

「……わかったわ」


 渋々と言った感じではあったが、ディアーヌはマリエッタに背を向けた。


(孤児院なんて、みんなそこかしこで着替えてたけど……)


 そんな事を思いながら、マリエッタは分厚い生地の制服を脱ぎ捨て用意されていたパジャマに着替える。


「さ、次はディアーヌ様の番です」

「でもこんな所で着替えるなんて」


 渋るディアーヌにイラッとしながらマリエッタはディアーヌの為に用意されたと思われるパジャマを差し出す。


「風邪をひいて、そのまま肺炎にでもなってぽっくりいったら、セドリック様がきっと悲しみますよ。ですから早く着替えて下さい」


 脅し気味にセドリックの名前を出したところ効果てきめんだった。

 渋々と言った感じではあった。しかしディアーヌはようやくパジャマに着替えてくれたのである。


 それからマリエッタは用意されていたロープに制服をかけて、ついでにこれまた用意されていたサンドイッチをソファーの前のテーブルに広げた。


「美味しそうですよ、ディアーヌ様」


(返事がない。ただの屍のよ……)


 人前で着替えた事がよっぽどショックだったのか、ぼんやりと燃える薪を見つめているディアーヌ。


(人の価値観は違うしね。特に私とディアーヌ様は)


 流石に気遣いが足りなかったとマリエッタは反省した。


(お詫びに紅茶でも淹れるか。紅茶を飲めば誰もが元気になるしね)


 マリエッタはディアーヌを励まそうと緊張しながら紅茶の用意をする。


(紅茶は淹れ方によってずいぶんと味が変わるらしいと言うけど)


 マリエッタの普段飲んでいる紅茶は限りなく白湯に近いものだ。

 つまり淹れ方なんてものにこだわった所で味は限りなく白湯のまま。だからマリエッタは正しい紅茶の淹れ方を知らない。


(でもま、セドリック様が用意してくれた紅茶なら元がいいだろうから)


 マリエッタはそう自分を励ましながら人生初。貴族の為に紅茶を淹れた。


「粗茶ですが……いや、紅茶の茶葉は多分最高級かと。よかったら夕飯にしませんか?」


 マリエッタはテーブルに紅茶を置き、相変わらず炎を見つめるディアーヌに声をかけた。


「……はい。エコロ……かしこまりました」


(ん?)


 マリエッタはディアーヌに敬語を使われた覚えがないので違和感を覚える。


「ディアーヌ様?」

「……必ず……ですから……はい」


(え、もしかして炎と会話しちゃってる!?)


 マリエッタはディアーヌの背後から炎の中をこっそり覗き込む。

 しかし特に何かがそこにいるわけではなかった。


(とうとう、気でも狂った?)


 そんな人と一晩共に過ごすなんてとマリエッタはディアーヌに恐怖を覚える。


「ディアーヌ様、えーと。夕飯にしませんか?」


 沈黙が怖かったマリエッタはディアーヌに声をかけた。するとディアーヌはゆっくりとマリエッタの方を振り返った。


「あら、あなたにしては気が利くじゃない」


(あれ、普通だけど)


「ディアーヌ様、炎相手に今喋ってましたよね?」


 マリエッタは素直に疑問をぶつける。

 するとディアーヌは何処か居心地が悪そうな、そんな表情をマリエッタに向けた。


「炎相手になんて喋るわけないじゃない。あなた頭は大丈夫?」


 ディアーヌはいつも通りマリエッタを小馬鹿にするような口調でそう言うと、ソファーに静かに腰をかけた。


(うむ。さっきのアレは何だったんだろう)


 内心マリエッタは不思議に思いながらも、お腹が悲鳴を上げる前にとディアーヌの向かい側に腰を下ろした。


「うわ、何この紅茶」


 ディアーナは驚愕の表情で紅茶カップを覗き込んでいる。

 それでも一応飲んでくれる気はあるらしく、ディアーヌは恐る恐るカップに口をつけた。


「あり得ないわ……」


 どうやらディアーヌのお口には合わなかったようだ。


「まぁ、色は紅茶ですから」

「そういう問題?ちゃんと時間通り蒸らしたの?」

「いいえ」

「ポットは事前に温めておいた?」

「いいえ」

「カップは?」

「いいえ」


 マリエッタの「いいえ」の三コンボを聞いたディアーヌがこれ見よがしな大きなため息をついた。


「私が淹れなおすわ」

「えっ、いいんですか?じゃ今すぐ飲み干しますので少々お待ち下さい」


 自分が淹れるよりずっと美味しく淹れてくれるに違いないと思ったマリエッタは素直に喜んだ。そしてカップが冷えていたせいで人肌に冷めていた紅茶を飲み干す。


「別に無理して飲む事ないじゃない」

「勿体ないですから」

「それに私が淹れ直すって事は間接的にあなたを馬鹿にしてるんだけど。何で素直に喜べるのよ」

「美味しい紅茶が飲みたい。それが理由です」


 ディアーヌは「調子が狂うわ」と言いながらも立ち上がり、マリエッタの紅茶カップも下げてくれた。


「クララとお茶をした方がよっぽど楽しいのに」


 ブツブツとディアーヌが独り言を口にしながら紅茶をテキパキとセットしていく。


「侯爵令嬢様も紅茶を淹れるんですね。全部メイド任せだと思ってました」

「妹とお茶を楽しむ時は私が淹れるのよ」

「へー。ディアーヌ様には妹さんがいるんですね」

「そうよ。あなたなんかよりずっとヒロインっぽいんだから」

「なるほど」


(だから私に敵対心?)


 マリエッタは一瞬そう思いかけた。しかしそれはないなと気付く。

 ディアーヌの言う事を信じるならばマリエッタの髪色がストロベリーピンクでセドリックを横取りする恐れがある。だから警戒しているらしいのだ。


「ディアーヌ様は何で悪役令嬢になろうと思ったんですか?」

「それは……なろうと思ったじゃなくて、私が選ばれたからよ」

「迷い人の悪役令嬢にですか?」

「……そうよ」


 ディアーヌは不自然な間を置いてからマリエッタの言葉を肯定した。


(しかも下唇を噛んでいる)


「もしかして、ディアーヌ様は本当は悪役令嬢になりたくないとか?」


 マリエッタはディアーヌの様子から推測した言葉を口にする。


「そんな訳ないじゃない。私は悪役令嬢になりたいもの」

「でも、セドリック様は辞めて欲しいって思っているみたいですけど」

「そんなのあなたに関係ないでしょ。はい、紅茶よ。私が淹れてあげたのだから有り難く飲んで頂戴」


 ディアーヌは口では偉そう極まりない。しかしまずマリエッタの前に紅茶を静かに置いてくれた。


(いい人が隠しきれてない)


「ありがとうございます。ディアーヌ様」


 マリエッタの礼の言葉に小さく頷くディアーヌ。

 それから自らの分の紅茶カップを持ってマリエッタの向かい側に座った。


「ディアーヌ様って将来のお妃様なんですよね」

「それはわからないわ」

「えっ、どうしてですか?」

「私は悪役令嬢だもの」


(何だろうこの違和感……)


 マリエッタはジッとディアーヌをうかがう。

 赤髪にツリ目の美人だ。唇を結んでいると少々きつめな印象を受ける。

 けれどそんなディアーヌが無防備に微笑めば、きっと周囲に美しい花が咲き誇るだろうとマリエッタは想像出来た。


 きっと誰しもに愛される妃になるに違いないとマリエッタは思う。


(だけど本人は悪役令嬢だから、お妃様になれないって言ってる)


「それって、ディアーヌ様自身が自分のしている事を悪いことだって認識しているから」

「何よ、突然」

「ディアーヌ様。悪役令嬢は悪者ですか?」

「当たり前じゃない」


(なるほどね。どうやらセドリック様の計画は無駄ではなかったみたい)


 マリエッタは一つだけ正解に近づいたとヒロインらしからずニヤリと口元を歪ませる。


「ちょっと、ヒロインはそんな不気味な顔はしないわ」

「ふふふ」


 マリエッタはディアーヌの本心を少しだけ垣間見て、気分が上昇したのであった。



 ★★★



 翌日の朝。

 ソファーでぐっすりと安眠していたマリエッタの体はワサワサと大きく揺すられた。


「マリー、ダイジョウブカ?」


 棒読み気味なグレアムの声に反応しマリエッタは瞼を開ける。


「セドリック様!!キャーー!!」


(何事!?)


 向かい側のソファーからディアーヌの叫び声がして思わすマリエッタは自分の耳を塞いだ。


「ディア、案ずるな。私だよ。セドリックだ」

「キャー!!セドリック様だからこそまずいのです」


 ディアーヌは両腕で必死に体を隠している。

 勿論全然隠しきれていないが。


(パジャマ姿を見られるのが嫌なのか)


 マリエッタは察した。


「いきなり入って来るなんて、ちょっとデリカシーに欠けると思います」


 マリエッタはがばりとソファーから起き上がり、ディアーヌに自分がかけていた膝かけを渡した。


「ノックをしたのだが、全然返事がなかったものだから」

「そうだ。俺たちは心配だっただけだ。別にやましい気持ちはない」


(グレアムが言っても説得力がないんだけど)


「とりあえずディア、寮に帰ろう」

「嫌ですわ。こんな格好で帰れません。あぁ、きっと罰が当たったんだわ」


 ディアーヌは自分の顔に両手を当てて人目をはばからず、その場でしくしくと泣きはじめてしまった。


「ディア、私の配慮が足りなかった。すまない」

「いいえ、私が悪いのです。私が」


 セドリックはディアーヌに伸ばしかけた手を引っ込める。


「なぁ、何が起きているんだ?」

「ディアーヌ様はご自分を悪だと認識している。だから罰が当たったと悲しんでいるってこと。つまりそれはディアーヌ様が完全に悪役令嬢に洗脳されている訳じゃないってことを意味してるってわけ」


 マリエッタは昨晩知り得た事を小声でグレアムに伝える。


「意味がわからないな。けどま、マリーが嬉しそうな顔をしてるのは、上手くいったって事なんだよな?」


 グレアムがマリエッタのストロベリーブロンドの下ろしてある髪の毛先を弄びながらそう口にした。


「うん。そう。まだ完全に解決してないけど、少し理解したつもり」

「そっか、流石マリーだな」


 グレアムがニコリとマリエッタに微笑みかけた。


(悔しいけど、グレアムを見ると安心する)


 マリエッタも可愛く泣いてみようかなと目に力を溜めた。

 けれど涙が出ない。だから大あくびをして涙目になってみた。


「朝から、目に毒だからやめろ」


 そう言ってグレアムはマリエッタの目尻に溜まった欠伸の涙を黒い制服の袖で優しく拭ってくれたのであった。

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